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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第1章 再起動と開示の儀式

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第9話 恩恵開示の儀式

 八柱暦《はっちゅうれき》4099年3月18日、闇の日(やみのひ)。朝の居間は、いつもの休みの日とは違う空気に包まれていた。朝食を終えたそばから、母さんが棚の奥から出してきた上着を広げて手招きしている。言われるままに腕を通すと、母さんは背伸びをして襟元を引っ張り、小さなしわまで指先で伸ばし始めた。


「ほら、背筋を伸ばして。今日は神殿で、本名で呼ばれるんだからね。名前を呼ばれたら、ちゃんと返事してね」

「分かってるよ、母さん。ちょっと首が苦しいんだけど」

「これくらいしっかり着ないと、だらしなく見えるでしょ。一生に一度のお祝いの日なんだから」


 母さんは満足そうにうなずき、俺の肩を軽くたたいた。


 晴れ着代わりの革のベストを着た父さんが、椅子に深く腰掛けてお茶をすすりながら、こちらを見ていた。


「マルタ、そう急かすな。テオが縮こまっちまうだろうが」

「急かしてないよ。受付に遅れたら、順番が後ろに回されちゃうでしょ」

「まだ鐘も鳴ってねえよ。……まあ、テオ」


 父さんは杯を机に置き、太い指であごをかいた。


「俺のときは`技の恩恵`だった。どんな恩恵が出たって、道具を握る手が変わるわけじゃねえ。何が出ても、お前はお前だ。気負わずにいけ」

「うん」


 父さんの`技の恩恵`は、手の器用さや道具の扱いを助けるものだ。母さんは`記録の恩恵`で、帳簿の数字が狂ったことは一度もない。去年騎士学校を出て、今は見習い騎士として騎士団の宿舎にいるエマ姉さんは`剣の恩恵`だった。


 居間の隅で靴ひもを結んでいたリリが、顔を上げた。


「テオ兄、どんなのが出ると思う?」

「さあね。やってみるまで分からないよ」

「なんで分からないの? 自分のことなのに」

「自分のことだから、分からないんだよ」

「ふうん。でも、テオ兄のことだから、きっと細かくて、めんどくさいやつだよ」

「めんどくさい恩恵ってのは、聞いたことねえな」


 父さんが笑いながら立ち上がった。


 家族そろって家を出ると、早春の冷たい空気が頬に触れた。通りには、うちと同じように少し改まった服を着た子供と親たちの姿が、ちらほらと見える。


「おーい、テオ! 待ってよ!」


 隣の鍛冶屋の扉が開いて、フィーネが飛び出してきた。赤茶色の髪を後ろでひとつに束ね、その後ろから、父親のバルクのおじさんが手を上げている。通りの角からは、きちんとした足取りでダリオが歩いてきた。


「おはよう、テオ。フィーネも早いな」

「ダリオこそ! なんか顔が硬いよ? 緊張してるの?」

「き、緊張などしていない。心構えをしていただけだ」


 ダリオは背筋をぴんと伸ばし、新しい上着の裾を引いた。耳の先が少し赤い。


 並んで歩きながら、母さんが小声で教えてくれた。


「名簿はね、神殿の生まれの記録から恩恵院《おんけいいん》に回ってるの。だから、今日来る子はみんな、もう名前が載ってるよ」


 さすが台帳係だ。フィーネは何が出るかなと楽しそうに指を折り、ダリオは黙って歩幅を確かめるように歩いていた。


◇


 町の神殿は、白っぽい石を高く積み上げた建物だ。八柱の大神《たいしん》すべてを祀る本殿で、ふだんは静かに祈る場所だが、今日ばかりは熱気に満ちていた。前の年に12歳になった子供たち30人ほどと、その家族で、広い堂が埋まっている。


 正面の壇上には、火、土、風、水、光、闇、空、時の八柱の大神の像が半円を描いて並び、その真ん中の祭壇に、大きな石板の形の魔術具が据えられていた。あれが開示盤《かいじばん》だ。分厚い黒い石の板で、表面は鏡のように磨かれている。四隅を補強する金属の枠には、魔力を導く細い溝が刻まれていた。


「あそこに手を置くのか」

「そうらしい。手を乗せると盤が光って、古い文字が浮かび上がるそうだ」

「古い文字って、読めなかったらどうするんだろ」


 背伸びをするフィーネの疑問に答えるように、壇の脇には2人の大人が立っていた。白い衣の神官《しんかん》と、紺色の上着を着た年配の男の人だ。男の人は、恩恵院から来た担当官だった。ミルフェンには恩恵院の支院がないので、毎年この時期に、支院から担当官が出向いてくるのだ。担当官は壇上の机に大きな台帳を広げ、羽ペンをインク壺に浸している。いかにも何十人もの子供を淡々とさばいてきた人らしい、無駄のない手つきだった。


 やがて神殿の鐘が鳴り、ざわめきがすっと静まった。神官が八柱の大神への感謝と、子供たちの成長を祝う短い祈りを捧げ、担当官が名簿を開く。


「これより、八柱暦4099年の恩恵開示の儀式を執り行います。名前を呼ばれた者は壇上へ進み、開示盤の上に右手を置いてください」


 最初に呼ばれたのは、西通りのパン屋の息子だった。緊張で手と足を同じ側に出しながら壇に上がり、おずおずと右手を乗せる。黒い盤面が内側からぼうっと光り、表面に淡く文字が浮かび上がった。担当官は身をかがめてそれをのぞき込むと、机の上の分厚い帳面――これまでに知られている恩恵名の一覧――を手早くめくり、うなずいた。


「`麦の恩恵`」


 あちこちから温かい拍手が起こった。担当官は台帳にペンを走らせ、恩恵名を書いた厚紙を少年に手渡す。開示の証書だ。


 そのあとも、儀式は滞りなく進んでいった。`布の恩恵`、`耕の恩恵`。読み上げられるたびに家族がほっと息を吐き、拍手が送られる。


「次。ヨゼフィーネ(フィーネ)・バルク」

「は、はいっ!」


 フィーネは壇上へ駆け上がると、迷いなく平手を盤に置いた。浮かび上がった文字を見て、担当官がわずかに目を細める。


「`力の恩恵`」

「やったあ!」


 両手を突き上げて飛び跳ねたフィーネに、神官が苦笑しながら“静かに、静かに”と手を振った。フィーネは慌てて口を押さえ、証書を受け取ると、小走りで戻ってくる。


「テオ、聞いた!? 力だよ、力! これで冒険者になれるじゃん!」

「よかったな。おじさんの鍛冶仕事にもぴったりだ」


 続いてダリオが呼ばれた。


「次。ダリオ・フェレス」


 ダリオだけは、儀式でもいつもと同じ名前だ。ダリオは深く息を吸い込み、兵士のように正確な歩幅で壇上へ向かった。呼吸を整えてから、ゆっくりと右手を重ねる。


「`騎士の恩恵`」


 ダリオの背筋が、さらにぴんと伸びた。顔を耳まで真っ赤にしながら唇を引き結び、腰のあたりで小さくこぶしを握っている。堂の奥にいた衛兵たちから、野太い歓声と拍手が上がった。フェレスさんの同僚たちだろう。


「おめでとう、ダリオ。念願どおりだな」

「……ああ。だが、浮かれてはいられない。ここから鍛錬を積まなければ、名ばかりの騎士になってしまう」


 口調は硬いのに、証書を持つ指先は誇らしげに震えていた。


「次。テオドール(テオ)・ラングナー」

「はい」


 後ろから母さんが“落ち着いてね”と背中に手を添え、父さんが無言で肩をぽんとたたいた。リリが両手を振っている。


 壇に上がると、間近で見る開示盤は、修理屋の目で見てもよくできた魔術具だった。枠の溝から中央の石板へ、魔力が静かに集まっていく流れが、いつものように頭の中で線の図になる。


 俺は息を整えて、右手を黒い石板に乗せた。冷たい石の感触と一緒に、手のひらからわずかに魔力が吸い上げられる。盤がぼんやりと光り、表面に文字が浮かび上がった。


 担当官が、羽ペンを手にしたまま身をかがめる。


 そして、ぴたりと動きを止めた。


 眼鏡を押し上げ、もう一度盤面を食い入るように見つめる。それから眉を深くひそめて帳面を開き、指先でページをめくっては行を追い、首をかしげた。最初のページに戻って、ばらばらとめくり直す。探しているのに、見つからないらしい。


 堂内のざわめきが、少しずつ大きくなっていく。父さんと母さんが心配そうに身を乗り出しているのが見えた。


 担当官は額にうっすらと汗を浮かべて帳面を閉じると、もう一度盤の文字をじっと見つめ、唇をもごもごと動かした。何度か発音を確かめるように息を吸い、やがて、たどたどしく読み上げる。


「……ぶらっく、しすてむ、えんじにあ……の恩恵?」


 ……は?


 ぶらっく、しすてむ、えんじにあ。


 ブラック。システムエンジニア。


 `ブラックシステムエンジニアの恩恵`!?


 心の中で、けたたましい警報が鳴り響いた。両手で頭を抱えてしゃがみ込みそうになるのを、気力だけでこらえる。


 よりにもよって、前世の肩書きそのものじゃないか。しかも、頭に余計なものが付いている。ただのシステムエンジニアなら、まだ百歩譲って飲み込めた。仕様書をめくり、コードを書き、夜通し不具合を追いかけた、あの職業だ。だが、なぜ「ブラック」が付いている。終電を逃し、会社の床に段ボールを敷いて仮眠を取り、机に栄養ドリンクの空き瓶を並べ、29歳で倒れた、あの日々の記憶がまとめてよみがえる。


 神様、恩恵って祝福なんじゃないんですか。


 ついこの前まで“どんな恩恵が出てきても、今さら驚くようなことはない気がする”なんてのんきに考えていた自分を、今すぐ捕まえて問い詰めたい。前言撤回だ。これで驚かない人間がいたら、連れてきてほしい。


 ブラック。黒。黒といえば闇の大神……いや、闇の大神は休息の神様だ。俺の前世のブラックとは正反対じゃないか。闇の大神様に失礼すぎる。


「ぶらっく……?」

「しすてむ、えんじ……なんだって?」

「聞いたことがないな。どこの言葉だ?」


 会場の人たちは、顔を見合わせてぽかんとしている。当然だ。この世界に、そんな言葉はない。


 担当官が小さく咳払いをした。


「ええと……読み方は分かりますが、意味の分からない恩恵です。恩恵院では、こうしたものを『未詳恩恵《みしょうおんけい》』として記録します。まれにあることですし、未詳恩恵が悪いものだったという記録は、私は見たことがありません。ご心配はいりません」


 台帳に書き留めると、今度は証書に恩恵名を書き写して、俺に差し出した。


「おめでとうございます、テオドール(テオ)・ラングナー君。これが開示の証書です」

「……あ、ありがとうございます」


 引きつりそうな頬を総動員して会釈し、証書を受け取る。盤から手を離すと、光はすっと消えた。


 石段を半分ほど下りたところで、冷たい水をかけられたような感覚が頭を突き抜けた。


 待てよ。


 10歳の冬に記憶が戻ってから、俺は回路を見ると、魔力の流れが図面のように頭に浮かぶようになった。回路の無駄がひと目で分かり、銀ごての扱いも、大人の職人が何年もかけて覚えるような速さで身についた。俺はずっと、それを前世で図面を見慣れていたからだと思ってきた。


 だが、もし、あの感覚そのものが、最初からこの恩恵の力だったとしたら。


 ぞくりとする寒気と、驚くほど腑に落ちる感じが、同時に背筋を駆け抜けた。経験だけじゃない。恩恵が、俺の頭と指先を、仕組みを読み解くように作っていたのだとしたら。上達の速さも、回路が図面に見える感覚も、全部つじつまが合ってしまう。


 誰だ、こんな初期設定を組んだのは。出てきて仕様書を見せてほしい。


◇


 すべての子供の儀式が終わって神殿の外へ出ると、昼前の日差しが石段を白く照らしていた。手元の証書には、黒いインクで丁寧に`ブラックシステムエンジニアの恩恵`と書かれている。


「ねえねえ、テオ! ぶらっく、しすてむ、えんじにあ……だっけ? なんか長くて、すっごく強そうじゃん!」

「強そう、かな……」

「だって、神官さんも担当の人も知らない恩恵なんでしょ? 大昔のすごい職人の恩恵なんじゃないの!?」


 目を輝かせるフィーネに、俺は力なく笑うしかなかった。すごい職人どころか、前世で倒れるまで働いた孫請けのシステムエンジニアです。


「強そうというのとは、少し違うのではないか」


 隣に並んだダリオが、腕を組んで真剣な顔で証書をのぞき込んだ。


「意味はまったく分からないが……何というか、テオらしい響きだ」

「どこがだよ」

「細かくて難しそうなことを、几帳面にやりそうな響きではないか」


 的確すぎて言い返せない。ダリオの勘は、ときどき妙に鋭くて困る。


「ハンス、これ……どういうことなんだろうね」


 母さんが眉尻を下げて、父さんの袖を引いた。父さんは太い腕を組み、青空を仰いで鼻を鳴らす。


「分からねえもんは、分からねえでいいんだよ」


 父さんは大股で歩み寄ってくると、ごつごつした大きな手で、俺の頭をがしがしとなでた。


「名前が長かろうが、意味が分からなかろうが、テオはテオだ。これまでどおり飯を食って、道具を握って、夜はしっかり寝る。それだけだろ」

「……うん」


 ぶっきらぼうな手のひらの重みに、こわばっていた胸の奥がすっと軽くなった。母さんもほっとしたように息を吐き、俺の手から証書を受け取ると、角をそろえて丁寧にたたんだ。


「そうね。まれにあることで、悪いものだった記録は見たことがないって、担当官さんも言ってたしね。今日はお祝いなんだから、帰ったらごちそうにしようね」

「ごちそう!」


 リリはぱっと顔を輝かせてから、俺の顔をのぞき込んで、にやりと笑った。


「ねえ、ぶらっくのテオ兄」

「……その呼び方、やめてくれない?」

「なんで? かっこいいのに。ぶらっくのテオ兄、ぶらっくのテオ兄」


 わざとだ。俺が嫌がっているのを、ちゃんと分かっている顔だ。この世界の誰にも意味は通じない。分かっていても、前世の俺には刺さりすぎる。


 春の光の中、家族と友人に囲まれて石段を下りていく。父さんの言うとおり、どんな名前が出たところで、俺が俺であることに変わりはない。冷蔵箱の回路も、身代わり線も、受付票も、自分の頭で考えてやってきたことだ。


 ただ、この恩恵の「ブラック」の部分が、いったい何を意味しているのか。それだけが、どうにも気にかかっていた。


 頼むから、前世みたいに倒れるまで働けてしまう、なんてことだけはありませんように。


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