05:魔法を習得しよう!
「いったい、何のスペルブックなんだ……!?」
オレは宝箱の底から、スペルブックを両手で恭しく抱え上げた。
この世界におけるスペルブックは、未収得の状態だと表紙がほのかに固有の魔力光を放っている。
そして、その『光の色』を見れば、習得可能な魔法がどの属性に属しているのかを瞬時に判別することが可能なのだ。
赤色は、赫々と燃える『火属性』──。
青色は、清らかなる『水属性』──。
緑色は、吹き抜ける『風属性』──。
オレンジ色は、堅牢なる『土属性』──。
他にも、禍々しい紫色の『闇属性』、神聖な黄色の『光属性』、そして一切の属性を持たない純粋な白色の『無属性』など、多岐にわたる。
「……オレンジ色の光、か」
オレの小さな手のひらの上で、スペルブックはオレンジ色の輝きを放っていた。
つまり、この本に記されているのは『土属性』の魔法ということになる。
「さぁて、肝心の習得魔法は何だ?」
逸る気持ちを抑えきれず、オレはさっそくパラリと表紙をめくり、未知の文字列が並ぶページへと視線を落とした。
そこには、異世界の複雑な魔法文字が、ビッシリと書き込まれている。
普通なら、こんな怪しい文字は読めない。
アイテムボックスに放り込んで、システム画面に表示される『アイテム名と効果説明』を確認するのが最も手っ取り早いし確実だ。
──だがしかし、オレほどの廃プレイヤーともなれば話は別だ。
ゲーム時代に死ぬほど見返した魔法数式のパターンから、その呪文の配列を見ただけで、何が書かれているかを完璧に読解することが可能なのだ。
「呪文の構成要素は……地脈接続、質量創造、それから自律稼働か。ってことは──【ゴーレムメイカー】かよ……」
並んだ魔法文字の正体を見抜いた瞬間、オレの胸に、スーッと一筋の落胆の風が吹き抜けた。
確かに【ゴーレムメイカー】は、周囲の土や岩をかき集めて自らの忠実な兵隊を作り出し、使役する非常に便利な土属性魔法だ。
ところが──こいつは『中級魔法』に分類されるスキルだった。
現在のオレの職業は、レベル1の【見習い魔術師】。
ゲームの仕様として、見習い魔術師は、最もランクの低い『初級魔法』しか習得することができない設定になっている。
つまり、せっかく引き当てた魔法書だというのに、今のオレには宝の持ち腐れなのだ。
「ふふ……。──だが、この程度で諦めるオレだと思うなよ?」
絶望的な仕様の壁を前にして、オレの唇がニヤリと吊り上がった。
普通のプレイヤーならここで泣く泣く諦めて、アイテムボックスに仕舞い込むか露店に売るかの2択だろう。
だが、オレの目の前には現代の闇──もとい、神の理すら書き換える『課金ショップ』が存在している。
DTCの課金ラインナップには、まさにこの状況を打破するためだけに存在する、極悪な仕様変更アイテムが販売されていた。
そのアイテムこそが──【修正の羽ペン】である。
お値段は1個1000ポイントと、それなりに割高な品だ。
だが、その効果は値段に見合うだけのチートを誇る。
なんとこの羽ペン、スペルブックに書かれている術式を直接ガリガリと書き換え、内容の『改ざん』を行うことができるのだ。
これさえあれば、魔法の要求ステータスや職制の制限を無理やり書き換えることはもちろん、場合によっては攻撃力を引き上げたり、本来あり得ないようなチート魔法へと改造することだって不可能ではない。
「──《修正の羽ペン》、購入だ!!」
オレは購入ボタンを力強くタップした。
──残り課金ポイント:2250p。
さっそくアイテムボックスから、購入した【修正の羽ペン】を取り出す。
すると光の粒子と共に、小さな手に高級感あふれる一本の羽ペンが具現化する。
通常、ゲーム時代にスペルブックを書き換える際は、外部の攻略サイトや分厚い攻略本をディスプレイの傍らに開き、一文字ずつ念入りに突き合わせながら行うのが常識だった。
――それはなぜか。
DTC独自の複雑な魔法文字を、寸分の狂いもなく正確に確認して修正コードを入れなければ、最悪の場合はスペルブックが消滅するリスクがあったからだ。
ところが、この現実化した異世界には当然、攻略サイトも攻略本も存在しない。
一発勝負、間違えれば終わりの超高難度デバッグ──。
「──ふっ。だが、このオレを誰だと思っている」
心配など、微塵も必要なかった。
廃プレイヤーであるオレにとって、スペルブックの改ざんなどお手の物。
もはや呼吸をするのと同義だった。
オレの脳内には、DTCに存在する数千種類におよぶ魔法文字のコードとその構築論理が、完璧なデータとして刻み込まれているのだ。
しかも、オレには前世の実験から【ゴーレムメイカー】を劇的に、かつ最高に凶悪に強化する『お気に入りの改変レシピ』の心当たりがあった。
中級魔法である【ゴーレムメイカー】は、ある特定の術式を書き換えることで、職制の制限をすり抜けて『初級魔法』へとダウングレードさせることが可能になる。
しかも、ただ低ランク化するだけではない。
構築する質量を一箇所に集中させることで、その攻撃力を上昇させられるのだ。
──その改変内容とは、本来なら人型として創造されるゴーレムを、『片腕のみ』に限定して創造するというもの。
部位を限定して召喚する代わり、その大きさは通常のゴーレムを遥かに凌駕する巨大化が可能となる。
そしてそのサイズは、術者の【魔威(MAT)】の数値次第でどこまでも肥大化していく。
もう一度言うが、オレの現在のスペックはレベル1にして【魔威:220】という、生まれながらの化け物スタッツだ。
この数値は、ゲーム時代における『レベル90の魔術師』に匹敵する領域である。
これほどの魔威で片腕を創り出せば、恐ろしく太く、長い、大岩の腕が出来上がるはずだ。
そうなれば、圧倒的な破壊力はもちろん、非力なオレの身をあらゆる衝撃から防ぐ絶対的な盾としても機能してくれることだろう。
かつてオレが編み出し、愛用していたその独自の固有土魔法を、オレは──【ストーンアーム】と名付けていた。
しかもオレがカスタムした【ストーンアーム】は、ただの自動人形とはわけが違う。
術式の同期コードを書き換えることで、オレ自身のリアルな右腕の動きに完璧に連動した、直感操作を可能にしているのだ。
オレの腕に取り付けられた巨大な岩の腕を、まるで自分の身体の一部のように自在に振り回す戦闘スタイルである。
しかし、本来ならそんなサイズの岩塊の腕を装備すれば、その猛烈な自重だけでオレの幼女ボディーは耐えられないはずだ。
――だが、ここでもう一つの隠し味を当てる。
初級の土魔法に、岩を浮遊させて相手に射出する【ストーンバレット】という魔法がある。
この魔法に組み込まれている『質量を相殺して空間に浮遊させる術式』のコードだけを抜き出し、ゴーレムの術式へと追加結合するのだ。
これによって、巨大な大岩の腕が持つ重量を完全にゼロにすることが可能となる。
非力なオレの腕力でも、風船のように軽々と巨腕を操れるのだ。
……まぁ、どれだけオレが脳内で「ストーンアーム!」と格好いい魔法名を創作して叫ぼうとも、ゲームの頑固なシステム仕様上、改変された魔法は末尾に一律で【改】の文字が付くだけだ。
当然、ステータス画面の習得魔法一覧には【ゴーレムメイカー・改】と味気なく表記されてしまうのだがな。
DTCのこの融通の利かないお堅い仕様だけは、本当にちょっと残念というか、男心をくすぐらないところである。
どうせならもっと中二病全開の、最高にイカす格好いい魔法名に改名したい気持ちもあるのだが、贅沢は言っていられない。
「──よしっ! 準備完了だ。【ゴーレムメイカー・改】のスペルブックよ! このオレに魔法を授けろっ!!」
オレは完成したスペルブックを開き、自身の魔力を通して習得コマンドを発動した。
刹那、本からオレンジ色の眩い光の粒子が溢れ出し、オレの小さな体を包み込んで脳内へと直接流れ込んでいく。
どこか冷たくも心地よい魔力の回路が、幼い肉体の奥深くに一本の太い線となって開通する感覚。
システムログが、目の前にパッと流れ出た。
──ピコン♪
『おめでとうございます。固有スキル【ゴーレムメイカー・改A Lv1】を習得しました』
脳内のスキルウィンドウに、はっきりとその文字列が刻まれる。
こうしてオレは、【ストーンアーム】の魔法を、習得したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
習得魔法:【ゴーレムメイカー・改A Lv1】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ちなみに、魔法をプレイヤーに授け終えたスペルブックは、瞬く間にその魔力光を失い、ただの分厚い本へと化してしまう。
ページをめくれば習得した魔法に関する解説文が細かく書かれているが、その中身はすでに理解しているので、今更読み返す必要もない。
魔法を習得するための術式は完全に白紙化しているため、この本をもう一度使って他の誰かに魔法を覚えさせる、といった使い回しも不可能だ。
光を失った以上、上からどれだけ加筆修正を試みても二度とスペルブックとしては機能しない。
オレは用済みとなったただの厚い本を、パタンと閉じてアイテムボックスの中へと収納した。
「──《ストーンアーム》、起動っ!!」
オレは、習得したてのオリジナル魔法をさっそく発動させた。
瞬間、オレが掲げた右手の周囲の空間から、岩の破片がボコボコと不気味な音を立てて湧き出した。
そして磁石に吸い寄せられるように右腕へと集まっていく。
岩と岩が噛み合い、急速に質量を増していくその光景は圧巻だ。
やがて、オレの腕には、5歳児の体躯にはおよそ不釣り合いな、太く巨大な大岩の剛腕が創造されていた。
「ふむ……。やっぱり、まだ起動に若干の時間を要するな」
右腕をグッパーと動かしてみる。
浮遊術式のおかげで重さはゼロだが、展開完了までに数秒のロスがある。
ゲームの仕様通り、この手の召喚・変身系魔法の起動速度や硬直時間は、魔法そのもののスキルレベルの高さに大きく左右されるのだ。
現状はまだレベル1。
実戦で不意を突かれたら、展開が間に合わない危険性がある。
次にオレは、性能テストとして周囲の頑丈な石壁に向けて、その岩の拳を軽く突き出してみた。
ボコンッ!
「──あちゃあ、強度にもまだまだ問題アリ、か」
壁を叩いたストーンアームの拳の表面には、あっさりと細かいヒビが入り、ボロリと一部が欠けて床に落ちてしまった。
当然、この装甲の硬さや打撃の耐久度にも、魔法レベルが密接に関わっている。
レベル1のストーンアームでは、相手によっては、逆にこちらの手が粉砕されかねない。
「よし、出口に向かう前に、ここでしばらくレベル上げをしておくか……」
DTCにおける魔法スキルは、実戦で敵を倒すだけでなく、とにかく『操作し続け、魔力を通し続けること』でも熟練度を稼ぎ、レベルアップさせることが可能なシステムだ。
つまり、この【ストーンアーム】に関して言えば、安全な部屋の中でひたすら壁を虚しく殴り続けるだけでも、何のリスクもなくレベルを上げられるということ。
わざわざレベル1の状態で、危険なモンスターを相手に命がけの狩りをする必要なんて微塵もないのだ。
これぞガチ勢の基本、安全第一のレベリングである。
しかも、低レベルのうちは要求される熟練度も少ないため、 面白いほどサクサクとレベルが上がる。
方針が決まれば話は早い。
オレはひたすら隠し部屋の頑丈な壁に向かって、巨腕をガシガシと叩きつけ始めた。
『マスター。このペースで連打するとなると、魔力の消費が激しいです。今のうちに魔力回復用のハイマナポーションを購入しておくことを強くお勧めします』
「そうだなナビ。いくら攻撃対象がただの壁でも、魔法を維持して殴るたびにMPはゴリゴリ削られていくからな」
オレはナビの提案通り、ショップ画面から【ハイマナポーション20個:300p】を迷わず購入した。
魔力補給のラインもこれで完璧だ。
――残り課金ポイント:1950p
巨大な岩の巨腕が豪快に空間を回る様子は、客観的に見れば圧巻の一言だった。
ブオォォォン! と凄まじい風切り音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間には、壁に衝突した重苦しい轟音が辺りにズドンと炸裂する。
右腕の感覚に意識を集中させていると、なんだか魔法を使っているというよりは、前世の重機──ショベルカーか何かを操縦して、ガリガリと解体作業に勤しんでいるかのような錯覚に陥ってくる。
さながら、頭に被った黄色い【工事用ヘルム】。
そして右腕に装備した、岩石の【重機アーム】。
これらが完璧に合わさった現在のオレの姿は──『工事現場の作業員』そのものではないだろうか。
こうしてオレは、【ゴーレムメイカー・改】のレベル上げに、我を忘れて没頭することになったのだった。
ガタンゴトン! ガッシャァァーン!!
「はーいはーい! そこ、足元注意ですよナビさ~ん! ただいま絶賛工事中でありまーす!!」
『……』
そんなノリノリで工事作業の真似事をするオレを、ナビはただただ呆れた様子で見ていた。
第5話をお読みいただき、ありがとうございました。
職業制限というシステムの壁を、課金アイテム『修正の羽ペン』と前世の知識でハッキング。
自らの右腕と同期し、浮遊術式で重量を相殺したオリジナル土魔法【ストーンアーム】をここに編み出しました。
見た目は可憐な銀髪幼女、右腕には城門を穿つ岩石の巨腕。
圧倒的なこの一撃が、異世界にどんな風穴を開けるのか――。
次回、【ストーンアーム】を使った実戦に突入します。
その威力やいかに!?
今後の展開を見届けてくださる方は、ぜひブックマーク登録をよろしくお願いいたします!




