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⑭勇者と魔王

「俺は大真面目だぁ! 馬鹿野郎がぁぁぁぁ!」

 いかに勇者(リコル)の一撃であろうとも、相手が空腹の上に怪我人であれば、相田でも捌く事が出来る。相田は構えた左腕で彼の拳を外へといなすと、大きく一歩を踏み込んで反時計回りに半回転。自分の右肩を相手の胸に当てた。

 瞬間、リコルの背後の壁が砕け散り、遅れて彼の上半身の服が破け、さらに皮膚の隙間から血を吹き出した。

「ぐ、おおおぉぉぉぉ」

「勇者を名乗ったならば、死ぬまで名乗り続けろ。それが勇者たらしめる条件だ」

 呼吸もままならないリコルに、相田が正対し、静かに呟く。


 遂に勇者が膝をついた。

「俺は………もう、勇者では」

 リコルが血と涙で目を潤ませる。

「やはり貴様は馬鹿だな」

 相田が彼の横を通り過ぎ、そしてすれ違い、足を止める。

「勇者とは………勇気ある者の事だ。誰かに指名されて名乗るものではない」

 かつて読んだ本から、相田は勇者のあるべき存在を説く。

 最後まで勇気を出す事が出来なかった小悪党が、同じ道を歩ませまいと勇気がまだ残っている者達に向かって偉そうに、しかし捧げようとした言葉を思い出す。

「勇者とは決して人から与えられる職業でも、取り上げられる類の称号でもない。ましてや自分の都合や相手によって使い分けるものでもない」

 その言葉を相田は『魔王』として置き換え、自分自身の心にも説く。

 冷徹になり切れない自分、決断する事を恐れる自分、仲間を失う事に慣れない自分。さらには自分よりも志が高い者が、自分よりも強い者が、自分よりも頭の良い者がいる中で迷い続ける自分を、相田は叱咤した。


―――何故、自分が魔王なのか。

―――何故、魔王でいられるのか。


 疑問は尽きない。

 それでも相田は『魔王たらん』とした。そして今、相田の目の前には、異なる道を歩んだもう一人の自分がいた。

 相田が目の前の男を忌避してきた本当の理由。相田自身、それが今分かった。


「ち、畜生………」

 リコルが冷たい石の上に額を擦り付ける。

 相田は数秒程足元の男を見つめると、無言のまま踵を返し、ロデリウスに顔を向けた。

「ロデリウス、すまないが―――」「はいはい。分かってますよ」

 ロデリウスは目一杯眉を傾けると、わざとらしく溜息をついて見せる。そして相田の横を通り過ぎ、倒れたリコルの左腕を握ると自分の首の後ろに通し、力の殆どを失った彼を支えた。


「………何だよ?」

「別に? ただ、相変わらずだと思ってね」

 相田を見て頬を緩ませていたロデリウスは、当の本人にその事を指摘されつつも素知らぬ顔のまま左右に振って話を霧散させる。

「時間を使って済まなかった………クレア、また先導してくれ」

 相田の思い詰めた顔にクレアは小さく頷き、白いシーツで包んだマキを背負ったまま部屋の出口に足を向けた。

 

 部屋を出る直前に足が止まる。

「―――さよなら、セル」

 彼女の小さな言葉に、壁に寄りかかっていたセルは静かに笑ったまま目を閉じていた。

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