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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第1章 再起動と開示の儀式

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第7話 修理店の業務改善

 八柱暦《はっちゅうれき》4097年12月20日、土の日(つちのひ)。学校が終わってから、俺はいつものように町外れのブラントさんの店へ向かった。冷え込みが厳しくなり、灰色の雲から白いものがちらちらと舞い落ちてくる。


 工房の扉を開けると、作業台に向かって背中を丸めていたブラントさんが、手元のやすりを止めて顔を上げた。


「小僧、今日はもう帰れ」

「えっ、でも、今日は温水器の回路を見せてくれるって」

「年の瀬は、どこの修理屋も火の車だ。お前の親父のところも同じだろうが。今日は家を手伝ってこい」


 それだけ言うと、ブラントさんはまた手元の金属板に目を落とした。ぶっきらぼうな口調に、気づかいがにじんでいる。俺は頭を下げて店を出ると、冷たい風の中を急ぎ足で家へ引き返した。


 ラングナー魔術具修理店の扉を押し開けたとたん、むっとした熱気が顔に当たった。1階の作業場は、足の踏み場もないありさまだった。棚という棚に、持ち込まれた魔術具が押し込まれている。温水器、冷蔵箱、部屋を温める暖房具、手のひら大の手あぶり。急な冷え込みで、暖を取る道具が町じゅうで一斉に音を上げたらしい。収まりきらない品物は、布を巻いたまま床の上にも積まれていた。それぞれに客の名前を走り書きした紙切れが挟んであるが、すき間に突っ込んであるだけなので、作業台の足元には、はがれ落ちた紙が何枚も転がっている。


 作業台の奥では、父さんが赤い目で温水器のねじを回していた。そのとき、店の入り口の鈴がカランと鳴った。入ってきたのは、近所で肉屋をやっている恰幅のいいおじさんだった。


「ハンスさん、頼んでおいた温水器は直ったかい? 今日にはできるって言ってただろ」

「あっ、ええと……」


 父さんはあわてて手を止め、棚に並ぶ金属の筒を1つずつ引き抜いては首をひねった。


「すまねえ、どれだったかな……名前の紙が……」

「おいおい、明日からもっと冷え込むって話だぞ。お湯が出ねえと仕込みもできやしねえよ」

「悪い! 今すぐ探して直すから、夕方にもう一度来てくれ!」


 肉屋のおじさんが不満そうに出ていくと、父さんは今度は足元の木箱をあさり始めた。


「くそっ、魔導銀《まどうぎん》の棒がねえ。昨日使い切っちまったか……」

「僕、買ってこようか?」

「頼む! 3本だ!」


 通りの向こうの部品屋まで走って戻ってくると、今度は近所のおばさんがカウンターの前で父さんに詰め寄っていた。


「明日にはできるって言ったじゃないか! 子供が風邪をひいてるから、暖房具がないと困るんだよ!」

「す、すまねえ……今日中にはなんとか……」


 父さんは、客の頼みをむげに断れない人だ。忙しいと、その場を収めようとして、つい“明日には”と言ってしまう。その約束が、さらに自分の首を絞めていく。


 夕飯の鐘が鳴っても、父さんは作業場から上がってこなかった。母さんが階段の上から声をかけると、“これだけ片付けちまうから、先に食ってくれ”と返事だけが返ってきた。夜が更けても、階下からは金属を削る音が途切れない。作業用の魔導灯《まどうとう》の光が、階段のすき間から漏れていた。


 ちょうど1年前、あの作業台に突っ伏して眠る父さんを見て、俺の前世の記憶は戻った。終わりの見えない仕事が次々に積まれ、誰が何をどれだけ抱えているのか、誰も分かっていなかった職場。責任感だけで、深夜まで明かりがついていたあのフロア。


 このままでは、父さんが倒れる。


 居間の食卓では、母さんが帳簿を開いたまま、深いため息をついていた。役所で住民の台帳を扱う母さんは、書類と数字にはめっぽう強い。俺は冷めきったハーブ茶を下げ、温かいお茶を注ぎ直して母さんの前に置いた。


「ありがとう、テオ」

「作業場、大変なことになってるね」

「毎年この時期は混むけど、今年は急な冷え込みで数が多すぎるよ。ハンスも頼まれると全部引き受けちゃうから……」

「母さん。父さんの仕事、全部紙に書き出せないかな」


 母さんが目を丸くして顔を上げた。


「書き出す?」

「うん。預かった品物1つごとに紙を1枚作って、番号を振るんだ。お客さんには同じ番号の控えを渡して、品物には番号の札を結んでおく。そうしたら、どれが誰のもので、いつまでに直す約束なのか、すぐ分かるでしょ?」


 前世で毎日追いかけていた「チケット」だ。1つの仕事を1枚の票にして、終わるまで見失わないようにする仕組み。


 帳簿のふちを指でなぞっていた母さんの手が、ふと止まった。


「……それ、役所の窓口と同じね。台帳の係でも、前は届け出が山積みで大騒ぎだったの。受け付けた順に番号を振って控えを渡すようにしたら、取り違えも書類の迷子もなくなったよ」


 母さんの顔が、帳簿に向かうときの顔に変わった。


「窓口ではね、受けた書類を『受付』『確認中』『済み』の箱に分けてるの。ハンスの仕事も、そうやって分ければいいのね」

「箱じゃなくて、作業場の壁に板を掛けて、ピンで留めたらどうかな。ひと目で分かるように」

「いいね。部品も、数を書いておけば切らさずに済むでしょ」


 そこから先は早かった。新しい紙が広げられ、ペンが走り始める。1件につき1枚の『受付票』には、番号と客の名前、品物、どう壊れたか、約束した日を書く。作業場の壁の『仕分け板』は、『まだ』『修理中』『済み』の3列。魔導銀の棒やねじ、よく使う魔石の数を書いた『部品の表』も作ることになった。


「あと、順番。預かった順じゃなくて、困る人から直したほうがいいと思う」

「そうね。小さな赤ん坊やお年寄りのいる家の暖房は、止まったら命に関わるよ。そういうのが先」


 迷いのない答えだった。町の台帳を扱う母さんの頭には、町のどこにどんな家族が住んでいるかが入っている。


「逆に、手あぶりとか、しばらく使わなくても平気なものもあるはずだよ」

「急がないものは、お客さんに頼んで年明けに回してもらえないかな」

「それは私の役目ね。ハンスが倒れたら困るでしょって頼めば、みんな分かってくれるよ。……でも、私が店にいられるのは夜と休みの日だけ。昼間は、紙を見ればハンス1人でも回せるようにしておかないとね」


 頼もしく笑って、母さんはペンを置いた。


「それと、いちばん大事なこと。作業場の灯りは、夜9時の鐘が鳴ったら消す。今年からの決まりね」

「大賛成」


◇


 4097年12月24日、闇の日(やみのひ)。学校も役所も休みの日だ。朝食を済ませると、俺と母さんは作業場へ下りた。小さなエプロンをつけたリリも、張り切ってついてくる。


「リリもお手伝いする!」

「じゃあ、リリには大事な役目をお願いね」


 裏庭から持ってきた平らな板を壁に掛け、炭で2本の縦線を引いて、左から『まだ』『修理中』『済み』と書く。それから棚や床の魔術具を1つずつ引っ張り出し、母さんが受付票を書き、俺が厚紙の番号札を作った。


「はい、リリ。この札を、この温水器の取っ手に結んでくれる?」

「うん! リリが結ぶ!」


 リリは小さな指で一生懸命にひもを結びながら、首をかしげた。


「ねえ、テオ兄。なんで番号なの?」

「番号をつけておけば、あとでおじさんが取りに来たとき、同じ番号の紙を見せるだけですぐ見つかるんだよ」

「ふーん……じゃあ、この四角いのは、リリの好きな7番ね!」

「……順番どおり、8番だよ」


 そうしているところへ、頭をかきながら、父さんが階段を下りてきた。広げられた道具と壁の板を見るなり、目を丸くする。


「おいおい、何やってんだ? 紙なんざ書いてる暇があったら、手を動かして1つでも直さねえと間に合わねえぞ」

「ハンス、文句を言う前にこれを見て」


 母さんが示した壁の板には、受付票がずらりと並んでいた。全部が『まだ』の列に留めてある。


「……なんだこりゃ」

「今、店で預かってる品物の全部。38件よ」


 父さんは息をのみ、壁に並んだ白い紙の列を見つめた。なんとかなる、と思っていたものが、数になって目の前に突きつけられている。喉が小さく鳴った。


「これ全部を年内に片付けるのは無理だよ。ハンスが倒れちゃう」

「でもよ……客と約束しちまったんだ……」

「大丈夫。急がないお宅には、私が今から相談に行ってくる。この中の半分近くは、手あぶりとか、しばらく使わない物でしょ?」


 母さんは手際よく受付票を仕分けていった。


「ハンスは、本当に今すぐ要る物だけ直して」

「……すまねえ、マルタ。頼む」


 厚手の上着を羽織って出かけた母さんは、昼過ぎ、寒さで頬を赤くしながらも晴れやかな顔で戻ってきた。


「みんな快く待ってくれるって。『ハンスさんが倒れちゃ困るからね』だってさ」


 壁の板から、年明けに回す16枚の票が外され、『年明け』と書いた箱へ移された。板に残ったのは22件。冬至祭の前日まで、1日に3件か4件ずつ片付けていけば間に合う。


 その日の夕方、母さんと俺は、作業台の父さんを呼んで仕組みの使い方を教えた。


「お客さんが来たら、まずこれに書くの。番号、名前、品物、どこが悪いか。控えを渡して、札を結んで、板の『まだ』に留める」

「書いてる間に、1つ直せるぞ」

「約束の日は、板を見てから決めてね。『明日には』って言う前に」

「……うるせえ」


 ぼやく父さんの前に、リリが手あぶりを抱えて進み出た。


「すみませーん。リリの手あぶりが壊れました!」


 父さんは頭をかきながら、太い指で受付票に書き込んだ。39番、リリ、手あぶり、どこも壊れていない。控えを受け取ったリリは、それを宝物みたいに握りしめていた。


◇


 4097年12月27日、風の日(かぜのひ)。外では木枯らしが窓を鳴らしていた。


 ちょうど1年前の今夜、父さんは作業台で眠り込み、俺はそこで前世を思い出した。


 夕飯を平らげ、お茶を飲み終えると、父さんが立ち上がって首を鳴らした。


「よし、手あぶりを1つだけ片付けちまうか」


 体に染み付いた習慣というのは恐ろしい。父さんの足は、自然と階段へ向かっている。俺は先回りして作業場へ下り、壁の板を指さした。


 『修理中』の列には1枚の紙もない。『済み』の列には、受付票が何枚も並んでいる。『まだ』に残っているのは、明日の分の数枚だけだ。


「父さん、今日の分はもう全部『済み』だよ。その手あぶりは、年明けの箱のほうでしょ」

「だがよ、少しでも進めておけば、年明けが楽になるじゃねえか」


 父さんがなおも食い下がったとき、神殿の鐘が鳴り始めた。重い音が9つ、夜の空気を震わせて消えていく。


 階段の上から足音が下りてきた。母さんが腕を組んで立っている。


「ハンス。9時の鐘が鳴ったよ。決まりでしょ」

「マルタ、しかしだな」

「しかしじゃないよ。疲れた頭で回路をいじったら、手元が狂って壊すかもしれないでしょ」


 有無を言わせない母さんの目に、父さんは両手を上げてため息をついた。


「分かったよ、寝るよ……」


 ぶつぶつ言いながら、父さんは作業用の魔導灯に手を伸ばした。金具を回すと光がすっと消え、作業場は窓からの薄明かりに沈んだ。


 暗がりの中の作業台を見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなった。1年前、ここには疲れ果てて突っ伏した父さんがいた。今、台の上はきれいに片付き、直した道具が棚に並んでいる。


「……年の瀬に、こんな時間に寝るのは何年ぶりだろうな」


 父さんは暗い作業台をぼんやりと見つめて、ぽつりとこぼした。それから大きな手を俺の頭にぽんと乗せ、軽く揺らした。


「おやすみ、テオ」


◇


 翌朝、階段を下りてきた父さんの顔を見て、俺は驚いた。目の下の黒いくまは薄くなり、血色のいい顔で大きく伸びをしている。母さんは“板、ちゃんと見てね”と言い残して役所へ出かけていった。


 昼前、店の鈴が鳴った。パン屋のおかみさんが、作業用の魔導灯を抱えて入ってくる。


「ハンスさん、これ、明日までにお願いできる?」

「おう、明日には――」


 言いかけて、父さんは口をつぐんだ。壁の板をちらりと見て、指で『まだ』の列をなぞる。


「……いや。年明けの3日だな。それでいいか?」

「それで構わないよ。ずいぶんきっちりしたね、ハンスさん」


 父さんは受付票に書き込み、控えを渡し、魔導灯に札を結んで、票を『年明け』の箱に入れた。少しぎこちないが、手順はひとつも抜けていない。階段の陰から見ていた俺は、そっと息を吐いた。これなら、昼間は父さん1人でも回せる。


 作業台に戻った父さんの手は、いつもより速かった。部品の表のおかげで、道具やねじを探して立ち止まることもない。昼過ぎには、予定の2件が『済み』の列へ移っていた。父さんはやすりを置き、額の汗をぬぐって、照れくさそうに笑った。


「……ちくしょう。ちゃんと寝たほうが、手がよく動くじゃねえか」

「母さんが聞いたら、『だから言ったでしょ』って言うよ」


 前世で言う「定時」で切り上げるのは、怠けることじゃない。いい仕事をするための条件だ。それを、父さんが自分の手で確かめてくれた。


 4097年12月29日、光の日(ひかりのひ)の夕暮れ。店の鈴が勢いよく鳴った。


「ただいまー!」


 大きな荷物を肩に担ぎ、冷たい外の空気を連れて飛び込んできたのは、騎士学校の制服を着たエマ姉さんだった。そのまま階段へ向かおうとして、作業場の壁に目を留め、ぴたりと足を止める。


「何これ? 紙がいっぱい留めてある……」

「お仕事の仕分け板だよ! リリが札を結んだの!」


 リリが駆け寄って、得意そうに胸を張る。姉さんは首をかしげながら階段を上がり、居間の扉を開けて、そのまま固まった。


 食卓には、もう父さんがどっしりと座っていた。木のジョッキを傾け、母さんの肉団子のスープの湯気に目を細めている。


「えっ……父さんがもう座ってる? うそでしょ、熱でも出したんじゃない?」

「なんだその言い草は。俺だってたまには早く上がるさ」

「だって毎年の年末なんか、夜中までカンカンやってたじゃない! ご飯のときだって、下りてこない日があったのに!」

「今年は仕組みを変えたの。テオと一緒にね」


 母さんが大鍋を抱えて台所から現れ、姉さんの皿にスープをたっぷり注いだ。姉さんは俺の隣の椅子を引いてどかりと座り、面白そうに顔をのぞき込んでくる。


「へえ、テオが? また何か悪巧みでもしたんじゃない?」

「人聞きが悪いなあ。父さんを寝かせただけだよ」


 食卓に、どっと笑い声が上がった。リリがスプーンを握りしめ、父さんがジョッキを傾け、姉さんが学校の話をまくし立て、母さんがそれを笑って受け流す。


 前世の俺は、同僚にも自分にも、こういう当たり前の夜を用意してやれなかった。温かいスープを口に含むと、湯気の向こうで、父さんが大きなあくびをした。隣では、姉さんがもう肉団子を平らげて、空になった皿を母さんのほうへぐいと突き出している。


「母さん、肉団子もう1個ちょうだい!」


 母さんが答えるより先に、父さんが自分の皿から肉団子を1つ、姉さんの皿へ移した。


「ほら、俺のをやる。しっかり食えよ」


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