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青葉ヶ丘青春リレー  作者: 芦名 雅


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第27話 差し出したかった手にも、待つ時間はある

 佐々木湊人は、誰かに頼られるのが好きだった。


 好き、という言い方は少し違うかもしれない。


 頼られれば、自分に役目ができる。

 何をすればいいのか分かる。

 そこにいていい理由が生まれる。


 だから湊人は、誰かが困っていそうなとき、すぐに声をかけた。


「持とうか」

「代わろうか」

「手伝おうか」


 返事は、たいてい同じだった。


「大丈夫」

「平気」

「自分でできる」


 そのたびに、湊人は笑って引いた。


 無理に手を出すのはよくない。


 分かっている。


 それでも、自分だけが必要とされていないような気がした。


     *


 朝のホームルーム前。


 二年五組では、進路希望調査の回収が続いていた。


「まだの人、今日中に出して」


 湊人は教卓の前で声を上げた。


 クラス委員になって半年。

 提出物の回収や先生への連絡は、すっかり自分の仕事になっていた。


「佐々木、これ先生の机でいい?」


「うん。名前書いてあるか見てから置いて」


「了解」


 頼られた。


 たったそれだけで、胸の奥が少し軽くなる。


 けれど、それは仕事だからだった。


 クラス委員だから聞かれる。

 係だから頼まれる。


 自分だから、ではない。


 湊人は回収した用紙をそろえながら、前の列を見た。


 篠原真琴が鞄の中を探している。


「篠原、まだ?」


「家に忘れた」


「今日締め切りなんだけど」


「昼休みに取りに戻る」


 真琴がそう言った直後、隣の宮下蓮が口を挟んだ。


「先生に明日でいいか聞いてみたら?」


 真琴は少し迷い、担任のところへ向かった。


 湊人は何も言わなかった。


 本当は、自分が言いたかった。


 家まで取りに戻るのは無理だ。

 先生に相談すればいい。


 けれど、蓮の方が先だった。


 真琴は席へ戻り、蓮に小さく笑った。


「明日でいいって」


「よかったね」


 湊人は用紙の端をそろえた。


 別に、自分が言う必要はなかった。


 真琴が困らずに済んだのなら、それでいい。


 そう思うべきだった。


     *


 昼休み。


 湊人は図書室へ行った。


 掲示板に貼られた問いが気になっていたからだ。


『では、誰かに頼られたいのに、いつも頼られない人はどうすればいいですか』


 数日前、自分が書いた質問だった。


 その前の問いには、いくつもの返事が貼られていた。


 頼られることをうれしいと思うのは変ではない。

 困っていることではなく、話してくれたことがうれしい。

 信頼されたと感じるからだ。


 読んでいるうちに、湊人は思った。


 では、自分はどうすればいいのだろう。


 頼られたい。

 話してほしい。

 手伝わせてほしい。


 でも、頼られない。


 だから書いた。


 掲示板の前には、まだ返事が一枚もなかった。


「気になりますか」


 カウンターから白石悠が声をかけた。


「別に」


 反射的に答えてから、湊人は苦笑した。


「いや、気になる」


 悠は質問を書いた人が誰かとは尋ねなかった。


「返事がつかないこともあります」


「人気ない質問ってこと?」


「そうではなくて、答えるのが難しいのかもしれません」


「頼られないなら、役に立てるところを探せばいいだけじゃない?」


「佐々木君は、そう思いますか」


「うん」


 言ってから、それなら自分で答えを出せていることになると気づいた。


 けれど、それで気持ちは軽くなっていない。


「でも、それで声かけても大体断られる」


「断られたら、どう思いますか」


「仕方ないと思う」


「ほかには?」


 湊人は黙った。


 必要とされなかった。

 信頼されていない。

 自分では足りなかった。


 そんなことを思う。


 けれど、口にするのは恥ずかしかった。


「少し、残念」


 それだけ言った。


 悠は頷いた。


「残念だと思うことと、相手が悪いことは同じではありません」


「分かってる」


「はい」


 否定されなかったことが、逆に少し苦しかった。


     *


 放課後。


 クラス委員の仕事で、湊人は職員室へ出席簿を返しに行った。


 戻る途中、階段の下で一年生が大きな段ボール箱を抱えていた。


 中には図書室へ返す本が詰まっている。


 箱が傾き、一冊が床へ落ちた。


「持つよ」


 湊人はすぐに手を伸ばした。


 一年生は驚いて箱を抱え直す。


「大丈夫です」


「重いでしょ」


「でも、あと少しなので」


「図書室までだろ。俺も行くから」


 返事を待たず、湊人は箱の片側を持った。


「あ、ありがとうございます」


 言葉とは裏腹に、一年生の身体は少し固かった。


 二人で運べば確かに軽い。


 階段も安全に上れる。


 自分は間違ったことをしていない。


 図書室へ着くと、悠がカウンターから出てきた。


「ありがとうございます」


 一年生は湊人より先に箱から手を離した。


「じゃあ、僕はこれで」


 足早に出ていく。


 湊人はその背中を見送った。


「急いでたのかな」


 悠は答えず、箱の中の本を確認した。


「何?」


「いえ」


「言いたいことあるなら言って」


 悠は少し考えた。


「佐々木君は、あの人が助けてほしいか聞きましたか」


「聞いたよ。持つよって」


「それは、聞いたことになりますか」


 湊人は眉を寄せた。


「大丈夫って言われた。でも重そうだった」


「そうですね」


「落としたし、危なかった。手伝った方がいいだろ」


「はい。安全のために必要なこともあります」


「じゃあ問題ないじゃん」


「問題があるとは言っていません」


 悠の言い方はいつも静かだった。


 だから余計に、自分だけが苛立っているように感じる。


「何が言いたいの」


「助けたことと、頼られたことは同じではないと思いました」


 湊人は言葉を失った。


 自分は助けた。


 一年生も礼を言った。


 それでいいはずだった。


 なのに、胸の奥には、望んでいたものが残ったままだった。


     *


 翌朝。


 湊人は教室へ入ると、黒板の前で紗良が大量の資料をまとめているのを見つけた。


 文化祭実行委員の反省会資料らしい。


「手伝おうか」


 湊人が声をかけると、紗良は顔を上げた。


「大丈夫。もう終わる」


「ホチキスだけでも」


「本当に大丈夫」


「でも一人だと時間かかるだろ」


 紗良の手が止まった。


「佐々木君」


「何?」


「大丈夫って言ってる」


 強い声ではなかった。


 けれど、拒まれたことははっきり分かった。


「分かった」


 湊人は自分の席へ向かった。


 背中へ視線を感じた気がしたが、振り返らなかった。


 机に座ると、蓮が小声で尋ねた。


「怒ってる?」


「別に」


「高橋に?」


「怒ってない」


「じゃあ、何でそんな顔してるの」


「頼ってくれてもいいのにって思っただけ」


 蓮は少し考えた。


「高橋、最近は頼るようになったよ」


「俺には頼らないけど」


 口に出した瞬間、子どもっぽいと思った。


 蓮は笑わなかった。


「誰に頼るかは、高橋が決めることじゃない?」


「分かってる」


「分かってない顔してる」


「宮下は頼られるから言えるんだよ」


 蓮が黙った。


 図星を刺したと思った。


「悪い」


「いや」


 蓮は窓の外を見た。


「俺も前は、気づいた自分が何とかしなきゃって思ってた」


「それとは違う」


「違うかも。でも、助けたいって気持ちが、自分の方を向いてることはある」


「どういう意味?」


「相手が楽になることより、自分が助けた人になりたいってこと」


 湊人は反発しかけた。


 けれど、昨日の一年生を思い出した。


 大丈夫ですと言われたのに、箱を持った。


 安全のためだと思った。


 実際、危なかった。


 でもそれだけではなかった。


 ありがとうと言われたかった。


 頼りになると思われたかった。


 自分がそこにいた意味がほしかった。


     *


 放課後、湊人は図書室の掲示板へ行った。


 質問の下に、三枚の付箋が増えていた。


『頼られないことと、信頼されていないことは同じではないと思います』


『困っている人を探すより、普段から話せる人になる』


『手を差し出して、取るかどうかは相手に任せる』


 湊人は最後の付箋を何度も読んだ。


 手を差し出す。


 取るかどうかは相手に任せる。


 自分は、差し出したつもりで相手の手をつかんでいたのかもしれない。


「嫌な答え、ありますか」


 悠が近くへ来た。


「これ」


 湊人は二枚目を指した。


『困っている人を探すより、普段から話せる人になる』


「どうして嫌なんですか」


「時間がかかるから」


「すぐ頼られたいですか」


「そうみたい」


 認めると、少しだけ楽になった。


「役に立てたら、自分が必要だって思えるから」


 悠は付箋を見た。


「必要とされないと、ここにいてはいけないと思いますか」


「そこまでじゃない」


「では、ここにいていいと思うために、何か理由が必要ですか」


 湊人は答えられなかった。


 クラス委員。

 係。

 手伝い。

 相談相手。


 役目があれば安心する。


 何もない時間は苦手だった。


 誰にも呼ばれず、何も求められないと、自分だけが余っているように感じる。


「家でもそうなんだ」


 湊人は初めて口にした。


「家族に頼られたいんですか」


「父と母、何でも二人で決めるから」


 共働きの両親は忙しかった。


 けれど、湊人へ負担をかけないようにしていた。


 夕食が遅くなる日は、冷蔵庫に用意してある。

 洗濯も掃除も、分担は両親の間で決まっている。

 困っていても、「勉強してていい」と言われる。


 優しい家庭だった。


 不満を言う理由はない。


 だからこそ、言えなかった。


「妹には頼まれるけど」


「どんなことを?」


「宿題とか、スマホの設定とか。でも最近は友達に聞いてる」


「寂しいですか」


「少し」


 悠は笑わなかった。


「役に立たなくても、家族であることは変わらないと思います」


「それ、慰め?」


「たぶん」


「白石さんも慰めるんだ」


「必要なら」


 湊人は少し笑った。


     *


 家に帰ると、母が台所で買ってきた総菜を皿へ移していた。


「ただいま」


「おかえり。今日は遅かったね」


「図書室」


「珍しい」


 父はまだ帰っていない。

 妹の美咲はリビングの床で数学の問題集を開いていた。


「お兄ちゃん、これ分かる?」


 湊人の胸が少し跳ねた。


「どれ?」


 隣へ座ろうとすると、美咲はスマートフォンを見せた。


「この解説動画の意味」


「動画見たなら分かるだろ」


「途中から分かんない」


 湊人は問題を見る。


 中学一年の方程式だった。


「これは、まず両方から三を引く」


「何で?」


「同じことを両方にするから」


「それは分かる。何で最初に三なの」


 湊人は説明を始めた。


 美咲は途中で首を傾げる。


「学校の先生と同じ言い方」


「じゃあどう言えばいいんだよ」


「分かんないから聞いてる」


 苛立ちが声に出た。


「なら動画もう一回見れば」


 美咲の表情が変わった。


「もういい」


 問題集を閉じ、二階へ上がっていく。


 母が台所から湊人を見た。


「せっかく聞いてくれたのに」


「俺の説明じゃ分かんないって言うから」


「分からないと言われると、腹が立つの?」


「別に」


「頼られたかったんじゃないの」


 湊人は母を見る。


「何で分かるの」


「最近、何か手伝うことないって何度も聞くから」


「迷惑だった?」


「迷惑じゃない。でも、ないときもある」


 母は総菜のパックを洗った。


「手伝ってほしいときは言うよ」


「いつもそう言う」


「言わないから不満?」


「……少し」


 母は水を止めた。


「湊人が何もしなくても、家にいてくれるだけでいいんだけど」


「そういうの、よく分からない」


「役に立たないと家族じゃないの?」


「そうじゃないけど」


「なら、美咲が聞いてくれたとき、正解を教える人にならなくてもよかったんじゃない?」


 湊人は黙った。


 分かるまで一緒に考える。

 どこが分からないか聞く。

 別の説明を探す。


 役に立つ方法は、答えを知っていることだけではなかった。


     *


 美咲の部屋をノックした。


「何」


「さっき悪かった」


「別に」


「分かんないって言われて、俺が役に立てないみたいで腹立った」


 扉の向こうが静かになった。


「それ、私に怒ること?」


「違う。だから謝ってる」


 少しして扉が開いた。


 美咲は問題集を持っている。


「お兄ちゃんも分かんないの?」


「問題は分かる。でも、どう説明したら分かるかは分かんない」


「じゃあ、一緒に動画見て」


「それでいいの?」


「私が頼んでるんだけど」


 湊人は笑った。


「分かった」


 二人で机へ向かった。


 動画を止める。

 戻す。

 例題を書き写す。


 湊人は答えを急がなかった。


「どこから分かんない?」


「ここ」


「じゃあ、ここまでは?」


「分かる」


 一つずつ確認した。


 三十分後、美咲は自分で問題を解いた。


「できた」


「おお」


「お兄ちゃん、説明下手だけど待つのはできるね」


「褒めてる?」


「半分」


 半分でも、うれしかった。


     *


 翌日の昼休み。


 湊人は教室で提出物を整理していた。


 真琴が英語のプリントを持って蓮の席へ行く。


「昨日の続き、ここだけ分からない」


「俺も自信ない。図書室で調べる?」


「うん」


 二人の会話を見ても、昨日ほど胸がざわつかなかった。


 頼る相手は、相手が決める。


 自分が選ばれないことは、自分に価値がないことではない。


 そう言い聞かせる。


 そのとき、紗良が湊人の机へ来た。


「佐々木君」


「何?」


「放課後、少し時間ある?」


 心臓が跳ねた。


「ある」


「実行委員会の資料、倉庫へ運びたいんだけど、一人だと多くて」


「手伝う」


 即答してから、湊人は少し息を整えた。


「何時に、どこへ行けばいい?」


「ホームルームが終わったら、この教室」


「分かった」


 紗良は自分の席へ戻った。


 頼られた。


 うれしかった。


 でも、昨日までとは少し違った。


 自分から奪いにいった役目ではない。

 待っていたら、向こうから渡された。


     *


 放課後。


 資料は思っていたより多かった。


 段ボール箱が三つ。

 ファイルが二束。

 模造紙を丸めた筒が何本もある。


「これ、一人でやるつもりだったの?」


 湊人が聞くと、紗良は苦笑した。


「最初は」


「無理だろ」


「だから頼んだ」


 湊人は一番重い箱を持った。


「昨日、断ったのに今日は頼むんだ」


 言ってから、責めるように聞こえたかもしれないと思った。


 紗良は少し考えた。


「昨日は一人でできたから」


「今日はできない?」


「できなくはない。でも時間がかかるし、危ない」


「そっか」


「断ったあとに頼むの、嫌だった?」


「いや」


 本当に嫌ではなかった。


 むしろ、昨日断られたことと、今日頼られたことが両立するのだと分かった。


 大丈夫な日は断る。

 大丈夫ではない日は頼る。


 相手の返事は、自分への評価ではない。


 そのときの状況に対する答えなのだ。


 階段を下りながら、紗良が言った。


「佐々木君、昨日ちょっと怒ってたでしょ」


「顔に出てた?」


「出てた」


「頼ってくれてもいいのにって思った」


「ごめん」


「謝らなくていい」


 湊人は箱を持ち直した。


「俺が、頼られたら自分に意味があるみたいに思ってただけだから」


 紗良は少し驚いた。


「意味がないと思うの?」


「誰にも頼られないと、たまに」


「クラス委員として十分頼られてるじゃん」


「仕事だから」


 紗良が笑った。


「私と同じこと言ってる」


「何が?」


「仕事だから、って言えば、気持ちを考えなくて済むところ」


 湊人も笑った。


「確かに」


「でも、仕事で頼られるのも、佐々木君がちゃんとやってるからでしょ」


 それは考えたことがなかった。


 係だから誰でもいいと思っていた。


 けれど、提出物を忘れない。

 締め切りを確認する。

 先生へ伝える。


 続けてきたから、みんなが聞きに来る。


「それも、俺だから?」


「少なくとも、私は佐々木君なら忘れないと思ってる」


「じゃあ今日頼んだのも?」


「宮下君でもよかった」


「そこは嘘でも俺って言ってよ」


 二人で笑った。


「でも、佐々木君が教室にいるって分かってたから頼んだ」


 それで十分だった。


     *


 図書室へ寄ると、湊人の質問にはさらに付箋が増えていた。


『頼られたいなら、頼られない時間も一緒に過ごす』


『助けられない日にも話せる人になる』


『断られても、必要になったらまた言って、と伝える』


『頼られないときに機嫌を悪くしない人は、頼りやすいです』


 最後の一枚が胸に刺さった。


「嫌な答え?」


 悠が尋ねる。


「痛い答え」


「違いますか」


「違わない」


 湊人は新しい付箋を取った。


『頼られたい気持ちを、相手に頼る義務にしないようにします。断られても、必要になったらまた言って、と言える人になりたいです』


 書いて質問の下へ貼る。


「答えが見つかりましたか」


「たぶん」


「高橋さんと同じですね」


「みんな、たぶんって言うの?」


「答えは、使ってみないと分からないことが多いので」


 湊人は掲示板を眺めた。


 少し離れたところで、一年生が本を探している。


 高い棚の前で背伸びをしていた。


 湊人は近づきかけ、足を止めた。


「その本、取ろうか」


 一年生が振り返る。


「お願いします」


 今度は返事を待った。


 棚から本を取り、渡す。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 それだけだった。


 でも、それでよかった。


     *


 数日後。


 美咲がまた数学の問題集を持ってきた。


「ここ、見て」


「今度は何?」


「答えは合ってるけど、途中式これでいい?」


「自分でできたの?」


「うん」


 湊人は途中式を見る。


「合ってると思う。でも先生の書き方と違うかも」


「じゃあ明日聞く」


「俺でいいの?」


「確認したかっただけだから」


 必要な分だけ頼られた。


 全部を任されたわけではない。


 それでも、以前の湊人なら少し物足りなく感じただろう。


 今は違った。


「合ってると思うよ」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 美咲はすぐに部屋へ戻った。


 湊人は一人になったリビングで、宿題を始めた。


 誰にも頼られていない時間だった。


 けれど、余っているとは思わなかった。


     *


 翌週の放課後。


 湊人は図書室の掲示板の前で、新しい問いを見つけた。


『一度断ったあとで、やっぱり助けてほしいと言うのは、わがままですか』


 湊人は立ち止まった。


 昨日の紗良を思い出す。


 一人でできる日は断る。

 できない日は頼る。


 答えはすぐに書けそうだった。


 でも、紙を取る前に考えた。


 この問いを書いた人は、誰かの手を一度断ったのだろう。


 断ったあとで、事情が変わった。

 気持ちが変わった。

 でも、今さら言えない。


 自分ならどう答えるか。


 わがままではない。

 言ってくれた方がうれしい。

 断られたことと、次に頼られることは両立する。


 けれど、その答えを本当に必要としている人の気持ちは、自分には分からない。


「書かないんですか」


 悠が尋ねた。


「書く。でも、少し待つ」


「なぜですか」


「すぐ答えられると思ったけど、俺が言いたいことと、この人が聞きたいことが同じか分からないから」


 悠は小さく頷いた。


 湊人は問いをもう一度読んだ。


 助けたい側の物語は、ここで終わる。


 次は、断ったあとで手を伸ばし直そうとしている誰かの番だった。


 湊人は急いで答えを渡さず、その言葉が次の主人公へ届くまで、少し待つことにした。


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