09:赤髪の女騎士『赤雷のジャンクリーヌ』
「モンスターじゃない!? まさか……相手は人間か!?」
迫りくる脅威の正体は、なんと人間の男だった。
マップを確認すると、それは「黄色い点」で表示されている。
元のゲーム(DTC)にはなかった、このリアル異世界特有の表示だ。
『黄色い点は、殺意はないが悪意がある対象を示します』
つまり、あの男はオレに悪意を持って近づいている。
窃盗か? いや……人攫いか。
オレは手ぶらだし、荷物はすべてアイテムボックスの中だ。
狙いはペン太かとも思ったが、男の目は明らかにオレを捉えている。
男は成人で、オレより二回りもデカい。
さらに路地裏のマップにも、同様の黄色い点がいくつか潜んでいた。仲間がいる。
(……ここはわざと捕まるフリをして、一網打尽にするのが良さそうだな)
オレはすぐさま『万能薬』を口に含んだ。
これなら眠り薬や麻痺薬を嗅がされても、すぐに回復できる。
「魔法ページ――オープン!」
さらに、魔法ページを開いたまま固定する。
これなら口を塞がれても、画面タップで魔法を発動できる。
唯一の攻撃魔法『ストーンアーム』のチャージ時間はわずか1.5秒。
発動さえすれば、一流の冒険者相手でも一掃できる自信があった。
男が不意にスピードを上げ、オレの間合いに踏み込んでくる。
だが、腰の剣を抜く気配はない。
両手を広げ、オレを組み伏せようと迫る。
やっぱり、オレを攫うつもりだ。
大金を持っているのがバレたか、アイテムボックスを見られたか……。
「うぉっ!?」
次の瞬間、両脇を抱え上げられ、オレの身体が宙に浮いた。
「姫ぇぇぇーーっ!!」
「ガァァァ!! ガァァァ!!」
悲鳴のようなヒルデくんの叫びと、ペン太のけたたましい鳴き声が、みるみる遠ざかっていく。
そして男が路地裏に入り込んだその時――
「待てぇぇぇい!!」
甲高い凛とした声が響いた。
直後、オレを抱えていた男が文字通りブッ飛んだ。
「え……?」
気がつくと、オレは誰かに抱きかかえられていた。
燃えるような真っ赤な髪をした、女騎士だ。
ドサリ、と少し離れた場所に白目をむいた男が落ちる。
女騎士は剣を抜いていない。
素手で大男を殴り飛ばしたのだ。
とんでもない怪力である。
「ふぅ~!!」
彼女が深く息を吐く。
すると豊満な胸当てが、ミシリと軋んだ。
この女騎士、かなりの巨乳でもあるようだ。
「無事か? 怪我はないか?」
心配そうにオレの顔を覗き込んできたのは、吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠色の瞳。
突然のことに、オレは完全に硬直してしまった。
女騎士はゆっくりと、オレを地面に降ろす。
「やりやがったな!」
「てめぇぇぇ!!」
路地の奥から、さらに2人の男が剣を抜いて突っ込んできた。
さっきの男の仲間だろう。
その瞬間、赤い稲妻が走った。
――ガガキィィィンッ!!
まるで時間が止まったかのように、男たちの動きがピタリと止まる。
信じられないことに、2人の男が構えていた剣の刀身を、一本の細身の剣が綺麗に貫き、縫い留めていた。
(こいつ……まさか『赤雷』か!?)
以前、獣人の子供たちから聞いた話を思い出す。
あらゆるものを刺し貫くという、剣の達人。
その二つ名が確か『赤雷』だった。
一瞬にして男たちの剣は弾き飛ばされ、女騎士に完全に蹂躙された。
白目をむいて地面に転がる男たち。彼女の前には手も足も出ないようだ。
「姫ぇぇぇ! 無事ですかぁぁぁ!」
「ガァァァ!!」
そこへ涙目のヒルデくんとペン太が駆け込んできた。
「貴様、その娘の護衛か!?」
女騎士が剣を鞘に納めながら、鬼気迫る表情でヒルデくんを睨みつける。
「護衛なら、主人をしっかりと守らんか!」
「すいませぇぇぇんっ!」
ヒルデは半泣きでペコペコと頭を下げた。
「貴様! 女々しいぞ! しっかりせんかぁ!」
「えぇぇん! ごめんなさぁぁい!」
さらに喝を入れられ、完全に怯えきるヒルデくん。
「ガァァァ!! ガァァァ!!」
そんなヒルデを庇うように、ペン太が女騎士を威嚇しながら前に出た。
ペンギンに庇われる護衛騎士ってどうなんだ、ヒルデくんよ。
「ほほう? この使い魔はなかなか根性があるようだな」
ペン太の態度を見た女騎士は、感心したように口元を緩めた。
「そこの衛兵! 人攫いだ、連れて行け!」
「はっ! これは赤雷殿!」
「ただいま連行します!」
通りかかった衛兵たちが、彼女の姿を見るなり居住まいを正し、男3人を手際よく縄で縛っていく。
やっぱり、ただ者ではない。
「助けていただき、ありがとうございます、騎士様。オレはヨッシーといいます。この少年は護衛のヒルデ、そっちの使い魔はペン太です」
「ほう? 歳の割にはしっかりとした礼が言えるのだな」
オレの挨拶に、女騎士は満足そうに頷いた。
「私はジャンクリーヌ・フェスティア。この街でCランク冒険者をしている」
……まさかの騎士ではなく冒険者だった。
よく見れば鎧は軽装のレザーだし、雰囲気に呑まれて勘違いしてしまったらしい。
それほど彼女の容姿は美しく、高潔なオーラを放っていた。
しかし、さっきの衛兵の恭しい態度は一体何だろう?
単にジャンクリーヌが恐ろしいからか、それとも別の理由があるのか……。
「容姿端麗な護衛に、珍しい使い魔……ただの娘ではあるまい? よければ屋敷まで送ろう」
どうやら、どこかの令嬢と勘違いされているらしい。
ここは正直に言っておこう。
「いえ……オレに住む家はありません」
「娘……ヨッシーといったか? それはなんの冗談だ。その身なりで孤児だとでも言うつもりか?」
身なり、というのはこのワンピースのことだろうか。
一見地味に見えるが、実は大層な高級品なのかもしれない。
「はい。オレには住む家も記憶もありません。もちろん、そこの護衛もです」
「はあ……それは難儀なことだな……」
ジャンクリーヌは同情の混じった目をオレに向けた。
「でも、Fランクですが冒険者資格もありますし、Cランクの商人ギルド証も持っています」
オレは2つのギルド証を提示した。
「お前、その年齢で商人なのか!?」
ジャンクリーヌの目が丸くなる。
Fランクの冒険者証の方は、視界にも入らなかったようだ。
「それでは教会には送れないな。身寄りのない子供は普通教会が保護するが、自立している者は入れんルールだ」
なるほど、中世ヨーロッパの孤児院のようなシステムか。
まあ、大勢の子供たちに揉まれる集団生活はオレの肌に合わない。
自由気ままな冒険者暮らしこそが理想だ。
「実は、手頃な宿を探していまして。どこか紹介していただけないでしょうか?」
「宿か? それなら心当たりがある。……路銀はどれほどあるのだ?」
現在の所持金は約807万カレス。
かなりの大金らしいので、正直に言うと嫌味になりそうだ。
4分の1くらいにサバを読んでおく。
「200万カレスほど持っています」
「な、何だと!? そんなにか! 私の月収の4倍ではないか!」
めちゃくちゃ驚かれてしまった。
次は50万カレスくらいって言っておこう……。
というか、Cランク冒険者の月収が50万で生活は大丈夫なのか? もしかしてお金に困っているのだろうか。
「お礼に、いくらか差し上げましょうか?」
「いらん! 子供から金など受け取れるか!」
提案は一瞬で一蹴された。
どうやらプライドはエベレスト級に高いらしい。
「私の知り合いの冒険者の女房が、宿を経営していてな。冒険者の事情に明るく、口の堅い良い宿だ。宿代も安いし、そこなら身の危険もないだろう」
それはありがたい。
秘密を守ってくれるなら、訳ありのオレたちには最高の環境だ。
「ついてこい! こっちだ!」
ジャンクリーヌはオレをひょいと抱き上げると、スタスタと路地を歩き出した。
こうしてオレたちは、彼女の紹介する宿へと向かうことになった。
まさかこんな場所で、『赤雷』の二つ名を持つ凄腕冒険者と出会うなんて。
もしかしたら、もう1つの二つ名――『疾風』の冒険者に出会う日も、そう遠くないかもしれないな。
第9話をお読みいただき、ありがとうございました。
新キャラクター、『赤雷のジャンクリーヌ』。
圧倒的な強さと高潔さを持ちながらも、ヨッシーを「どこかの令嬢」と勘違いしてしまう少し不器用な彼女の登場で、物語が大きく動き出しました。
チート級の財力を持つヨッシーと、プライド高きCランク冒険者のジャンクリーヌ。
噛み合っているようでどこかズレている二人の距離感を楽しんでいただけていれば幸いです。
次回、ヨッシーたちは彼女が紹介する宿へと向かいます。
訳ありの3人と1匹を待ち受ける新たな環境とは――。
第10話もどうぞよろしくお願いいたします!




