⑩質が悪い
戦いは既に一時間にも及んでいる。
その場から動かなくとも、敵の動きを常に把握し、想像力を全力回転させ、その都度技を発動させていく。相田は体力だけでなく、精神力もかなり消費していた。
「………生きているか? フォーネ」
顎から落ちそうになった汗を手の甲で拭い、呼吸を整えつつ、相田が尋ねる。
「はい。まだ大丈夫です!」
弟子の方が、体力に分があった。
既に中央広場に、石畳の色が残っている場所はない。怪物達の死骸も優に千は越えていた。
「へぇ、凄いね。まだ生きてるよ」
北の焼け落ちた大通りから、手を叩きながら少年が姿を現す。
勇者の証である孔雀緑の鎧を纏い、白銀の剣を腰に掲げた少年だった。
「………出たな。勇者モドキが」
相田が背筋を伸ばし、少年の前に立ちはだかる。
「はいはい。レベル0の偽魔王に言われても、痛くも痒くもないや」
目を細め、アインは初対面であるフォーネの強さを測ろうとした。
「そっちはそっちで、既に死にぞこない。いや、もう死んでいると言ってもいいかもね。何だよ、これじゃぁ、全然盛り上がらないじゃないか」
期待していたゲームが思った以上に面白くなかったかのように、アインは残念そうに肩をすくめる。
「自分で勝手に期待しておいて、随分と都合の良い事だな? 心配するな。ここは、お前が思っている程、優しい世界じゃない。失敗しても、やり直しは効かないからな」
間違いない。
会話を続けようとする相田は、確信をもって目の前の事実と向き合った。
アインはこの世界の住人ではない。彼は自分と同じ時代と言い切れないものの、今の世界より、より地球に近い文明を知っている。
「大丈夫、何たって僕が来たからね」
にこやかに白銀の剣を抜き、自分自身の解説に力を込める。
「僕は世界に選ばれたんだ。勇者なんだよ………知ってる? 勇者は魔王を倒せるんだ」
「ほぉ、そいつぁ凄い。じゃぁ、勇者は誰に倒されるんだ? あぁ、民衆か。成程、中々に笑えない末路じゃないか」
異世界に転生し、不相応な能力を得た人間は、遅かれ早かれこうなるのだろうという見本だと相田は感じ取った。物語の多くに登場する主人公達の多くは、能力を与えられても、自分の性格を維持したまま物語が進んでいくが、それは元の世界で発揮できなかっただけで、元々能力に見合うだけの器があったのである。
裏を返せば、身の丈に合わない人間が大した努力もせずに能力を持っても不幸になるだけである。そしてその不幸は、自分だけでなく周囲を巻き込む爆弾と化する。
「まったく。唯々、質が悪いだけだっつぅの」
決して自分が優秀な人間とは思っていないが、それでも目の前の人間より遥かにマシな位置にいる。そして、本当に駄目な奴は、何処の世界に足を踏み入れても変わらない。それは、相田が生まれてこの方、波風を立たせないようにとあらゆる人間関係を客観的に見てきた事によって得た人生観であった。




