表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星は導かれて  作者: 真狐誠
第1章 新しい世界、森での生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

第7話 私の最愛

 ふと、スティエラは目を覚ました。暫くぼんやりとしていたが、眠る前の状況を思い出しバッと飛び起きる。カエルムが運んでくれたのだろう、自室のベッドから飛び出しリビングへと慌てて移動する。

 バン! と効果音が聞こえそうな程の勢いで開かれた扉の向こうには、寛いでいるカエルムと家事をしているクリスが居た。


「おや、おはようステラ。良く眠れたかい?」

「え、あ、おはよう? 多分、寝れたと思う、ってそうじゃなくて!」


 カエルムの言葉に律儀に返事をするが、見当違いの話を遮る様に声を上げた。


「模擬戦の後、私が気絶してからどれくらい経った!?」


 半ば混乱状態のスティエラがそう問い掛ける。広場で気絶し起きたら自室のベッドなのだから無理もない。ベッドで目が覚めたのだから自分がカエルムに勝ったのはもしかしたら夢では無いか、という不安も理由の一つに挙げられる。


「まだ一時間程度だよ。そろそろ起こして夕食を取ろうかと話していた所でね」

「夕食の支度も出来たので、ステラお嬢様も座って下さい」

「あ、うん、分かった。待たせちゃったみたいでごめんね」

「いえいえ、お気になさらず」


 何時も通りの二人に拍子抜けながらも、スティエラは椅子に座った。普段と変わらな過ぎるので逆に混乱が収まったくらいだ。

 リスタが次々と机に並べていく料理は、一目見ただけで分かる程豪華だった。ふわふわの柔らかい白パンにドラゴンの肉に香草を混ぜ焼いたステーキ、森の川で獲れた魚をバターや香辛料と蒸した物、野菜の旨味が凝縮した具沢山のスープ、泉の水と果物を合わせた果実水、家畜から搾った乳で作られたヨーグルトに森で採れた甘みの強い果物とスイートビーの蜜を混ぜた物、など何時もより食材の豪華さや手間暇の掛け方が何段も上だった。


「何か今日のご飯豪華だね?」

「ふふふ、ステラお嬢様が初めて勝った記念ですもの。しっかり美味しい物を食べて頂きたいので。おめでとうございます、お嬢様」

「……うん、ありがとう、リスタ」


 リスタの答えにようやっとカエルムに勝利した実感が湧いてきた。今までは何だか夢心地だったのだ。何時も通りのカエルムとリスタに変わりなかったから余計に。


「私の事も忘れないでくれると有難いかな? ステラが勝った記念なら、私が負けた記念になってしまうじゃないか」

「旦那様はそれはもう何回も勝利してきたのですから我慢して下さい」


 カラカラと笑いながら冗談をいうカエルムに、これまたリスタも冗談で返した。スティエラの成長が嬉しいのだろう、何時もよりテンションが高く楽しそうだ。

 そんな二人を見てスティエラも嬉しそうに、楽しそうに笑う。カエルムが死ぬ前に勝てた安堵もあり、一入に美しい笑みだった。


 笑い合い、語り合いながら食べた料理は、スティエラが今まで食べた中で一等美味に感じられた。





 日課である森の食料の調達を終え、〈亜空間収納(ストレージ)〉から家の隣の倉庫にモンスターの肉、木の実、香草、家畜から搾った乳等を仕舞い、スティエラは家の中に入る。リスタの掃除が行き届いた家の中は清潔で温かみがあり、普段なら一息吐ける空間だろう。

 けれど、今のスティエラにとっては不安で堪らなくなる場所だった。


「お帰りなさいませ、ステラお嬢様」

「ええ、ただいま」


 リスタの出迎えを受けながらスティエラはある方向に視線を向ける。その眼差しには不安げな色が宿っていた。


「リスタ、父様の容態はどう?」

「……そろそろ、かと」

「……そう」


 重苦しい雰囲気のリスタの返答に、ますます表情を曇らせる。二人がこんな反応なのは、カエルムの容態が原因であった。

 スティエラがカエルムに勝ってから一月程経ち、彼は立ち上がる事すら難しい状態に成っていた。家の外にすら出れず、自室のベッドで眠っている時間が大半だ。いよいよ父に死が近付いていると、スティエラの胸中に不安ばかりが渦巻く日々である。


 家事をリスタに頼んだ後カエルムの自室に入れば、細い息をしながら眠っている姿が見えた。その様子を眺めながらスティエラはベッドの横にある椅子に座った。

 幸い今は身体の痛みは無いらしく、穏やかな顔で眠っている。しかし、顔の輪郭が細くなり、しなやかに鍛え上げられた肉体も随分と痩せていた。模擬戦を行った時とは大違いである。


(細くなったなぁ……腕の筋肉もほぼ無くなってるし……本当に、寿命が近いんだ)


 背筋を伸ばして座っているも、その表情は優れない。親の死期が近いと悟って喜べる子供は珍しいだろう。少なくとも愛されて育ったと自覚しているスティエラには無理だ。

 ぼんやりと、身体が衰えても陰る事の無い白皙の美貌を眺める。


「…………ん……」


 視線に気が付いたのかカエルムは薄らと目を開く。スティエラもカエルムが起きた事に気付き腰を上げた。


「ごめん、起こしちゃった? 水でも飲む?」

「……頼んでも、良いかな」

「分かった、ちょっと待ってね」


 ベッドの横の小さな机にある水差しを手に取りコップに水を注ぐ。カエルムを支えて起き上がらせてから、コップを落とさない様に手渡した。数口飲んだ後スティエラにコップを返した。

 スティエラは表面上は笑顔で接するも、コップ半分の水すら飲めない様子に内心悲しみが広がる。悟らせる様な素振りは見せないが。通常だったら気付いただろうが、弱り衰えている今のカエルムでは不可能であった。


「ご飯どうする? 少しだけなら食べられそう?」

「……そう、だね。少しだけ貰おうかな。頼めるかい?」

「勿論。ちょっと待ってて、リスタに伝えてくるから」

「ありがとう、ステラ」

「気にしないでいいのに。どういたしまして」


 優しげな笑みを浮かべながらそう言い、パタパタと早足にリスタの元に向かうスティエラを見ながら、カエルムは横になる。埃一つ立たない部屋を横目にカエルムはふう、と息を吐いた。自身の身体の衰えを実感し苦い笑みが浮かぶ。


「そろそろ、か」


 ポツリ、と小さな声が部屋に響いた。





 翌日の朝、スティエラは嫌な予感で目が覚めた。ドクン、ドクンと跳ねる心臓に誘われる様に何時も以上に早く身支度を終わらせ、リビングに向かう。そこには危なげなく家事をしているものの、スティエラ同様不安げな雰囲気でソワソワしているリスタが居た。

 そんな様子のリスタと目を合わせ、スティエラは確信する。カエルム……父に何かあったのだと。証拠も無い完全に勘頼りの考えだが、勘というものの重要性を実感しているスティエラは疑わない。

 次の瞬間スティエラはバッと駆け出しカエルムの部屋へ走り出す。


「父様っ!」


 バキ、と壊れる程の力で扉を開き部屋に飛び込んだ。すぐにベッドの方へ視線をやれば、昨日と変わらずにカエルムが眠っている。……大きな音で目が覚めた様だが。ゆっくりと瞬きを繰り返す彼を見て、スティエラは悲痛な、苦しげな表情を浮かべる。

 魔力の流れを見て、カエルムの命が今日までと分かってしまったから。


 魔力というものは生物が生きている間は血液の様に身体中を巡り続ける。睡眠中や気絶したとしてもそれは変わらない。血液だって睡眠中でも止まる事は無いだろう。

 しかし、死にかけているとしたら話は別だ。死にかけている時の魔力の流れは極端に速くなるか、遅くなる。速い時は生存本能が危険だと訴えて兎に角流れを止めない様にと、遅い時はただ単に流れを速くする余裕すらないのである。

 そして死んだ場合は完全に魔力の流れを停止させ、身体に魔力が残留する状態となる。モンスターと戦い勝利した時に何度も見てきた事だ。


 カエルムの場合は、極端に魔力の流れが遅い方であった。もう魔力が流れる余裕すら無いのだ。

 スティエラの表情を見て、死期を悟られたと気付いたカエルムは薄く笑う。


「気付い、ちゃったか」

「……うん」


 近付き椅子に座ってカエルムの手を握る。冷たい手だった。


「……リスタ、呼んでくるね」

「ありがとう、頼むね」


 部屋を出て外で心配そうに立っているリスタの元に行く。


「あ、お嬢様! その、旦那様の様子は、どうでしたか……?」

「生きてる、けど……多分、今日でお別れ」

「そんな……」


 信じたくないと眉を下げるが、スティエラがそんなタチの悪い冗談を言わない事も理解しているので、事実だと信じるしかない。リスタは一度深呼吸をし、気丈に笑みを浮かべスティエラに向ける。


「ステラお嬢様、今日の日課は行わずに旦那様と一緒に居る方がよろしいかと。結界内の事は私でも出来ますので、どうか後悔の無い様に」


 リスタは親しい者との別れを知っている。カエルム程親しい間柄では無かったが、死別の苦しみも、その苦しみを和らげる方法も知っている。けれどスティエラは知らない。親しい者が死ぬのは初めてだ。それも孤独な自分を救ってくれて、十年近く共に暮らした父を亡くすのだから、スティエラが味わう喪失感、苦しみは如何程のものか想像も付かない。

 だからリスタは言う、せめて確りと別れを告げるべきだ、と。大好きな相手が死ぬのを見たくないと避け、死に際に会えなかったら、それこそ大きな後悔を残すのだから。


「……うん。ありがとう、リスタ。そうするね」


 色違いの瞳がゆらゆらと揺れながらも、スティエラは口元を上げた。上げられたと思いたい。

 だって怖いのだ。別れが来るのは知っていたが、何時までも来ないで欲しいとも思っていた。死別の苦しみなんて知りたくない。その苦しみを知って自分はどうなるのだろうと思う。


「……父様起きたから、リスタも顔合わせてあげて」

「勿論」


 結局その考えを後回しにして、話を変えた。放棄したとも言う。考えれば考える程深みに嵌まりそうだったので。

 部屋に戻れば枕を背もたれにしてカエルムが起き上がっていた。具合が悪そうながらも、正気を保った瞳で入って来た二人を見る。


「父様、リスタ連れてきたよ」

「ああ、ありがとうステラ」

「どういたしまして」

「それで、どうかいたしましたか? 何か欲しいのでしたら直ぐに持ってきますが」


 リスタの質問に首を振って否定しながら、カエルムは真剣な顔をリスタに向ける。


「私は今日中には死ぬだろう」

「……はい」

「その前に、リスタに頼みたい事があってね」

「頼み事とは、何でしょう?」


「改めて頼みたい。私が死んだ後、ステラを頼む。私の娘を、どうか支えてやって欲しい」


 身体を動かす事も難しい状態なのに、カエルムは頭を下げてそう真摯な声色で頼む。

 その様子に二人は驚きを隠せない。特に頭を下げられたリスタは尚更。


「だ、旦那様! 頭を上げて下さい! 貴方が頭を下げるなど……!」

「これは私の個人的な頼みだからね。誠意を見せるのは大切だろう」

「わ、分かりました! いえ元々承るつもりでしたが、引き受けますから! 取り敢えず頭を上げて下さい!」


 慌てながらのリスタの返答に、やっと頭を上げたカエルムは安堵の色を見せる。


「ありがとう、リスタ」

「礼を言われる事ではありません。私だってお嬢様の事を家族の様に思っていますから、頼まれなくても離れたりしませんよ。そもそもお嬢様の方が私より強いのですから、そこまで心配する必要は無いと思いますよ」

「それは、うん。分かっているのだけど、親の性って奴なのかな。頼まずにはいられなかったんだ」


 二人の会話にスティエラは胸がきゅう、と締め付けられた。大好きな人に愛されていると分かるのはどんな時でも嬉しいものだ。死後娘を頼むという状況に苦しさも感じるが。


 リスタが家の管理をする為に部屋を出た後、スティエラはベッドの横にある椅子に座りながら、カエルムと他愛の無い話をする。楽しかった事、少し恥ずかしい失敗談、思わず驚いた事、そんな他愛の無い、けれど大切な思い出を。

 話している間は悲しみを忘れられ、楽しさが顔を出していた。その間は本当に楽しかった。心から笑えていた。

 しかし、そんな時間は続かない。どれ程経っただろうか。


「ふふ、それでね、……父様?」


 不自然に途切れた相槌に相手を見れば、胸を押さえて肩で息をする姿が目に入った。その姿を見たスティエラは慌てて背に手を当て魔術で痛みを和らげる。息は落ち着いたが魔力の流れを見てもう本当に最期だと感じた。この時を逃せばもう話す事は出来ないと。

 声を上げリスタを呼ぶ。幾ら別れに慣れているとは言え、最期には立ち会いたいだろうから。

 カエルムをベッドに横たわらせ、背を撫でていた手で細長いが男と分かる手を握れば、リスタが入ってくる。スティエラは間に合ったリスタに安堵した。


「すみません、遅れました。間に合いましたか?」

「うん、大丈夫。間に合ったよ」


 二人でカエルムに目を向ければ、カエルムの視線はスティエラに向いた。


「……ステラ」

「……なぁに、父様?」


 自身の名を呼ぶカエルムに眉を下げた泣きそうな笑みで返す。その瞳はゆらゆらと揺らめいていた。瞳に水が張っていても絶対に泣きはしないと決めている。カエルムとの最期は笑顔で、とそう思っているから。


「ごめんね、もう一緒に居られなくて」


 その一言に、スティエラは手を更に握り締める。表情は変わらないが内心が良く分かる。


「父様が、謝る事じゃないよ。しょうがない……しょうがない事だもの」

「そうだね、どうしたってこの事態は避けられなかった。謝っても変わる事は無いね」


 握られていた手を、カエルムは握り返す。


「言い方を変えるべきだったね。……ステラ、これから先、君の人生には様々な苦難が待ち受けるだろう。けれど、それに負けないくらい、心の赴くままに好きな事をして、人生を楽しんで。きっと私達以外に親しい者も見つかるさ。

 自分の心に従って、納得出来る人生を歩んで、ね」


 親の表情で伝えるカエルムは、優しげで信頼の籠った眼差しでスティエラを見詰める。そんなカエルムにスティエラは更に泣きそうな顔になる。


「うん、うんっ……いっぱい楽しむ、美味しい物を食べて、綺麗な景色を見て、父様が驚く様な大冒険をするっ。自分の人生を目一杯楽しむ!」

「それは、良かった。世界には楽しい事が沢山あって、この森だけで完結するのはもったいないからね。

 ……愛しているよ、スティエラ。私の最愛」

「わた、私も、大好き、ずっと愛してるっ」


 頑張って作った笑顔だが、泣くのを我慢して震える声で返すスティエラに、カエルムは思わず笑う。


「最期にステラと話せて良かったよ……」

「……父様?」


 スティエラの問い掛けに返ってくる声は無い。微かに流れていた魔力も完全に停止している。それが無ければ穏やかに微笑んで眠っているだけに見えただろう。

 もう、目を開く事は無い。言葉を交わす事は出来ない。

 カエルムが亡くなった事実に、我慢していた涙がぼろぼろと溢れ落ちる。息をしない胸に顔を落とし震えていれば、服に涙の跡が出来る。


「分かってた、父様が死んじゃうのは。覚悟していた筈なのにっ…………っ、やだよぉ、逝かないでっ……!」


 覚悟していても、実際に起きた衝撃は比べ物にならないくらい辛く苦しい。もうこの世界に父様はいない。あるのは父様だった物だけ。それが酷く悲しい。

 カエルムの胸に顔を埋めたまま、スティエラはリスタに震えた声で話し掛ける。


「……ごめん、リスタ。ちゃんと、お墓に入れるから、ちゃんと、前を向いて生きるから……だから、今日だけは、父様と二人で居させて、お願い」


 要望通りリスタはスティエラの頭を一撫でして、静かに部屋の外へ出て、魔術で直した扉を閉めた。静かにしていれば中から声を抑えた泣き声が聞こえてくる。今まで泣く機会なんて無く、苦しそうな、下手な泣き方だった。

 壁に寄り掛かりリスタは静かに佇む。


『ステラを頼む』


 ふとカエルムの遺言がリスタの脳裏に響く。ゆっくりと目を閉じてリスタは呟いた。


「承知しています、旦那様」


 決意を滲ませたリスタの頬には、一筋の涙が流れていた。


 泣いて、泣いて、泣き腫らして、脱水症状になるのではというくらい泣いてから、ようやっとスティエラは顔を上げた。目元が赤く涙で濡れているが、表情自体は悲しみはあれどそれ程暗い物では無かった。

 一日中嘆き悲しんで一旦は気持ちの整理が付いたのだ。パン、と両頬を叩き、スティエラは目が閉じられたカエルムを見た。


「これから色んな事を体験していっぱい生きるから、だから、どうか見守っていてね。私、頑張るから」


 宣言するスティエラの顔は、悲しみはあったが口元は薄らと笑みを象っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ