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初めての気持ち

 学院に行く支度を整えた後、私はルディアス様を待っていた。

 今朝はいつもよりも早く起きてしまったから、ルディアス様はまだ来ていない。

 部屋の窓を開けると、涼しい風が花や木々の香りを運んできて気持ちがいい。


「はぁ……」


 身体に溜まった熱を逃がすように息を吐く。

 一体、何度目になるのだろう。

 違うことで紛らわそうとしても、ルディアス様のことばかり考えて溜め息をついてしまう。

 昨夜は早々に眠りにつこうとベッドに入ったのに、あまり眠れなかった。


「早く会いたいな……」


 結局、窓を閉めて先程までいたベッドに座った。

 大きな枕をぎゅっと抱きしめて顔を押し付ける。

 ひんやりとした枕は気持ちよくて、顔の火照りを冷ましてくれるようだった。


「ルディアス様……」


 名前を呼ぶと、近くにルディアス様を感じられるような気がした。昨日からルディアス様のことを考えるだけで、胸がぎゅうと押しつぶされるようになって苦しい。


 ルディアス様が連れて行ってくれた街並みやお店。「綺麗だ」と言ってくれた時の目。寮に戻ってから、何度も思い出しては胸が締め付けられるような痛むけど、思い出さずにはいられなかった。



 あの時、頬に置かれた手を取った私に、ルディアス様は上着を脱いで被せてくれた。


「ルディアス様?」

「アイリス、しばらく我慢してくれ」


 何を我慢すればいいのだろうと思っていると、ルディアス様が「周りに見られている」と教えてくれた。

 どうしたらいいかわからず戸惑う私を抱きかかえると、ルディアス様はどんどん歩いて行ってしまう。


 ――ルディアス様は見られたままじゃないのかな?


 そう思ったけど、被せてもらった上着からルディアス様の匂いがして頭がぼーっとしてしまう。その匂いに胸がどきどきして、何だかいつもより恥ずかしくて、紛らわすためにルディアス様に話しかけた。


「……ルディアス様、何処まで行くんですか?」

「すぐ着くから大丈夫だ」


 ルディアス様が言ったとおり、次のお店まではすぐに着いてしまった。恥ずかしいから離れたいような、もう少しルディアス様の近くに居たいような不思議な気持ちだった。


 連れてきてもらった場所では、花の香りのするお茶を頂いた。甘い香りのするお茶は冷たくて、あっという間に飲み終わってしまった。

 いつものように隣に座るルディアス様に「美味しいですね!」と伝えると、焼き菓子と一緒にもう一杯注文してくれた。

 ルディアス様が選んでくれた焼き菓子はほのかに甘くて、お茶はすっきりとしていて爽やかな味わいだった。


 美味しくて頬が緩んでしまう。夢中になって食べているとルディアス様の手が私の頬に触れた。


「菓子がついている」

「あ、ごめんなさい……」


 ルディアス様は私についていたお菓子を取ると口に含む。

 その自然な動作に驚いてしまい、口をパクパクとしてしまう。


「アイリス?」

「え、あの……その……」

「そうか……食べさせてほしいのか」

「ちがっ……あ……」


 違います、と言う前にフォークを取られてしまった。

 私が食べ終わるまで、ルディアス様は焼き菓子を口に運んでくれたけど、せっかく頼んでもらった焼き菓子の味はよくわからなくなってしまった。


「ルディアス様……」


 そこまで思い出して、私は胸元のブローチに触れる。

 ルディアス様の瞳と同じ漆黒のブローチが、今もキラキラと輝いている。

 昨日、寮まで送って下さったルディアス様は「これをアイリスに」と言って、小さな白い箱を手渡してくれた。

 頂いた箱を開けると、そこには黒のブローチがあった。最初のお店で私が諦めた物だった。


「持っていてほしい」

「……でも」

「今日の記念だ」

「でも、私には……ルディアス様に返せる物がありません」


 学院に入ってから、ルディアス様には頂いてばかりだった。 

 それなのに、私は何も返せていない。

 ルディアス様が傍にいるだけで嬉しいのに、これ以上何かを頂いてしまうのは何だか恐い。

 失ってしまうような気がして恐かった。


 断ろうと思ってルディアス様を見ると、険しい顔をしていた。

 その苦しそうな顔に、思わず言葉を飲み込んでしまう。黙っている私に、いつもより低い声でルディアス様は問う。


「何故、黒を選んだ?」

「それは……」

「アイリス……頼む。教えてくれ」


 懇願するようなルディアス様の眼差しに、言わずにいようと思った気持ちが、少しだけ出てきてしまう。


「あ、あの……ルディアス様の瞳と同じ色だからです……」

「そうか。では、俺の勘違いではないんだな」


 そこで言葉を切ったルディアス様は、箱からブローチを取り出すと私の手に置く。その上から包み込まれるように、ルディアス様の大きな両手に握られた。


「いつもアイリスの傍に」


 その言葉でルディアス様の黒曜石が光ると、手の中のブローチが少しだけ熱くなったような気がした。


「俺の魔力をブローチへ送った」

「どうして魔力を……?」

「これでいつでも傍にいられる」


 満足そうに「俺の魔力は全てアイリスの物だ」と笑むルディアス様に、私は抱きしめられてしまった。

本当に嬉しそうに笑ったルディアス様に、返すとはもう言えなかった。


「……だ、大事にします。ルディアス様だと思って」

「ああ。アイリスがよければ、いつも身につけていてほしい」


 強い抱擁は胸も息も苦しかったけど、嫌ではなかった。

 ルディアス様に抱きしめられたように、自分の腕で自分を抱えてみる。


 ――何だか、私……やっぱり昨日からおかしいみたい。


 ルディアス様のことばかり考えてしまうし、胸が締め付けられるように苦しい。それなのに、とても嬉しい気持ちにもなる。


 こんな気持ちは初めてだった。

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