10:旅の宿『風の女房亭』
赤髪の女騎士・ジャンクリーヌの案内で、オレはある宿にやってきた。
彼女の紹介する『風の女房亭』。
知り合いの冒険者の奥さんが経営している宿らしい。
料理はそこそこだが、冒険者の事情に通じていて、秘密をしっかり守ってくれるのが売りだという。
狭い路地を抜けた曲がり角。
木肌の渋い茶色と、白い漆喰のコントラストが美しい建物が佇んでいた。
どこか懐かしい雰囲気を醸し出している。
店の入り口には「剣と盾」が彫られた木製の看板。
窓辺のプランターには、美しい花々が飾られているのが見えた。
素朴だが頑丈な木と石の造り。
そこにあるだけで、どこか安心感を与える宿だった。
「しゃりっ! これくらいなら受け取ってもいいだろう」
ジャンクリーヌは、お礼に渡したアプフェルをかじりながらその場を後にした。
オレはヒラヒラと手を振り返し、その背中を見送る。
……本当にお礼は、あんなもので良かったのだろうか?
正直、彼女の助けがなくても自力でなんとかなった自信はある。
オレには『ストーンアーム』があるし、あいつらは油断していた。
まとめて一撃撃破できたはずだ。
それでもジャンクリーヌは、オレを心配して助けてくれた。
それに、こうしていい宿も紹介してくれた。
そんな彼女がお礼に望んだのは、たった1つの安価な赤い実だった。
――アプフェル。
果物の屋台で買ったものの、酸っぱくて食べずにおいた残りだ。
おそらく彼女は、あちこちでこの類のお人好しを繰り返しているのだろう。
オレはそんな彼女のことが、少し心配になった。
「お人好しもほどほどにな……」
オレはその背中に向かって、静かに呟いた。
◇◇◇
宿の扉をくぐり一歩中に入ると、圧倒的な温もりと、ざわざわとした活気に包まれた。
一仕事終えてエールを酌み交わす陽気な男たち。
痛々しく包帯を巻きながら地図を広げる戦士。
静かに本を読みふける、地味なローブ姿の女性。
多様な旅人や冒険者が、思い思いの時間を過ごしている。
そこはまさに、異世界の酒場といった雰囲気だった。
「おや、子供だけかい? 誰か親はいないのかい?」
入ってすぐ、女将さんらしき女性に声をかけられた。
「ジャンクリーヌさんの紹介で来ました。彼女はさっきまでそこにいたんですが、用事があるみたいで……」
「あの娘も相変わらずだねぇ……」
女将さんはすべてを察したように微笑んだ。
「アタシはこの宿の女将でラシダってんだ! よろしくねぇ!」
弾けるような笑顔で自己紹介をしてくれるラシダさん。
「オレはヨッシーです。それから……護衛のヒルデに、使い魔のペン太です」
「へぇ~……。訳ありの坊やかい? それなら一人一晩で小銀貨1枚、使い魔の分は大銅貨1枚ってとこだ」
随分とアバウトな請求だが、本当にあっているのだろうか?
まあ、今のオレなら簡単に支払える金額だ。
「それじゃあ、とりあえず一週間分で頼みます」
オレは『アイテムボックス』から硬貨を取り出し、女将さんに手渡した。
「あんた、アイテムボックス持ちかい! まあ容量の少ないやつならそこらにもいるけどね……ジゼル! これしまっといて!」
ラシダさんは硬貨を受け取ると、給仕をしていた少女を呼んだ。
「う~ん! わかったおかあ……女将さん!」
少女は受け取った硬貨を抱え、いそいそとカウンターの方へ持っていく。
アルバイトだろうか? 見た目は12歳くらいの少女だ。
「ああ、あれはうちの娘さ。色々至らない点はあるけど、仲良くしてやっておくれ」
どうやらラシダさんの愛娘のようだ。
女将さんは優しげな目で、その背中を見つめていた。
「食事は1階の食堂さ。朝食はなくて、昼と夕方だけ提供してる。今みたいに開いていればいつでも利用できるよ」
ラシダさんは周囲を指差しながら説明を続ける。
「これが部屋の鍵だよ。2階の一番奥の部屋を使いな。護衛の部屋はそのすぐ手前さ」
カウンターの裏をあさり、古びた鍵を1つ差し出してきた。
つまり、ヒルデくんの部屋を通らなければ、オレの部屋にはたどり着けない仕組みというわけだ。
護衛部屋としては最適だが、ヒルデくんの場合、敵が来たらまず先に悲鳴が聞こえてきそうだ。
まあ何はともあれ……これでオレも一息つける。
古びた階段をきしませながら、オレたちは2階の奥にある部屋を目指した。
◇◇◇
まだ外は明るいが、このまま夜になれば屋内は見渡せなくなるだろう。
ランプの光が必要になりそうだ。
そういえば、DTCには自分の部屋をカスタマイズできる『ハウジングシステム』が存在していた。
仮想空間に家を建てて家具を配置するシステムだ。
そして課金ショップには、ハウジング用の家具も豊富に販売されている。
あの中に、確かランプがあったはずだ。
念のため購入しておくか。
課金ショップを開くと、お目当てのものを発見した。
【カボチャランプ魔石式:500p】
魔石を燃料にして明かりを灯す仕組みらしい。
ハロウィン期間の限定品だったのか、カボチャのお化けの顔の形をしている。
前世ではハウジングに無頓着だったから、こうしてアイテムを買い漁るだけでも新鮮で楽しい。
ショップには家具だけでなく、ぬいぐるみや切り株、氷の玉座といった妙なアイテムも並んでいる。
さらにテレビやパソコン、冷蔵庫などの家電まで販売されていた。
これ、本当に動くのだろうか? まあ、検証はいつかゆっくりやればいい。
オレは【カボチャランプ魔石式】の購入を確定した。
――残り課金ポイント:14600p
部屋の前に到着する。
予想通り、手前と奥で2つの部屋が連なっていた。
ギィィィ……
扉を開けて中に入る。
「なかなかいい部屋じゃん」
手前の狭い部屋を抜けた先には、調度品こそ少ないものの、少しひんやりとした広めの空間が広がっていた。
奥の窓にはカーテン。その手前には、この部屋の主役であるシングルベッドが鎮座している。
ふかふかの布団からは、お日様とワラの良い匂いがした。
一度潜り込めば、そのまま眠りに誘われそうだ。
とりあえず今晩の寝床は確保できた。
あとは腹ごしらえだ。
オレは再び、1階の食堂へと足を運んだ。
ご覧いただきありがとうございます。
赤髪の女騎士ジャンクリーヌとの出会い、そして新たな拠点『風の女房亭』。
ヨッシーの異世界サバイバルは、ここから本格的に動き出します。
前世では無頓着だった「ハウジング機能」が、この現実の異世界でどう活きていくのか。
謎の家電製品たちの使い道とは……?
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




