13:脱出!女神の塔
なんとか空腹を満たし、喉の渇きを癒したオレと猫娘4人は、『女神の塔』からの脱出を開始した。
目下の懸念材料は、未だに姿を消したままの『ビッグスパイダー』2体だ。
もしもあの巨大蜘蛛が、不意を突いて天井から奇襲を仕掛けてくれば、最悪の大惨事は免れない。
――あんなに可愛いケモ耳様たちが、化け物に無残に襲われるところなんて見たくないからな!
オレは彼女たちの先頭に立つと、隠し部屋からおずおずと首を出し、周囲の安全を鋭く確認する。
視界に入るのは、先ほどオレが仕留めたオークたちの死体ばかり。
どうやら、今すぐに襲いかかってくるようなモンスターの気配はなさそうだ。
「ねえ……やっぱり、ここで冒険者さんたちの迎えを待った方がいいんじゃ……」
一番年長のルーシーが、オレの服の裾を引いてそう訴えかけてきた。
その表情は不安で今にも泣き出しそうだ。
彼女としては、確実に安全な隠し部屋に籠もり、冒険者が助けに来てくれるのを待ちたいのだろう。
その気持ちは痛いほどよく分かる。
だが、その「いつ来るかも分からない救助」を待つ間にも、あのビッグスパイダーの脅威は常にすぐそこまで迫っているのだ。
そんな危険極まりない場所に、彼女たちをいつまでも留めておくわけにはいかない。
「この女神の塔は危険だ! 早々にここを立ち去った方が絶対に良い!」
オレが強い口調で断言すると、他の猫娘たちがコクコクと激しく同意した。
どうやら多数決ではオレの意見が勝ったらしい。
その様子を見たルーシーは、なおも何か言いたげに口を噤んでしまった。
まあ、彼女はこれでもみんなのお姉さん役だ。
色々と考え、心配しているのだろう。
だが、その心配は一切無用だ!
なぜなら、このオレが命に代えても君たちを絶対に守り抜いてみせるからな!
「よし、広い通路に出たぞ……」
オークたちがいた大部屋を抜け、薄暗い細い通路をしばらく進むと、パッと視界が開けて巨大な大廊下へと躍り出た。
この通路を右に進めば、さらに塔の深層――1階層の奥深くへと進むことになる。
オレたちの目的はあくまで「脱出」だ。
迷わずその真逆、左側へと舵を取る。
大廊下の左側には、塔の巨大な出入り口がぽっかりと開け広げになっていた。
そのおかげで、通路の奥からはうっすらと外光が差し込んでおり、外の景色がかすかに見え隠れしている。
ゲーム通りなら、女神の塔の入り口の外には、地上へと続く長い下り階段があるはずだ。
ただ、この場所はかなりの高所に位置しているため、ここからではどんよりとした曇り空と、遥か遠方に広がる深い森の梢しか視認できない。
外の詳しい状況までは、はっきりとは分からなかった。
しかし、この広い通路にまったくモンスターの姿がないということは、おそらく『モンスタースタンピード』自体はすでに完全に終了していると見ていいだろう。
なぜなら、スタンピードの真っ最中、あるいはその直後であれば、このメインストリートは塔から溢れ出した狂乱のモンスターどもで埋め尽くされているはずだからだ。
つまり、スタンピードが収まってから、すでにいくらかの時間が経過している。
それが数時間なのか数日なのかは不明だが、彼女たちが五体満足で生き延びていたことを鑑みるに、それほど長い時間は経っていないはずだ。
あの劣悪な食料事情だ。
何日も放置されていれば、今頃は衰弱して歩くことすらままならなかっただろうからな。
「みんな、足元に気をつけて! できるだけ壁に沿って進むんだ! 背後の警戒も絶対に怠るなよ!」
「むぅ! ヨッシーちゃん、なんだか急に偉そうだぞ!」
「お貴族様だから、命令するのには慣れてるにゃ、きっと」
「後ろはあたしがちゃんと確認するにょ!」
「にゃ~も!」
「ガァァァ!」
年長のルーシーには申し訳ないが、ここからは完全にオレのペースで仕切らせてもらう。
この女神の塔の本当の恐ろしさを一番よく理解しているのはオレだし、何より、この中で唯一まともに戦える戦闘員はオレだけなのだから。
◇◇◇
「ふう……。なんとか、無事に外へ出られたな……」
額ににじんだ汗を小さな手の甲で拭いながら、オレはぽつりと呟いた。
隠し部屋を出てから数分後。
女神の塔の巨大なアーチ状の出口をくぐり抜けたオレたちは、ついに外の世界を一望できる場所へと辿り着いていた。
女神の塔の入り口の前には、総石造りの広大な前庭が広がっている。
横に細長く伸びたその前庭の先は、目眩がするほどの高低差を持つ、気が遠くなるような下り階段へと繋がっていた。
そこからは、遥か眼下に広がる巨大な広場が文字通り一望できた。
その広場は尋常ではない広さで、前世の学校の校庭の何倍もありそうだ。
そしてその地平線の遥か彼方には、広場をぐるりと遮るように、どこまでも深い緑の森が文字通りの壁となってそびえ立っている。
空は重苦しくどんよりとした灰色の雲に覆われており、その陰鬱な天候が、あたりの不気味な雰囲気をいやが上にも引き立てていた。
オレはふと、足を止めて振り返り、今しがた出てきた『女神の塔』を見上げた。
「こ、これが女神の塔……っ」
思わず息を呑む。
その塔は、天を衝くどころの騒ぎではなかった。
立ち込める雲を軽々と突き抜け、世界の果てまで届くかのようにどこまでも、どこまでも高くそびえ立っている。
幅も広大で、もはや建造物というよりは、切り立った巨大な岩山そのものだ。
いや――岩山というよりも、『霊峰』と言ったほうがしっくりくるかもしれない。
それほどまでに、その建造物からは、魂を直接圧迫してくるような圧倒的な存在感が放たれていた。
大気そのものがビリビリと震えている。
塔の表面からは、目に見えない強大なエネルギーが、まるで渦を巻くように周囲へ絶え間なく放出されていた。
この肌を刺すような謎の超自然エネルギーこそが、この世界のすべての魔法の源――『魔素』なのだろう。
ゲームの設定では、女神の塔は世界中に魔素を供給する心臓部であり、その魔素こそが人々の使う魔力の根源であるとされていた。
魔法が文明の基盤となっているこの異世界において、まさにこの塔は、世界そのものを生かしているエネルギー源なのだ。
「本当にとんでもない塔だな……」
圧倒的な光景に気圧されながら、オレは呆然とそんな言葉を漏らしていた。
それほどまでに、リアルで見る女神の塔のスケール感は、オレの想像を遥かに超越していた。
「ギャアァァァーーッ! ギャアァァァーーッ!」
その時、静寂を切り裂いて、はるか上空から鼓膜を刺すような悍ましい怪鳥の鳴き声が響き渡った。
「な、なになに!?」
「何の鳴き声にゃ、いまの!?」
「空に、何か大きいのがいるにょ……!」
「こわいよぉ~……」
その異様な鳴き声を聞いた瞬間、猫娘たちは恐怖に顔を青ざめさせ、お互いに身を寄せ合うようにして縮こまってしまった。
「……チッ。どうやら、すんなり完全安全帰宅とはいかないようだな」
オレは目を細めて灰色の空を睨みつける。
雲の下を優雅に、だが貪欲に舞うように飛んでいるのは、数体の『ワイバーン』だった。
大きな翼を広げ、ぎろぎろとした視線でこちらの様子を窺っている。
あのワイバーンは、冒険者たちの間で通称『死肉あさり』とも呼ばれており、モンスタースタンピードの直後には決まって戦場に現れるモンスターだ。
彼らの主目的は地表に転がっているモンスターの死体であるため、生きている人間を積極的に襲ってくることは滅多にない。
しかし、稀に気の荒い個体や、ひどく飢えた個体が問答無用で襲撃してくることもあるため、絶対に油断はできない危険な相手だ。
視線を眼下の広場へと落とすと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
文字通り、無数のモンスターの死骸が、足の踏み場もないほど一面に散乱しているのだ。
そして、すでに何体かのワイバーンが地上へと着陸し、その巨大なくちばしでモンスターの死肉をバリバリとついばんでいるのが見えた。
「――よし、今ならまだ奴らの意識は食事に向いてる。急いでこの階段を下りて、ワイバーンがいる場所を大きく迂回しながら、安全な街道に出るぞ」
オレはそう指針を示し、トントンと石の階段を下り始める。
ところが、背後の猫娘たちは恐怖ですっかり腰が抜けてしまったのか、一歩も動こうとしない。
「ほら、ぐずぐずするな! いつまでもそんな目立つ場所に突っ立ってると、空のワイバーンに見つかって上から襲撃されるぞ!」
「「「ひぃぃぃぃーーーっ!!」」」
オレが少し脅すように声をかけると、彼女たちは慌てて悲鳴を上げながら、必死の形相でオレの後を追って階段を駆け下りてきた。
そうしてようやく広場の下まで降り立つと、そこにある生々しい戦場の爪痕が、より鮮明にオレたちの視界に飛び込んできた。
巨大なモンスターの死骸が、地平線の彼方まで延々と続いている。
中には、稀に人間――おそらくは防衛戦で命を落としたであろう冒険者らしき姿も混ざっており、それがこの場の恐怖と凄惨さを一層引き立てていた。
ゲームの仕様では、女神の塔の『内部』で倒されたモンスターは、時間経過とともに魔素へと還元されて綺麗に消滅するはずだった。
だが、どうやら塔の『外』に出てしまうと、その法則は適用されず、こうして生々しい肉体としてそのまま残ってしまうらしい。
――これだけの数のモンスターから片っ端から『魔石』をハギ取って回収すれば、一体どれほどの莫大な課金ポイントになるだろうか……。
一瞬、オレの中のゲーマー魂が強烈にうずいたが、すぐに首を振って雑念を振り払う。
今は何よりも、この怯える子供たちの安全が最優先だ。
魔石拾いはまた今度、いくらでもやればいい。
先を急ぐべきだ。
――だが。
すぐ近くで死肉を貪り食っているワイバーンの巨体は、間近で見ると圧倒的だった。
黒々とした不気味な鱗に覆われ、その濁った瞳はやたらとギラギラと怪しく輝いている。
今のところは食事に夢中のようで、こちらに牙を向ける気配はないが、いつ気が変わるか分かったものではない。
恐怖のあまり、猫娘たちの足取りは鉛のように重くなっていた。
すっかり足がすくんでしまい、なかなか前に進むことができないのだ。
ただでさえ小さな子供の足なのに、これではいつまで経ってもこの危険地帯を抜け出すことなんてできない。
このまま硬直していれば、いずれワイバーンに気づかれるのは時間の問題だ。
クソ、一体どうすれば彼女たちの恐怖を和らげ、ここから一歩を踏み出させることができるだろうか――。
ご覧いただきありがとうございます!
第13話にして、ようやく物語の舞台である「女神の塔」の外観や、この世界のエネルギーの根源である「魔素」の設定を明かすことができました。
塔の中のモンスターは消えるのに、外のモンスターは死体として残るという、リアルな世界の仕組みにヨッシーも戸惑いを隠せません。
そして、せっかく脱出したというのに、目の前には巨大なワイバーンたちの群れ。お菓子と美味しいお水で元気を取り戻したはずの猫娘たちも、この凄惨な戦場の光景にはすっかり怯えてしまいました。
このままではいつ気づかれてもおかしくない一触即発の状況。ヨッシーは無事に彼女たちを連れて、安全な街道へと辿り着けるのか……?
緊迫の第14話も、どうぞよろしくお願いいたします!




