第3話 魔術を習おう!
スティエラがディヴェリスに転生して数ヶ月が経過した。
その間にディヴェリスの地理やモンスターとは何か、森の植生や魔術の初歩的な事を学んだりと、この世界を生き抜いていく為の知識を学んでいた。元々スティエラの頭は悪くなく、乾いたスポンジの様に次々と知識を吸収する為、教えるカエルムは楽しそうであった。
スティエラが暮らしている森は巨大で、大森林と言って良い程の広さを誇っており、五十メートルを超える樹木も少なくない。
カエルムは子供を作る為に必要な魔力が濃い場所を探していて、現在暮らしている森はそれはもう魔力が多く濃い。常人が森に入っただけで過剰な魔力に当てられ体調に影響が出る程には。カエルムとスティエラは暮らしても問題無い程の魔力を有しているので問題無いのだが。そんな魔力の濃い森なので、他の地域と比べると遥かに強力なモンスターが多い。そんな場所でも平然と暮らせるカエルムの実力は想像に容易い。
またそんな森なので薬効の強い薬草や甘みの強い果実等、所謂森の恵みも豊富である。魔力に当てられないのなら、これ程食料に困らない場所も他に無いだろう。
現在食べ切れない分のモンスターの肉を保存食として加工しているリスタの手伝いをしているスティエラは、まだ光のカーテン……結界の中から出た事は無い。単純に森のモンスターを倒せるレベルに達していないのだ。この森は一定以上の実力を持つ者で無ければ危険極まりない場所だ。そんな場所にカエルムが大事な娘であるスティエラを連れ出す筈も無かった。
モンスターも結界の近くには基本的には近寄らない。カエルムという強者の住処だと認識しているからだ。態々死ぬ事になる場所に来るのは中々いないだろう。モンスター程度ではカエルムの張った結界を破る事は出来ないが。
そもそもモンスターとは一定以上の魔力を身に宿し、魔石と呼ばれる魔力が籠もった石が体内にある存在の事を言う。動物が魔力によって変化したり、そもそも魔力から生まれるモンスターもいる。多種多様な存在である。ディヴェリスの生物は皆少なからず魔力が宿っているが、それでもモンスターは魔力の保有量が多い。魔石や魔石以外の素材も錬金術に使えたり武具に鍛えたりと使い道が多い。
最大の特徴は進化という概念が有る事だろうか。原因は解明しておらず、普通に暮らしている時に進化する場合や、危機的状況に陥った時その状況を脱する為と言わんばかりに進化する場合もある。進化する前とは別物な姿になっている事もある。
加工の手伝いが一段落し伸びをするスティエラだったが、結界の外から帰ってきたカエルムに気付き、直ぐ様近付いた。
「ただいま、干し肉の加工は順調かい?」
「父様、お帰りなさい! 加工は順調だよ。今日は何のモンスターを狩ってきたの?」
「今日はレッドドラゴンを狩ってきたよ」
「ドラゴン! すっごく美味しいお肉!」
白色の刺繍がされた黒いローブを羽織っている何時も通りのカエルムは一見した所で何かを持っている様には見えない。見た目は手ぶらそのものだ。
しかしスティエラはカエルムの発言を疑わない。魔術で亜空間に収納していると知っているからだ。
獲物がドラゴンと知って目を輝かせるスティエラの期待に応える様に、カエルムは地面に緻密で大きな魔術陣を浮かび上がらせると、その上に五メートル程のレッドドラゴンの死体を出現させた。
見た目は傷も無く今にも動き出しそうに見える。そんな死体を怖がる様子も見せずスティエラは深い赤に染まった鱗を撫でた。
「今日の晩御飯はこのドラゴン?」
「そのつもりだよ」
「やったぁ! 私ドラゴンのお肉大好き!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるスティエラは、見た者全てがほっこりとする幼さ、可愛らしさに満ちていた。
この数ヶ月で、スティエラは好みの料理が出来る程になっていた。それだけカエルムとリスタが食育を熱心に行っていた証なのだが。因みに嫌いな料理は無い。森の新鮮な恵み、カエルムが狩ってくる上質な肉、リスタの調理の腕前によって出される料理全てが美味しいからだ。
「そうだ、魔力操作の練習は順調だった?」
「うん、父様が出した課題はずっと続けてたよ、リスタも見てたし。ねー?」
「はい、ステラお嬢様はずっと行っていましたよ」
「ほら!」
「そっか、よく頑張ったね」
そう言って頭を撫でてくるカエルムに、スティエラは頬を染めながらはにかんだ。そしてもっと、と甘える様に掌に頭を押し付ける。甘えん坊なスティエラにカエルムとリスタはもう可愛がるしかない。
話に出てきた魔力操作とは、魔術を使う上で一番重要だと言っても過言では無い。
そもそも魔術とは、魔力という万能とも表現出来るエネルギーを使い望んだ現象に変換する技だ。魔力は通常は目に見えないが生物の体内にも、辺りにも漂っている。生物が持っている場合は魔力、辺りに漂っているものを魔素と呼ぶ。
体内で魔力を練り属性を付与すれば、得手不得手はあっても基本属性は使える。種族による特性、個人による体質で限られた種族、個人にしか使えない属性もあるが。
魔素は基本的には無色透明で属性は付与されていない。しかし火山や森林、海などに存在する魔素は、環境にあった属性が帯びる場合もある。
魔力は属性を付与するタイミングや、魔術として発動する為に術式を構築するタイミングで少なからずロスが発生する。そのロスを少なくする為、魔術発動の時間を短縮する為、他にもメリットが沢山ある為魔力操作は重要である。
属性は基本属性の火・水・風・地・光・闇・無、特殊属性の時空・植物など、他にも発見されているいないに関わらず沢山ある。
スティエラはカエルムにそう習った。
その為、魔術の呪文や魔術陣を教える前に、基礎の基礎である魔力操作をじっくりと練習している。
基礎と言ってもスティエラにとって退屈なものでは無かった。元々魔力、魔術が無い世界にいたのだ。体内の魔力を、辺りに感じる魔素を操るという行為に飽きが来る筈も無かった。そもそも自身の実力を伸ばす為に遊び半分で行う筈も無い。
スティエラが今回課題に出されていた内容は、魔力回路と言う体内に存在する魔力が流れる回路の魔力を操って、体外に少なからず漏れる魔力を体に循環させた上で何時も通りの生活を送るというものだ。
体内にある魔力は魔力を生み出す臓器から血液の様に魔力回路を巡っている。魔力回路は血管の様に体中に巡り、太かったり細かったり、流れる速度も遅かったり速かったりと、均一なものでは無い。そして汗等の分泌物の様に体外へと漏れ出るものでもある。それを漏らさず体中に巡らして身体も動かすというのは、思ったよりも難しい。コップに入っている表面張力でギリギリ零れない水を零さず普段通りの生活を続ける、と言えば伝わるだろうか。だからこそ行う価値があるのだが。
スティエラの魔力は、膨大な多さで質の良いカエルムの魔力よりさらに多く質が良い。その膨大過ぎる魔力を操るのは、常人が行うより遥かに難しい。何回か魔力は漏れるも、意外にもスムーズに魔力操作を行うスティエラの姿は、魔術の才能の片鱗を見て取れる。
そもそも魔術を使える様になるのは個人の才能が大きい。魔力が少なかったり、魔術を発動する程魔力操作が出来なかったり、属性を付与するのが難しかったり、術式を構築するのが出来なかったりと、魔術を使える者は大変希少だった。正確には簡単な魔術なら使える者もそれなりにいるのだが、魔術師として生きていける程の実力を持ち合わせている者が少ない。
「暫くはこの課題を続けて、それから魔術の授業に入ろうか」
「うん」
「そろそろその身体には慣れたかな?」
「そうだね、慣れてきたと思う」
カエルムの質問に頷いて肯定するスティエラ。現時点のスティエラの身体能力でも、成人男性の平均以上はある。これからも成長していくので、身体能力はさらに向上していくだろう。そんな身体が突然自分の身体になっても上手く操れる筈が無い。
ディヴェリスに転生した初期の頃は、それこそ良く物を壊したものだ。
今では大分スムーズに操れる様になった。そうなると、スティエラの身体は非常に素晴らしいものだと分かる。鋭い五感、体の柔軟さに体躯に見合わぬ筋力、高い俊敏性は、戦いに身を置く者にとって羨ましいを超えて妬ましいものだろう。
身体の訓練、体術の類は魔術とは違い転生した時からそう日が立たない内に始めている。受け身の取り方、攻撃の仕方、相手の何処を狙うか、など早い内に知っておいて損は無いだろう。今では森以外のモンスターならそれなりに戦いになる程度には実力がついた。まっさらな状態でカエルムと言う実力者に教わったのが良い方向に行ったのだろう。森のモンスター相手ではまだ危険な為、実戦を行った事は無いが。
因みに習っているのは体術だけで、まだ武器の扱いは習っていない。カエルムは土台となるのは身体で、それが十分に身に付いてからでも武器の類は遅くないとの考えを持っている。身体を鍛えず強い武器があるから勝てている、等と武器に頼っていては本当の強敵相手には通用しないから。
「午後は体術の訓練でもしようか。久し振りに組手でもしよう」
「うん、頑張る……!」
意気込むスティエラを見守るカエルムは緊張もせず自然体だ。それだけ二人の間に圧倒的な差があるという証明でもある。
スティエラはカエルムに勝った事が一度も無い。カエルムはこの世界、ディヴェリスの中でも屈指の実力者なので当然ではあるのだが、そんな事はスティエラには関係無い。例え大好きな父相手でも絶対に勝つと言う闘志が燃え上がるだけである。強敵相手に戦意を失わないと言うのは一種の才能だろう。そんなスティエラにカエルムは嬉しく思うだけである。誰にも負けないくらい強くなって欲しいので。
昼食を取ってからの組手は、スティエラが散々転がされる結果となった。そんなスティエラにカエルムは間違いなく強くなっている、と決して慰めでは無い言葉を告げたのだった。
「そろそろ魔術の訓練も始めようか」
朝食の場で、カエルムはそう言葉を掛ける。
突然の言葉だった為、スティエラは料理をよそったスプーンを持ちながらキョトンとした表情だったが、数瞬の後言葉の意味を理解し瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。
体術方面はそれなりに実力が付き、カエルムに見守られながら森の中でも弱いモンスターと戦い勝利した事もあるが、魔術の訓練はまだ行っていなかったから。一年も経たずにただの少女だったスティエラが、モンスターと言う地球には存在しない怪物を倒せる様になるのは、身体の影響もあるが武術の才能……それも生半可では無い才能があったからだろう。
「本当!? 本当に魔術を教えてくれるの!?」
「ああ、嘘なんて吐かないよ」
スティエラは魔術を教われる事に興奮するも、みっともない姿を見せない様に表面上は平静を装う。一年は経たないが、それでもそれなりの時間を共に過ごしてきたカエルムとリスタにはその虚勢もバレており、微笑ましいと思われていたが。
流石に初心者のスティエラが家の中で魔術を使う訳にはいかず、カエルムと共に泉の畔にやって来た。
「さて、まず魔術とは何だったかな?」
「魔力を使って自分が望んだ現象を引き起こすもの!」
「正解、よく覚えていたね。補足するとしたら魔力を望んだ現象に変換させる技かな」
カエルムはそう説明しながら人差し指の先に火、水、風、地と言った順に簡単な魔術を無詠唱で使いスティエラに見せる。
「属性は説明したから話さなくて大丈夫だよね?」
「うん、ちゃんと覚えてるよ」
「よろしい。それじゃあ少し踏み込んだ内容に進もうか。
魔術自体には基本的に階級と言ったものは存在しないんだ。術師の練度や込めた魔力の量、イメージで同じ魔術でも威力が変わるから。
ただ例外もあって、大規模なものに影響を与える程になると禁呪、神呪と言った名称が付く様になる。大体禁呪は国一つ分、神呪は大陸一つ分の影響を及ぼすんだ」
「わぁ……因みに父様は使える?」
「神呪まで使えるよ」
「やっぱり」
カエルムの返答にやっぱりと思うスティエラ。普段のカエルムを見ていればとてつもない実力者なのは分かっていたので、大陸にまで影響を及ぼす魔術が使えても不思議じゃない。
「……ステラは、そんな危険な魔術を使える私が怖いと思う?」
「どうして? 父様は優しいもの、全然怖くないよ。そもそも魔術は道具みたいなものでしょ? 使い手次第だよ」
「……そっか」
恐る恐る尋ねるカエルムは、スティエラの返答にほっとした様に微笑む。大事な大事な愛娘に恐れられるのは、カエルムにとって恐ろしい事だったから。
そんなカエルムを見てスティエラは心配症だなと思う。私が父様を嫌う筈が、恐れる筈が無いのに、と。そもそもカエルムがスティエラを理解している様に、過ごしてきた間にスティエラもカエルムとリスタの二人を理解している。
カエルムは優しいが、冷徹さ、残酷さを持ち合わせている事も知っている。その優しさを向けるのは身内だけだ。だからと言ってその強大すぎる力を、徒に無関係な者に振る舞う訳でも無いと知っている。基本的に理性的な人物だから。
感情的にも理性的にも、スティエラがカエルムを恐れる理由は無い。
「魔術を使うに当たって大事な事はね、イメージだね」
「イメージ? 魔力操作じゃなくて?」
「それも勿論重要だよ。うーん、なんて言えばいいかな。魔力操作は術式を発動する為に必要で、イメージはその術式の構築に必要って感じかな」
「ああ……なるほど」
悩みながら話すカエルムだったが、スティエラはその説明で納得出来た。
地球の物で例えるなら、車を設計し作るのが術式の構築、車を運転するのが魔力操作だろうか。車で目的地に着く事が術式の発動と言えるかもしれない。そしてガソリンが魔力。必要な方向性が違うのだ。だからどちらも重要である。
「極論を言うと呪文や魔術陣は必要無いんだ。呪文や魔術陣を使用すれば属性の付与や術式の構築も簡単に出来る、言わば補助具みたいなものだから。発動する術式のイメージがきちんと出来ていたら、そのまま無詠唱で発動出来る。まあ制御がとても難しいし、呪文や魔術陣を使って魔術を発動させれば威力も上がるから、その二種類を使う人が多いね。
私も手軽に威力を上げたい時は魔術陣で術式を描いてから使用するよ。慣れれば一瞬で魔術陣を構築出来るから、呪文よりも使い勝手が良いんだ」
「そうなんだ」
「ステラは初心者だから、まずは呪文を唱えて魔術を使ってみようか。初めてだから比較的安全な水属性にしよう」
「うん」
体内を巡っている魔力を操り、魔力のまま体外に出す。まだ操作しているので魔素へと霧散する事無くスティエラの近くにある。その魔力に、スティエラは属性を付与する。初心者であるし、初めてするので薄らとではあるが、見るものが見ればスティエラの魔力が青に染まっているのが分かる。
「水をイメージして。形は、触感は、匂いは、流れ方は、色は、どんなだったかな? そのイメージを魔力に乗せて、呪文は小さき水よ、我にその姿を現せ。〈微かな雫〉」
『小さき水よ、我にその姿を現せ。〈微かな雫〉』
カエルムに続けて呪文を唱えたスティエラの前に、一口で飲めてしまうくらいの少量の水が現れた。
基本も基本の魔術であるが、人生で初めて魔術を使ったスティエラは頬を赤く染めて喜ぶ。
「見て父様! 魔術使えたよ!」
「うん、成功したね。おめでとうステラ」
「ありがとう!」
踊り出しそうな程喜びを露わにするスティエラに、カエルムは微笑ましいものを見る表情をする。
「ちゃんと使えていたね。何処か具合が悪いとかあったりするかな?」
「ううん、何時も通りだよ」
「それは良かった。たまに体が魔術を使う事に反応して具合が悪くなる人がいてね」
「そうなんだ、それは大変」
アレルギーの様なものだろう、滅多に見ない奇病だ。
「他の属性も、攻撃力の高い魔術を教えても良さそうだね。
因みにね、呪文はさっき教えたものじゃなくても良いんだ。自分で考えたものでも良い。要は魔術の補助になればいいんだから。イメージしやすい言葉で良い。呪文である、自分のイメージを強固にすると言う事が大事で、言葉の内容は結構変更しても問題無く発動するよ。まあさっき教えた呪文は効率化されて、使い易いものだけどね」
「分かった、何時かはオリジナルの呪文を考えても良いかもね。結構楽しそうだし、相手にバレにくいかも」
そんな話を終えて、スティエラは今日一日カエルムに教えて貰いながら魔術の練習を続けるのだった。




