06:商人ギルドと受付を名乗る少女
商人ギルドの建物は、領都のメインストリートにあった。
周囲の商店とは一線を画す、立派な石造りの建物だ。
入り口には、女神と天秤と硬貨をあしらった黄金の紋章。
その威厳に圧倒される。
大扉は常に開放され、人々がひっきりなしに出入りしていた。
絹のローブを着た大商人。
帳簿を抱えて走る小使い。
埃っぽい旅商人。
門前には高級馬車や荷車がずらりと並び、荷役たちが忙しそうに木箱を運んでいる。
ごった返す人混みを抜けると、香水やシナモンの甘い香りが微かに漂ってきた。
入り口の両脇には、槍を手にした屈強な衛兵が2名。
「おっと、そこのそこのお嬢ちゃんに坊主・・・か? ここは商人ギルドだ。子供が入っちゃいけないよ。紹介状かギルド証はあるかい?」
中に入ろうとすると、さっそく衛兵に止められた。
「ガァァァ!」
ヒルデの後頭部にしがみついたペン太が鳴き声を上げる。
アイテムボックスに入れられるのが嫌で逃げ出し、そこに定着してしまったのだ。
ヒルデは苦い顔をしているが、安全そうなので放置している。
「実は、取引したいものがありまして……」
オレはアイテムボックスから「ある物」を取り出し、ちらりと見せた。
「――っ!?」
衛兵が驚いて後ずさる。
「お嬢ちゃん……まさか『アイテムボックス』持ちかい?」
「そうです。こちらを路銀の足しにしようと思いまして」
見せたのは、生姜焼きのタレのボトルだ。
「それはアーティファクトだね? とりあえずそれをしまってくれ。今、奥へ案内させるから――」
「馬鹿ね! すぐにこちらに案内なさい! お父さまだって暇じゃないのよ!」
奥のカウンターを叩きながら、そう叫ぶ少女がいた。
10歳くらいだろうか。
ツインテールに高そうなドレスをまとっている。
あの距離からオレたちのやり取りに気づくとは、目ざとい。
彼女のヒステリックな声に、ごった返していた人混みが綺麗に割れていく。
まるでモーゼの海割りのようだ。
オレたちは開かれた道を通って、少女の座るカウンターへと足を運んだ。
◇◇◇
「よく来たわね。わたくしはローレッタ・サンカンよ。このギルドの受付担当なの」
彼女が本当にただの受付なら、このギルドの待遇は高すぎる。
周囲の受付はみんな、地味な麻布の事務着を着ている。
彼女の後ろで直立不動している女性こそが、本来の受付だろう。
カウンターの下には、すでに足場用の木箱が用意されていた。
オレの低い身長に対する配慮だ。
よく気が利く。
「どうも。オレはヨッシーです。こっちは護衛のヒルデと、使い魔のペン太です」
木箱に上がり、いつもの口調で自己紹介する。
「……」
「ガァァァ!!」
ヒルデくんは無言で会釈し、ペン太は鳴き声で自己主張した。
「さっそくだけど、持ち込んだ品物を見せてちょうだい」
ローレッタに急かされ、生姜焼きのタレをカウンターに置いた。
「なるほど。この入れ物、漂う香り……アーティファクトの調味料のようね。味を確認したいのだけれど?」
ローレッタは蓋に手をかけ、オレに許可を求めてくる。
「……構いませんよ」
オレが答えると、ローレッタは後ろの女性に冷たい視線を向けた。
「貴女、それを一口味見なさい」
女性の身体が恐怖で強張る。
毒見のつもりだ。
青ざめた顔で小さく頷き、震える手でボトルのキャップを開けた。
――その瞬間、生姜とニンニクの香ばしい香りが一気に広がった。
「――っ!」
香りを嗅いだだけで、女性の表情が劇的に変わる。
タレを数滴手の甲に垂らし、導かれるように舌を当てた。
次の瞬間、彼女は恍惚の表情で完全にフリーズした。
「……ねえ? どうだったの?」
ローレッタが眉をひそめると、女性はハッと我に返った。
「も、申し訳ありません! あまりの美味しさに衝撃を受けまして……! 毒物などはいっさい使われておりません!」
「へえ……それほどなの?」
ローレッタはマイ銀スプーンを取り出し、タレを数滴垂らして口に運んだ。
そして、感激したように目を見開く。
「これになら……金貨3枚まで出せるわ」
バルタザールのおっさんの査定では、確か金貨5枚のはずだった。
なぜだ?
「――その理由を聞かせていただいても?」
「あら、なんだかご不満そうね?」
クスリと笑うローレッタ。
かまをかけられたらしい。
「説明してあげるわ。これが『アウルムポタービレ』だったなら、価値は倍の金貨6枚にはなったでしょう。でも、この調味料は未知の物。味は確かだけど……それだけよ」
知名度が足りない、ということか。
味は確かなのに残念だ。
ちなみに『アウルムポタービレ』とは、おっさん曰くカレールーのことだ。
オレの記憶が正しければ、ガチャのカレールーはキャンペーン中だった「ヤシの木カレー」。
(なんとしても、あのカレーを引き当てねば……!)
オレはまだ見ぬカレーに、静かに思いを馳せるのだった。
お読みいただきありがとうございました!
ついに動き出した未知の調味料「生姜焼きのタレ」。
味は抜群なものの、異世界での知名度の壁にぶつかってしまいました。
そしてヨッシーの頭をよぎる、あの「ヤシの木カレー」の存在。
異世界の食文化(?)を揺るがすカレー大作戦は成功するのか――?
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次回もお楽しみに!




