第6話 VSカエルム再戦
カエルムとの模擬戦から数ヶ月が過ぎた。
その間スティエラは何時もより厳しい鍛錬を重ねたり、ちょっかいを掛けて来た森の深部のモンスターと戦ったり、リスタに料理の作り方を習ったり、と忙しい日々を過ごしていた。
それ以外にもリスタとコソコソ何かを作ったりしていた。カエルムは見てはいけないと宣言した上で。除け者にされ地味にカエルムは傷付いていた。
そんなスティエラは現在再び広場に居り、正面にはカエルムが対峙していた。再びスティエラが模擬戦を頼んだのである。
「今日は、必ず勝つから」
そう宣言するスティエラは、数ヶ月前とは明らかに雰囲気が異なっていた。瞳に静かな、けれど確かな闘志をゆらゆらと灯した姿は、確かな意思を感じさせた。
そう宣言だけをして、スティエラは一瞬で動ける様に体勢を整える。それに合わせる様にカエルムも柔らかな雰囲気を尖らせる。その場の雰囲気は何時切れてもおかしくない程張り詰めていた。
カエルムから目を離さずスティエラはスッと左手を横に伸ばす。翳した掌の前に複雑な魔術陣が表れ、次の瞬間には手に長剣が握られていた。
その剣身は細身だが、冷たさを感じさせる程の鋭さが見て取れる。柄の部分には薔薇や蔓の装飾や、細やかな模様が刻まれており、優美な印象を抱かせる。
何よりも剣身が他に類を見ない程特徴的であった。薄らと水色に色付いた白い剣身が、水晶の様に透き通っていたのである。剣身にも少々模様が刻まれているらしく、光によってキラキラと模様が浮き出る。
その美しさは、数多の芸術家が感嘆し褒め称えるものだった。飾られている美術品にも引けを取らない。スティエラが持つにあたってこれ程馴染む物も無いだろう。
「綺麗だね、その剣。リスタと作っていたのはそれ? 材料はリスタに貰ったのかな?」
「そうだよ、やっぱり父様には分かっちゃうか」
スティエラが握っている剣、『クリスタルム』と名付けたそれはカエルムが言った通り、リスタの本体である泉に生えている水晶樹の素材を使用して作られた物だ。スティエラとリスタ二人で散々試行錯誤しながら作られたクリスタルムは、自慢の傑作でもあった。スティエラが今まで使っていた剣と比べたら、誰もがクリスタルムを選ぶ程度には。スティエラが今まで使っていた長剣も上質な物なのだが。
一目で材料を当てられ、流石にスティエラも苦笑いを浮かべる。剣身で分かりやすいかもしれないけど一瞬で当てる? と言わんばかりに。
「まあ、良い剣なだけじゃないんだけどねっ!」
そう告げたスティエラはカエルムに向かっていくでもなく本人としては少し、けれど他者にとっては膨大な魔力を、その剣に流し始めた。
普段とは違うスティエラの動きに警戒したカエルムは、次の瞬間目を見開く。
魔力を流された剣身が等間隔に別れ、その小さな剣身と剣身の間に魔力の線が伸びる、所謂蛇腹剣の形状に変化したからだ。
スティエラは伸びたクリスタルムを鞭の様に振るい、カエルムの僅かな動揺を逃さず攻撃する。余裕を持って避けるカエルムだが、顔は愉快げに笑みを浮かべる。
「ははっ! 蛇腹剣か、良いね! そっちの方が性に合ってるのかな?」
「ええ、ただの剣じゃ物足りなかったんだよね!」
会話をしている間もクリスタルムを蛇腹剣、鞭、長剣と三つの形状に変えながら攻撃を続ける。三形態に変化する武器はスティエラにとってしっくりきたのだ。一つの武器で何種類もの攻撃が繰り出せる。その攻撃の多彩さに惹かれた。
その分、習熟する武器の数も増えて大変なのだが。それでもスティエラは自分の武器はこれだ、と心から思った。
数ヶ月で今の実力になったと信じ難い程、スティエラは蛇腹剣や鞭の練度が高かった。その様な形状に適性があったのも理由の一つだろうが、カエルムの寿命の短さも短期間で技量を上げた原因だろう。負けられない理由があるからこそスティエラは我武者羅に力を付けたのだから。
そもそもの体術や剣術も格段に技量が上がっており、その洗練された動きで前回の戦いよりカエルムと渡り合っていた。その実力の上がり具合にカエルムも目を見張る。
「強くなったね、ステラ」
「でしょう! 私、頑張ったんだから!」
クリスタルムを長剣へと変化させ胴体へと切り掛るが、横に動く事で避けられ反撃に拳を顔に受けそうになる。だがスティエラは紙一重で避けまた攻撃を続ける。
演舞とも呼べる様な鮮やかな動きが暫く続いたが、その応酬にも変化が訪れる。
スティエラが魔術も使い始めたからだ。いや、その表現は正しくないか。所々無属性魔術の〈身体強化〉やクリスタルムを取り出した際に時空魔術の〈亜空間収納〉は使用しており、属性有りの殺傷力のある魔術を使い始めたの方が正しい。
特筆すべきは数ヶ月前の詠唱とは異なり、魔術陣を用いて発動させているという点だ。
一瞬、というよりは遅いが、それでも数瞬で三つの魔術陣が描かれそれぞれから魔術が発動する。地属性の魔術はカエルムの足元を泥状に変え拘束しようとし、火属性と風属性は混ざり合い更に威力を上げた炎の波がカエルムを襲う。
「おっと、危ない危ない」
「そうは見えないんだけど?」
しかし足元の泥は一踏みで吹き飛ばし、勢いが強い炎の波は魔力で身体を覆い防御したカエルムにスティエラは呆れを隠せない。そう易々と防がれたらこっちの立つ瀬が無いじゃない、と。そんな事を思いながらも攻撃の手を緩めはしないが。
複数の属性を発動し、更に強力な威力にさせ魔術を放つ。魔術の種類も拘束、妨害、攻撃と、相手にとって単独で使われるより遥かに対応しにくい。スティエラがカエルムの助言を受けひたすらに鍛錬した結果である。
しかし、前回より遥かに善戦しているがカエルムにはまだ余裕がある様に見える。
「あーもう父様強過ぎ! 三重奏術まで使える様に頑張ったのに無傷って何!?」
「まだまだやられる訳にはいかないからね。それはそれとして三重奏術まで使える様になったのは本当に驚いたよ。いや本当に」
少し離れた場所で魔術を次々発動しながらも、スティエラはカエルムへ不満を漏らす。少し位当たれと。
カエルムは笑みを見せ答えるも、予想したより遥かに成長したスティエラに驚きを隠せない。この短期間で三重奏術まで使える様になるとは思っていなかったのだ。
三重奏術とは一度に使える魔術の数が三つの事を指す技術だ。魔術を同時に発動する事は大変難易度が高い。通常の魔術師は一つの魔術しか発動出来ず、二つ同時に発動出来るならばその魔術師は平均より上、三つの場合は優秀だ、天才だ、と賞賛される程の技量だ。
魔術は同時に使えば使うほど魔力回路に加速度的に負担が増していき、最悪の場合重傷を負い魔術を使えなくなる可能性もある。一朝一夕とはいかない技術なのだ。
いくらスティエラと言えど、この上達速度にカエルムが驚くのも無理は無かった。
(どうする、そう簡単に負けはしないけどこのままじゃ父様には勝てない)
魔術と同時に蛇腹剣で攻撃しながら、スティエラは必死に頭を回転させる。このまま戦ったとしても短時間で負ける事は無い。それだけスティエラの実力が上がったと言う事であるし、慎重に戦っている事でもある。カエルムが本気を出せないというのも大きな理由ではあるが。
しかしこのまま何もアクションを起こさなければ負けるのはスティエラだろう。今回は絶対に負けられないのだ。焦燥によって頬に一筋汗が流れた。
焦りを宥める様に一つ深呼吸をする。
(落ち着け、焦るな。感情を乱せば勝ち筋すら見付けられなくなる)
カエルムを鋭く見詰めながらクリスタルムで斬り掛かる。鋭い一撃だがカエルムは軽々と避け、反撃としてスティエラを蹴り上げた。
「油断大敵、だよ」
「ぐっ、う……!」
蹴りの衝撃で宙に舞うも、体勢を整え音も無く着地する。咄嗟にクリスタルムの柄で蹴りを受け流さなければ、これで模擬戦は終了していただろう。蹴りの威力で痺れる腕を自覚しながら、スティエラは直ぐに立ち上がりカエルムから目を離さない。
強者の前でただ蹲るのがどれだけ危険か身に染みて知っているから。
(駄目だ、これじゃ直ぐにやられちゃう……!)
カエルムとの実力差にスティエラは顔を歪める。
確かにスティエラは強くなった、カエルムが驚く程に。けれど、それでもスティエラはカエルムの足元……いや、影にすら追い付いていないのだ。例え模擬戦だとしてもカエルムに勝利するなんて、そもそも不可能な事なのだ。
それこそ相当な無茶をしない限り。
(無茶……? そうだよ、無茶な事をすれば良いんだ!)
魔術とクリスタルムで攻撃を続けながら、スティエラは名案と言わんばかりにそう思った。カエルムに悟られる様な真似はしなかったが。
(このままじゃ勝てないのは明白なんだから、無理の一つでもして少しでも勝ち筋に近付かなきゃ。怪我しない様に、なんて甘えるな。父様には心穏やかに、心配せずに逝って欲しいのだから)
ふう、と細い息を吐く。カエルムを見る眼差しにはもう焦燥は無く、静かな覚悟が帯びていた。
スティエラの雰囲気が変わった事に気付き、少しだけ気を取られたカエルムの意識を縫う様に、スティエラは人外の身体能力を駆使し一瞬で目の前に移動する。カエルムは問題無く反応するが、それでも一瞬遅れたのは事実。スティエラ自身でも驚く程の鋭さで振り下ろされる剣に、カエルムは咄嗟に魔力で作った剣で受けた。
この瞬間、間違いなくカエルムの余裕は消えていた。
これまで以上に激しい剣戟に加えて、スティエラが放つ魔術もこれまた激しいものだった。斬り合っている背後では火、風、水、地等の魔術が雨あられと降り、それをカエルムは魔力操作の応用で魔力を球状に変え地面へと撃ち落とす。凄まじい応酬であった。
(もっと、もっと速く!)
カエルムの余裕が一瞬でも消えた理由、それはスティエラが怪我のリスクを気に止めず攻撃に全振りし始めたからだ。攻撃が最大の防御と言わんばかりに防御を投げ捨て、自らが放った魔術で傷が付いても気にしない。
〈風の矢〉をカエルムに放つ。近くにいる自分ごと攻撃し身体に数本線が走る。
炎を波状に変形させて攻撃する魔術、〈炎の波〉をカエルムに放つ。炎の余波で軽い火傷を負った。
反撃としてカエルムの攻撃を食らうが、致命傷で無ければ避けない。
「ステラ!? いくら何でも捨て身過ぎないかい!?」
その猛攻に、流石にカエルムも心配の声を掛ける。愛娘が急に自分の身を顧みず攻撃してくるのだから無理も無い。普段から自分の安全第一と教えているのだから尚更に。
しかし、その考えは自身の寿命の短さをスティエラがどう捉えているか理解していないものでもあった。
「捨て身にもなるよ! だって、今日勝たなきゃもう戦える日なんて、勝てる日なんて来ない! 父様を安心させられずに逝かせる事になる! そんなの絶対に嫌だっ!」
顔を歪めて必死に訴えるスティエラに、一瞬カエルムは固まった。自身の為に死に物狂いで勝とうとしている、スティエラがそんな風に思っているなんて夢にも思わなかったから。
固まりはしたがそれも一瞬で一般人なら気付きもしないが、戦いに身を置く熟練者にとっては明らかな隙だった。そして、スティエラもその隙が理解出来る側だ。その隙に乗じて飛び出す……のでは無く、反撃を受けない様に地面を蹴って勢い良く後方へと移動した。クリスタルムを蛇腹剣へと変化させカエルムが近付けない様に牽制しながら、スティエラは一際大きな魔術陣を空に描き始めた。
隙が有るからといって元々カエルムの実力に追い付けた訳ではない。折角の隙を作り出しても近付けば普通に対処されるだろう。それなら近付きはせず、その隙をついて最初から反撃出来ない程の大技を繰り出す方が良い。
蛇腹剣で牽制し、それでも近付かれそうになったら簡単な魔術で押し留め、ゆっくりと、しかし確実に魔術陣を描く。今からスティエラが使おうとしている魔術はスティエラでも呪文と魔術陣を使用してギリギリ使える程の威力と難易度を誇る。禁呪とまではいかないが規模の大きい魔術だ。
スティエラでも十秒程の時間を掛け、頭上に十メートル程の巨大で緻密な魔術陣を完成させた。
『火よ、炎よ、業火よ、燃えろ、燃え盛れ、焼き尽くせ。汝は熱にして裁き。我が定めた罪を焼き尽くし、この世の罪を浄化するもの。我が魔力を依り代に、今この瞬間に顕現せよ、〈地獄の業火〉』
発動するだけでも多大な負担が掛かるのだろう。耐える様に眉を寄せ冷や汗が頬を流れるのを感じながら、更に呪文を唱えたスティエラの頭上に、三対の翼の形状の白い炎が現れた。
一目で高温だと分かる白い炎は翼をはためかせ、上空を優雅に舞っていた。その様子をカエルムは油断の無い眼差しで見詰めていた。ハンデのある今の模擬戦ではこの魔術が脅威に値すると理解しているから。後魔術を使ったスティエラに異常が無いかと言う心配もある。
地獄と言う名称が付けられているのに神聖ささえ感じる炎は、一度翼をはためかせると一瞬でカエルムの頭上に移動した。そしてその翼を広げ何本もの羽根をカエルムに向かって発射した。当然カエルムは避けるが、地面に着弾した羽根は爆発し周辺を白い炎に染める。一瞬で周囲を常人なら燃え尽きる温度に上げるそれは脅威そのものだった。白い炎は自身の羽根を射出しながら、翼を広げてカエルムに近付く。白い炎本体が最も温度が高いので、いくらカエルムと言っても危険極まりないそれに近付かない様に距離を取り続ける。
絶えず発射される炎の羽根を避け続けながら、カエルムは一瞬だけスティエラへと視線を向けた。炎の猛攻で余裕は失っていたので一瞬だけ。
居なかった。
クリスタルムを振り翳す姿も、大魔術を使用して冷や汗を掻く姿も、影も形も見付けられなかった。それに驚く同時に、カエルムの背筋にゾッと悪寒が走る程の殺気を感じた。殺気が発される方を向けば、すぐ側でクリスタルムを振り翳すスティエラがいた。
その様子にカエルムは目を見開いた。
「な、ばっ!」
思わず罵倒の成り損ないが口から飛び出す。スティエラの様子を見ればカエルムにとって仕方の無い事だった。新たに〈身体強化〉を使っているのが見て取れたから。〈地獄の業火〉と言うスティエラにとってギリギリ発動可能な魔術を使ったと言うのに、直後新たに魔術を使うのは使用者に大きな負担が掛かる。最悪の場合魔力回路に大きな傷が付き魔術が使えなくなるかもしれない。
そんな無謀とも言える行いにカエルムは驚いたのだ。
そんなカエルムにスティエラは肉薄する。無理矢理行使した〈身体強化〉でギシギシと身体が痛むのを感じるが、致命傷にはならないと半ば勘で理解しているスティエラは省みない。
人外の身体能力を魔術で更に強化した状態で、スティエラは防御を完全に無視した攻勢で次々と斬り掛かる。スティエラがギリギリ耐えられる強化率の〈身体強化〉は、それこそ実力者が見ていても目で追えない程の速さだった。
ここまでくると流石のカエルムも防戦一方になっていた。〈地獄の業火〉の攻撃に、スティエラの猛攻に、反撃する暇が無い。どちらか片方なら対処の方法もあるのだが。
そんな攻防を続けていた。数分攻防が続くと、スティエラに変化が表れる。
段々とスティエラの動きが、キレが、魔力操作が、洗練されていったのだ。ある種の極限状態に適応していったのだろう。カエルムが対処するのも段々苦しくなっていく。
それは一瞬だった。
スパン、と今日一番と言って良い程の速く鋭い一太刀を、カエルムの胸に浴びせたのだ。
有効打、と一目で分かる一太刀だった。
初めて攻撃を受け赤く染まる胸を見てカエルムは目を軽く見開くも、目を細め穏やかな微笑に変える。優しい光を目に宿しながら、呆然とへたり込むスティエラを見る。
「おめでとう、ステラ」
「……え……わたし、勝った……?」
実感が無く呆然としながら呟くスティエラだったが徐々に現実だと理解し、目を潤ませながら輝く程美しい笑顔を浮かべた。
「や……やった……! わたし、父様に、勝ったんだ……!」
その言葉を発して手を握り締めた瞬間、スティエラは眠る様に気絶した。無理もない。地面に倒れる前に腕で支えたカエルムは仕方が無いなと苦笑をこぼしながらスティエラを抱き上げた。
致命傷は無いものの血塗れのボロボロなスティエラを魔術で治療し、一緒に汚れ等も落として綺麗な状態に戻した。自分の胸の傷も治し、傷一つ無く元通りになる。
「……お疲れ様、良く頑張ったね」
疲労と怪我ですやすやと眠るスティエラの頭を、カエルムは優しく労る様に撫でた。本当に、本当に強くなったと。
「失礼いたします。夕食の準備が整いましたので、そろそろ……あら」
眠るスティエラの頭をカエルムが撫でている所に、夕食の報せを伝えにリスタがやって来た。スティエラが眠っている目の前の光景に口元に手を当てて驚く。
「ああ、すまない。もう夕食の時間か」
「はい、そうなのですが……」
「見ての通りステラが眠っているからね」
「ふふ、そうですね」
スティエラを見て微笑む二人。二人にとってスティエラは大事な大事な愛しい子供なのだから、もう目に入れても痛くないくらいには可愛い。悪い事をして叱る時や鍛錬以外では本当に甘くなる。ゲロ甘だ。
「それで、今回の模擬戦の勝敗はどうなったのですか?」
そう聞くリスタだったが、カエルムを見詰める瞳は結果が分かっている様に見えた。その様子にカエルムは思わず苦笑いを浮かべる。
「その目は分かっていると言っているよ?」
「ふふ、ステラお嬢様の必死の努力を見てきましたし、予想はついておりますが実際に目にした訳ではないので」
「そんな目で言われてもなぁ……うん、私が負けた、ステラの勝ちだよ」
「そうでしたか、それはめでたい事でございますね」
そう言って微笑むリスタに、カエルムは煮え切らない笑みを浮かべる。その様子をリスタは不思議に思った。
「あまり嬉しそうではありませんが、何かありましたか?」
リスタの問いに眠っているスティエラの白黒の頭を見る。
「戦っている時に無茶をしていてね……これからもあんな戦い方をするかと思うと、少々不安でね」
「なるほど……ふふ、それなら大丈夫だと思いますよ」
カエルムが一抹の不安をこぼせば、それは杞憂だとリスタは告げる。そんな反応にカエルムは首を傾げるしかない。
「何故平気だと分かるんだい?」
「ステラお嬢様の目的ですよ。旦那様が亡くなる前に勝って安心させたい、それがここまで我武者羅に頑張った理由ですから。旦那様の寿命が残り短くないのなら、まあ多少の無茶はしたかもしれませんがここまでの無茶はしませんよ。
……今回程の出来事があるなら危険な行為をするとも言えますが、それだってステラお嬢様がわざとその元凶に向かっていくなんて無いでしょう」
「……そうか」
リスタの推測、というには断定的な言葉にカエルムは小さな言葉を返すしか出来ない。俯くその顔は薄らと赤色に染まっていた。先程のスティエラの言葉を思い出した。自分を思っての行動に、何ともいえない感覚が身体中を駆け巡る。
嬉しかった。そう、嬉しかったのだ。
無茶をするのは心配だが、その原因がカエルムを思っての事に、それを実行出来るまで力を付けた事に、スティエラの成長を実感した。心の奥底を優しく触れられた気分だった。
「子供の成長とはこんなにあっという間なんだね……成長振りは嬉しいけれど、少し寂しさも覚えるよ」
「そうですね、でもそれが子育てというものなのでしょう」
「まったくだ」
少し寂しげに、けれど軽く笑いながらクリスに同意するカエルムの表情は、どこかスッキリとしたものだった。カエルムが亡くなってもスティエラはやっていけると、そう思ったから。一つ肩の荷が下りた様だった。
これからの長い人生、失敗も挫折も沢山経験するだろう。けれど、相当な無茶をしてでもカエルムに勝った向上心があれば大丈夫だろうと、そう思った。
「それと、旦那様はステラお嬢様に好かれている自覚が足りないと思いますよ。あれだけステラお嬢様が頑張れたのは、旦那様の事を父として慕っているからです。勿論私も旦那様の事を敬愛しております。貴方がいなければ私はもう生きてはいなかったでしょうから。愛されていると自覚はしているでしょうが、それでも足りません。
……自分が思っている以上に、もっと貴方は愛されているのですよ」
愛しているし、愛されている自覚もあったがそれでも足りなかったらしいカエルムは、ポカンと驚いた後眉を下げて苦笑いを浮かべる。もっと早く知りたかったな、と。
寿命までの短い間、スティエラを愛でるのは当たり前として、もっと気軽にお願い事でもしてみようかな、と考える。スティエラの楽しげな笑顔が目に浮かぶ様だった。




