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ルディアスの気持ち

「ルディアス、大丈夫か?」

「……」

「大丈夫……ではなさそうですね」


 後ろから話しかけて来たのは、エストとアロイスだろう。声をかけられたが振り向くこともできなかった。


 ――俺以外の者がアイリスの補佐役になったら……。


 明日の試験で、俺以外の者がアイリスの補佐役になったとしても、陛下が決めたのであれば逆らえない。この国では王という存在は尊く、唯一無二の存在で、地上にあるどの国よりも絶対的な存在だ。

 この天空都市は地上にあるノルノワール国の一部を切り取るように浮かばせた国だ。それを現在まで維持できたのは、ひとえに王が持つ『クリスタル』の力のおかげだろう。


 他者の魔力を増幅させ、魔力を結晶化させるその力は、一人では使えないとは言え強力な力だ。人々が暮らすために必要な水の手配や、空気濃度の調整、王国を包むように張り巡らされた結界など、全てを王が管理している。

 俺たちは、王の力によって生かされている。だからこそ、()()()()()()であれば逆らうことは許されなかった。


「もし、アイリスが明日の試験で魔力を使いこなせたら……俺の存在は不要になるのか」

「ルディアス……」


 扉から視線を外してアロイスを見ると、苦しそうに眉をひそめていた。


 ――もし、アイリスが魔力を使いこなせるようになったら。


 きっとアイリスは喜ぶ。それは魔力の調整が苦手だったアイリスにとっては嬉しいことだろう。

 はしゃぐように喜ぶ姿を思い浮かべれば俺だって嬉しい。だが、その魔力が俺の物ではなかったら、俺は心から喜べるのだろうか。


 ――俺だけがいい。アイリスには俺の魔力だけで……。


 その考えがいかに欲深いかは理解しているつもりだった。

 アイリスはこの国の女王にもなれる力を持つ者だ。クリスタルを持つアイリスを独占することなど、できはしないだろう。


 そもそも魔力の調整ができた時、アイリスは俺を必要としなくなるかもしれない。

 俺の全属性がいくら王国内で珍しいと言えども、魔力を持つ人間は替えが効く。俺は魔力の量が多かったからアイリスの補佐役に選ばれただけだ。元々、五大属性のみで行う試験だったからこそ、俺という存在は必要なくなるだろう。


 ――替えが効くからこそ、俺でなければならない理由は無い……。



「へぇ……意外だね。ルディアス様って、何にも興味がないと思ってたのになぁ」

「や、やめなよ、レオン」


 考えを遮るように、くすくすと笑う声が聞こえてきた。俺の視線を追うように、アロイスとエストも声がした方へ身体を向ける。


 そこにいたのは顔立ちだけがよく似た、対照的な二人の男だった。

 一人の男はエストよりも背丈は低く、男のわりには高めの声を持つ。薄紫色の髪に金の瞳。俺がじろじろと視線を向けても、にやりと浮かべた笑みは崩さない。

 そいつの腕を掴んでいる、もう一人の男は、笑みを浮かべた男の背に隠れるようにして立っている。だが、俺よりも高い背丈のせいで効果はない。濃い紫色の目は何処を映してるのかわからないほど、忙しなく動いていた。


 どちらも先程、執務室にいたうちの二人。光属性のレオンハルトと闇属性のテオバルドだろう。


「だって、テオ。明日はアイリス様の二度目の試験だろ? その前にアイリス様の()()()()のルディアス様には、ご挨拶しておかなくっちゃいけないじゃないか」

「そ、それは皆さんに挨拶はしないとって思うけど……でも」

「うるさいなぁ。テオは黙ってて」


 レオンハルトが小さく舌打ちをするとテオと呼ばれた男が黙る。伏せられた淀んだ濃い紫色の瞳に一瞬、強い感情が揺らいだかのように見えた。

それに気づくそぶりもなく、レオンハルトは微笑を浮かべながら(かしこ)まったように礼をする。


「改めまして、僕は光属性を持つレオンハルト。こっちが僕の愚兄、テオバルドです。明日は宜しく」

「す、すみません。僕は闇属性を持つテオバルドです。弟が失礼なことを言って、ほ、本当にすみません。明日は宜しくお願いします」


 テオバルドは貼りつけられたような笑みを浮かべ、俺達に向かって何度か頭を下げる。その後、レオンハルトの腕を掴むと、逃げるように立ち去っていった。どうやら腕力だけならテオバルドのほうが強いらしい。

引きずられるようにして去っていくレオンハルトを見てエストが呟く。


「あいつら、結局何がしたかったんだ?」

「挨拶だけ、ということはないでしょうね。ルディアスに対しての宣戦布告ではありませんか?

 それにしても、レオンハルト様は……女子生徒の噂とは少々違う性格のようですね。天真爛漫と伺っていましたが」

「テオバルドはいつも通りレオンハルトにくっついてたけどな」

「お二人は双子らしいですからね。光と闇の属性が合わないからと言えども、レオンハルト様がテオバルド様を補っているようですし、何だかんだ仲がよろしいのでしょう」

「……そうだろうか」


 俺がアロイスの言葉を否定すると、珍しい物を見たかのように目を見開いている。失礼なやつだと思いつつも、アロイスを睨みつけた。

 テオバルドと名乗った男の目に浮かんだ仄暗い揺らぎは俺にも覚えがあるからわかる。あの感情は、憎悪だろう。


「別に補佐役にこだわらなくてもいいと俺は思うけどなぁ」


 思案していると、エストが口に手を当てながら、独り言のようにつぶやいた。


「……どういうことだ?」

「あ、怒んなよ? だってよ、ルディアスはアイリスとは休日に一緒にいられるだろ?

 最初はルディアスも補佐役なんて受ける気なかっただろうしさ。どうしてそこまで補佐役に固執するんだ?」


 エストの言葉で最初に引き受けた時のことを思い出す。

あの時は確かに女王候補の補佐役など、面倒なことに巻き込まれたと憂鬱な思いで、試験も適当に終わらせようと思うだけだった。

だが、今は違う。


「俺は、陛下にアイリスの力が強すぎるからと、補佐役のまとめ役にと呼ばれたにすぎない。アイリスに必要がなくなったとわかれば、俺は補佐役から外されるだろう」

「そうなのか?」

「ああ。それに今の俺は、俺自身の意思でアイリスの傍にいたいと思っている」


 二度目の試験を明日に控えた今、俺はアイリスの補佐役を誰にも譲りたくなかった。

 俺にとって、魔力とは身体の一部だ。自分を形作る血肉と同等だと言える。アイリスの身体を巡るのも、アイリスを笑顔にするのも……俺の魔力ではなかったら、嫌だ。


 ――アイリスを守るのも、泣きそうな顔で震える彼女を支えるのも、笑顔にするのも。俺が……。


 俺はアイリスのために魔力を捧げたい。必要とされなくても傍にいたい。この思いはきっと変わることはないだろう。

 それはきっと、俺の魔力で初めてアイリスが微笑んだあの時から、ずっと。


 ――そうか。……だからこそ、俺はアイリスに選ばれたいのか。


 一度目の試験前とはまるで違う気持ちに、はっきりと自覚する。


「俺は、アイリスが好きだ。

 だからこそ、傍にいたい。離れたくない。

 補佐役の立場を、俺以外の誰にも譲りたくない」


 俺が告げると、エストとアロイスが虚を突かれたような顔をする。

 何故か真っ赤な顔をしたエストが顔を手で扇ぎはじめた。


「そ、そっか。あ、いや、薄々気付いてはいたんだけどよ! そんなに好きだったんだな。それなら、俺も協力するぜ!」

「私もですよ。アイリス様にとっても、ルディアスが補佐役のほうがいいでしょうしね」

「そうだといいんだが……」


 思わず語気を弱めると、アロイスが「らしくありませんね」と笑った。


「女王陛下も今日一日はお休みにするとおっしゃっていましたし、明日に備えて作戦でも考えましょうか」

「それいいな! 一緒に過ごそうぜ!」

「――わかった。だが、アイリスの治癒と食事が先だ」


 怪訝そうな顔を浮かべる二人に、先程のアイリスの様子を伝える。すると、「それはルディアスのせいでは…」「だよな」と、ぼそぼそと話し始めた。

 二人から視線を逸らし、未だに開くことのない扉を見つめる。


 ――アイリスは大丈夫だろうか。


 一人で陛下の元へ残ったアイリスは不安だろう。きっとまた怯えているのではないかと思う。


 ――俺が傍で守ってやりたい。


 俺の魔力は、アイリスにとって不要なものかもしれない。

 今まで他者と関わらず、必要最低限で終わらせようとしていた俺が、守りたいなどと思うことが身の程知らずなことなのかもしれない。

 それでも、アイリスを笑顔にできるのなら、俺の力を全て捧げたいと思ったのだ。


 俺にあるのは、この魔力だけなのだから。




 その後、しばらく経つと、アイリスが執務室から出てきた。真っ青な顔をした泣きそうなアイリスを、攫うようにして治癒室へ連れて行く。

その後ろから慌てたようにエストとアロイスがついてくるのであった。

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