09:オークジェネラルとの決着!
オークジェネラルは堅牢な【ストーンアーム】の隙間をすり抜け、オレの元へと肉薄してきた。
すべてを捨てた決死の突撃なのだろう。
奴は血まみれの形相で、その太い拳を天高く振り上げている。
言うまでもなく、現在のひ弱なオレの耐久力では、あの丸太のような拳を一撃喰らっただけでも即死へと追いやられるに違いなかった。
その間合いはすでに、長大すぎるがゆえに小回りの利かないオレのストーンアームでは、物理的に捉えられない超至近距離。
懐に潜り込まれた以上、爆裂の術符を投げつけようにも、それはもはやオレ自身をも確実に巻き込む自爆距離だった。
「ブギィィィィィィィィッッ!!」
勝利を確信した将軍の咆哮がゼロ距離で鼓膜を震わせる。
──だが、オレだってその一撃を、喰らってやる気なんてサラサラない。
「──《ストーンアーム》──《パージB》っ!!」
【ストーンアームパージB】。
それはオレがこの改変魔法の術式の中に、あらかじめ組み込んでおいた「緊急強制解除」のギミック。
まさにこんな、至近距離に敵を呼び込まれた極限の瞬間を想定して用意していた『罠』だった。
前世のゲーム時代、オレがこのストーンアームに一番お世話になったのは、まだ低レベル時の主に前半だった。
そんな未熟な時期、魔術師であるオレは、ゲームの仕様上どうしても苦手な接近戦に追い込まれ、前衛職にハメ殺されることが多かった。
だからこそ、オレはある対策を立てていたのだ。
それが【ストーンアームパージB】である。
その緊急パージ機構には、用途に合わせてA・B・Cの3種類が存在するのだが……まぁ、その違いについてはゆくゆく明かしていくとしよう。
オレのコマンドを受理した瞬間。
右腕にガッチリと固定されていた巨大な岩石アームが、炸裂するような音を立てて一瞬でバラバラの破片へと分解される。
そして周囲の空間へと凄まじい推進力で飛び散った。
ただ散るだけではない。
その無数の破片は、散弾として眼前の敵へと襲い掛かるのだ。
当然、その破片のすべては、背後にいるオレの体には絶対に当たらないよう計算し尽くされている。
「ブギッ──!?」
正面から殴りかかろうとしていたオークジェネラルの無防備な側面に、弾け飛んだ岩の破片が次々と命中した。
分厚い脇腹、顔面へと、強烈な質量の散弾が連続して衝突していく。
完全なカウンターを喰らったオークジェネラルは、必殺の拳をオレに届かせることもできず、そのまま無様に宙へ吹き飛んだ。
そして床の上をゴロゴロと数メートルにわたって横転していった。
「──今度こそ、本当に終わりだ。……喰らえ、《爆裂の術符》!!」
オレは左手にキープしていた──【爆裂の術符】を、横たわる将軍に向けて容赦なく投擲した。
まるでスローモーションのように引き伸ばされた視界のなかで、魔法の紙切れはオークジェネラルの眼前にまで真っ直ぐに肉薄していく。
オレには、その爆炎に呑まれる直前のオークジェネラルの、絶望に歪んだ断末魔の表情が、はっきりと見えた。
ズガァァァァァーーーーンッッ!!!!
爆発が巻き起こり、大部屋の天井に向けてもくもくと真っ黒な爆煙が立ち昇っていく。
ワンテンポ遅れて、猛烈な爆風の衝撃波がブワッ!とオレの小さな体へと伝わってきた。
思わずオレは目を背け、自らの両腕を交差させて顔面を防御する。
パラパラパラ、と激しい音を立てて、砕け散った小石や岩の破片がオレの腕や工事用ヘルムへと降り注ぐ。
コツン!
「いてっ……!」
たまにそれなりの質量を持った小石がヘルムに直撃して鈍い音が響いたが、致命的なダメージに至ることはなかった。
安全第一、工事用ヘルム様様である。
しばらくして、オレは恐る恐る片目を開け、白煙が立ち込める周囲の状況を確認した。
周囲の安全が確保されたことを察知し、徐々に、顔を覆っていた小さな両腕を解いて下へと降ろす。
ゆらゆらと煙が晴れた大部屋の中央。
そこには──全身を真っ黒に焦がされ、首から上を跡形もなく吹き飛ばされた、巨大な躯が物言わぬ肉塊となって横たわっていた。
それは先ほどの爆発によって、息の根を止められたオークジェネラルの亡骸だった。
『……ハァ。まったく、呆れたマスターですね。安全基準を大幅に超過した、極めて無謀で心臓に悪い戦闘です』
「うるせえ、結果的に勝ったんだから良いだろ?」
呆れているナビに悪態を付きながらも、オレは「ふぅ……」と小さく胸を撫で下ろした。
全身の緊張が一気に解け、小さな体がどっと熱くなる。
ゲームの画面越しではない本物の死闘。
オレはそれを、なんとか生き延びることが出来たのだ。
◇◇◇
「おぉぉぉぉッッ!! 15150ポイントにもなったぞ!!」
大部屋に転がっているモンスターの躯から、すべての魔石を根こそぎアイテムボックスへ回収したオレは、あまりの収獲に思わず大声を上げてしまっていた。
これこそ、命を懸けて戦った甲斐があったというものだ。
──残り課金ポイント:19000p。
今回の収穫は、この莫大なポイントだけではなかった。
それは、真っ黒に焦げた亡骸の傍らに転がっていた、オークジェネラルが愛用していた「大剣」と「大盾」、そして半壊した「鎧」や「兜」などの装備一式だ。
大剣に関しては、【ストーンアーム】に直接握らせることで、リーチと破壊力をさらに上乗せできる実戦的な武器として流用できる。
それ以外の防具一式は、オレの爆裂魔法によってベコベコに凹んで焦げ付いているため、そのまま装備品として使うのは無理だが、「鉄の素材」としては使えるはずだ。
ただ、これほどの重量物をアイテムボックスへ一度に放り込んで、容量が限界に達しないか少々不安だったが……。
画面をタップすると、意外なほどあっさりとすべてが吸い込まれていった。
実は、このアイテムボックスの『積載量』の計算に関しては、ゲーム時代から未だに解明されていない謎の仕様が多かったりする。
例えば、ポーションなどの消耗品は、1個だろうが限界値の99個だろうが、なぜか「1スロット=積載量1」と一律で判定される。
通常の剣や盾は、それぞれ重さに関わらず一律「3」前後。
どれほど巨大で重厚な物品であっても、基本スペックの2~3倍程度の負荷判定で処理されてしまう仕様なのだ。
ちなみに、今回回収した装備一式のシステム判定は以下の通りだった。
・オークジェネラルの大剣:積載量 6
・オークジェネラルの大盾:積載量 9
・オークジェネラルの鎧 :積載量 12
・オークジェネラルの兜 :積載量 3
どう考えても、あの長大なの大剣だけでも、物理的な重量は最低10キログラムはありそうだった。
通常の片手剣(約1キロ)が積載量3だとすれば、どう見てもその10倍以上の重さがあるはずの大剣の積載量が、わずか「6」程度で収まるというのはいかがなものか。
まぁ、持ち運ぶ側のオレからすれば、その仕様は有り難い限りなのだが。
『──マスター。ポイントの計算にニヤついているところを大変恐縮ですが……。大部屋の隅の、不自然な壁の奥に「隠し部屋」と見られる微小な空間反応を感知しました』
ナビが瞬時に3Dマップを眼前に展開し、大部屋の北東の角をピンポイントで指し示した。
「青い点……? おいナビ、でもここ、マップ上だと完全にただの壁の中だぜ」
立体地図を凝視すると、確かに本来なら通路すら存在しないはずの岩壁の奥深くに、4つの明確な『青い点』が固まっていた。
『先述の通り、青い点はマスターに対して害意を持たない「友好的、または中立な生き物」の存在を示します。未発見の隠し部屋は事前に地図構造がデータ化されませんが、この閉鎖空間の中に生き物の座標が隔離されているということは、すなわち──』
つまり、そこが「隠し部屋」の領域である証拠だ。
オレはナビの3Dマップの座標をトレースしながら、死骸や岩屑が散らばる大部屋を横切り、その不自然な壁の前へと向かった。
ゴゴゴゴゴ……!
「おお……! マジで本当にあったぞ!」
オレが壁の特定の凹凸に触れると、頑丈な石壁が重苦しい駆動音を立ててスライドし、闇に閉ざされた小さな隠し部屋がその姿を露わにした。
何年もプレイし、知り尽くしていたはずのDTCの一階層マップ。
正直、この付近に隠し部屋が存在すること自体は、オレの記憶の片隅には残っていた。
だが、こうして目の前で見つけてみると、やはりゲーム画面とは違う新鮮な驚きが胸を突く。
「……って、子供?」
隠し部屋の奥の暗がりを覗き込んだオレは、思わず声を漏らした。
そこには、恐怖にガタガタと激しく震えながら、互いに身を寄せ合って抱き合っている小さな子供が4人、蹲っていた。
そして何よりオレの目を釘付けにしたのは──その子供たちの愛らしい頭部からピコピコと生えている、柔らかな「猫のような耳」。
そして、不安げに床を揺らしている長細い「尻尾」だった。
……ケ、ケモ耳さま来たぁぁぁぁぁあ!!!!!
オレは、ケモ耳属性のキャラクターが大好きなのだ。
目の前に実在するリアルな猫娘たちを視界に収めた瞬間、もう興奮しきりだ。
──まあ、不審がられるといけないので、その興奮は表に出さないがな。
オレはこう見えても、ポーカーフェイスには自信がある。
『マスター・・・鼻息が荒いですがどうかしたのですか?』
――うるさいナビ!
前世ではアパート暮らしだったので、ペットは飼えなかったが、近所にぶち猫がいてよくちくわなんかをあげていた。
あのぶち猫元気にしているかな?
元々DTCにはプレイヤー用のアバターとして『獣人族』がデフォルトで実装されていたし、街やクエストのNPCにも無数の獣人が存在していた。
この異世界がDTCのシステムをそのままトレースした世界である以上、こうして本物の獣人が生息していても、何ら不思議はない。
「……それにしても、なぜこんな危険な場所に、小さな子供たちだけで取り残されてるんだ?」
『大方、周辺の村や集落からオークやゴブリンの略奪部隊によって拉致され、将来的に奴らの私兵を効率よく生み出すための「苗床」として、ある程度成長するまでここで家畜のように飼育されていたのでしょう』
オレの疑問に対し、ナビは無機質な声で、このファンタジー世界における残酷な生態系の真実を平然と説明してきた。
確かにDTCの設定資料集にも、オークやゴブリンが人間の村娘を攫い、自らの繁殖のための苗床にするというダークな世界観の記述は存在していた。
だとしたら、目の前で震えているこの幼い猫娘たちは、親元から強引に連れ去られ、隔離されていたことになる。
何としてでも彼女たちを安全な外の世界へ連れ出し、故郷の家族の元へと帰してやりたい。
──そう強く思うが、まずは彼女たちがどこから連れ去られてきたのか、詳しく聞き出さなければ始まらない。
ナビの推測には高い信憑性がある。
だが、実際に本人たちと直接言葉を交わさなければ、真実を確定させて次の行動へ移ることはできないのだ。
「……ところで、ナビ。今更な不安要素なんだけど──オレって、この異世界の言葉をまともに喋れるのか?」
ここで、オレの脳裏に一つの致命的な懸念が浮上した。
それはオレが、前世で使っていた日本語しかしゃべれないということだ。
もしも異世界の現地語が全く理解できず、日本語のまま話しかけてしまえば、言葉が通じないどころか、コミュニケーションが完全に破綻してしまう。
『……今更そんなことを心配しているのですか? マスターは、目を覚ました最初の瞬間から、すでにこの世界の「共通現地語」を喋っていますよ?』
「……はあ?」
そのナビの説明に、オレは間抜けな声が出てしまった。
言われてみれば──。
確かに、オレがさっきからナビと交わしている言語は、前世で何十年も使い続けてきたはずの「日本語」とは、文法も発音も根本から全く異なる、未知の言語だった。
それなのに、頭の中で日本語を翻訳するステップを踏むことなく、自然と言葉が口から紡ぎ出されているのだ。
前世の日本語を思い出そうとすると、逆にそちらの方がどこか遠い異郷の怪しい言語のように感じられてくる。
なんとも形容し難い、奇妙な感覚だった。
どうやらオレの脳内には、いつの間にか異世界語が、覚え込まされてたようだ。
もしかしたらこれは、オレをこの異世界に転生させた女神より授けられた『転生特典』の一つなのかもしれない。
まぁ、その点に関してだけは素直に感謝してやらんこともない。
だが、雑な転生をさせられたことに対しては今も遺恨が残る。
「やあ。──君たち、どうしてこんなところに閉じ込められていたの……?」
オレはそう口を開くと、ホバーボードをしまい、ゆっくりと歩いて子供たちの元へと近づいていった。
第9話をお読みいただき、ありがとうございました。
オークジェネラル決死の猛攻を、前世の接近戦対策『ストーンアームパージB』の指向性散弾で鮮やかに迎撃し、トドメの爆裂魔法で見事に決着を誘い込んだ転生幼女。
死闘の報酬は、大台の19000ポイントへと跳ね上がった莫大な課金資産と、ボス格の装備一式。
そんな中ナビが示したのは壁の中に隠された「未発見の隠し部屋」でした。
そこにいたのは、魔物の苗床にされる寸前で震えていた4人のケモ耳娘たち。
中身おっさんの興奮をポーカーフェイスで覆い隠し、女神の雑な特典(言語理解)に感謝しつつ、最弱幼女は救いの手を差し伸べます。
次回、第10話「オレの名前と猫娘たち」
囚われの猫娘たちとの対話。彼女たちはこの危機的状況に、一体何を語るのか──。
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