04:宝箱を開けよう!――ミミック!?
ゴブリンの肉塊を背にさらに歩を進めたオレは、女神の塔の出口に向けて着実に前進していた。
道中、遭遇した2体の『ビッグスパイダー』は実に美味かった。
──あ、一応言っておくが、食材としての意味ではない。
あんなグロテスクなフォルムの巨大蜘蛛、自ら進んで口に放り込もうなんて狂気の沙汰だ。
ズドドォォォォーンッッ!!!!
「おっしゃ! 仕留めたあぁ!!」
爆裂の術符から放たれた猛烈な爆風が通路を吹き抜ける。
本来、ビッグスパイダーというモンスターは、天井や壁の死角に気配を殺して潜み、不用意に近づいた冒険者を上から奇襲して捕食する陰湿なハンターだ。
ところが、ナビが展開する高性能3Dマップで『敵の位置が丸わかり』なオレに対して、そんな隠蔽工作は何の役にも立たない。
それはDTCの穴とも言える仕様だ。
──それは、遡ること数分前のこと。
マップ上で前方に、不審な赤い点を発見した。
オレは足を止め、注意深くその痕跡を探った。
すると、天井から不自然に垂れ下がる白く粘着質な蜘蛛の糸を発見。
その根元の暗がりに、毛むくじゃらの禍々しい足の先が、僅かに見え隠れしているのを見逃さなかった。
あとは簡単だ。
奇襲の範囲外まで距離を取った状態で、安全に【爆裂の術符】をポイッと投擲するだけ。
大爆発の猛火は狙い通りに潜伏中の蜘蛛を焼き尽くし、おまけにその爆風に巻き込まれる形で、近くの物陰に控えていたもう一方のビッグスパイダーまで一網打尽にすることができたのだ。
しかも、今回回収した魔石のポイント還元率は、ゴブリンの比ではないほどに高数値を叩き出してくれた。
「やったあ! 魔石2個で一気に1000ポイント獲得だ!」
なんとビッグスパイダーの魔石は、一個につき500ポイント。
2つ合わせて1000ポイントである。
一回300ポイントのガチャなら、これで3回以上も回せる計算だ。
──残り課金ポイント:3250p。
オレはホクホク顔で、マップに表示される次の目的地を見つめた。
「──よし。次は、この部屋に入ってみるか」
オレが目をつけたのは、通路の脇に据え付けられた重厚な扉の向こう側。
DTCの仕様上、こうした小部屋には、高確率で『宝箱』が出現するエリア設定になっている。
当然、オレが最初に目を覚ました隠し部屋のように、ハズレの場合もある。
宝箱が置かれているかどうかは完全に運次第だ。
だが、わざわざ立ち寄って確認してみるだけの価値は大いにある。
念のためナビのマップを隅々まで確認したが、部屋の中にモンスターの赤い点は感知されない。
よし、安全だ。
安全が確認できるや否や、オレはさっそくその扉に小さな手を掛けた。
ギィィィィィ……!
錆びついた金属が軋む嫌な音が静寂に響き渡り、徐々に重い扉が開いていく。
警戒しつつ、小さな体を滑り込ませるようにして部屋の中へと侵入したオレは、次の瞬間、歓喜に目を輝かせた。
「──ラッキぃ~~!! 宝箱、3つも発見!!」
薄暗い部屋の奥に、なんと3つの木箱が並んで鎮座していた。
初探索でこの引きは幸運というほかない。
だが、ここで嬉しさのあまり不用意に駆け寄るほど、オレは初心なプレイヤーではない。
宝箱には、古今東西あらゆる嫌がらせのようなトラップが仕掛けられているのがファンタジーの常識だ。
そして、その中で最も凶悪かつ警戒すべきトラップ。
それこそが──『ミミック』である。
第一階層に出現するミミック単体の戦闘力は、ゲーム的にはそこまで脅威ではない。
――だがしかし!
現在ミジンコクラスの装甲を誇るオレが、その一撃をうけたならば、間違いなく即死は免れないだろう。
それほどまでにオレの体力と耐久は底辺なのだ。
タチの悪いことに、ミミックは完全に宝箱そのものに『擬態』しているため、ナビのマップにも事前に赤い点で表示されることはない。
奴らが正体を現し、モンスター化して初めてマップに敵として認識される仕様なのだ。
だが──相手が姿を偽る怪物かどうかを安全に確かめる手段など、元廃プレイヤーのオレからすれば、いくらでもあった。
「くらえぇぇぇ! ──小石だっ!!」
オレは右腕を振りかぶり、一番手前にある宝箱に向かってその辺で拾った小石を力いっぱい投げつけた。
もしもあの宝箱の正体がミミックであるならば、不用意な外部からの刺激に反射的に反応し、大きな口を開けてガブリと食らいつくはず。
そして口を開けた瞬間に、この【爆裂の術符】をその口腔内へ直接お見舞いしてやろうという作戦だ。
コツン……!
小石は小気味いい音を立てて木箱の蓋に当たり、そのまま床へと弾かれた。
宝箱はピクリとも動かない。
どうやら、この目の前にある宝箱はミミックではないようだ。
ふう、と工事用ヘルムの奥で安堵の息を漏らす。
だが、まだ絶対に油断はできない。
先述の通り、宝箱の脅威はミミックだけではないのだ。
蓋を開けた瞬間に、致死性の毒ガスや全身を硬直させる麻痺ガス、あるいは不意打ちの毒針が飛び出してくるトラップの可能性が極めて高い。
ちなみに前世で読み漁った攻略サイトの記憶によれば、即死級の爆弾や矢の雨、強力な警報といった凶悪な罠は、この低階層の宝箱には設定されていない。
つまり、致命傷になる物理トラップを過剰に警戒する必要はないはずだ。
問題は、じわじわと体を蝕むステータス異常系である。
『マスター。転ばぬ先の杖として、ここで【万能薬】を購入しておくことを強くお勧めします』
「ああ、そうだなナビ。この場面を安全に切り抜けるには、確実に【万能薬】が必要になる」
オレはすぐさま課金ショップの画面を呼び出し、【万能薬20個:300p】を購入した。
――残り課金ポイントは2950p
この【万能薬】さえあれば、麻痺だろうが毒だろうが、あらゆるバッドステータスを瞬時に解除して正常化することができる。
毒ガスや毒針の解毒に関しては、これで100%完璧だ。
だが、問題は『麻痺ガス』を喰らった場合だ。
当然、完全に身体が麻痺してしまえば指一本動かせなくなる。
そうなれば、アイテムボックスから万能薬を取り出して「飲む」という行為そのものが不可能になる。
結果、動けないまま効果が切れるのを待つか、最悪の場合は動けない間に徘徊モンスターに見つかってなぶり殺されるのが関の山だ。
──ところが、ここでもDTCの『仕様の穴』がオレを救う。
ゲームとしてのDTCには、罠にかかってから実際にデバフが発動するまでに、システム上の「致命的なタイムラグ」が存在していた。
女神の塔の罠による麻痺の場合、ガスを浴びてから肉体が硬直するまでのラグは『一律2.5秒』。
これは当時の攻略掲示板などで「ガバガバ判定」として大いに話題になった有名な事柄だ。
実際にオレも前世のプレイ中に検証したことがあるが、確かに体感でそれくらいの猶予時間があった。
つまり、ガスを浴びた直後の2.5秒以内に、あらかじめ手元に用意しておいた【万能薬】を最速で喉に流し込めば、麻痺の硬直判定そのものを完全に無効化できるのだ。
理論上、この宝箱からどんな状態異常罠が飛び出そうとも、今のオレには一切通用しないということになる。
完璧な攻略法だ。
だが……もしも中身が罠だった場合、DTCの仕様では『箱の中の元々のアイテムは消滅する』ことになっている。
それはそれで、せっかくのドロップが拝めなくなるので非常に残念ではあるのだが。
「よし……開けるぞ、ナビ」
オレは左手に【万能薬】のガラスの小瓶を親指でいつでもパキンと開けられるように握りしめた。
そして、もう片方の手を宝箱の縁に掛け、一気に蓋を押し上げる。
――まさに、心臓がハネるような緊張の一瞬。
……もしも手がプルプル震えて万能薬を床に落としたらどうしよう、とか。
本物の毒針が指にブスリと刺さったら、いくらゲームの仕様でもリアルに痛いんだろうな、嫌だな……とか。
弱気な思考が脳裏をよぎる瞬間である。
ギギギィィィィ~~……!
重苦しい音を立てて蓋が開き、宝箱はその中身を露わにした。
罠の発動は──ない。
完全なセーフだ。
「小瓶……か? これは──なんだ、ライトヒールポーションだな」
底に転がっていたのは、ほんのりと薄赤色に光る【ライトヒールポーション3個】だった。
……あえて言おう。
宝箱のドロップテーブルのなかでは、間違いなく『ワースト3』に含まれるほどのしょぼい内容であった。
ちなみに他のワースト3は、「ただの粗末な木製の棍棒」と「銅貨数枚」である。
せっかく命がけの緊張感を味わったというのに、この仕打ちは泣けてくる。
『マスター……ガッカリしたからといって、いつまでもそんな変な顔をしていないでください。まだ残り2つの宝箱が残っていますよ。さあ、次を開けましょう』
「ナビの突っ込みが辛辣すぎるっ……!」
オレは頬をぷくーっと膨らませて相棒を睨みつけつつ、気を取り直して2つ目の宝箱へと目を向けるのだった。
口を尖らせてナビに文句を言いつつも、オレの手はすでに冷静に動いていた。
2つ目の宝箱に向けて、小石を放り投げる。
コツン……!
またしても、乾いた音が部屋に響くだけだった。
どうやらこの2つ目の宝箱も、最悪のトラップであるミミックではないようだ。
一応の安全を確認し、オレは蓋を押し上げた。
「おぉっ! この中身は──【軽い革靴】じゃん!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【軽い革靴】
・種別:足部防具
・性能:防御力+5 / 敏捷(AGI)+5
・装備条件:筋力(STR):5以上
・説明:非常に軽量な革で作られた靴。足元が軽くなり、素早さが少し上昇する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
画面に表示されたスペックを見て、思わず小さなガッツポーズが飛び出す。
この靴は装備するだけで『敏捷(AGI)が5上昇する』という、序盤にしては中々に実用的な防具だ。
なにせ、オレが今しがたまで履いていたのは【木の靴】だ。
これがまぁ、若干の歩きにくさを感じさせていたのだ。
正直、このタイミングでの革靴のドロップはめちゃくちゃ助かる。
オレはさっそく、サイズがぴったりに自動調整された【軽い革靴】へと履き替えた。
床を小さくトントン、と叩いて感触を確かめる。
「おお、軽い! めちゃくちゃ良い履き心地だぞこれ!」
その靴はまるで羽のように軽く、歩き回ってみても、何ら違和感を感じさせない。
これでようやく、あの【木の靴】からは卒業だ。
足元が軽くなり、一気に上機嫌になったオレは、最後に残された3つ目の宝箱へと目を向けた。
だが、ここで調子に乗ってルーティンを崩せば、それこそが死のトラップへの片道切符になる。
念には念を入れ、こいつにも小石をコツンと投げつけ、お決まりのミミック確認をしておく。
コツン……!
小石はむなしく弾かれ、3つ目の箱も沈黙を保ったままだ。
よし、最後の宝箱もミミックではない。
勝利を確信したオレは、万能薬をいつでも使える位置にキープしたまま、その宝箱に手を伸ばした。
ギギィィィィ~~……!
ゆっくりと蓋が開き、中の空気が漏れ出す。
箱の底に収められていた『それ』が目に入った瞬間、オレの心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
「ん……っ? これ、は──もしかして、スペルブックか!?」
そこに鎮座していたのは、古めかしい装丁に淡い魔力の残滓をまとった、一冊の本だった。
──【スペルブック】。
プレイヤーが新たな「魔法」を習得するために必要不可欠となる、重要レアアイテムだ。
オレの現在の職業は『見習い魔術師』。
ステータス上、魔力(MP)と魔威(MAT)だけは初期の魔術師の2倍というスペックを誇っているのに、肝心の魔法が「なし」だったせいで、これまでは高価な使い捨ての術符に頼るしかなかった。
だが、もしこの本のページをめくり、その内容を自分のものにすることができたなら……。
それは、この異世界に転生したオレが、初めて習得する『魔法』になるかもしれない。
オレはごくりと唾を飲み込み、そのスペルブックへと手を伸ばした──。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました。
小石によるミミックチェックに、タイムラグを利用した麻痺罠の踏み抜き。
徹底して「死のリスク」を排除していくガチ勢の立ち回りで、見事に3つの宝箱を攻略してみせました。
装備を『軽い革靴』へと更新し、最後に残されたのは一冊のスペルブック。
魔法を持たない見習い魔術師が、ついにその隠された真価を発揮する時が来ました。
彼女が最初に覚えるのは、道を切り拓く攻撃魔法か、それとも――。
次回、いよいよスペルブックを開きます。
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