第4話 タイムリミット
三メートル程の犬系のモンスターと、スティエラは相対していた。黒い毛並みに鋭い牙と爪、スティエラを食欲が宿った目で見る凶悪な顔は、常人が見たら動けなくなりそうな程の迫力に満ちていた。
そんなモンスター目掛けてスティエラは走る。まだ幼いと称してもおかしくない体躯ではあるが、人外の身体能力を使いモンスターが驚く程の速さで肉薄する。
当然モンスター……マーダードッグと言う名称の獰猛なモンスターも、ただ迫ってくるスティエラを見ているだけでは無い。やって来たスティエラの頭を噛み砕こうと、鋭い牙が生えた口を開けて襲い掛かる。
その攻撃を逆に利用する様に、スティエラは僅かな動きでそれを避け、持っていた長剣の刃を立て開かれた口を斬り裂く。マーダードッグの襲い掛かった勢いの影響もあり、長剣は口内で止まる事無くマーダードッグの後頭部すら斬り裂き死に至らしめる。
ドサリ、と鈍い音を立ててマーダードッグは地面に倒れ伏した。斬った直後の頭部は鋭利な斬れ味だと言う事もあって血が吹き出す事も無かったが、倒れた瞬間衝撃が加わったからか直ぐ様大量に血を吹き出した。
ブン、と長剣を振るい付着した血を吹き飛ばす。血が吹き出るマーダードッグの様子にスティエラは微妙な顔になるが、血抜きにもなるのでそのままにしておく。折角の上質な肉の品質を落としたくは無いので。
そして後方で気配を消しながら見守っていたカエルムに声を掛けた。
「どうだった、父様?」
「文句無しに上出来だったよ。強くなったね、ステラ」
カエルムの言葉通り、スティエラは本当に強くなった。マーダードッグは森のモンスターの中で中位の強さを持つ。それを傷一つせずに容易に倒したのだ。森の高位のモンスターとも戦闘を成立させられるだろう。勝利出来るかは分からないが。そんなスティエラにカエルムは褒める以外の言葉を吐くなんて出来ない。
スティエラは先日八歳になった。つまりディヴェリスに転生してからたった三年で凶悪なモンスターを倒す実力を手に入れた事になる。カエルム特製の肉体があるとは言え、凄まじい成長力である。
褒められて口角が上がるスティエラだったが、ふと左手で持っている長剣を見た。
「初めて武器を使ったけど、便利だね」
スティエラはカエルムに武器を使った戦闘を許可される様になっていた。カエルムが考える実力に到達したので武器の扱いも教える様になった。鍛錬はしていたが、実戦で使ったのは今回が初めてだ。
それでスティエラは武器と言う物を、人類が長年使用している理由を実感する。
便利なのだ。素の攻撃力から段違いの攻撃力を出せる。スティエラの場合は体術だけでも強いが、武器は体術とは違う強さがある。体術より長い間合い、斬撃や刺突と言った攻撃の変化など。戦闘時に臨機応変に戦う方法を変えていけば良いだろう。
「便利だろう? だからこそ、それに頼り切りはいけない」
「うん、武器に頼りっぱなしは折角付けた実力を手放す事になってしまうしね」
「使われるのでは無く、使う側になって欲しいと思っているよ」
「頑張る!」
グッと手を握り締めスティエラは宣言するのだった。
「無属性の強化魔術も上手く発動出来ていたよ」
先程の戦いで、スティエラは素の身体能力だけでは無く、魔術で体を強化していた。
無属性の強化魔術は、制御するのが難しい。肉体と言う複雑な組織に副作用も無く効果を及ぼす魔術だからだ。腕や足等の一部分だけなら全体よりは容易に制御出来るが、全体となると一気に難易度が上昇する。制御に失敗すれば身体に大きなダメージが返って来てもおかしくない。
その魔術を軽々と使えているのだから、スティエラの魔術師としての実力も高い事が伺える。
「モンスターも倒せた事だし、そろそろ帰ろうか」
「そうだね、リスタも待っているだろうし。今日のご飯何かなぁ?」
「何だろうね、ステラが気に入るものが出てくると良いね」
カエルムが魔術でマーダードッグの死体を亜空間にしまい、帰路に着いた。二人仲良く会話しながら帰っているが、周囲の警戒を怠ってはいない。
突然モンスターに襲われる事もあるのだから。その時は返り討ちにするが。今回は無事何も起きる事無く家に帰れたのであった。
「ねぇ、父様。そう言えば父様ってこの森に来る前は何をしていたの?」
夕食も終わり穏やかな雰囲気のリビングで、スティエラはそう問い掛けた。長年共に暮らしているが、森に来る以前のカエルムは何をしていたのだろうと今更ながらに気になったからだ。
そんなスティエラの質問に、隠していた訳では無くただ話していなかっただけのカエルムは、躊躇う事も無く口を開いた。
「そうだねぇ、まず私達が暮らしているアルサティス大陸に位置する、グレイア帝国の事は話した事あったよね?」
「うん、この森の遥か北に本国が存在する軍事国家でしょう?」
「正解。話したのは結構前だったのに、良く覚えていたね。そのグレイア帝国の治安が悪い地域の孤児だったんだ。スラムで暮らしていたんだけど、幼い頃から能力が常人離れしていてね。噂を聞き付けた貴族の家に引き取られたんだよ」
「へぇ……それは良い事、だったの?」
貴族に引き取られる。言葉にすれば本人にとって幸運な出来事と思えるが、カエルムの様子からそうでは無かった様だとスティエラは考えた。
実際、カエルムはスティエラの質問に首を振った。
「まさか。私を引き取ったのは家の権力、影響力を増す為だけだから。衣食住は貴族の住人より少し下程度だったけど、所詮スラムの孤児の癖にって視線がね。私が望んできた訳では無いしそれなりに辛かったね」
昔を思い出しているのだろう、遠い目で語りながらカエルムは負の感情が滲み出る笑みを浮かべる。幼少期の記憶はカエルムも決して良いものだとは言えない。
こんな記憶もあってカエルムは余計に血の繋がった家族が欲しいと思う様になった。
「家の名声を上げろと言われて軍に入って、周辺諸国と戦争の日々だったね。私がいる帝国が負ける筈も無く順調に領土を増やしていって皇帝に表彰された事もあったなぁ。友人も出来たんだよ。……色々あって疎遠になってしまったけれど。
殆どの国を支配下に置いて、これ以上無い程国に対して尽くしてきたんだからもう良いだろうと、子供をどうすれば作れるか見つける為の旅に出たんだよ。その時にステラを作る為の素材を探したり、知り合った者に貰ったりしたんだ」
「……父様、波乱万丈な人生を送っているんだね」
「今はステラが生まれて毎日幸せだよ」
「……うん、私も幸せ」
少し頬を染めカエルムの台詞に同意を返すスティエラ。
予想以上のカエルムの半生に、スティエラは同情、よりも共感の方が近いだろうか。兎に角そんな感情を抱いた。前世の環境と似ていると思ったから。
カエルムに反発する事が無いのにも納得がいった。何も知らない上から目線の同情では無く、同類としての理解、愛情だと無意識下で感じていたのだろう。
「ねぇねぇ、それならさ、世界を旅していた時の話とか聞きたいよ。何か面白い事は無かったの?」
そう言ってスティエラは森の外の出来事を尋ねる。森でカエルムとクリスと暮らす生活も穏やかで心地好いのだが、新しい事を知るのもスティエラにとっては楽しく歓迎するべきものだった。
一面に広がる砂の海、天空に浮かぶ島、リスタと同じ水晶樹が群生している森。カエルムの語り口調も相まって、まるで空想上の物語の様で心がときめく。
「ステラはこの森の外に出てみたい?」
外の話が一段落し、魔力操作の練習をしているスティエラにカエルムはそう問い掛けた。
魔力操作を続けながらも、スティエラは明後日の方向へ視線を向け考え込む。
「うーん、興味が無いって言ったら嘘になるけれど……今は別に良いかな」
「そうかい?」
「うん、父様とリスタと暮らしている今の方が私は楽しいし。外に出るとして最低でも森の上位のモンスターが倒せる様になってからかな」
いくらスティエラがとてつもない才能を持ち合わせていようとも、上位のモンスターを倒せる様になるのはそれなりに時間が掛かるだろう。
「それに……人間はあまり好きじゃない。父様もでしょう?」
「……やっぱり気付く?」
「分かるよ、私と同じだもの」
何時もの元気な笑顔では無く、穏やかに微笑みながらスティエラはカエルムにそう話す。諦めた様な、と言うよりは事実として受け止めている雰囲気だ。
二人とも人間は好きでは無い。寧ろ嫌いだ。幼少期、カエルムに至っては旅に出る前までの環境は、好きになる方がおかしい境遇だったのだから。嫌悪、とまではいかないが、うんざりとした様な関わりたく無いと言う気持ちが強い。
ただ、人という種族全体が嫌いなだけで個人に対してはその限りでは無い。好ましいと思う人物も出てくるだろう。スティエラにはまだ居ないが。
「人間は欲深いものだからね、私も含めて。身の丈に合わない欲を抱く者は特に嫌いだね」
「分かる。自分の出来る範囲で欲を満たせば良いのに、もっともっと、って新しいのに手を出そうとするよね。しかも他人を巻き込んで。我慢とか出来ないのかな」
「理性で踏み止まれない者も多いからね」
二人とも具体的な、しかし異なる人物を脳裏に浮かべながら愚痴を言い合う。
溜め息を吐くスティエラだが、嫌な雰囲気を振り払う様に魔力の流れを普段通りに戻し、カエルムに視線を向ける。
「まあ話を戻すけれど、外の事は今は良い。強くなって父様に認められる位になったら、その時は森の外へ旅立ってみようかなと思う。森から出る事になっても泣かないでね」
「どうだろう……本気で泣くかもしれない」
「えぇ……」
冗談交じりの言葉に真剣も真剣に言い返されて、スティエラは呆れ半分だ。もう半分は困惑。
スティエラが旅立つ光景を想像し厳めしい顔つきで組んだ指に顎を乗せるカエルムの姿は、無関係の者が見れば緊張しそうである。関係者が見ればクスリと笑える姿だった。
(……ステラが旅立つ姿を見れる位、生きられると良いんだが)
少々情けない姿に笑うスティエラを見ながら、カエルムは内心そう考える。
願いとは裏腹にカエルム自身その願いが叶えられる可能性が低い事を知っている。自分の魂、魔力、体が段々とではあるが劣化している事を自覚しているから。
偶に全身が原因不明の痛みに襲われる、魔力を思う様に操る事が出来ない、突然身体の力が抜ける、等が主な症状としてカエルムの体に表れ始めた。カエルムの圧倒的な力のお陰でその症状は目立たないが、身体に異常を来していると自覚せざるを得なかった。
カエルムと言う屈指の実力者でもそうなるので、世界の狭間と言う実質死後の世界に生者が訪れるのがどれだけ危険な事であるか分かるだろう。
(生きられるとして……やっぱり十年も無いだろうな。……短いなぁ)
微笑みを浮かべスティエラを見詰めるカエルムの脳内は、自分の残りの寿命の短さを嘆くものだった。
寿命が無いと言っても過言では無いスティエラにとっては、十年以下と言うのは直ぐに過ぎ去ってしまう期間でしか無い。そんな短い間しか時間を共有出来ないのはスティエラにとってどれ程苦しく辛いものだろうか。
愛しているし愛されていると実感しているカエルムはそう考える。しかし、そう考えていてもスティエラを娘にした事に後悔は無かった。きっとスティエラもカエルムの娘になった事を後悔していないだろう。
双方とも自分でその選択を選んだのだ。どんなに悲しい、苦しい事があっても相手の所為にはしない。それだけは確信出来た。
(せめて、この時がステラの良い思い出になる様に、生きていく力になる様に。それだけを願うよ。愛しいステラ)
「愛しているよ、ステラ」
「うん、私も父様の事を愛してるよ?」
急に愛の言葉を吐くカエルムに不思議そうに首を傾げるスティエラだが、彼女も同じであるので自身も愛の言葉を返す。起きた時や眠る時などの、日の節目以外で愛していると告げるのは珍しかったから。愛の言葉自体はカエルムやリスタから言われ続けて慣れ親しんでいるので、そこまで大袈裟なリアクションを取る事は無いが。ここまで慣れさせたカエルムとリスタの手腕が凄い。
そんな様子のスティエラを見て、カエルムは一等美しく微笑んだ。




