03:魔石が課金ポイントになるようです
「よし……誰もいないな……」
オレは重い石扉をほんの数センチだけ開き、その隙間から細心の注意を払って左右の通路を覗き込んだ。
『マスター、敵の位置を把握したいのでしたら、目視よりもマップを見たほうが3倍は早いですよ?』
背後から、呆れ果てたと言わんばかりのナビの忠告が飛んでくる。
──ビュン!
「うおっ!?」
突如として、オレの目の前に淡く発光するホログラム調の3Dマップが展開された。
これは【女神の塔】一階層、隠し部屋付近の構造を映し出した立体地図。
ナビには、こうして周囲の索敵データを視覚化してプレイヤーに報せるというサポート機能があるのだ。
画面上の『緑の点』はオレの位置。
『青い点』は中立者──つまりオレに対して害のない生物や一般人の位置を示す。
そして──不気味に明滅する『赤い点』。
これこそが、敵対するモンスターの位置だ。
「おい……これってまさか、モンスターが3体、こっちに向かってきてるのか?」
見ると、3つの赤い点が通路を移動し、確実にオレのいる隠し部屋へと接近してきていた。
敵はすぐそこだ。
もう曲がり角のすぐ向こう側まで迫っている。
前世の平和な世界では、生物との『命のやり取り』なんて一度も経験したことがない。
ゲームの画面越しではない、本物の戦闘が始まる。
そう認識した瞬間、心臓が爆発しそうなほどの激しい鼓動を刻み始めた。
じっとりと額を伝う冷や汗が顎から滴り落ち、術符を握る小さな手が、情けないほどにブルブルと震え出す。
「やべえ、ナビ……オレ、本当にこんな体で生き残れると思うか……?」
『そんな泣き言は、せめて生き残ってから口にされてはいかがです?』
「ああそうかい! 励ましありがとよ!」
相変わらず口の減らない球体だ。
だが、その容赦のない冷徹さが、逆にオレの腹を括らせてくれた。
オレは覚悟を決め、その先の曲がり角の闇をじっと見据えた。
「ぐげぇ?」「ぎゃぎゃ!」「ぎゃあああ!」
──出た。
「ゴブリン……っ!!」
闇から躍り出たのは、3体の醜悪なゴブリンだった。
長く伸びた鼻と尖った耳、そしてぬめり気のある緑色の肌。
その生理的な嫌悪感を催す鳴き声が、オレの鼓膜に刺さる。
その声からピリピリと、恐怖すら感じて来る。
それは3体の醜悪な顔をしたゴブリンだった。
身長は5歳児のオレより少し高いくらいだが、その筋肉の付き方や体格の厚みはまるで違う。
何より、その凶悪な手には、ゴツゴツとした粗末な木製の棍棒が握りしめられていた。
あんなもので小突かれたら、体力40のオレなんて一撃で即死だ。
「いけぇ! ──《爆裂の術符》!!」
恐怖を打ち消すように叫び、オレは魔法の紙の束から1枚を全力で投擲した。
それと同時に、爆発の衝撃に備えて、黄色い工事用ヘルムを盾のようにおでこの前に掲げ、冷たい石の床へ全力で這いつくばる。
放たれた爆裂の術符は、最初はただの紙切れのようにひらひらと宙を舞い、標的を大きく逸れたかのように見えた。
だが、ゴブリンたちの頭上に達した瞬間、まるで意思を持ったかのように急激に速度を増し、不自然に軌道を曲げて3体のド真ん中へと肉薄した。
「「「ぎゃあああ!?」」」
知性の低いゴブリンどもは、目の前に飛んできた正体不明の紙切れを叩き落とそうと、馬鹿正直に棍棒を振り上げた。
──直後。
ズガァァァァァァァンッッ!!!!
……いやいやいや! 威力がやばすぎやしませんかね!?
五感を激しく揺るがす凄まじい大爆音と、凄まじい熱風。
ゲーム時代に画面越しに見ていた『バーストボム』の演出とは次元が違う。
何倍、いや何十倍もの質量を持った本物の「爆発」だった。
「うあっ!? あぶねぇ!!」
パラパラパラ、と激しい音を立てて、砕け散った小石や岩の破片がオレの工事用ヘルムへと容赦なく降り注ぐ。
ヘルムを買っておいて本当に良かった……!
しばらくして、恐る恐る頭を上げる。
通路には、視界を遮るほどの濃い白煙が立ち込めていた。
「……やったか?」
その言葉は自然と漏れ出たが、フラグとならないことを祈る。
「うわ……ぐろいな……」
やがて、ゆらゆらと煙が晴れた。
そこに広がっていたのは──フラグをへし折る、無残なまでにバラバラに引き裂かれた肉塊だった。
ついさっきまで凶暴に吠えていた3体のゴブリンの残骸。
すでに原型など見る影もない。
本物の『暴力』の結末が、そこには転がっていた。
『マスター。あそこに転がっている残骸から、魔石を回収することを提案します』
「……はあ?」
唐突に紡がれたナビの無慈悲な提案に、オレは盛大に顔をしかめた。
魔石を回収する。
それはつまり、あの生々しい肉塊を素手でいじくり回して、血塗られた体内からコアをえぐり出せということだろうか。
「いやいや、あんなの無理無理無理! 触れるわけねえだろ……っ!」
『直接触らなくても、死体にアイテムボックスの照準を向けて、通常のドロップ品を回収する要領で行えば回収が可能ですよ』
「え? そんな便利な仕様あったの?」
確かにアイテムボックスを、アイテムに向けて表示すれば、回収するかどうかの選択肢は出る。
だが『魔石を剥ぎ取る』かどうかの選択肢なんて、存在しなかったはずだ。
「まあ……言う通りにやってみるか。アイテムボックス、オープン……」
オレは半透明のボックス画面を展開し、その認識枠をゴブリンだったモノへと向けた。
すると、画面の中央にシステムウィンドウがポップし、見慣れない2択の文字列が表示されたのだ。
【ゴブリンの死体を回収する】
【魔石を回収する】
「マジで出た……!」
『その選択項目は、マスターが目標を明確に提示することで、システム側──つまり私からの最適化指定が可能なのです』
なるほど、そういうことか。
つまり今後、ナビに「モンスターの【角】だけが欲しい」と言えば、選択項目に自動で【角を回収する】が追加されるわけだ。
めちゃくちゃ有能な機能だが、今のオレには魔石だけで十分だ。
オレはナビの指示通り、画面をタップして3体のゴブリンからそれぞれの魔石をまとめて回収した。
ポロン、ポロンと軽い音を立てて、アイテムボックスに『魔石×3』が追加される。
「……で、回収したのはいいけど、この魔石って一体何に使うんだ?」
そもそもDTCでは、魔石をドロップするモンスターは限定的で、ゴブリンが魔石を落とすことなんてなかった。
こんな代物、何に使うというのか。
『魔石はこの世界の共通通貨として換金できるのはもちろんのこと……「課金ポイント」へ変換することも可能ですよ』
「えぇぇぇぇ!? マジかよそれっ!?」
思わず、遺跡の通路でひっくり返りそうな声を上げてしまった。
モンスターの魔石が課金ポイントになるなんて神設定だ。
前世のDTCでそれが出来ていたら金に困ることもなかった。
……まあ、そんなことをすれば運営の経営が秒で詰んで、即座にサービス終了に追い込まれていただろうがな。
プレイヤーが誰もリアルマネーを課金しなくなる。
『百聞は一見に如かずです。試しに、今アイテムボックスに入った魔石を「使用」されてみてはいかがですか? 課金ポイントに変換されるはずですよ』
オレは言われるがままに、先ほど採取したばかりの3つの魔石を選択し、「ポイント変換」のボタンを押した。
「……って、合計で150ポイントかよ!」
画面に表示された加算ポイントを見て、オレはガックリと肩を落とした。
どうやらゴブリンの魔石は、1個につき、たったの50ポイント程度にしかならないらしい。
3体倒して150ポイントぽっち。
これでは1回のガチャにすら挑戦することすらできない。
──残り課金ポイント:2250p。
『ゴブリンの魔石なんて、所詮はそんなものですよ。最下級なのですから』
現実とは、どこまでも世知辛く厳しいもののようだ。
命がけで戦った結果が、しょぼい成果に終わるなんて。
……まあ、見知らぬ異世界で、自分だけが使える課金ショップやガチャ、アイテムボックスというチートを持っている時点で、客観的に見れば、「厳しい」とは言えない人生なのかもしれないが。
それでもオレのこの戦慄は――
腕のぷるぷるするこの震えは、止まることがなかった。
――がっで~む!!
第3話をお読みいただき、ありがとうございました。
爆裂の術符の威力でなんとか初陣を飾った転生幼女。
そして明かされた「魔石のポイント変換」という仕様。
1個50ポイントというシビアな現実ですが、これで「戦えば戦うほど強くなれる」という、この世界を生き抜くための勝利方程式が完成しました。
見た目は可憐な銀髪幼女、中身はガチ勢のおっさん。
彼女の次なる一手をお見逃しなく。
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