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03:バルタザールのおっさん

「俺はバルタザール・バルテミルという者だ。ここで冒険者ギルドのギルド長をやらせてもらっている」


 目の前にいる、筋骨隆々とした顎髭のスキンヘッドは、オレに向かってそう豪快に自己紹介をした。

そして、ガハハと笑い出しそうな雰囲気を醸し出しながら、禿げ頭を撫でた。


 まさに『おっさん』という、どこか哀愁と頼もしさが混ざった単語がこれ以上なくしっくりくる、いぶし銀の男だった。


「これはご丁寧にどうも……。オレはヨッシーといいます。で、こっちにいるのが従者のヒルデで、足元にいるのが使い魔のペン太です」


 オレはそんなおっさんを見上げながら、自分たちの紹介を済ませた。

 紹介されたヒルデくんはおっさんの威圧感にポカーンと口を開けて見上げたまま、慌ててぺこりと会釈をし、ペン太は「ガァァァ!」と威勢よく鳴き声を上げた。

 

「なるほど、ヨッシーか。……だが、お前さんらは少々、この場所では目立ちすぎるな」


 バルタザールのおっさんが、ふと視線を鋭くして周囲を見渡した。

 つられてオレもぐるりとあたりを見回し、おっさんの言葉の意味を瞬時に理解する。


 ……いつの間にかオレたちの周囲には、酒場の荒くれ者たちや手続き待ちの連中が、人だかりを作っていたのだ。

 きっと美形のヒルデくんと、可愛いペン太が目立ってしまったに違いない。


「よし、二階の執務室へ案内しよう。人目が無いあそこなら、ゆっくりとお前さんらがここへ来た目的を聞けるからな」

「――え?」


 次の瞬間、フワリと浮遊感を覚えた。

 気づいた時にはオレの視界が一気に高くなり、床にいるヒルデくんとペン太の頭頂部を見下ろす形になっていた。

 ……そう、いつの間にかオレは、バルタザールのおっさんに抱き上げられていたのだ。


 ――おい待て。このおっさん、一体いつの間にオレの間合いに踏み込んで抱き上げやがった!?


 前世のゲーム『DTC』の対人戦(PVP)において、キャラクターの『立ち回り』は勝敗を分ける最も重要な要素だった。

 廃ゲーマーだったオレは、いかなる不意打ちにも対応できるよう神経を尖らせていた自負がある。

 それなのに、目の前のおっさんは、オレに一切の予備動作を悟らせることなく懐へ潜り込み、瞬く間にオレを抱き上げたのだ。

 それは洗練された立ち回りでなければ、実行できない技術だ。


「いやあ、悪い悪い! 最近までうちにも小さな娘がいたもんだから、身体が勝手に動いて自然に抱き上げちまったわい!」


 オレの身体の硬直に気づいたのか、バルタザールのおっさんはガハハと頭を掻きながら、全く悪びれる様子もなく謝罪してきた。


「いえ、怒っているわけではなく……。まさかこんなに簡単に、間合いを詰められるとは思っていなかったもので、少々動揺してしまいました」

「……お前さん、今までいったいどんな生き方をしてきたんだ?」


 オレのそんな返答に対し、バルタザールのおっさんは呆気にとられた顔で、ポツリとそんな言葉を漏らした。

 ギルド長の執務室は、受付カウンターの奥にある階段を上った先、二階の突き当たりにあった。


 

 ◇◇◇



「お前たち……そこらの長椅子にでも適当に腰掛けてくれ」


 バルタザールのおっさんは、オレを長椅子の上に優しく降ろすと、後ろをついてきたヒルデくんとペン太にも手真似で席を勧めた。


 部屋を見渡すと、壺や、絵画などの調度品が飾られており、中央には応接用のローテーブルと長椅子が配置されている。

 そして部屋の隅の大きなデスクの上には、無数の書類が山積みにされていた。

 まさに、『執務室』と呼ぶにふさわしい、厳かながらも機能的な部屋だった。


 ヒルデくんは促された椅子には座らず、オレの斜め左背後にビシッと直立し、ペン太はオレの右隣のスペースにちょこんと可愛らしく腰掛けた。


 ふむ、ヘタレの極みとはいえ腐っても護衛職のヒルデくんだ。

 主を護るための最低限の立ち位置くらいはわきまえているらしい。


 ……まあここで襲われたら、オレを盾にして、一目散に逃げられる立ち位置でもあるがな。

 まさか――そんな理由はないよな?


「で……? お前さんのような幼い娘が、わざわざ冒険者ギルドに何の用事だ?」


 おっさんはオレの目の前にドカリと腰掛けると、さっそく質問を開始した。

 

「じつは、冒険者登録を行いたいと思いまして。……それと、ギルドに買い取ってもらいたい物もあるんです」


 オレは今回の訪問目的を、バルタザールのおっさんへ伝えた。

 

「ふぅ~……」


 おっさんは今までとは打って変わり、真面目腐った顔で口を開いた。


「お前さんが先ほど下で見せた、あの妙な巨腕の魔法。それだけの手腕があれば、子供であっても冒険者になって戦いたいと思う気持ちは、分からなくもない。だがな、その幼さがどうしても引っかかる。冒険者ってのはな、物語に出てくるような華やかなもんじゃない。毎日が命がけの泥臭い職業だ。かっこいいことなんて一割もねえ、辛くて汚いことばかりの、世間から見れば最底辺の仕事さ。稀に英雄になれる者もいるが、そんなのはほんの一握りの天才だけだ。もし、ただの軽い憧れだけで冒険者を目指したいなら、止めといた方がいい」


 凄まじいプレッシャー。

 歴戦の戦士としての重みがある本気の忠告だ。

 本音を言えば、せっかくファンタジー世界に転生したのだから、冒険者になって名を馳せ、英雄と呼ばれるようなロマンを追い求めたい気持ちも無くはない。


 ――だが、オレの真の目的は、そんなフワフワしたものではなかった。


「いえ、誤解しないでください。オレが冒険者を目指す最大の目的は、ただの憧れなんかじゃなく、現実的な『生活費』を稼ぐためですから」


 そう、何よりもお金、そして『魔石』の確保だ。

 魔石をモンスターから回収しなければ、オレの生命線である【課金ショップ】も【ガチャ】も一切の利用ができなくなってしまう。

 おまけに現時点で所持金ゼロの文無しだ。

 お金を稼がなければ、今日の宿に泊まることすらできない。

 路頭に迷って、その辺の裏路地で浮浪児になるだけだ。


「……は? 護衛に使い魔まで従えているお前さんが、生活費だと? 一体全体どういう家庭環境なんだ、お前さんらは」

「それが――オレにはこれまでの記憶が一切無いのです。そこの護衛のヒルデも、同様にすべての記憶を失っています」


 オレとヒルデくんは、あらかじめ「記憶喪失である」という設定で押し通すことに決めていた。

 育った故郷や家族の構成を聞かれたところで、オレには答えようがないからだ。

 気づいた時には女神の塔の隠し部屋にいたし、ヒルデくんも召喚されたばかり。

 周囲から見れば、記憶喪失という説明が一番齟齬がない。


「記憶喪失、だと……? しかも主従揃ってか……」


 おっさんはオレの言葉を聞くと、両手で頭を抱え込んだ。

 どうやら、この訳あり幼女の扱いに本気で悩んでくれているようだ。

 外見はいかついが、困っている子供を放っておけない、お節介焼きなのだろう。

 人好しなおっさんだ。


「普通、行くあてのない孤児なら『教会』の孤児院へ行くのが筋だ。それか、お前さんほど突出した魔法の才能があるなら、大貴族の家に囲い込んでもらって、お抱えの魔術師として仕える方がよっぽど安全に暮らせるだろうに」

「いえ。そういう、どこかの組織にルール縛りで束縛されるような生き方は、真っ平御免ですので」


 教会に身を寄せれば、毎日の安全と食事は保証されるだろう。

 ところが、肝心のモンスター退治なんて絶対にやらせてもらえないだろう。

 生活は安定しても、それではガチャが回せない。

 何より、規律ずくめで息が詰まりそうだ。

 

 貴族に仕えるのも同様だ。

 お偉方の顔色を伺いながら、好き勝手に行動できない不自由な生活なんて、前世のあの忌々しい『社畜時代』と何一つ変わらない。

 オレはせっかく手に入れたこの第二の人生を、誰にも邪魔されず、自由気ままに謳歌したいのだ。


「はあ~……。随分と変わったお嬢ちゃんだな……」


 バルタザールのおっさんは、呆れたように苦笑した。


「確かに、冒険者には社会のレールから外れた自由な奴や、気ままな奴が多い。だがな、その大半は『そうするしか生きる道が無かった』からやってるだけで、本音を言えば誰もが安全で快適に暮らしたいと思ってる。好き好んで狂暴なモンスターと戦いたいなんて奴は、頭のネジがぶっ飛んでる戦闘狂だけさ。お前さん、そこんところの覚悟は本当に出来てんのか?」

「いいじゃないですか、その自由! 己の力で獲物を狩り、その肉を喰らう! 誰に命令されるでもなく、自分でお金を稼いで、好き勝手に、我が道を生きる!……そこに『自己責任』という重い対価があるのは百も承知ですが、そんな野生に満ちた生き方に、オレが猛烈に憧れているのもまた、否定できない事実ですから」


 そんな自由が手に入るなら、多少の命の危険くらいは覚悟してやろうじゃないか。

 ……まあ、さすがにゴブリンやオークの肉をリアルに食いたいとは一ミリも思わないがな。

 あいつらからは魔石だけ吸い取れれば十分だ。


「……ハッ、ハハハ! まったく、お前さんみたいな口を利く奴を、俺はもう一人よく知ってるぞ。俺の娘なんだがな……。昔、全く同じような大口を叩いて、最終的には本当に冒険者になりやがった。今じゃあ世間から『俊足』なんて大層な二つ名で呼ばれて、すっかり天狗になっていやがる」


 ――『俊足』だって……!?


 それって、ペルー村の猫娘たちが噂していた、馬よりも速いと噂のBランク冒険者《疾風のモニカ》のことか!?


 まさか、あの有名人の父親が目の前のギルド長だったとは。

 世間とは、思った以上に狭いものらしい。


「まあ、お前さんがそこまでの覚悟だって言うなら、ギルド長としてそのやる気に水を差すような真似はせんよ。だがな、いくら才能があろうと、最初からモンスター狩りのような危険なまねをせるわけにはいかない。冒険者には厳格な『ランク制度』ってのがある。まずは、誰もが最底辺の『Fランク』からのスタートだ。Fランクの主な仕事は、安全なエリアでの薬草採取や、街中での雑用依頼。それに慣れてきてようやく、大して危険のない『ビッグラット』の狩りだな……」


 そこからおっさんは、まるで我が子に言い聞かせるかのように、懇切丁寧にくどくどと冒険者のルール説明を始めた。

 要約すると、「お前を歓迎してやるから、まずは大人しく下積みをしろ」ということらしい。

 おっさんの説明によると、冒険者ランクはFから始まり最高位のAまで存在し、さらにその上には特別な『Sランク』が存在するとのこと。

 基本として、新人のF~Eランクは安全な薬草採取などがメインであり、凶悪なモンスターが闊歩する深い森や古い塔、ダンジョンといった危険区域への立ち入りはギルドの規則で原則として『禁止』されているらしい。

 つまり、オレはFランクからスタートするため、最初は大人しく薬草を毟るか、街の雑用依頼をするしか無いというわけだ。


 ちなみに、冒険者資格の登録には一定の事務手数料が必要らしいのだが、現時点で文無しのオレのために、おっさんが特例で全額を立て替えてくれるという。

 本当にありがたい話だ。


 なお、Fランクが規約を破って危険な場所に無断で立ち入った場合、特に罰則やペナルティは無いらしいが、その代わり「何があってもギルドは一切の命の保証をしない」という。


 ――なるほど、つまり『見つからずにコソコソ潜り込む分には、実質お咎めなし』ということだな。

 

 そんなこんなで、事務的な加入手続き自体は、後ほど一階の受付カウンターで行うということで話がまとまった。

 

「よし、それじゃあ、もう一つの次の話に移ろうか」


 一通りの説明を終えると、バルタザールのおっさんは話を切り替えた。


「お前さんら、ギルドに売りたい物があるとも言っていたが……」


 おや? 何だか、少し歯切れの悪い、含みのある口ぶりだな。


「実はな、現在この街は『モンスタースタンピード』の迎撃戦の影響で、ギルド全体が戦後処理で大わらわのてんてこ舞い状態でな。人手も資金も物資もすべて防衛線に回している最中だから、現在は特例として、戦戦に直結しない『ポーション(回復薬)以外のすべてのアイテムの取引』を全面停止しているんだ」

「ええっ!? でも、あのモンスタースタンピードは、もう完全に終了したはずでは……?」


 オレが女神の塔を出た時には、すでに広場には魔物の死骸が山積みになっており、生き残りはワイバーンに貪られていた。

 モンスタースタンピード自体は、とっくに鎮圧されていたはずだ。


「――ん? おい……お前さん、一体どこで『スタンピードが終了した』なんていう情報を手に入れた?」


 バルタザールのおっさんの目が、一瞬にして鋭いハンターのそれに変わった。

 ――あ、しまっ、た……!!!


 この街のギルドの本部には、まだ現場からの終結の報告が届いていなかったのだ。

 オレみたいな幼女が、知るはずのない情報を口にしてしまい、猛烈に怪しまれている。


「あ、あはは……! じ、実はですね! オレの従者のヒルデは、魔法ですっごく足の速い特殊な『ポニー』を召喚できるのです! オレたちはその俊足ポニーに乗って、女神の塔のすぐ近くにある『ペルー村』を経由して、最短ルートで一気にここまできたものですから……そこで小耳に挟んだと言いますか……!」


 オレは冷や汗を流しながら、自分が常識外れのスピードでここまで到着した理由を、すべてヒルデくんの召喚したポニーのせいということで言い訳をぶちかました。


 これ以上目立つわけにはいかないので、ホバーボードについては今のところ秘密だ。


「……なるほど。ペルー村か。あそこなら確かに女神の塔の目と鼻の先だし、その情報を直接聞いていてもおかしくはないか……」


 フゥ、とおっさんは納得したように顎髭を撫でた。

 どうやら、オレの苦しい言い訳で、納得してくれたようだ。


「戦場には無数の怪我人がいる予想されている。だからこそ、現在ギルドの方針としては、出来るだけ多くの回復薬を確保するため、ポーション以外の買い取りに回す予算が無いんだ。……ただ、もしお前さんの売りたい物が、その類であれば、ギルドとしては買い取らせてもらうんだがな……」


 おっさんは本当に申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、再び禿げ頭を撫でた。


「――おっさん。じつは、その、オレの売りたいアイテムなんですけど……」


 オレはアイテムボックス内のストックを確認しながら、不敵に笑ってみせた。


「一応そのアイテム……多少ですが回復効果が、付与されてると思うんですけど、見てみます?」


 そう、ゲーム『DTC』のハズレ枠食品――【タコ焼き】や【生姜焼きのタレ】には、確かに微量ながらに、体力を回復させる効果が存在していた。


「……ほう? お前さんの売るアイテムに、回復効果がある、だと?」


 案の定、オレの言葉を聞いたバルタザールのおっさんは、話に食いついてきた。

 どうやらオレのアイテムを、一応見てはくれそうだ。

 ご覧いただきありがとうございます!

 今回は、この世界における冒険者のランク制度(F~Sランク)や、現在の領都がモンスタースタンピードの戦後処理で大混乱に陥っているという、重要な世界情勢が語られる回となりました。

 うっかり「スタンピードは終わった」と口を滑らせてしまったヨッシーが、冷や汗を流しながらヒルデくんのポニーのせいにして誤魔化すシーンは、書いていて非常にスリリングで楽しかったです(笑)。

 ギルドの方針でポーション以外の買い取りが停止している中、ヨッシーが切り出したのは「回復効果のあるグルメアイテム」。

 

 はたしてバルタザールは、ヨッシーが取り出す未知のグルメを買い取ってくれるのでしょうか?

 第4話もどうぞよろしくお願いいたします!


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