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17:慌ただしいペルー村と関西弁の女魔術師

「そこの馬車、止まれ!」


 ペルー村へとたどり着いたオレたちは、村を囲む巨大な正門の前で、鋭い声によって制止された。

 行く手を阻むように立ちはだかったのは、武骨な革鎧に身を包み、武器を携えた2人の男。

 どうやらこの村の門番らしい。


 見れば、正門は先のスタンピードで激しく破壊されたらしい。

 現在は大急ぎで突貫修理を行っている真っ最中だった。


 トントン、カンカンと、木槌やハンマーが硬い木材を叩く小気味よい音が響き渡る。

 数人の男たちが汗を流しながら作業に没頭している。

 聞いていた通り、門番を含めた村人の数名には立派なケモ耳や尻尾が生えている。

 ここが人族と獣人族が手を取り合って暮らす共存の村であることを物語っていた。


 その周囲を、武装した冒険者らしき者たちが物々しい雰囲気で巡回している。


「おい、この妙な馬車は……貴族様の道楽か何かの乗り物か? 見たところ、御者台にいるのは小さな子供のようだが……中に高貴な方でも乗っているのか?」


 かぼちゃの馬車をまじまじと見つめながら、門番の男が困惑気味に尋ねてきた。

 まあ、無理もない。

 童話の世界から飛び出してきたようなオレンジ色のかぼちゃビークルだ。

 その割には細部まで超精巧に作り込まれている。

 世間知らずな貴族か大富豪が、趣味と道楽のために特注した高級馬車だと勘違いされてもおかしくはない。


「いえ、オレたちは『女神の塔』から逃げてきた者です」

「女神の塔だと……!? あんなモンスターの巣窟から、子供だけで……?」

「「「門番のおじさぁぁぁーーん!」」」


 オレが説明を始めたその瞬間、馬車の窓から猫娘たちが一斉に身を乗り出た。

 そしてちぎれんばかりに手を振りながら門番の男に声を張り上げた。


「お、お前たち……! ルーシーにマル、ピケ、ルナじゃないか!? 無事だったのか!?」


 門番の男は彼女たちの顔に見覚えがあったらしい。

 その瞬間、驚愕のあまり目を見開いた。


「おい! すぐに村長に報せろ! オークの群に攫わた娘たちが、奇跡的に帰ってきたぞ!!」

「な、なんだって!? ああ、分かった、すぐに行ってくる!」


 門番が作業中の男たちに向かって叫ぶ。

 すると指示を受けた一人が慌てて村の奥へと脱兎のごとく駆け出していった。


 それを合図に、先ほどまでの静かな修理風景から一転して、村の中がハチの巣をつついたような大騒ぎへと変わっていく。

 どうやら、これ以上の面倒な説明はもう必要ないみたいだ。



 ◇◇◇



「――なるほど。貴女がこの立派な馬車で、命がけで子供たちをここまで送り届けてくれたのですね。しかし……この風変わりな馬車は一体? それに、そちらの鎧で着飾った容姿端麗な従者殿や、珍しい使い魔まで引き連れておいでだ。……失礼ながら、貴女はどこかの名家のご令嬢か何かなのですか?」


 村の中央にある広場で、初老の村長がオレを上から下まで眺め回しながら、深々と頭を下げて尋ねてきた。


 まあ、そうすんなりと物事が上手く進むはずもない。

 オレの召喚した《かぼちゃの馬車》はあまりにも目立ちすぎた。

 フルプレートアーマーでビシッと決めた絶世の美少年ヒルデくん。

 愛くるしいペン太は、集まってきた村人たちの注目をこれでもかと集めてしまっていた。


 おまけに馬車を引く白銀のポニーも、この辺りではまず見かけない希少な名馬に見えるらしい。

 そんな豪奢な馬車が突如現れれば、「この幼女は一体何者なんだ?」という話になるのは至極当然の流れだった。


 肝心の猫娘たちはといえば、すでに駆けつけた両親たちと涙の再会を果たし、抱き合って号泣している。

 ……そして、すでにオレを「注目する側」へと化していた。


「ヨッシーちゃんってね、すっごくすごいんだよ! 何でも出し入れできる『アイテムボックス』だって持っているんだから!」

「そうにゃ! この大きな野菜の馬車も、ヨッシーちゃんがポンッて出したにゃ!」


 そこから猫娘たちの喋る舌が回るわ回るわ……。

 子供という生き物は本当に正直だ。

 悪気なくオレの秘密を周囲にバラ撒いていく。


「おいおい、アイテムボックス持ちなら、確かこの村に立ち寄った冒険者の中にも一人いただろ?」

「馬鹿言え! あんなかぼちゃの馬車みたいな巨大なもの、格納できるわけねえだろ!」


 周囲の野次馬たちの会話から、どうやらこの異世界において『アイテムボックス』自体はそこまでレアではないことが判明した。

 だが同時に、オレの持つボックスの積載容量が、彼らの常識を遥かに超越した規格外であることもバッチリ露呈してしまった。


 気がつけば完全にハブられ、村人たちから不審と驚嘆の視線を一身に浴びるオレとヒルデとペン太。

 ――居心地が悪すぎる。


「なんやこれ、一体どういう状況や? どこぞの道楽貴族様が、こんな田舎村に物見遊山にでも来られたんかと思ったわ」


 その時、広場の奥から、どこか皮肉混じりの――『関西弁』によく似た特徴的な声が響いた。

 要するに、独特の訛りがある異世界語だ。

 人混みを割って現れたのは、深い藍色のローブを優雅に羽織った一人の女性だった。

 

 頭には格式高いとんがり帽子を被り、手には魔力を秘めた精巧な杖を携えていることから、彼女が一流の『魔術師』であることが一目で分かった。

 癖のある美しい金髪を長く伸ばしており、女性にしては背が高い。

 ただ、その顔にはまだあどけなさが残っており、大人の女性というよりは「美少女」と言ったほうがしっくりくる年齢層だ。

 魔術師のお姉さん、といったところだろう。


「おお! キャロライナお嬢様! いやはや、相手がどうにも訳ありげな幼いお嬢さんでして、しかも貴族の気配がプンプンするもので、対応に難儀しておりました!」


 村長のおっさんが揉み手をしながら彼女を迎える。

 ……いや、オレに対して全然難儀しているようには見えなかったが。

 まあ、内心はどうだかわからないな。


 どうやら目の前の魔術師お姉さんは、ただの魔法使いではなく、『貴族様』でもあるらしい。


「うちはキャロライナ・ボードリエっちゅうんや。よろしくな、おチビちゃん」


 キャロライナは長い杖に気だるげに体重を預け、長い睫毛の奥にある瞳でオレを見下ろしながら、フッと不敵に微笑んで自己紹介をしてきた。


「ええっと……。初めまして。オレはヨッシーと申します。それで、こちらにいるのが従者のヒルデと、使い魔のペン太です」


 オレはホバーボードから降り、ペコリと頭を下げて全員の紹介を済ませた。

 相手が本物の貴族様である以上、ここは下手に生意気な態度をとるべきではない。

 前世のサラリーマン経験をフル稼働させ、極めて丁寧なビジネス敬語で応対する。


 するとキャロライナは、綺麗な眉をピクリと動かし、ますます訝しげな目でオレを凝視してきた。

 何やら猛烈に疑っている様子だ。


「……ふぅん。こんな田舎には不釣り合いな立派な馬車に、容姿端麗な従者。おまけに一丁前に使い魔まで従えとる。あんた、いったいどこの名家の子や?」


 キャロライナは鋭い視線をオレに突き刺し、核心を突くように尋ねてくる。

 さて……どう答えたものか。

 嘘をついてもすぐにバレそうな感じだ。


「あの……実は、お恥ずかしいことに『記憶喪失』でして。自分がどこの誰なのか、詳しいことを一切説明できない状態なのです」


 オレには前世の男としての記憶はある。

 ところがこの五歳児の肉体がこれまでどう生きてきたのかという記憶は一ミリも存在しない。

 当然、この身体の両親の顔も名前も全く分からないのだ。

 まあ、元から孤児として存在していた可能性だってある。

 つまりそれは、記憶喪失と言っても差し支えはないだろう。


「へぇ……。記憶喪失、なぁ……?」


 キャロライナは片目を細め、ジト目でオレを見てきた。

 記憶喪失なんて、苦しい言い訳にしか聞こえなかったか?

 まあ、いくら信じてなかろうが、それ以上聞くことはできまい。


「ほな……そっちの従者くんに話を聞こか?」


 矛先が今度は、ヒルデくんに向かった。

 まあオレが答えられなきゃ普通に考えたらそうなるよな。


「あ、あの……ボクは……その……ええっと……」


 案の定、キャロライナの鋭い視線に射すくめられたヒルデくんは、瞬時に目を泳がせてしどろもどろになり、消え入るような声で震えだした。

 まあ、オレについて説明しろと言われたところで、ぽっと出の使い魔に、まともなことなど語れるはずがない。


「はぁ~……。まぁ、村の恩人に対してこれ以上きつく出るのもなんや気分が悪いで。でもな――あんたらの村への滞在は許可できへん」


 キャロライナは大きなため息をつくと、一転して真剣な表情でオレに告げた。


「見ての通り、今の村はボロボロの満身創痍や。いつまた魔物の残党が襲撃してくるかも分からん、危険な状況なんよ。村の子ぉいうんならわかるけど、部外者のあんたが、村と運命を共にすることはあらへん」


 なるほど。冷たい突き放し文句のようだが、その実、オレたちを巻き込むまいとする彼女なりの合理的な配慮のようだった。

 救った猫娘たちの笑顔を思えば、村の防衛を手伝ってやってもいいか、と一瞬思ったが、周囲を見渡せば多くの武装した冒険者たちが目を光らせている。

 戦力的に、オレの手助けなどハナから必要ないのだろう。


「この村から街道に出て、北へ向かって2日ほど進めば、この地域の中心地である領都『ルグザム』が見えてくる。あんたそこそこの腕前の護衛もおるようやし、女神の塔からここまで来れたあんたらなら、余裕で領都までは辿り着けるはずや」


 キャロライナはヒルデくんの方を見ながら、そう親切に進路を教えてくれた。

 ……まぁ、その護衛くん、すぐにポニーのケツに隠れるヘタレなんだがな、とは口が裂けても言えない。


「そうですか……。色々とご親切に教えていただき、ありがとうございました」


 オレは綺麗にお辞儀をすると、スッと踵を返した。

 長居してこれ以上怪しまれる前に、この村から立ち去るのが得策だ。

 それに、その『領都』とやらにも非常に興味がある。

 この世界のまともな大都市がどんな場所なのか、一刻も早くこの目で見てみたい。


「――ちょいまち!」


 歩き出そうとした瞬間、背後からキャロライナの鋭い声に引き止められた。

 チッ、まだ何かあるのだろうか。

 警戒しながら振り返る。


「……これ、あんたにあげるわ。道中、自分の身を守るのに使い」


 そう言ってキャロライナが差し出してきたのは、魔力を宿した一冊の書物――オレンジ色の淡い光を放つ、土属性の【スペルブック】だった。


「これ……もしかして《ストーンバレット》のスペルブックですか……!?」

「せや。魔術師の教育を受けてへんあんたが、今から独学で覚えられるんは、精々そういう初期魔法くらいのもんやからな」


 ――ビンゴだ! 【ストーンバレット】。

 それは、小さな岩石を生成して敵に投げつけるだけの、極めて単純な初級攻撃魔法。

 だが、この魔法の真の恐ろしさをオレは知っている。

 ゲーム時代の知識、そしてオレの持つ『修正の羽ペン』を使えば、この一見平凡な初期魔法を、凶悪極まりないオリジナル魔法へと【改変】することが可能なのだ。

 これこそ、オレが喉から手が出るほど欲していた魔法の一つだった。


「なぜ、見ず知らずのオレにこれを……?」


 初期魔法とはいえ、この世界においてスペルブックの製作には膨大な魔力と時間。

 そしてそれなりの労力がかかるはずだ。

 市場に流せば確実にそれなりの大金になるはずの代物を、なぜ初対面の子供に簡単に譲るのか。


「あんた魔力が高いようやし、明らかに魔法の素質があるやろ?」


 やはりそうか。

 高位の魔術師は、対象の魔力を視覚化する『魔力視』のスキルを持っている。

 キャロライナはオレの魔力量を覗き見て、その才能を見抜いたのだろう。

 

 だがこのスペルブックの譲渡には、何か裏がある気がしてならない。

 貴族に借りを作るのは、怖いと言う話もどこかで聞いた。


「……そんな難しい顔して深く考えんでええよ。村の子供らを救ってくれたお礼や。せめてその魔法を覚えて、無事に領都まで生き延びろっちゅう、うちなりの誠意や」


 キャロライナは少し照れくさそうに顔を背けた。

 なるほど。

 恩人であるオレを危険な村から追い出す以上、何の報酬も与えずに手ぶらで帰すのは貴族の不義理であり、彼女のプライドが許さなかったということか。

 それならば、ここは変に勘繰らず、ありがたく遠慮なく使わせてもらうのが正解だろう。

 後腐れがないことを祈りつつ、オレはスペルブックをしっかりと胸に抱いた。

 

「領都に着いたら、うちの実家である『ボードリエ家』の屋敷を訪ねてみ。そのスペルブックを見せれば、うちの紹介やって一発で分かるようになってるから。その先は、うちの家が責任を持ってあんたの面倒を見てくれるはずや」


 それだけを言い残すと、キャロライナは翻したローブを翻し、村の奥へとそそくさと引っ込んでいってしまった。

 自分の代わりに、実家を頼れということか。

 だが、そんな貴族の派閥に直接関われば、それこそオレの能力に目をつけられて、そのまま都合よく取り込まれてしまいそうで怖い気もする。

 ルグザムに着いても、ボードリエ家と直接関わるのはひとまず遠慮しておこう……。


 まあ、あのキャロライナというお姉さん自体は、悪い人ではなさそうだ。

 またどこかで会う機会があれば、その時にこのスペルブックの正式なお礼をすればいいだろう。

 

 オレは最後に、もう一度広場の方へと目を向けた。

 ルーシーたち猫娘4人は、それぞれの両親と思われる大人たちにしっかりと抱きしめられ、安心した表情を見せていた。

 うん、これで彼女たちの安全は完全に保障されたな。

 それを見届けられただけで、わざわざ馬車を出してここまで運んできた甲斐があったというものだ。

 オレは満足気に頷くと、村の出口へと向かって歩き出す。

 

 オレが去ろうとする気配を察したのか、猫娘たちが涙の跡が残る顔を上げ、どこか寂しげで不安そうな表情をこちらに向けてきた。

 オレはそんな可愛いケモ耳様たちに向かって、笑顔で手を振り、そのまま背を向けた。

 ――またどこかで会おう、可愛いケモ耳様たち!


 こうしてペルー村を後にしたオレは、次なる目的地――領都『ルグザム』を目指して、再びホバーボードを走らせるのだった。


 ご覧いただきありがとうございます!

 女神の塔からの脱出、そして猫娘たちの救出という、物語の最初の大きなプロローグがこの第17話で無事に完結いたしました。

 親御さんと抱き合うルナたちの姿に、ヨッシーと一緒にホッと一息ついた方も多いのではないでしょうか。

 そして今回登場したキャロライナ・ボードリエお嬢様。

 恩人であるヨッシーにしっかりスペルブックを渡し、実家を頼るように勧めるなど、非常に義理堅くて魅力的なキャラクターですね。

 ヨッシーは「取り込まれそうで怖い」と警戒してボードリエ家を避けるつもりのようですが、はたしてそう上手く逃げ切れるのか……(笑)。

 手に入れた【ストーンバレット】をどう料理するのか、そして「領都ルグザム」でどんな出会いが待っているのか。

 新章突入の次の話も、どうぞよろしくお願いいたします!

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