第15話 隣国の王子が、ごみを売りにやってきた
「オリバ殿に、ぜひ会いたい」
そう言って現れたのは、隣国の王子だった。
名前はエドワード。
若いが、落ち着いた雰囲気の男だ。
俺は会議室で迎えた。
「初めまして」
「こちらこそ」
王子は微笑んだ。
「あなたの噂は、隣国まで届いています」
「そうなんですか?」
「ええ」
王子は笑った。
「ごみを金に変える商人がいる、と」
俺は肩をすくめた。
「大げさですね」
「いいえ」
王子は真剣な顔になった。
「我が国でも、ごみ処理が問題になっています」
「なるほど」
「鉱山の廃石、都市の廃棄物、壊れた魔道具……」
俺は頷いた。
「どこも同じですね」
王子は続けた。
「そこで、あなたにお願いがあります」
「何でしょう?」
「我が国のごみを、買い取っていただけませんか?」
俺は少し考えた。
そして笑った。
「いいですよ」
王子は目を見開いた。
「……本当ですか?」
「はい」
「条件は?」
俺は答えた。
「まず、現地を見せてください」
「現地?」
「ごみの種類や量を調べたいので」
王子は頷いた。
「もちろんです」
こうして、俺たちは隣国へ向かうことになった。
王子との面談が終わると、ミリアが扉を閉め、俺の前に地図を広げた。
「本当に引き受けるんですか。国境を越える輸送だけで、相当な費用になりますよ」
「だから現地を見たいと言ったんだ。価値のあるごみでも、運賃が高ければ赤字になる」
俺は国境の峠道を指でなぞった。
雨季には崖が崩れ、冬には雪で塞がれると聞いている。
「王子が来たからって、何でも引き受けるわけじゃない。最初の契約は調査だけにする」
「それなら安心しました」
ミリアはほっとした顔をしたが、次に見積書を見て眉を寄せた。
「調査隊の護衛費が、予算の半分を占めています」
「削れないな。見知らぬ土地へ職人を連れていくんだ」
「利益が出なかったら?」
「調査費は損になる。それでも、人の命を賭けるよりましだ」
俺たちは夜遅くまで運搬経路を検討し、王子には費用と危険を明記した条件書を送った。
王子への返書を封じる前、俺は港の雇用欄を指でなぞった。
鉱石の値段だけなら今夜にも決められる。
人の仕事を含めるなら、時間が要る。
隣国から届いた見本の箱には、王子の印章だけでなく、港で働く人々の連名の嘆願書が入っていた。
新資源の取引が始まれば、今までの荷役の仕事が消えるという。
俺は王子への返書に、採掘権だけでなく港の労働者を雇う検品所の設置を条件として書いた。
交渉は一週間延びた。
ミリアが
「急いでいたのでは」
と聞く。
俺は頷いた。
「だからこそ、最初の契約で誰かを置き去りにしたくないんだ」
出発の日、同行する職人の一人が俺を呼び止めた。
「俺には小さい子供がいる。外国で何かあったら、家族はどうなるんだ」
俺は用意していた雇用契約を渡した。
調査中の負傷に対する補償と、帰国できなくなった場合の手当を記してある。
「無理に来てもらうつもりはない。残って工房を守る仕事も必要だ」
男は契約書を何度も読み、翌朝になって同行を決めた。
「金が欲しいだけじゃない。俺たちの技術がどこまで通用するか見たいんだ」
その言葉がうれしかった。
俺は利益の見込みを話す前に、全員へ帰還の約束をした。
国境では、予想していなかった足止めを食った。
荷車に積んだ鑑定道具が、軍事用品ではないかと疑われたのだ。
衛兵は封印された箱を開けようとしたが、精密な魔力計が壊れれば調査そのものができなくなる。
「こちらで実演します。箱を壊す必要はありません」
俺は壊れたランプを取り出し、魔力の残量を測って見せた。
衛兵は数値を確かめても首を縦に振らない。
「隣国へ技術を持ち出す許可が要る」
結局、王子の使者が迎えに来るまで二日待った。
食費と宿代がかさみ、ミリアの計算した予算は早くも赤字になった。
「帰りますか?」
「まだ調べてもいない。だが、これ以上遅れるなら隊を半分に分けよう」
俺は待機中の職人たちに事情を説明し、帰りたい者を先に帰す選択肢も示した。
誰も手を挙げなかった。
その代わり、若い職人が言った。
「次は国境の許可を取ってから出発しましょう。俺たち、二日もただ待ったんですから」
「まったくだ。俺の準備不足だ」
笑いが起きたが、俺はその失敗を帳面に大きく書き込んだ。
隣国の王子は、遅れて到着した俺たちを責めなかった。
「使者を早く出せず、申し訳なかった」
「こちらも確認が足りませんでした。互いの国の規則を知らないまま、商売はできませんね」
王子は頷き、廃棄物の所有権を示す文書を用意してくれた。
だが、その文書には港湾組合の署名がなかった。
「王家のごみだから王家だけで決められると思っていました」
と王子は悔しそうに言った。
俺は調査の開始を一日延ばし、組合長を交えて契約を作り直した。
組合長は荷役人の再雇用を条件に署名した。
「王子の許可だけでは買えなかったんですね」
とミリア。
「そうだ。俺が欲しいのは石だけじゃなく、ここで働く人たちの信用だ」
俺はそれを見て初めて、調査の先に進めると思った。
山のようなごみを目の前にしても、持ち主が誰か分からなければ一つも買えない。
それが国境を越える商売の最初の教訓だった。
調査初日の夕方、俺は処分場の管理人に、廃石を捨てるまでの手順を尋ねた。
「鉱山から届いた荷は、種類を分けずに積んでいます」
「混ざっていると、どこから来た石か分からなくなりますね」
管理人は顔をしかめた。
分別する人手も、保管する場所もないという。
俺は買い取り価格を決める前に、山の端へ小さな区画を作ってもらった。
十台分だけ、出所を記録して試しに分ける。
「それだけで何が変わるんです?」
「価値が見つからなかったときにも、どの鉱山の石だったか分かる。無駄な運搬を減らせます」
ミリアは記録係を引き受け、俺は現場の作業員と一緒に石を運んだ。
夕暮れには腰が痛くなったが、山の一角に整然と積まれた石を見て、ようやく商売の入口に立てた気がした。
管理人は、翌日から作業員を二人増やしてくれた。
俺はその賃金を調査費に加えた。
資源の価値を見つける仕事も、人の手を借りなければ始まらないのだ。
港湾組合から届いた返事は、全面的な賛成ではなかった。
三つの港のうち一つは、地元の運び手が仕事を失うとして契約を拒んだ。
王子は
「私の名で命じようか」
と申し出たが、俺は断った。
命令で通した取引は、次の船が遅れた日に壊れる。
まず港の運び手に、新しい鉱石の検査を頼む手紙を書いた。
一か月後。
隣国の王都。
俺たちは、巨大な廃棄物処分場を訪れていた。
ミリアが呟く。
「……また、ごみ山ですね」
「そうだな」
「どこの国に行っても、最初に見るのがごみ山……」
「仕事だからな」
ミリアはため息をついた。
「……慣れてきました」
俺は笑った。
そして、足元の石を拾った。
鑑定する。
【廃棄魔石】
再利用可能率:89%
次。
【鉱山廃石】
ミスリル含有率:0.3%
さらに次。
【特殊鉱石】
魔力伝導性:高
未知成分:あり
俺は目を細めた。
「……ん?」
未知成分。
初めて見る表示だった。
俺は石を詳しく鑑定した。
【特殊鉱石】
主成分:鉄、珪酸塩
特殊成分:オリハルコン
含有率:0.2%
俺は固まった。
「……おいおい」
ミリアが尋ねる。
「また何か見つけました?」
俺は石を見つめた。
オリハルコン。
ミスリルよりも希少な伝説の金属。
王国では、王家の宝物にしか使われていない。
それが。
ごみ山に混じっている。
俺は笑った。
「……ミリア」
「はい?」
「どうやら、隣国でも大儲けできそうだ」
ミリアは頭を抱えた。
「……もう驚きません」
だが、俺が次に告げた言葉で、彼女は結局叫ぶことになる。
「この石、金貨百枚以上の価値があるかもしれない」
「ひゃくまいぃぃぃ!?」
やっぱり驚いた。
だが王子との契約は、港湾組合の同意が届くまで発効しない。
俺は金貨百枚の石を箱へ戻した。
値札をつける前に、働く人の返事を待つ必要があった。
隣国の港湾組合から正式な返事が届いたのは、帰国の直前だった。
回収権は認めるが、地元の運び手を半数以上雇うことが条件だという。
俺は契約の見込み利益を計算し直した。
未知の鉱石が見つかっても、精製に成功する保証はない。
王子には試験費用をこちらが負担する案を出した。
だが王子は首を振った。
「成功すれば我が国の財産になる。失敗の損をそちらだけに押しつけられない」
俺は試験炉を止める基準を提示した。
規定温度を超えたら、王子の立会人にも停止を命じる権利を与える。
材料と運搬の費用は両者で分担し、失敗した廃液の処理費は作業を指揮する俺たちが負担する。
「そこまで書くのですか」
と王子。
「事故が起きてから責任者を探したくありません」
王子はしばらく契約書を見つめ、ようやく署名した。
ミリアが小声で言った。
「儲かる前に、止め方を決めたんですね」
俺は頷いた。




