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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第1章 再起動と開示の儀式

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第8話 ダンジョン帰りの故障

 雪解けの水が引いて、工房に差し込む光が柔らかくなったと思ったら、あっという間に夏が駆け抜けていった。


 前の年の暮れに母さんと入れた仕組みは、すっかり店に根づいている。作業場の壁の仕分け板では、毎日の仕事に合わせて受付票が『まだ』から『済み』へと動いていき、部品の表のおかげで、魔導銀の棒や魔石を切らして慌てることもなくなった。父さんは昼間に1人で店を回しながら、夜9時の鐘が鳴れば、作業場の灯りをきちんと落としている。


 10月、俺は12歳になった。来年の春には、前の年に12歳になった子供たちがそろって受ける、恩恵開示の儀式がある。隣の鍛冶屋のフィーネは冒険者に役立つ恩恵を期待して、毎日のように裏庭で木剣を振っているし、ダリオは騎士学校に進むための力を授かりたいと、分厚い本を読み込んでいる。俺はといえば、家族と平穏に暮らせるなら、恩恵なんて生活に困らない程度のもので十分だと思っていた。


 放課後や休みの日にブラントさんの店へ通うのも、変わらず続いている。“日が暮れたら必ず帰れ”という約束を守りながら、小僧と呼ばれつつ、道具の使い方や金属の扱い方を学んでいた。


 そんな日々に、奇妙なことが起き始めたのは、10月の半ばを過ぎたころだった。


 夕暮れになると、冒険者ギルドの荷運びの係の人が、腰に下げる筒形の携帯灯《けいたいとう》や、手のひらに収まる笛のような合図具《あいずぐ》を、かごに入れて荷車で店へ運んでくるようになったのだ。どれも、ギルドがお金のない駆け出しに安く貸している貸出品で、筒にはギルドの刻印と番号が入っている。


 係の人の話では、貸出品の修理は、本来は新市街の大きな工房がギルドとの約束で請け負っている。ところがこの秋はそちらの仕事がたまっていて、戻ってくるまでにひと月以上かかるらしい。それでは貸す灯りが足りなくなるので、町の北のダンジョンの入口にある出張所の職員がギルドに願い出て、急ぎの分だけ町の修理屋へ臨時で回す許しをもらった。費用はギルド持ちで、冒険者の客が多いうちの店にも声がかかったというわけだ。


 持ち込まれる品の症状は、どれも判で押したように同じだった。店の作業台で試すと、何の問題もなく白い光が灯り、合図具も甲高い音を鳴らす。ところが、ダンジョンの中で歩いているうちに光がちらつき始め、やがて消えてしまう。借りた冒険者たちが、出張所にそう訴えて返したものだという。


 受付票の束をめくっていた俺は、ある番号に目を止めた。『貸12番』。筒にそう刻まれた携帯灯が、このひと月だけで3回も店に戻ってきている。


「父さん、これ、先週も来たやつだよ」

「……またか。開けるぞ。テオ、前で見とけ」


 約束どおり、俺は作業台の脇に回った。底の留め金を外すと、中から親指ほどの小さな魔石と、薄い金属の回路板が出てくる。魔石台から伸びるいちばん太い線、根線《ねせん》を目で追っていくと、魔石台のすぐ脇、板がわずかに曲がった所に、髪の毛よりも細いひびが走っていた。


「父さん、ここ。ひびが入ってる」

「ああ。魔石の重みがかかる所だ。腰に下げて走ったり、岩にぶつけたりするたびに溝が開いて、魔力が途切れるんだろう」


 父さんは、柄の底の魔石で先を赤くした銀ごてで、魔導銀《まどうぎん》の細い棒を溶かし、ひびを埋めていく。手際のいい、無駄のない修理だ。父さんの腕に落ち度があるわけじゃない。数分で蓋を閉め、灯りがつくのを確かめると、父さんは携帯灯を『済み』の棚に置いた。


 それでも、同じ番号の道具がこれほど戻ってくるのはおかしい。ここへ回ってくるのは、冒険者が苦情を言った品だけだ。苦情の出ていない壊れかけの灯りは、誰にも確かめられないまま、次の冒険者へ手渡されているんじゃないか。前世の言葉で言えば、壊れてから直すだけで「予防保守」がまったくない状態だ。


 ダンジョンの暗闇で灯りが消えることがどれほど怖いか、冒険者なら誰でも知っているはずなのに。胸の奥に、冷たい不安が残った。


◇


 八柱暦《はっちゅうれき》4098年10月24日、闇の日(やみのひ)の朝。父さんは、修理の済んだ十数個の携帯灯と合図具を麻袋に詰めると、腰に道具袋を下げた。


「ギルドの出張所へ届けに行く。ついてくるか、テオ」

「行く」

「いいか。俺のそばを絶対に離れるな。ダンジョンの中には一歩も入るんじゃねえぞ」

「分かってる。約束するよ」


 町を出て、北に連なる岩山のふもとを目指す。街道を30分ほど歩くと、赤茶色の岩壁の下に、ぽっかりと黒い大穴が口を開けていた。ミルフェン大空洞だ。地の底から吹き上げてくる魔素《まそ》のせいか、穴の周りだけ空気がわずかに重く、湿り気を帯びて肌にまとわりつく。


 入口には頑丈な鉄の柵が巡らされ、その手前に木造の建物が2軒並んでいた。片方は衛兵の詰め所で、もう片方が冒険者ギルドの小さな出張所だ。詰め所の前に立っていた革鎧姿の男の人が、こちらに気づいて手を上げた。ダリオの父さん、フェレスさんだ。


「ハンスさん、テオくん。おはようございます。修理品を届けてくださったのですか」

「ああ。まとめて直しておいたよ」

「いつも助かります。このところ、坂道の手前で灯りの不調を訴える者が多くて、気になっていたところです」


 あいさつを済ませて、俺と父さんは出張所の扉をくぐった。


 板敷きの部屋では、職員が3人、カウンターの奥を走り回っていた。机は5つあるのに、2つは空いたままだ。机の上には依頼の紙が乱雑に積み上がり、床には冒険者が持ち込んだ薬草の束や鉱石の袋が散らばっている。


「素材の買い取りですね、少々お待ちください! そちらの依頼書は台帳に書いてから……あ、ハンスさん! 臨時のお願いばかりですみません、今行きます!」


 袖で額の汗をぬぐいながら、つまずきそうな足取りでカウンターへやってきたのは、うちの店に修理を回してくれている若い職員だった。ほかの2人も、素材の買い取りと依頼の割り振りで手がふさがっている。


「今日はずいぶん人が少ねえな」

「2人、寝込んでしまって……。このところ忙しすぎたんです。残った3人で、休みも回せなくて」


 職員は、疲れの抜けない顔で苦笑いした。


 カウンターの脇には、大きな編みかごが置かれていた。中には、冒険者たちが返した携帯灯や合図具が、雑多に投げ込まれている。誰も灯して確かめる様子はなく、番号を控える気配もない。誰がいつどれを借りたのかは、きっと職員たちの記憶だけが頼りなのだろう。かごの中の筒を見ると、へこみや傷の位置から、中の回路の様子が手に取るように浮かんだ。半分近くの根線に、もうひびが入っているはずだ。


 これでは、壊れかけの道具がそのまま次の冒険者に渡っても無理はない。前世で、点検の予算を削られ、限界まで働かされていた保守の人たちの顔が頭をよぎった。


 父さんが麻袋から修理済みの品をカウンターに並べ、受け取りの印をもらおうとした、そのときだった。扉の外から、地面を蹴る激しい足音が近づいてきた。


「誰か……! 誰か助けてくれ!」


 転がり込むように入ってきたのは、15歳くらいの少年だった。粗末な革の胸当てをつけた、駆け出しの冒険者だ。土に汚れた顔を真っ青にして、カウンターの手前で膝から崩れ落ちる。物音を聞きつけて、詰め所からフェレスさんたちが駆け込んできた。


「どうした、何があった?」

「相棒が……中に残ってるんです! 入口から下りた先の坂道で、借りた灯りが2つとも急に消えちまって……!」


 途切れがちな話によると、2人は大空洞の浅い所へ薬草を摘みに入ったらしい。入口から続く曲がりくねった坂道は、強い魔物こそ出ないものの、足元に深い割れ目や段差が多い。暗闇の中で相棒が足を滑らせ、合図具を鳴らそうとしたが、それも音が出なかったという。


「相棒は、割れ目の手前でうずくまって動けなくて……俺、壁を手探りしながら戻ってきたんです……!」

「分かった、すぐに向かう。出張所のかごから携帯灯を出せ!」


 若い衛兵が編みかごに手を伸ばし、携帯灯をつかみ取って底のつまみを回した。淡い白い光が灯る。だが、腰の革帯へ下げようと歩き出したとたん、光が激しくまたたいた。


「だめです、これもちらつきます!」

「別のだ、早くしろ!」


 次に手にした灯りも、強く振ったとたんに、ぷつりと消えた。坂道には外の光がまったく届かない。底の見えない割れ目がある暗闇へ、消えかけの灯りを持って入れば、捜す側まで危ない。職員が青い顔でかごの中をかき回すが、どれが使える灯りなのか、誰にも見分けがつかなかった。大穴の奥から、冷たく湿った風が吹き上げてくる。


 俺は父さんの上着の裾を引いた。


「父さん。僕にやらせて。父さんの前でだから」


 父さんは息をのみ、俺の目をじっと見た。迷いが走ったのは、ほんの一瞬だった。


「道具を出す。俺が見てる」


 父さんが道具袋から銀ごてと魔導銀の棒を取り出し、カウンターに並べる。俺はかごから携帯灯を1つ引き抜き、底の蓋を外した。思ったとおり、魔石台のすぐ脇の根線に、白く濁ったひびが入っている。


 ひびを削って埋め直している時間はない。なら、ひびの入った線を直さなくていい。魔力の通り道を、もう1本増やせばいい。前世で、止めてはならない大事な回線を「二重化」しておいたのと同じだ。


 赤くなったこて先で魔導銀の棒の先を溶かし、魔石台の端から、ひびの先のつなぎ目へ向けて、一息に銀の線を走らせる。元の根線のすぐ隣に、もう1本、細い橋を架けるのだ。溶けた銀は溝に吸い込まれるように伸び、すぐに固まった。元の線が揺れで途切れても、隣の線が生きていれば、魔力は止まらない。1分もかからなかった。


「次!」


 蓋を押し込むのと同時に、父さんがもう次の携帯灯の留め金を外して、目の前に差し出していた。父さんは何も言わない。ただ俺の手元を見つめ、職人の手際で次の道具を用意してくれる。2つ目、3つ目。銀の冷える、かすかなにおいが鼻をかすめた。


「できた。フェレスさん、これを!」


 3つの携帯灯を押しつけるように渡すと、フェレスさんは底のつまみを回し、灯った1つを握りしめて、腕を大きく振った。壁に打ちつけるほどの勢いで揺すっても、光はまたたきひとつせず、同じ明るさで部屋を照らしている。


「揺れない……! ハンスさん、テオくん、恩に着ます! 行くぞ、足元に気をつけろ!」


 衛兵たちは、線を二重にした灯りを掲げて、大穴の入口へ駆けていった。


 俺と父さんは、出張所の前の木柵に背を預け、黒く沈んだ穴の奥を見つめていた。約束どおり、俺は入口から一歩も中へ踏み出していない。それでも、待つ時間はひどく長く感じられた。遠くで小石が転がる音がするたび、足元にうずくまった少年が、びくりと肩を震わせる。


「大丈夫だ。町の衛兵は、だてにあの鎧を着ちゃいねえよ。灯りさえ消えなきゃ、へまはしねえ」


 父さんの言葉に、少年は袖で鼻をすすって、何度もうなずいた。


 10分か、20分か。穴の奥の闇に、小さな白い光が灯った。光は途切れることも揺れることもなく、少しずつ近づいてくる。やがて、衛兵2人に両肩を支えられたもう1人の少年が、暗がりの中から姿を現した。


「おいっ!」


 待っていた少年が駆け寄り、2人は抱き合うようにして地面に座り込んだ。助け出された少年は右足をかばっていたが、顔色は落ち着いている。


「足を少しひねった程度です。灯りが消えたあと、慌てて動かずに待っていたのがよかった。それに、この灯りは一度もちらつきませんでした。おかげで、足元の割れ目もはっきり見えましたよ。ハンスさん、テオくん、本当にありがとうございました」


 フェレスさんが深く頭を下げる。その後ろで、出張所の職員が、崩れるように腰を折った。


「本当に、申し訳ありませんでした……。貸出品は、手の空いた者が見る決まりなんです。でも、誰の手も空かなくて……」


 消え入りそうな、疲れきった声だった。この人1人を責める気には、とてもなれない。誰の受け持ちでもない仕事は、忙しくなれば真っ先に、誰もやらなくなる。


「あの、うちの店では、品物ごとに番号の札をつけて分けてるんです。返ってきた灯りを一度振ってみて、揺れるものだけ別のかごに分けるだけでも、ずいぶん違うと思います」

「おっしゃるとおりです。でも……返ってくるたびに1つずつ試して、別のかごに分けて、記録をつける。それを誰がやるのかが、決まっていないんです。今は2人も休んでいて、みんな自分の受け持ちだけで手一杯で」


 乾いた笑いだった。俺は、それ以上何も言えなかった。余裕のない人に“もっと気をつけろ”と言っても、何も変わらない。前世の職場で、嫌というほど見てきたことだ。変えるなら、1人の頑張りに頼らずに済む仕組みのほうだ。


 父さんが俺の肩に手を置いた。


「よその商売に口を出すもんじゃねえよ、テオ。……おい、兄ちゃん。苦情の出たやつだけじゃなく、返ってきた貸出品を全部うちで点検するってのはどうだ。まとめて運んでくれりゃ、ひびを見つけて直してから返す。お前さんの手間は、かごを積み替えるくらいで済むだろ」

「えっ……でも、それだと今の臨時の許しの範囲を超えますし、工房との約束もあるので、ギルドの上の許しが要ります……」

「今すぐ返事をしろとは言ってねえよ。上に話を通すなら、見積もりくらいは書いてやる。考えておけ」


 父さんはそれだけ言うと、空になった麻袋を肩に担ぎ直した。


◇


 岩山を背にした帰り道、空は夕焼け色から薄紫へと移り変わっていた。町へ続くゆるやかな道を、父さんと並んで歩く。秋の冷たい風が、張りつめていた頬を冷ましてくれた。


 しばらく黙って歩いていた父さんが、前を向いたまま、ぽつりと言った。


「……テオ。お前がさっき引いたあの線、今度ブラントさんに見せてみろ」


 驚いて横顔を見上げた。いつものぶっきらぼうな顔だが、その声には、隠しきれない誇らしさがにじんでいた。回路をいじることに厳しい父さんが、俺の応急の線を、あの気難しい職人に見せろと言っている。


「……うん。今度、練習板で同じのを作って見せてみるよ」


 出張所のかごに投げ込まれた、壊れかけの灯りの山が、まだ頭の片隅に残っている。今はまだ小さな修理屋の子供だけれど、いつか冒険者ギルドの仕組みそのものに手を入れる日が来るのかもしれない。


 ふと、来年の春の儀式のことが頭に浮かんだ。フィーネやダリオは、どんな恩恵を授かるのだろう。そして俺には、どんな名前が示されるのか。まあ、前世の感覚がこうして役に立っているくらいだ。どんな恩恵が出てきても、今さら驚くようなことはない気がする。


 暮れ始めた空に一番星を見つけながら、俺は父さんの歩幅に合わせて歩いた。


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