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星は導かれて  作者: 真狐誠
第1章 新しい世界、森での生活

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第8話 プイルトス

 カエルムが亡くなって数ヶ月が経過した。その位時が経てばスティエラも立ち直り普段通りの生活に戻っていた。生活の中で変わった事も存在するが。


「ただいま、父様。今帰ったよ」


 いつも通りスティエラは日課の森の探索に向かい帰ってきた後、家の横にある墓に手を合わせる。白く磨かれた墓石には、カエルム・ミュステリウムと刻まれていた。

 墓石を一撫でした後食材や素材を倉庫に運び、スティエラはリスタと共に楽しそうに料理を作る。


 カエルムが亡くなってから変わった事は幾つかあるが、スティエラとリスタは今までと同じ穏やかな生活を続けているのだった。




「リスタ、これから外に出ようと思うけど、何か欲しい物はある? あるなら取ってくるよ」

「そうですね……では浅部の土をお願いします。今の魔素濃度だと育てている作物がモンスターに変化してしまう可能性があるので、濃度を薄めたいのです」

「了解、分かった。となると、帰ってくるのは少し遅れると思う。遅くても気にしないでね」


 この森は深くなる程魔素が濃くなる。魔素は耐えられる者にとっては良いものだが、それ以外には身の程を知らない愚か者を罰する様に牙を向く。ただの植物が凶暴なモンスターに変化する事もある。

 それを起こさない様に、浅部の土で結界内の土の魔素濃度を下げるのだ。森の樹木でもたまにモンスター……トレントに変化する事がある。この森のトレントはスティエラでも対処するのが少々面倒臭い。そうなる前に対処する。


 結界を出て必要な物を採取しながら暫く森を駆け抜けていれば、それなりの時間を掛けて浅部に近付く。時折りモンスターが襲ってくるが浅部、中部程度ではスティエラの障害にはなり得ない。

 襲ってくるモンスターを一太刀で倒し、浅部でも特に魔素濃度が薄い土に当たりを付ける。


「これで良し、と」


 木箱を〈亜空間収納(ストレージ)〉から複数取り出し採取した大量の土を詰めていく。木箱一杯まで詰め込んだ土を〈亜空間収納(ストレージ)〉に収納し、手に付いた土を払った。しゃがんだ事で土が付いた服も払い、スティエラは立ち上がる。


「やるべき事はやったし、そろそろ帰ろうかな。リスタも心配してるだろうし……ん?」


 家に向かおうとするスティエラだったが、ふと浅部でも森の外側に近い方に顔を向ける。何かが気になったのだ。じっとそちらを向いていれば森のざわめきの他に微かに音が聞こえた。

 スティエラにはその音が助けを求める声に聞こえた。

 この森は弱肉強食がルールだ。そのルールに則るならば気に掛ける必要はない。実際今までも弱者が蹂躙される場面を見た事はある。それでも心中は兎も角、何かをする事は無かった。可哀想だから、と何でもかんでも助けたら駄目な事は理解していたから。

 しかし、今回の声を無視してはいけない、何故かそう思った。無視をすれば後悔する、と勘が訴えていた。スティエラは訝しげに眉を寄せるが、自分の勘を信用している為音の方向へ足を向けた。


「何があるって言うの……?」


 早足で駆け、声の発生源へと進む。魔素も大分薄くなり森の外に近い所に声の発生源は居た。


「にゃっ……みゃう……!」

「グルルルル……」


 数匹のフォレストウルフに囲まれている猫の様な鳴き声を上げる生き物。それは自分より大きい生き物を守る様に必死に立ち上がり、フォレストウルフを睨みつけていた。

 その姿を見てスティエラは何故勘がざわめいたのか理解した。声の主がスティエラを創る時に混ぜ込んだ、遺伝子の大元の種族の一つだと気付いたからだ。


 プイルトス、それが目の前にいる生き物の名前だ。

 見た目は地球でいう猫のメインクーンに近く、背中に二対の翼が生えており、額には鮮やかに輝く宝石が埋まっている。成体になれば体長が三メートルを超えるのがざらである。

 知能が高く、大魔術を使いこなすのがプイルトスという聖獣だ。とても高い実力を持つ生物である。

 聖獣とは聖属性や上位属性の神聖属性の適性を身に宿す獣の総称であり、人間に友好的かは関係無い。


 目の前のプイルトスはその幼体……いや、赤子と呼んでも良い程幼い。その為フォレストウルフにはどう足掻こうと勝つ事は出来ない。守ろうとしているぐったりと動かないのは親のプイルトスなのだろう。


 今の状況はスティエラにとって、親戚が害獣に殺されそうになっている場面の様なものだった。そんな状態でスティエラがとる行動は決まっている。

 魔術で地面から土の杭を生み出しフォレストウルフ達を串刺しにする。杭は避ける余裕も無い程の速さで、フォレストウルフ達は絶命し血の匂いを漂わせるだけだった。

 フォレストウルフの死体を魔術で浮かしプイルトス達から移動させ、白い炎で焼き払った。一瞬で消し炭になり焼けた匂いが辺りを漂う。


 フォレストウルフの処理を終え、スティエラはプイルトスに近付いた。なるべく刺激しない様にゆっくりと。

 近付いた事で子のプイルトスの姿形がより詳細に把握出来た。親と比べると小さく、一メートルも無い。体長は三十センチ程だろうか。血が流れ汚れてはいるが、青みがかった薄い灰色の毛並みと青色の瞳、額の宝石も瞳と同じ青色。背中の二対の翼はまだ小さく、武器である牙や爪も頼りなかった。それでも親を守ろうとする瞳には強い意志が宿っていた。

 親のプイルトスはうつ伏せで動かず顔は見えないが、子と同じ体毛で翼や牙、爪は流石聖獣と言った具合に立派なものだった。プイルトスの成体らしく体長も三メートルを超えている。


 子のプイルトスは一瞬で敵を倒したスティエラを警戒するが、自分と似た何かを感じたのか、困惑もしていた。何故仲間の様な感覚を覚えるのかと。

 スティエラは子の前まで歩き、目線を合わせる様に膝を付く。確りと目を合わせる。傷付ける意志は無いと伝わる様に穏やかな色を乗せながら。


「初めまして、プイルトスの子。突然現れた私を警戒しているだろうけど、回復魔術を掛けさせて貰えないかな? 貴方の怪我は重傷で、危険な状態なの。傷付ける事は決してしないから」


 赤子にも等しい子はスティエラの言葉を理解する事は出来ない。けれど、何となくスティエラが自分を傷付ける事は無いと本能で理解していた。真摯な目が物語っていた。

 だから、子はじっとスティエラを見詰め頷く。その瞬間子と親の下に魔術陣が浮かび、光属性の魔術で傷が癒えていく。痛みが消えた事に子は不思議そうな顔をして首を傾げていた。


(子供の方はこれで大丈夫。でも、親の方は……)


 悲しそうな表情で親を見る。スティエラの魔術では助けられない。来た時にはもう手遅れだったのだ。出来た事は死までの時間を少し延ばすだけ。それでも、親が目を覚ますのには十分だった様だ。


〈ぐ……おや、色々と混ざった人型の同胞とは珍しい。お前が助けてくれたのか、感謝する〉

「……ええ、でも、分かっているでしょう?」


 念話で語り掛ける親は、流石聖獣と言うべきかスティエラに混ぜ込まれた遺伝子を理解したらしい。警戒する事も攻撃に移る事も無かった。寧ろ何処か親しげだ。

 対するスティエラは固い表情で言外に問う。死が近いと言う事を。


〈ああ、私はもうすぐ死ぬだろう。けれどお前がその時間を延ばしてくれた。母として情けない事に、子に何も言えずに死ぬ所だったのだから、感謝しか無いよ〉

「そう……ねぇ、貴方達に何があったのか、教えて貰える?」

〈そうだな、お前も知っていた方がいいだろう〉


 ごろごろと甘える子をあやし、毛繕いをしながら母親はスティエラに事の顛末を話す。


〈元々私達は親子三匹で違う森に住んでいてな、夫がその森の主だったんだ。私達で瘴気を浄化しながら暮らしていた。私達は聖属性しか使えないがそれでも浄化出来ていた、何の問題も無かった〉


 瘴気とは汚染された魔素、魔力の事であり、世界にとっての害となる。聖属性、上位属性である神聖属性はそれを浄化する事が出来るので、聖獣達は浄化するのが使命と言っても過言では無かった。

 スティエラも聖獣の遺伝子を受け継いでいるので聖、神聖属性の適性がある。なので森で瘴気が確認出来たらその都度浄化していた。世界の害であると理解しているから。


〈だがある日、森に人間が現れた。浄化して豊かな森になっていたからな、魅力的だったのだろう。最初は森の恵みだけだったがエスカレートしていき動物、モンスター、果てには聖獣(私達)にも手を出そうとしてきた〉


 その時を思い出しているだろう、不機嫌そうな声色だった。


〈当然返り討ちにしてきたが、暫く経ってから現れた人間達は他の者と違った。掌くらいの黒い箱を持っていてその箱を使い何かを発動すると、黒い泥が現れ私達に纏わりついてきた。その泥の能力か人間達を追い払えないくらい弱体化してしまってな。逃げる事しか出来なかった。……今思えばあの泥は瘴気の様にも感じたな。

 その後はこの子を守りながら必死に駆け、飛び、この森に逃げ込んだ。私達はこの森の魔素濃度に耐えられるが、人間達には不可能だからな〉

「……そうだったのね、ありがとう、教えてくれて」

〈何、気にするな。同胞だからな、危険な情報の共有くらいするさ〉


 予想以上に危険な話を聞きスティエラは険しい顔をする。瘴気を利用するなんて、と。感情面での嫌悪感もあるが、単に危険なのだ。下手を打てば世界を蝕み大陸が消えてもおかしくない程に。比較的安全に瘴気を扱う方法もあるが、それも結局比較的でしか無く、専門家以外が扱うのは看過できない。

 瘴気を扱うなんてそいつら馬鹿なのか? と直球な罵倒を考えながら、スティエラは目の前の親子を見る。


 今生の別れだと子も理解しているのだろう。目一杯必死に甘え、母親もそれに応え甘やかす。子を見る母親の目はただ只管に愛おしいと訴えていて、カエルムを思い出しスティエラは胸が締め付けられた。

 暫く経てば母親がスティエラの方へ向く。別れの時間だと気付いたのだろう、子は悲しそうな顔になった。


〈そういえば名前を聞いていなかったな、お前の名前は何と言うんだ?〉

「……スティエラよ、ステラって呼んで。貴方は?」

〈そうか、ステラか、良い名だな。私達は名前を付ける習慣が無くてな、残念だが名乗る名前は無いな〉


 瞳に悲しそうな色を宿しながらスティエラは答える。愛称を名乗るくらいにはプイルトス達に親愛を抱いており、この別れに胸を痛めていた。


〈ステラよ、頼みがあるんだ。お前にしか頼めない大切なものが〉


 母親はスティエラに告げる。真剣な色を宿した目はとても強い意志が見て取れた。スティエラには何となく母親の頼みが察せられた。


「……なぁに? 頼みって」

〈まだ子供のお前に言う事では無いと分かっている。だがそれでも、私の子を、育ててくれないか。理不尽から身を守れる力を得られる様に。お前の使い魔にしたっていい。私の死体をどう使おうと構わない。頼む〉


 そう言って母親は深々と、地面に付く程に頭を下げた。そんな母親の近くに膝を付け、スティエラはその毛並みを優しく撫でる。


「ええ、引き受けるよ。貴方の想いは良く分かるから。ほら、顔を上げて?」

〈ありがとう……本当に、ありがとう……〉

「そんなに深刻にならないでよ、もう。同胞のよしみだよ」


 軽く笑いながらスティエラは立ち上がり子の方に顔を向ける。


「貴方はどうしたい? 私の元に来たい?」

「……にゃう」


 スティエラの言葉に答える様に鳴き、子は足元に近付き肯定を示した。うるうると目を揺らす子を抱き上げ、スティエラは母親を見る。人型では無い為表情を読みにくいが、穏やかに微笑んでいる様に感じた。


〈ステラの元で、健やかにな。プイルトスとして恥じない生き方をしなさい。愛しているよ、私達の可愛い子〉


 その言葉を伝えた瞬間、母親の命が消えた。ぐしゃりと地面に倒れ込み動く事は無い。死体をこれ以上傷付けられない様に、利用されない様に、埋葬する為に〈亜空間収納(ストレージ)〉にしまう。

 そんな様子を見て、とうとう子の目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。スティエラの肩にしがみつき泣き声を上げる。痛みすら感じる程の力だが、スティエラは気にせず抱き締める。


「良く耐えたね、偉いよ。……辛いよね、家族が亡くなるのは。分かるよ」


 震える背中を撫でながらスティエラは語り掛ける。


「それでも、生きていかなきゃいけないんだよね。ほら、帰ろうか。今日から貴方の家でもあるからね」


 しがみ付いたままの子を抱えながら、家へと帰る。この日、スティエラにとって家族が増えた日となった。

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