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青葉ヶ丘青春リレー  作者: 芦名 雅


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第42話 行き先を失った音にも、鳴らす理由はある


西園寺真琴は、三年間、夏のコンクールを目標に音楽部を率いてきた。


一年生のとき、伴奏で舞台に立ち、頭が真っ白になって止まった。


それでも続けてきたのは、いつか自分の弾いた音を、誰かの心へ届けたいと思っていたからだった。


三年生の夏。


最後のコンクール。


その舞台が、直前になくなるとは、真琴は思ってもいなかった。



七月一日。


放課後の音楽室。


真琴は、部員たちを前に、顧問から聞いたばかりの話を伝えた。


「今年のコンクール、地区大会の会場が使えなくなった」


部員たちがざわめいた。


「会場の建物に、耐震の問題が見つかったらしい。急遽、閉鎖することになった」


「代わりの会場は」


小宮山鈴が尋ねた。


「探してるけど、この規模の会場を、あと二週間で見つけるのは難しいって、顧問の先生が言ってた」


「じゃあ、コンクール自体が」


「中止になるかもしれない」


部室が静まり返った。


三上ひなたが、震える声で言った。


「私たち、ずっとこれに向けて練習してきたのに」


「分かってる」


真琴は、それだけ言うのが精一杯だった。



その夜、真琴は自宅で、正式な連絡を受け取った。


地区大会は、今年に限り中止。


次のコンクールは、来年へ持ち越し。


三年生には、来年がない。


真琴は、その一文を、何度も読み返した。


三年間の練習。


夏休みも冬休みも返上して積み重ねてきた時間。


その全部が、行き先を失ったまま、宙に浮いてしまった気がした。



翌日、音楽室には、いつもより人が少なかった。


真琴が入ると、鈴とひなたが窓際で話していた。


「小宮山さん、三上さん」


「先輩」


二人は、真琴を見て、少し気まずそうな顔をした。


「昨日、あれから何人か辞めるかもって言ってました」


鈴が言った。


「辞める?」


「目標がなくなったなら、続ける意味がないって」


真琴は、その言葉に胸を突かれた。


「先輩は、どう思ってるんですか」


ひなたが尋ねる。


真琴は、すぐには答えられなかった。



昼休み、真琴は一人で図書室へ向かった。


目的があったわけではなかった。


ただ、誰にも会いたくなかった。


入口の木箱を見る。


『答えのない質問を入れてください』


掲示板には、見覚えのある文字があった。


『大きな目標に向かって積み重ねてきましたが、その目標が急になくなってしまいました。積み重ねてきたものは、行き先を失うと、意味がなくなりますか』


真琴は、その紙の前で長く立ち止まった。


これは、田所という一年生が書いたものだと、噂で聞いたことがあった。


自分とは違う競技の話。


それでも、今の自分の状況と、あまりにも重なっていた。


「気になりますか」


カウンターにいた白石悠が声をかけた。


「これ、私のことみたい」


真琴は、コンクール中止のことを話した。


三年間の練習。

三年生には後がないこと。

部員が辞めるかもしれないこと。


悠は最後まで聞いた。


「西園寺さんは、何のために練習してきましたか」


「コンクールで結果を出すため」


「それだけですか」


真琴は、少し考えた。


「弾いた音を、誰かに届けるため」


「その目的は、コンクールがなくなったら、達成できませんか」


真琴は、はっとした。


「コンクールが、目的そのものだと思ってました」


「目的への道の一つが、なくなっただけかもしれません」


「でも、道がなくなったら、行けないでしょう」


「別の道を探すことはできますか」


真琴は、すぐには答えられなかった。



放課後、真琴は音楽室へ戻った。


三年生の部員たちが集まっていた。


「先輩、これからどうするんですか」


一年生の一人が尋ねる。


真琴は、少し息を吸った。


「今から、決めようと思う」


「決めるって?」


「コンクールがなくなっても、私たちが練習してきたものが消えるわけじゃない」


「でも、発表する場所がないんですよね」


「場所は、探せばあるかもしれない」


真琴は、部員たちを見渡した。


「文化祭は、まだ先だけど、そこで演奏することはできる」


「文化祭は、コンクールとは違います」


鈴が言った。


「違う。それは分かってる」


真琴は頷いた。


「でも、誰かに届けるという意味では、同じかもしれない」


「先輩は、それで納得できるんですか」


真琴は、正直に答えた。


「まだ納得できてない。悔しい」


部員たちが、真琴を見た。


「三年間、コンクールのために練習してきた。それがなくなって、悔しくないわけがない」


「じゃあ、どうして」


「悔しいのと、練習の意味がなくなることは、別だと思うから」


真琴は、悠の言葉を思い出しながら言った。


「目的への道の一つが、なくなっただけかもしれない」



その日の練習後、真琴は一人でグランドピアノの前に座った。


誰もいない音楽室。


窓の外は、夕方の光に染まっていた。


真琴は、コンクールの課題曲を、最初から弾き始めた。


誰に聞かせるためでもない。


ただ、指が覚えている音を、確かめたかった。


途中、扉が開く音がした。


振り返ると、鈴とひなたが立っていた。


「先輩」


「二人とも、まだいたのか」


「聞いてました」


鈴が言った。


「弾き終わるまで待ってたんです」


ひなたが続けた。


「私、辞めようか迷ってました」


「うん」


「でも、今の演奏聞いて、少し違う気がしました」


「どう違う?」


「先輩、悔しいはずなのに、ちゃんと弾いてました」


真琴は、鍵盤に手を置いたまま、少し笑った。


「悔しいまま弾いてもいいって、最近この学校で誰かに教えてもらった」


「誰にですか」


「図書室の白石くん」


「あそこの箱、みんな見てるんですね」


鈴が言う。


「私も最近見てる」


ひなたも頷いた。


「三上さんも、まだ悔しい?」


「悔しいです。でも、辞めるのはやめようと思います」


真琴は頷いた。


「文化祭、一緒にやろう」


「はい」



正門で、校長が門柱の上に座っていた。


「校長」


真琴は近づいた。


猫は目を開けた。


「目標、なくなっちゃった」


尻尾が動く。


「悔しいよ、正直」


猫はあくびをした。


「でも、次の場所、探すことにした」


校長は門柱から降りて、真琴の足元を通り過ぎた。


まるで、次はどこへ行くのか、先に見に行くような足取りだった。



翌日、真琴は音楽部の全員に、文化祭での演奏会の企画を提案した。


顧問の許可を取り、体育館での特別演奏会という形が決まった。


三年生の引退までの残り時間で、新しい目標に向けて、部は動き出した。


真琴は、放課後、再び図書室へ寄った。


「答え、決まりました」


「書きますか」


真琴は付箋を取った。


『コンクールがなくなって、悔しい気持ちは消えませんでした。でも、練習してきたことが消えたわけではないと分かりました。目的への道の一つがなくなっただけで、別の道を探すことにしました』


書いて、質問の下へ貼る。


「田所さんも、これを読むかもしれません」


「陸上と音楽で、道は違うけどな」


「目標を失った経験は、共通しているかもしれません」


真琴は頷いた。



その隣に、また新しい問いが貼られていた。


『新しい目標を立てたのに、前の目標ほど本気になれません。前のものより小さく見えてしまいます。これは、前の目標に未練があるということですか』


真琴はその紙を見て、少し立ち止まった。


文化祭の演奏会。


コンクールほどの緊張感は、まだ持てていなかった。


「これ、書きますか」


悠が尋ねる。


「今は、まだ」


「なぜですか」


「演奏会が終わってから、答えたい」


真琴は図書室を出た。


音楽室からは、まだ誰かの練習する音が聞こえていた。


新しい道を歩き始めたばかりの音は、まだ少し、迷いを含んでいた。


それでも、確かに鳴り続けていた。



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