⑬静かな激情
「ったく………ようやく、その気になったか?」
相田は口元を手の甲で拭う。歯に当たった唇の裏側からは金属特有の苦みが生まれている。
妹を奪われたリコルは目の色を変え息を荒くさせ、握ったままの拳を垂らしていた。
「マキを………妹をどこに持っていくつもりだ!」
食事も水も十分にとっていなかった彼の一撃には、明らかにいつもの力が入っておらず、それどころか既に息を上げていた。
「クレア、彼女を頼む」
「ちょ、ちょっと。あなたねぇ!」
いきなりマキの体を相田から預けられたクレアが、口を尖らせる。
「悪いな」
一方の眉だけが沈む。
「仕方ありませんね………貸しにしておきますわ」
これから何が起きるか。相田の短い言葉でクレアは理解した。
相田はリコルへ二歩進めると右拳を握り締め、無言のままリコルの腹部に叩き込む。
「ぐ………あ」
「どこに、か? 貴様が知る必要はない」
リコルが相田の腕に体重を預けるかのように前に傾いていく。
「妹の死を言い訳にして、前に進もうとしない臆病者に………知る資格もない!」
相田の心が短く、高い音を立てて軋む。
戦いによって家族と呼べる仲間を失い、前に進めなくなる者の気持ちは、言葉を放った自分自身の心にも痛いほどに伝わっていく。
だがそれと同程度に、彼自身が誰かにとって大切な人の命を奪ってきた事実から目を反らしている事が、相田にとって我慢出来なかった。
「俺がマキの死を!? 貴様に何が分かっ………がっはぁぁっ!」
感情的な表情、先の読める言葉に、相田は顔を歪ませていたリコルの顎を打ち上げる。
「分かりたくもない。分かってどうする? 今まで自分がしてきた事から目を背けている奴の気持ちなど、百害にしかならぬ」
相田は魔王として振る舞う。自分の心を自分で鷲掴みにしたまま沈黙させ、冷めた表情を維持し続けた。
「貴様こそ、何人の命を斬り捨ててきた? 百人か? それとも千人か?」
「………魔王如きが、何を偉そうに。貴様も蛮族達も、それに味方する奴等も、全員人間達の敵だっ!」
倒れずに曲がった膝のままリコルが相田を睨み返すが、相田はさらに彼の顔面を正面から叩き込む。
「がはぁつ!」
鼻血が空中に巻き散らされる。
「敵で結構。ならば立ち上がり、かかってくるがいい」
相田は右腕をまっすぐに伸ばすと、親指以外の指を何度も曲げ、相手を挑発した。
「負ければ、貴様の妹は貰っていく」
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
流血しながらもリコルは片腕で拳を握り、相田に殴りかかる。




