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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第2章 引き継ぎと、灯りの消えない工房

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第25話 安すぎる写し

 八柱暦《はっちゅうれき》4101年10月11日、光の日(ひかりのひ)。朝、階段を下りていくと、台所の入口にリリが立ちはだかっていた。


「おめでとう、テオ兄。15歳」

「ありがとう」

「それでね。15歳になっても、夜は仕事しない決まりは、そのままだからね。リリが見張ってるんだから」


 腰に手を当てて言い切ると、リリは満足そうに、さっさと食卓に戻っていった。母さんが、小さく笑いながら、焼いたばかりの菓子を1つ、皿にのせてくれる。木の実が入った、手のひらほどの丸い菓子だ。夕食のあとで食べるぶんは、別に取ってある、と母さんが言った。


 その菓子を半分かじったところで、店の戸が、乱暴に鳴った。


 飛びこんできたのはニナさんだった。いつもなら風の日に、人足の運ぶ故障品の木箱と一緒に来る。それが今日は光の日で、手には帳面と、布に包んだ小さな物が1つあるだけだ。息が上がっている。


「風の日まで、待てませんでした。数字が昨日の夕方に出て、それで……。すみません、今日はお誕生日でしたね。おめでとうございます。こんな日に、悪い知らせで」

「ありがとうございます。聞かせてください」


 作業台の前に立った父さんが、手を止めて顔を上げた。ニナさんは帳面を開き、指で行をたどりながら、読み上げる。


「町の修理店への板の注文です。9月は、1週間に30枚前後でした。今週は、12枚です。板を置いてくださっていたのは、9月の終わりで8軒。そのうちの3軒が、今月に入ってから、よその板に替えました」


 声が、硬かった。読み終えたニナさんは、唇をかんで、帳面を閉じる。


「オットーさんの店は、替えていません。でも、あとの3軒は」

「どこの板に」


 父さんの問いに、ニナさんは布の包みを作業台に置いた。結び目をほどく。中から出てきたのは、親指の先から付け根ほどの、四角い金属の板だった。


 一目では、うちの板と見分けがつかなかった。同じ大きさ、同じ地金の色。転じ紋の形も、縁の刻みも、そっくりだ。


「新市街の工房の使いの方が、旧市街の修理店を回っているそうです。同じ大きさ、同じ模様で、安い、と言って。本体が120ディルです」


 うちの板は、本体が200ディルだ。量り板も、写しは20ディルで売られているという。


「買い取ってきました。本体と量り板で、合わせて140ディル。うちの板は230ディルですから、6割ほどです」


 ニナさんの鉛筆を握る手が、わずかに震えていた。話を聞きながら、灰色の前掛けをした男の人の顔が、頭に浮かぶ。7月に出張所で、割れた合図具1つだけを受け取って、黙って帰っていった人だ。去年の夏には、うちの窓の外から、見本の板を長く見ていた。貸出品の修理が切れた穴を、別のもので埋めようとしているのだろうか。


 俺は戸棚から、うちの板を1枚取り出して、写しの隣に並べた。窓の光にかざして、2枚を見比べる。大きさ。転じ紋。根線。根線の脇に走る、もう1本の線。ここまでは、どこも同じだった。


 根線を、端から指先でたどっていく。そして、途中で指が止まった。


「父さん。ここ」


 規格の板には、根線の途中に、髪の毛ほどに細くなっている所がある。強すぎる力が流れたとき、真っ先に溶けて切れて、板と魔術具を守る線だ。写しの根線は、そこも他と同じ太さで、のっぺりと続いていた。


 父さんが、2枚を手に取る。節くれだった指で、細い所と、何もない所を、交互になぞった。


「身代わり線だけ、抜いてやがる」


 低い声だった。怒っているのとは、少し違った。


「真似されるのは、構わねえ。禁じる決まりもねえし、真似される腕だった、ってことでもある。この世の職人は、昔から人の技を見て、育ってきたんだ」


 そこで父さんは、板を作業台に置いた。


「ただ、これを抜いて売るのは、別の話だ。……いや、職人が見たら、何のための線か分からねえのかもしれねえな。どこにも繋がってねえように見える。分からなきゃ、抜いて当たり前だ」

「ふだんは動くから、気づかないんだ」


 俺が言うと、父さんがうなずいた。


「動く。普通の石なら、何も起きねえ。だが、強い石を入れた日や、量り板を取り違えた日に、止まらねえ。板が焼けて、魔術具が焼ける」


 ニナさんが、帳面を両手で押さえた。


「商会としては、苦情を言えません。真似を禁じる決まりがありませんから。……売れ行きは、ここに書いてあるとおりです」


 悔しそうな顔だった。数字に強い人が、数字だけでは何も言えない、というのは、きっと苦しい。


「替えた3軒には、俺が昼から行ってくる」


 父さんが、前掛けを外しながら言った。


「強い石を入れると止まらねえ、とだけ言う。替えるか替えねえかは、店が決めることだ」


 俺は、写しの板を布に包みなおして、ポケットに入れた。うちの板も、1枚、懐に入れる。


「僕、見てくる。誰が作っているのか。それと、何のために、あの線を抜いたのか」

「新市街か」

「うん」


 父さんは、少し黙ってから、短く言った。


「日暮れ前には帰れ。それと、喧嘩はするな」

「しないよ」


 昼の鐘のあと、父さんが3軒を回りに出るのと入れ違いに、俺は店を出て、新市街へ向かった。


 旧市街の石畳を抜けて大通りに出ると、道幅が急に広くなる。両側に魔導灯が並び、昼でも淡く光っている。真ん中の軌道を、路面魔導車《ろめんまどうしゃ》が鈴を鳴らしながらゆっくり走っていった。ミルフェンは、同じ町の中に2つの時代が重なっているような町だ。


 新市街の工房は、大通りから一本入った裏手にあった。見上げるほど大きな石造りの建物で、煙突が2本、並んで空に伸びている。表の大きな戸は閉まっていた。それなのに、壁の向こうから、槌の音がひっきりなしに聞こえてくる。かん、かん、かん。急かされているような、休みのない音だった。


 窓は高く、鉄の格子がはまっていて、中は見えない。表からは何も分からないと見切りをつけて、俺は建物の脇の路地へ回った。


 裏手は、狭い中庭になっていた。井戸が1つ、積まれた木箱、干された前掛け。井戸のそばで、同じ年ごろの少年が、桶の水を頭からかぶっていた。


 濡れた髪をぶるりと振って、少年が顔を上げる。目が合った。右手の甲に、古いやけどの痕が広がっている。その指先には、新しい水ぶくれがいくつも盛り上がっていた。


「……何だ、お前」


 低い、警戒した声だった。少年は桶を抱えて、半歩下がる。


「どこの者だ。うちの商売敵の子か」


 俺はポケットから布の包みを出して、ほどいてみせた。写しの板が、手のひらの上で光る。少年の目が、板に吸い寄せられた。


「これ、ここで作ってる?」


 少年は、返事をしなかった。井戸の縁に桶を置き、周りを見回す。誰もいないのを確かめてから、ようやく口を開いた。


「……誰から聞いた」

「聞いてない。見て、分かった。僕の家は、魔術具の修理店なんだ」


 少年は、舌打ちのような息を吐いた。それから、観念したように、井戸の縁に腰を下ろした。


「作ってる。俺たちが、全部な」


 ギルドの修理の仕事が、7月で切れた。その穴を板の売り上げで埋めるんだと、親方が言っていた。少年は、投げ出すようにそう付け足した。


 夕の鐘が鳴ると、表の戸は閉まる。けれど見習いは、奥の作業場に残される。今夜は20枚。週の終わりまでに、100枚。言いつけは、そう決まっているのだという。


「手の、それは」

「3日前に、銀ごてを落とした。眠くて」


 右手を後ろへ隠そうとして、少年はやめた。隠しても意味がないと思ったのだろう。


 そのとき、裏口の戸が開いて、もっと小さな子が、地金の板をのせた鉄の盆を抱えて出てきた。12歳くらいだろうか。その子の指先も、少年と同じように赤く腫れている。俺と少年を見比べて、何も言わずに、また戸の向こうへ消えた。


 俺は、写しの板を、少年のほうへ差し出した。


「この細くなってる所、規格の板にはあるんだ。根線の途中。写しには、ない。どうして抜いたの?」

「細い所……ああ」


 少年は板をのぞきこんで、すぐに分かったようだった。


「使ってない線のことか。見本の板にはあったけど、どこにも繋がってないように見えた。何の役にも立たねえ線だから、抜けって言われたんだ。抜いたほうが、銀も減るし、速く刻める」


 やっぱり、と思った。父さんの言ったとおりだ。何のためか分からないから、抜いた。誰も悪気はなかったのだ。


 それでも、胸の奥が、すっと冷えた。


「ちょっと、見てて」


 俺は、井戸のそばに落ちていた細い木の枝を拾った。井戸の縁に積もった砂ぼこりの上に、長い線を1本引く。その途中に、ほんの少しだけ細くなっている所を作る。


「力は、線の中を流れる。普通のときは、細い所も通り抜ける。けど、強すぎる力が流れると」


 細い所に、枝の先をとんと置く。


「真っ先に熱を持って、溶けて切れる。そこで、力が止まる。板も、魔術具も、焼けずに済む」


 砂の絵を、少年はしばらく見ていた。笑い混じりに鼻を鳴らす。


「何だそれ。わざと、弱く作ったってことか。壊れるように?」

「壊れる場所を、先に決めておくんだ。そこだけ」


 笑いが、止まった。俺が懐から規格の板を出して渡すと、少年は窓の光にかざした。写しと、並べて見る。何度も、見比べる。細い所を、ない所を、またある所を。


「……じゃあ、これを抜いた板は」


 少年の声が、かすれていた。


「強い石を入れたら、止まらねえのか」

「止まらない。焼ける」


 少年は、何も言わなかった。握りしめた自分の右手を、じっと見つめている。やけどの痕と、新しい水ぶくれの上に、ゆっくりと力が入っていく。


「……俺たちは、言われたとおりに刻むだけだ」


 ぽつりと、少年が言った。


「見本の形を、見たとおり、写す。何でこの形なのかは、誰も教えてくれねえ。聞いたこともない。そういうもんだと思ってた」


 恨みの響きはなかった。ただ、事実を言っているだけの声だった。だからこそ、胸に残った。


「親方に、伝えれば」


 俺が言いかけると、少年は首を横に振った。


「親方は、速さと数しか見てねえ。今夜20枚、週の終わりに100枚。それしか見てねえんだ。言ったって、聞かねえよ」


 槌の音が、壁の向こうで続いている。かん、かん、かん。さっきより、少し重く聞こえた。


 日が傾いて、中庭の影が長くなったころ、建物の中から、怒鳴るような声が飛んできた。


「おい、水だ! いつまでかかってる!」


 少年が弾かれたように立ち上がる。桶をつかみ、井戸の縄を引いて、慌ただしく水を汲みはじめた。縄を持つ手が、水ぶくれに当たるたびに、顔がゆがむ。


「名前、聞いとく」


 水を桶に移しながら、少年が言った。


「テオ」


 桶から目を上げずに、少年が続けた。


「俺は、ルートヴィヒ。だけど、みんなルッツって呼ぶ。……いくつだ」

「今日、15になった」

「……同じか。誕生日に何やってんだ、お前」


 あきれたようにそう言ったルッツの口の端が、ほんの少しだけ上がった。重い桶を両手で抱えて、立ち上がる。裏口へ向かう途中で、一度だけ振り返る。


「また来いよ。……いや、来るな。見つかったら、怒鳴られる」


 言うだけ言って、ルッツは戸の向こうへ消えた。戸が閉まる前に、中から熱い空気と、鉄と油の匂いが、むっと流れ出てきた。


 俺は、路地をひとりで戻りながら、決めていた。ルッツの名前は、誰にも言わない。誰から聞いたのかも、言わない。見つかって怒鳴られるのは、ルッツなのだ。ただ、工房の夜なべと、線の意味を教わらないまま抜かれていることは、家に帰ったら話そう。


 大通りへ出たところで、夕の鐘が鳴りはじめた。旧市街と同じ、神殿の鐘の音だ。通りの店が、1軒、また1軒と、戸を閉めはじめる。魔導灯は、昼間より少しだけ明るさを増したように見えた。


 ふり返ると、大きな工房の窓が見えた。ほかの建物が静まっていく中で、そこだけが、ぽつり、ぽつりと灯りをつけていく。鉄の格子の向こうが、橙色に染まる。王都の大工房で見た、夜になっても消えなかった窓の列が、頭をよぎった。


 あの窓の奥で、ルッツたちは、今夜も20枚を刻む。


 家に着いたのは、日が沈みきる少し前だった。台所の卓に灯りがつき、母さんの作ったスープの匂いが階段まで届いている。父さんは、もう席についていた。


「おかえり。ちょうど、ご飯ができたところ」


 母さんが皿を並べながら言う。卓の真ん中に、朝より少し小さい菓子が、もう1つ置いてあった。誕生日の分だ。


 食べはじめてしばらくすると、父さんが、スプーンを置いた。


「3軒、回ってきた。強い石を入れると止まらねえ、とだけ言った」


 母さんが、鍋をかき混ぜる手を止めた。


「どうだった」

「2軒は、礼を言った。1軒は、安いんだ、と渋った。まあ、言うだけは言ったから、あとは店が決めることだ」


 父さんは、湯のみの茶をひと口飲む。俺は、思い切って切り出した。


「新市街の工房の裏へ、行ってきた。夜なべで、写しの板を作ってるみたいだった。夕の鐘が鳴っても、窓の灯りが消えない。それと、あの細い線は、意味を教えられないまま、抜かれているらしい」


 誰から聞いたのかは、口には出さなかった。母さんが、眉をひそめる。


「夜なべって、見習いの子たちでしょう。12歳とか、そのくらいの」

「うん。そのくらいの子もいた」


 母さんは、何か言いかけて、唇を結んだ。リリが、スプーンを持つ手を止めて、母さんと俺の顔を交互に見る。


 父さんは、湯のみを手の中で回しながら、ぽつりと言った。


「教えてやらにゃならんな。あの線の意味を」


 母さんが、首をかしげる。


「誰に?」

「それが、問題だ。誰に、どう届くか」


 父さんは、茶をもうひと口飲んだ。結論は、出なかった。出さなくていい、と思った。今日は、見たものを話せただけで、足りる。


「ねえ、テオ兄」


 リリが、身を乗り出してきた。


「今日、誰かに会ったでしょ。友達になれそうな人?」


 誰、とは聞かない。聞かずに、ただ俺の顔を、じっと見ている。本当に、よく見ている妹だ。


 俺は、少し考えた。井戸のそばで、右手を後ろへ隠そうとして、やめた手。砂の絵を、いつまでも見ていた目。


「……なれると思う」


 そう答えると、リリは、ふーん、とだけ言って、菓子にかじりついた。母さんが目を細めた。父さんは何も言わず、菓子の皿を、そっと俺のほうへ押してよこした。


 窓の外では、夜が降りてきていた。新市街のほうの空に、いくつもの灯りがともっている。俺はそのうちのひとつを、見えないはずの窓の灯りを、しばらく思い浮かべていた。


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