10:オレの名前と異世界の猫娘たち
「貴女もオークに攫われてきたにゃ?」
おずおずとした様子で、怯える猫娘の一人がオレに問いかけてきた。
見たところ、彼女が一番の年長のようだ。
年齢は十歳くらいだろうか。
周囲を見渡せば、他にはオレと同じくらいの幼女が一人、七~八歳ほどの少女が二人。
その言葉から察するに、彼女たちがオークによってこの場所に拉致されてきたのは間違いなさそうだった。
――それにしても、初めて出会う異世界人。
率直に言って、めちゃくちゃ嬉しい。
こんな薄暗い塔の中をたった一人で彷徨うのは、自覚していた以上に心細かったのだ。
誰かと声を通わせ、会話ができる。
ただそれだけのことが、これほどまでに五臓六腑に染み渡る喜びだなんて知らなかった。
「オレは攫われてきたわけじゃないぞ。この塔を脱出するために、ちょっとそこらを徘徊していただけだ」
オレは自分の置かれた境遇を、彼女たちに分かりやすく、かつ手短に説明した。
「つまり……迷子なにょ?」
猫娘はこてんと首を傾げた。
……おい待て、なぜそうなる。
しかし、冷静になって自分の状況を客観視してみる。
帰る場所もない幼女が、怪物のはびこる危険な塔のなかをうろついているのだ。
うん、どう考えても迷子以外の何物でもない。
だが、それを初対面の子供に「迷子」と断定されるのは、大人のプライドとして少々癪に障る。
「まあ……そんなところだ」
とはいえ、ここでムキになって反論すればするほどドツボにはまりそうな気がした。
ここは大人しく、不本意ながらも素直に認めておくのが得策だろう。
「うちはルーシー。こっちがマルで、こっちがピケ。そんでもって、一番小さいのがルナよ」
オレが諦めて頷くと、年長の猫娘――ルーシーが、誇らしげに小さな子供たちを次々と紹介してくれた。
「貴女の名前は?」
そして、とうとうオレの順番が回ってきた。
ルーシーはオレに小さな掌を向け、興味津々といった様子で覗き込んでくる。
その瞬間、オレはあまりにも致命的で、重要な事実に気がついてしまった。
――オレ、自分の名前を覚えていない。
慌てて視界の端のステータス欄を確認するが、名前の項目は無情にも『????』のままだ。現在の正しい名前を確かめる術はどこにもない。
当然、前世の名前なら覚えている。
しかし、それはあくまで前世の名前であって、今のオレ――この幼女の名前ではない。
どうする。
今思い浮かぶ名前といえば、あれしかない。
学生時代、友人たちから呼ばれていた、あのどこか気の抜けたあだ名。
ゲームのキャラメイクでも、決まって使っていたお馴染みの名前。
「それじゃあ……『ヨッシー』で……」
これからしばらく、オレはこの異世界で「ヨッシー」と名乗ることにした。
前世の名前が『よしと』だから『ヨッシー』。
捻りもクソもない安直なネーミングだが、今のオレの中でしっくりくるのは、これくらいしか思い浮かばない。
『――承知いたしました。マスターの名前が【ヨッシー】で承認されました』
脳内に無機質なアナウンスが響く。
視界のステータス画面に目をやると、確かに『????』の文字がノイズと共に掻き消え、綺麗な【ヨッシー】の4文字へと書き換えられていた。
どうやら意図せず登録されてしまったようだ。
「ヨッシーちゃん? なんだか変な名前ね?」
「可笑しな名前にゃ……」
「始めて聞いたにょ」
「にゃ~も」
……が、目の前の猫娘たちの反応は、すこぶる微妙だった。
どうやらこの異世界において、『ヨッシー』という響きはかなり奇妙に聞こえるらしい。
――もしかして命名を誤ったか?
いや、だがシステムにもバッチリ承認されてしまったし、今更もう手遅れだ。
これ以上にピンとくる名前なんて、出てこないんだから仕方がないじゃないか。
「君たちの方こそ、どうしてこんなところにいるんだ?」
お互いの自己紹介が済んだところで、オレはさっそく彼女たちに事情を聴いてみることにした。
「うちら、村にいたんだけど……村が突然モンスターに襲撃されて……」
「にゃにゃ……怖かったにゃあ……」
耳を傾けてみれば、どうやら彼女たちは近くの村で暮らす村娘だったらしい。
村が襲撃を受けてパニックになり、そのどさくさに紛れてオークに拉致され、気づいた時にはこの塔に閉じ込められていたという。
――待てよ? もしや、あのモンスタースタンピードの余波か?
だとしたら、もしスタンピードがすでに収まっているなら、その村を襲ったモンスターたちも、今頃は駆けつけた冒険者たちに討伐された後のはずだ。
つまり、その村はもう安全になっている可能性が高い。
この過酷な状況で一息つくためにも、拠点となる安全な村への足がかりは喉から手が出るほど欲しいところだ。
よし、方針決定。この猫娘たちを無事に救出して、ついでにその村まで案内してもらおう。
もし仮にまだモンスターが残っているなら、オレが追い出す手伝いをしたっていい。
そうすれば、オレ自身の安全もしっかり確保できるはずだ。
「安心しろ。君たちを攫ったオークどもはもう全滅した。今ならいつでも逃げ出せるぞ」
オレは彼女たちを安心させるため、すでに危険が去ったことを告げた。
「嘘……? あれだけたくさんいたモンスターが?」
「すごく大きくて、強そうなやつだっていっぱいたにゃ!」
ルーシーを筆頭に、猫娘たちは半信半疑のままオレがやってきた扉の方へとトコトコと向かっていく。
まあ、小さな幼女の言うことだ。
そう簡単には信じてもらえないのも無理はない。
だが、外の惨状を見れば嫌でも確信することになるだろう。
「なにこれ……」
「みんな死んでるにゃ……」
扉の向こうを覗き込んだ猫娘たちが、唖然とした様子で硬直した。
彼女たちの瞳に映っているのは、通路に文字通り転がっている無数のモンスターの死山血河。……まあ、やったのは全部ここにいるオレなんだがな。
「いったい、誰が……?」
「きっと冒険者さんにゃ!」
「そうだにょ! おじさんたちが助けに来てくれたんだにょ!」
「やったぁ~っ!!」
手を叩いて大喜びする猫娘たち。
……来たのはおじさんじゃなくて、この幼女なんだがな。
だがここは、その「凄腕の冒険者」とやらの仕業ということにしておこう。
下手に真実を話したところで信じてもらえるか怪しい。
オレだって、こんな幼女が一人でモンスターの軍勢を全滅さたなんて言われたら、「どこのファンタジーだよ」と一蹴する自信がある。
それに、正直に話して「化け物」扱いされるのも癪だしな。
「でも、その冒険者さんたちはどこに行っちゃったの?」
「どこにも見当たらないにゃ……」
きょろきょろとあたりを見回し、命の恩人であるはずの冒険者を探し始める猫娘たち。
このまま「誰もいない」と分かれば、せっかく上がったテンションが急降下して不安にさせてしまうかもしれない。
最悪、泣き出す子だって現れる可能性がある。
やばい、ここはなんとしてでも誤魔化さねば。
「あ、ああ……! あの、冒険者たちはな、その……うんこが漏れそうだからって、大慌てで塔の外にトイレを探しにいったんだよ!」
……って、ちょっと言い訳が雑すぎたか?
しかも「うんこ」って小学生か!
「お貴族様じゃあるまいし、こんなところでトイレなんか探さないよ!」
ルーシーから容赦ないツッコミが飛んできた。
いや、お貴族様だってさすがにこんな魔物の塔でトイレは探さないと思うぞ。
「え、あ、それじゃあ……別の用事かなぁ……?」
これはいよいよ困った。
彼女たちが納得するような気の利いた嘘が、一向に見つからない。
――ぐぅぅぅぅぅぅ~~~……!
その時、静まり返った部屋に、何とも盛大な腹の虫の音が鳴り響いた。
「……お腹、空いたぁ」
きゅっとお腹を押さえて呟いたのは、最年少のルナだった。
「うちら、しばらく何も食べてないにゃ……」
「オークたち、なんの肉かもわからないような生肉ばかり持ってくるから……」
ルーシーが指差した部屋の隅を見ると、そこには見るからに赤黒く変色した腐りかけの生肉が山積みにされていた。
おそらく、食べられないと判断した猫娘たちが、まとめて追いやったのだろう。
さすがにあんな生肉、誰だって食べる気にはならない。
空腹が限界を突破すればワンチャンあるかもしれないが、確実に上から下から大惨事になる。
「そ、それじゃあ……ここらで一回、ご飯にするか?」
「ご飯……? そんなもの持ってるの?」
ルーシーが、オレの体を上から下まで、じろりと胡散臭げな目で見つめてきた。
その目は『本当は食べ物なんて持っていないだろ』と言わんばかりだ。
だがオレには『ガチャ』という手段がある。
『ガチャ』のハズレには、様々なネタアイテムの食品が存在していた。
それらの食品には、ソフトクリームやリンゴにラーメン。
某企業キャンペーン中のカレーや生姜焼きのタレなどの商品。
――それこそ無数に存在していた。
その食品の全てに、使うとごく少量だが体力や魔力が回復する効果があった。
それなら、このリアル異世界でなら、実際に食べれても可笑しくはない。
ちなみにネタアイテムの食品は、ガチャでしか入手することが出来ない。
ショップには存在しない購入不能なアイテムだ。
その効果が薄いため、前世のゲームで手に入っても、まったく嬉しくはなかった。
それこそ、地団太を踏んで悔しがっていた。
それがまさか、必要になる日が来るとは――。
「ガチャ画面――オープン!」
オレがそう口にすると、視界にピキィンと鮮やかな光が走り、見慣れた画面が出現した。
画面の中央には仰々しい宝箱が鎮座し、その上にはド派手なネオンカラーで【GO!】と書かれたボタンがこれ見よがしに主張している。
このボタンをタップすれば、運命のダイスが振られるわけだ。
DTCのガチャは一回300ポイントほどで挑戦が可能。
現在のオレの懐事情なら、気軽に数回は挑戦できる計算だ。
「……? そこに何かあるの?」
「何も見えないにゃ?」
「一人で何やってるにょ?」
「ふにゃ?」
不思議そうに虚空を見つめる猫娘たち。
どうやらこのド派手なガチャ画面は、オレにしか見えていないらしい。
「まあまあ、これはちょっとしたおまじないみたいなもんだから。オレ……一応これでも『魔術師』だしな?」
見習い魔術師だがな。
オレの苦しい言い訳に、再び猫娘たちからの「うわぁ、こいつ怪しい……」という冷ややかな視線が突き刺さる。
だが、そんな生温かい視線など知るか!
オレは構わず、画面中央の【GO!】ボタンを勢いよくタップした。
記念すべき、今世最初のガチャへの挑戦が幕を開ける。
――残り課金ポイント:18700p。
やたらと緊張感を煽るファンキーなBGMが鳴り響き、画面の中の宝箱がガタガタと左右に激しく揺れ始める。
そして――パカリ、と宝箱の蓋が開いた。
中から飛び出したのは、最高レアを期待させる眩いレインボーの輝き!
光の中から、白いシルエットで隠されたアイテムが画面中央へと躍り出る。
じわじわとシルエットが解け、お約束の華やかなファンファンレが鳴り響いた。
パパパパ~♪
『宝箱の中身は……【タコ焼き 20個入り】でした!』
【タコ焼き】:食べると体力を微弱に回復する。
キタコレ!!
狙い通り、一発目でバッチリ食品を引き当てた。しかもまさかのタコ焼きだ!
「よっしゃあ!」
オレは思わず、その場で力強くガッツポーズを決めていた。
ゲーム時代はハズレ枠ワースト3に入る大ハズレアイテムだったが、今回ばかりは救世主に見える。
いや、本当に安心できるのは、実際に食べて「本物のタコ焼き」だと確認できてからだがな。
ガチャで引き当てた景品は、自動的にオレの『アイテムボックス』へと格納される。
オレはすぐさまアイテムボックスの画面を開き、そこから実体化させた『タコ焼き』を現実世界へと取り出した――。
ご覧いただきありがとうございます!
ようやく初の異世界人(猫娘たち)と遭遇し、会話ができる喜びに浸るのも束の間、名前が決まっていなかったことが発覚しました。
前世の名前『よしと』から取って『ヨッシー』。
非常に覚えやすいですが、どうやら異世界的にはかなり奇妙な響きだったようです(笑)。
さらに、お腹を空かせた猫娘たちのために回したガチャから出てきたのは、異世界要素ゼロの「タコ焼き」。
ゲームではハズレ枠だったアイテムが、まさかこんな形で役に立つとは……。
果たして猫娘たちは、この謎の丸い食べ物を気に入ってくれるのでしょうか?
次回、11話「オレ、ガチャに興じる!」をどうぞお楽しみに!




