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第13話 王都最大の商会が買収を持ちかけてきたので、断ったら大騒ぎになった

「金貨十万枚で、あなたの商会を買い取りたい」

目の前の男は、平然と言った。

王都最大の商会。

ヴァレン商会。

その会長、オルド・ヴァレンだ。

俺は紅茶を一口飲んだ。

「……十万枚ですか」

「そうだ」

オルドは笑った。

「悪い条件ではないだろう?」

確かに大金だ。

普通の商人なら、一生遊んで暮らせる。

だが、

「お断りします」

俺は即答した。

オルドの笑顔が消えた。

「……何?」

「売るつもりはありません」

「金貨十万枚だぞ?」

「分かっています」

「それでも断るのか?」

「はい」

オルドはしばらく俺を見つめた。

そして、ゆっくり笑った。

「……若いな」

「そうですか?」

「商売というものを分かっていない」

俺は首を傾げた。

「そうでしょうか?」

オルドは机に身を乗り出した。

「この王都で、我が商会に逆らって商売できると思うなよ」

俺は笑った。

「……それ、以前にも聞いたことがあります」

「何?」

「地方の商会長から」

オルドの眉が動いた。

俺は続けた。

「その人も、同じことを言っていました」

「……それで?」

「今は価格競争をやめて、普通に商売しています」

オルドの顔が引きつった。

「……貴様」

俺は立ち上がった。

「では、失礼します」

「待て!」

オルドが叫んだ。

「後悔するぞ!」

俺は振り向いた。

そして笑った。

「それも、前に聞きました」

会長が帰ったあと、ミリアは机に残された買収提案書を指で押さえた。

「断って本当によかったんでしょうか」

「金額だけ見れば、惜しい話だな」

俺は正直に答えた。

金貨十万枚があれば、工房を増やし、王都の回収設備を一気に整えられる。

だが、提案書には気になる一文があった。

買収後の事業再編は、買い手の判断に一任する。

「この一文がある限り、今の従業員を守る約束はできない」

「オルド会長は雇用を維持すると言っていましたよ」

「口約束と契約書が違うときは、契約書を信じる」

俺は提案書を折り、引き出しにしまった。


翌日。

王都の商人たちの間で、噂が広がった。

『オリバ資源商会が、金貨十万枚の買収を断った』

『ヴァレン商会の会長を怒らせた』

『あの若造は終わりだ』

だが、俺は気にしていなかった。

なぜなら

「オリバさん!」

ミリアが走ってきた。

「王都のごみ回収契約が、正式に決まりました!」

「おお」

「しかも、三地区です!」

「いいな」

「さらに、魔道具部品の注文も増えています!」

「まだ安心はできないな」

ミリアは笑った。

「注文が増えても、取引を止められたら困りますね」

俺は頷いた。

「だからこそ、届ける約束を守らないとな」


一週間後。

ヴァレン商会は、オリバ資源商会との取引を禁止する通達を出した。

しかし王都の魔道具店は困った。

「オリバ商会の部品がないと、修理費が高くなる!」

鍛冶師も困った。

「再生金属が手に入らない!」

農家も困った。

「肥料が足りない!」

そして王都の役所も困った。

「ごみ処理を止められたら、町がごみだらけになる!」

結果。

通達を無視する店もあったが、仕入れを掛け払いに頼る小さな店ほど動けなかった。

俺の倉庫に来た修理職人は、注文書を握ったまま言った。

「部品は欲しい。でもヴァレン商会に借りた金を一括で返せと言われたら店が潰れる」

俺は取引先を守ると豪語した自分が、彼らの借金まで見ていなかったことを思い知った。

ミリアと相談し、必要な修理部品だけを少量ずつ、納品ごとの決済で渡す方法に切り替えた。

売上の伸びは鈍ったが、店を危険にさらしてまで勝った気になるわけにはいかなかった。

それでもヴァレン商会の通達に従わない商人は、少しずつ増えていった。

オルドは会長室で叫んだ。

「なぜだぁぁぁ!!」

部下が恐る恐る答えた。

「……会長」

「何だ!」

「オリバ商会の商品が、安くて品質がいいからです」

「そんなことは分かっている!」

「しかも、王都のごみ処理まで担当しています」

オルドは黙った。

「……つまり?」

部下は小さな声で答えた。

「……すでに、王都の生活に必要な商会になっています」

オルドは書類を閉じた。

「ならば、取引先を押さえろ」

圧力は、これから強まるのだった。


翌日、王都の取引先から注文の取り消しが続いた。

理由を尋ねても、担当者は歯切れが悪い。

夕方になって、ようやく一人の店主が本音を話してくれた。

「ヴァレン商会から、あんたのところと取引を続けるなら仕入れ価格を上げると言われた」

俺はすぐには返事ができなかった。

拒否したのは俺だ。

それなのに、困るのは取引先の店主たちだった。

「店主さん、俺との契約は一度止めても構いません」

「そんなことを言っていいのか?」

「あなたの店を潰してまで、うちの商品を買ってほしくない」

店主は唇を噛み、何度も頭を下げた。

その姿を見て、俺は勝ち負けの意味を考え直した。

夜、ミリアと二人で注文書を並べた。

大口の取引は減ったが、小さな修理店からの注文は残っている。

「大きな商会に売れないなら、修理店へ直接届けよう」

「小口配送では運賃がかさみます」

「一軒ずつではなく、同じ通りの注文をまとめる。納品日を週に二回にしてもらえばどうだ」

「お客さんが待ってくれるでしょうか」

「先に聞いてみよう。勝手に決めるのは、ヴァレン商会と同じだ」

俺たちは翌朝から店を回った。

一軒目では断られた。

二軒目では、納期が遅すぎると怒られた。

三軒目の若い修理職人は、俺の説明を最後まで聞いてから言った。

「部品が安定して届くなら、週二回でもいい。今は注文しても来ないことの方が怖いんだ」

その言葉を境に、少しずつ協力者が増えた。


一週間後、ヴァレン商会の使いが再び現れた。

「会長は、先日の条件をまだ有効とお考えです」

「そうですか」

「ですが、今なら金額の再交渉も可能です」

俺は新しい配送表を見せた。

小さな店の名前が、何十軒も並んでいる。

「うちは売りません。その代わり、ヴァレン商会にもこの仕組みを使ってもらえます」

使いは目を丸くした。

「敵に商売の方法を教えると?」

「修理する人が部品を手に入れられるなら、誰が運んでも構いません」

俺はそう答えたが、内心は怖かった。

大商会の力を甘く見れば、明日には注文が消えるかもしれない。

それでも、最初に俺を信じた職人たちの仕事を、買収金額と引き換えにはできなかった。

小口配送の二週目、大雨で川の橋が閉鎖された。

積み荷は川向こうの修理店へ届ける予定だった。

配送係は

「迂回路なら夜までに着きます」

と言ったが、夜道は崖沿いだ。

俺は荷車を止めた。

「無理に走らせない。先に店へ知らせる」

店主は怒った。

「明日の朝、学校の照明を直す約束なんだぞ」

俺は謝った。

安い部品を売るだけなら、ここで諦めてもよかった。

だが、買収を断って守ろうとしたのは、こうした一軒の仕事だった。


翌朝、俺は川の上流にある渡し場を借り、荷を小舟に積み替えた。

雨は止んでいたが、水はまだ速い。

渡し守が

「半分ずつなら運べる」

と言い、俺たちは何度も往復した。

修理店に着いたとき、店主は学校の職員と一緒に待っていた。

「遅れました。運賃はこちらで負担します」

「謝るより先に部品を見せてくれ」

店主は寸法を確かめ、その場で受領印を押した。

「次は遅れると分かった時点で知らせろ。そうすれば、俺も客に説明できる」

その言葉は、買収金貨十万枚より重かった。

俺は配達帳に、橋の閉鎖と連絡時刻を書き込んだ。

その週の決算は赤字だった。

雨による積み替え費用に加え、小口配送の運賃が予想を超えていた。

ミリアは

「全域への配送を続ければ、来月の給金が危うい」

と告げた。

俺は配送範囲を縮め、遠方の店には事情を説明した。

一軒の店主は

「見捨てるのか」

と怒り、取引を打ち切った。

俺は謝罪の手紙と、別の仕入れ先の一覧を送った。

買収を断ったからといって、何でも守れるわけではない。


数日後、最初に取引を断った修理店から、たった一個の部品注文が届いた。

「ヴァレン商会との契約は?」

と俺が聞くと、店主は肩をすくめた。

「まだ続いている。だが、これだけは自分で仕入れ先を決めたい」

俺は納品日を赤い文字で記し、配達係と荷を二度確認した。

ヴァレン商会の使いは店先でその様子を見ていた。

「一個だけでは利益になりませんよ。うちの会長なら一度に千個買います」

「千個の約束を守れない日もあります。でも、この一個を待つ人がいる」

使いは反論しかけたが、修理店の主人が注文書を指さした。

「仕入れ先は俺が決める。買収の条件に俺の店まで入れないでくれ」

使いは初めて店主に向かって頭を下げ、その場を離れた。

指定の日、店主は店先で待っていた。

受領印を押す手が止まる。

「また遅れると思っていた」

「今日は約束どおりです」

店主は小さく頷いた。

注文は一個、売上はわずかだった。

それでも俺は、王都で失った信用を取り戻す第一歩を、確かに受け取った。

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