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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第2章 引き継ぎと、灯りの消えない工房

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第15話 商会の娘と、ばらばらのつなぎ口

 八柱暦《はっちゅうれき》4099年10月11日、光の日(ひかりのひ)。2階の台所には、焼いた腸詰めと焼きたてのパンの匂いが広がっていた。窓の外は秋晴れで、向かいの屋根が朝日で白く光っている。今日、テオドール(テオ)・ラングナーは13歳になる。つまり、俺のことだ。


 母さんが、パンのかごを食卓の真ん中に置いた。


「テオ、今夜はごちそうだから、日が暮れたらまっすぐ上がってきてね」

「うん。分かってる」


 返事をしたとたん、向かいの席で牛乳の器を両手で持っていたリリが、にやりと笑った。


「13歳のテオ兄は、日暮れを守れるかな」

「守ってるよ、いつも」

「この前、9時を5分すぎても、道具をいじってたでしょ。リリ、ちゃんと見てたもん」

「あれは、片づけてただけ」


 見張り役を自分から買って出た妹は、頼もしい。ただし、頼もしいのは目だけで、からかう口は余計だ。


 父さんは“店が先だ”とだけ言って、パンをちぎった。そのくせ、さっきから上着の内側を何度も押さえては、あわてて目をそらしている。


「ハンス、上着ばっかり触ってると、パンが冷めるよ」

「……触ってねえ」


 母さんは笑いをこらえながら、役所へ出かける支度に立った。リリもかばんをかついで、階段を駆けおりていく。“いってきます”の声が遠ざかるのを聞いてから、俺は父さんと並んで1階へ下り、店の戸札を『営業中』に返した。作業場の灯りをともして、道具箱の蓋をあける。いつもの朝なのに、背中のほうで父さんが、ひとつだけ咳ばらいをした。


 その日の昼過ぎ、客足が途切れたので、作業台でギルドの貸出品の受付票をそろえていると、表の通りで車輪の止まる音がした。


 戸口の脇の窓から外を見ると、荷車が店の前に止まっている。荷台には木箱が3つ積まれていて、人足が縄をほどいている。どの箱も、横腹に天秤の焼き印が押されていた。王都から帰った次の日に、新市街で見た、あの印だ。


 戸が開いて、深い緑色の上着の女の子が入ってきた。こげ茶色の髪を一本の三つ編みにして背中に垂らし、前髪は眉の上できっちり切りそろえてある。えり元まで留め具をかけた上着に、片手には帳面と鉛筆。荷車の脇で、木箱の数を小声で数えていた子だ。向こうは、俺のことなど覚えていないだろう。


 女の子は店の中ほどで足を止め、背筋を伸ばして礼をした。


「突然お訪ねして、失礼します。ロレンツィ商会ミルフェン支店長の娘で、アントニーナ・ロレンツィと申します。ニナと呼んでください」


 父さんが作業台の向こうから、いつもより少し丁寧に答えた。


「いらっしゃい。うちに、何のご用で」

「冒険者ギルドの貸出品の携帯灯《けいたいとう》が、この1年で、ほとんど壊れなくなったと伺いました。点検をしているのは、こちらの店だとも。直した方に、お会いしたいのです」


 父さんは何も言わず、親指でぐい、と俺をさした。


 こはく色の目が、俺の頭から足もとまでをゆっくり往復して、大きく見開かれる。けれど驚いたのはほんの一瞬で、彼女は帳面をぱたんと開いた。


「……失礼しました。お名前を伺ってもいいですか」

「テオドール・ラングナーです。テオでいいですよ」

「では、テオさん、と。……ずいぶんお若く見えますが、おいくつですか」

「今日で13です」

「13。……私と、同じです」


 鉛筆を持つ手が、ほんの少し止まった。同じ年の職人がいるとは思っていなかった、という顔だ。それから、彼女は小さく息をついて、口もとをほんの少しだけゆるめた。すぐに咳ばらいをして、彼女は戸口のほうを手で示した。


「表の荷車に、見ていただきたい品を積んできました。中へ運ばせていただいても、よろしいですか」

「……ああ。その台の脇なら空いてる」


 父さんがあごで示すと、彼女は戸口から人足に声をかけた。木箱が3つ運びこまれ、蓋がはずされると、中から、わらにくるまれた品物がぎっしり出てきた。携帯灯、手あぶり、温水器の筒、小さな冷蔵箱の回路板。どれも、どこかに傷や焦げ跡がある。


「商会が王国のあちこちの工房から仕入れて、お売りした品です。壊れて戻ってきたものが、42個」


 帳面に目を落としたまま、彼女はよどみなく続けた。


「このうち、こちらで直して売り直せたのは9個。残りは作った工房へ送り返すことになりますが、直って戻るまでに、ひと月かかります。運び賃だけで、売値の1割近くです。……42、9、33」


 最後の数字は、自分に言い聞かせるような小声だった。ちらりと壁の仕分け板へ目が動いたのを、俺は見逃さなかった。


「父が任された支店なんです。開いたばかりなのに、この数字は、重くて」

「それは、大変ですね」


 そう答えると、彼女はうなずいて、わらの山に目を戻した。きちんと留めた上着の下で、息がひとつ、深く出ていった。


 俺は木箱から携帯灯を3つ選んで、作業台に並べた。どれも腰に下げる筒形で、底のつまみで点ける灯りだ。働きは同じなのに、底を返すと、刻印が1つずつ違っていた。かなづちの印、葉の印、波の印。作った工房が3つあるということだ。


 まず、かなづちの印の筒の留め金を外し、蓋をあけて、中の回路板をそっとつまみ出す。続けて葉の印、波の印。手のひらより一回り大きな金属板が3枚、作業台に並ぶと、ニナさんが帳面を胸に抱えて身を乗り出した。


 見比べて、やっぱり、と思う。魔石台の大きさが、まず違った。かなづちの筒には親指ほどの魔石がぴたりと収まるのに、葉の筒の台はひと回り細くて、同じ魔石を押しこもうとしてもつかえて入らない。回路板は大きさも角の形も3枚とも別で、魔導銀の線の通し方もそれぞれ違う。回路板と灯りの部分をつなぐ金具に至っては、形も、留める位置も、勝手気ままだった。


「同じ携帯灯でも、作った工房が違うと、中身はこれだけ違うんです。この魔石も、こっちの台には入りません」

「……だから、替えの部品も、工房ごとに別々に取り寄せるしかないんですね」


 ニナさんは帳面を指でとんとんと示した。


「取り寄せるたびに、工房の数だけ、日数と運び賃が増えていきます」


 手に取ったのは、かなづちの印の回路板だ。魔導銀の線を目でたどると、頭の中に、魔力の流れが図になって浮かびあがる。入口の太い根線《ねせん》から、灯りの渦巻きへ。ところが根線のまんなかあたりで、流れが細くなって、途切れかけていた。目をこらすと、髪の毛ほどのひびが走っている。葉の印のほうは、回路板は無事で、つなぎ口の金具がゆるんで、流れが筒の灯りまで届いていなかった。


「壊れているところは、どちらも小さいです。かなづちの印は根線のひび、葉の印は、つなぎ口の金具のゆるみです」

「工房では、ひと月かかると言われたのですが……。すぐに直せるものなのですか」

「この2つなら。見ていてください」


 銀ごてを取り、柄の底の小さな魔石に指をあてる。先端がじわりと赤くなったところで、ひびの脇に溝をひとすじ彫り、細い魔導銀を溶かして流しこんだ。どちらかが切れても、もう1本の線が魔力を通す。携帯灯の根線は、こうしておけば簡単には消えない。


 銀が冷めるのを待って、回路板を筒へ戻し、留め金をかけて、底のつまみをひねった。ぱっ、と白い光が店の天井に丸く広がった。続けて、葉の印のつなぎ口の金具を外し、ゆるんだ留め具をねじ回しで締め直す。こちらも、つまみをひねると、すぐに灯った。


 ニナさんは目を見張ったまま、鉛筆を走らせている。


「……半日はかかると見ていました」


 小さくつぶやいてから、帳面の数字に線を引き、ほんの少しだけ笑った。


「見立てを、直さないといけませんね」


 直す手は、迷わない。厄介なのは、手の前にある物のほうだ。前世では、ねじ1本にも決まった大きさがあって、どこの店で買っても同じように合った。規格、というやつだ。この世界には、それがない。工房ごとに形が違うから、直す人は品物ごとに頭を切り替えるしかないし、替えの部品は工房の数だけ要る。壊れているのは小さな所なのに、手間をふくらませているのは、その外側だった。


 作業台の端には、ニナさんの帳面が開いたままになっていた。のぞくつもりはなかったのに、目に入る。工房ごと、品物ごとに、戻ってきた日と症状と日数が、きれいな枠の中に並んでいる。線は定規で引いたようにまっすぐで、数字は小さいのにつぶれていない。


「ニナさんの帳面、すごく見やすいですね。工房ごとに症状と日数が並んでいて、これを見るだけで、どこの品が壊れやすいか分かります」


 ニナさんの動きが、ぴたりと止まった。耳のふちから赤くなっていく。顔を帳面でかくして、くぐもった声が出た。


「……あ、ありがとう、ございます。でも、それは今の本題ではありませんので。話を、戻しますね」


 父さんが作業台の向こうで、口の端をそっと上げた。


 帳面を下ろしたニナさんの頬には、まだ赤みが残っていた。それでも声は、もとの堅い調子に戻っている。


「本題です。ここにある分と、これから戻ってくる分の修理を、まとめて請け負っていただけませんか。見積もりを出してください」


 俺は、木箱の山と、壁の仕分け板を見比べた。『まだ』『修理中』『済み』の3つの列に、今日も札が並んでいる。さっきのように手早くはいかない品もあるから、余裕をみて1個30分。42個なら、21時間だ。たしかに、目の前の山は片づく。けれど片づくのは山だけで、工房ごとにばらばらなことは何も変わらないから、品物はこれからも戻ってくる。しかも、全部を直すのは俺ひとりだ。夜中まで1人で抱えこんで倒れた前世の自分の背中が、頭の隅をかすめた。


 先に口をひらいたのは、父さんだった。


「うちは日暮れで閉めちまう店だ。ギルドの点検もある。回せる量にゃ、限りがあるな」


 ぼそりとした声に、ニナさんが鉛筆を止める。俺はひとつ息を吸ってから、口を開いた。


「全部を僕が直すのは、たぶん違うと思います。少し考えさせてください」


 ニナさんの眉が、きゅっと寄った。不満そうな顔のまま、けれど商人らしく、彼女はすぐに帳面へ向き直る。


「……分かりました。すぐにお返事をいただけると思っていたので、正直、少し残念です。でも、考えてくださるなら待ちます。いつまでに、お返事をいただけますか」

「3日後に、お返事します」

「3日後ですね。帳面に書いておきます」


 鉛筆が走り、彼女は作業台の3つの携帯灯を指した。


「見本に、この3つを置いていってもいいですか。残りは持ち帰ります」


 受付票を3枚書いた。品物ごとに番号を振り、かなづちの印、葉の印、波の印と書きこむ。直したかなづちの印と葉の印は『済み』の列へ、波の印は『まだ』の列へ掛けた。


 ニナさんは、その手もとをじっと見ていた。


「この票は、番号で管理しているのですか」

「はい。番号を振っておけば、どの品物がどこまで進んだか、誰が見ても分かるので」

「……誰が見ても」


 つぶやいて、彼女は壁の仕分け板と、俺の手の受付票を、ゆっくり見比べた。数字を見るときの顔だ。値打ちを見積もっている。


 帰りぎわ、戸口で彼女は振り返った。


「それから、テオさん。お誕生日、おめでとうございます。……当日に押しかけてしまって、すみませんでした」


 来たときと同じ角度で礼をして、彼女は荷車と一緒に店を出ていった。作業台の上には、筒の形も底の刻印もそれぞれ違う携帯灯が3つ、並んで残っている。


◇


 日暮れに店の戸札を『準備中』に返して、父さんと2階へ上がると、台所は肉の煮こみの湯気でいっぱいだった。食卓の真ん中に大なべ、その横には、焼きたてのりんごの焼き菓子が薄く切って並んでいる。椅子の上で待ちきれずに足をぶらぶらさせていたリリが、俺の顔を見るなり言った。


「テオ兄、ちゃんと日暮れに上がってきたね」

「約束だからね」


 母さんが、煮こみを取り分けながら笑った。


「手を洗って座って。食べ終わってから、順番にね」


 煮こみは、肉がほろりとほどけるほどやわらかくて、ひと口ごとに体の底があたたまった。食べ終わるころを見はからって、父さんが椅子の上でもぞもぞし、上着の内側から、布の包みを取り出した。朝からずっと押さえていたのは、これだったらしい。


「……ほら」


 包みの中には、小さな鏨《たがね》が1本、入っていた。柄は短く、刃先は細い。握ってみると、指の位置まで、ぴたりと合う。


「お前の手に合う大きさのを、頼んで打ってもらった。大人の道具じゃ、まだ大きすぎるからな」

「ありがとう、父さん。大事にする」

「……ああ」


 父さんはそっぽを向いて、杯の水をのんだ。耳が少し赤い。


「次、リリ!」


 リリが椅子から飛びおりて、背中にかくしていた包みをさし出した。ひらくと、布で縫った道具入れだった。表にはししゅうの渦巻きがひとつ、少しだけ曲がって入っている。


「針で3回、指を刺したんだから、大事にしてよね」

「うん。ありがとう。渦巻き、いい形だよ」

「でしょ」


 胸を張る妹の横で、母さんが、戸棚から1通の封筒を出した。


「それと、王都のエマから、手紙が届いてるよ」


 開くと、見なれた姉さんの字で、短い言葉が書かれていた。『テオへ 13歳おめでとう。夜はちゃんと寝ること。エマ』。読みおえて、思わず笑ってしまった。王都でも、姉さんの見張りの目は、離れていない。


 焼き菓子に手をのばしたとき、リリが、思い出したように言った。


「ねえ、今日来た女の子、だれ?」

「……なんで知ってるの?」

「帰りにね、八百屋のおじさんが言ってたの。天秤の荷車が、うちの前に止まってたって」

「ロレンツィ商会の子だよ。新市街の。仕事の話で来たんだ」

「ふうん。おじさんがね、テオ兄が女の子のお客さんと、作業台で長いこと話しこんでたって」

「だから、仕事の話だってば」

「リリ、まだ何も言ってないもん」


 にやにやする妹を、母さんが“そのへんにしなさい。焼き菓子が乾くよ”とたしなめた。父さんは何も聞かなかった顔で、2枚目の焼き菓子に手をのばしている。


 食べながら、頭の半分は、作業台に残してきた3つの携帯灯のことを考えていた。かなづち、葉、波。魔石台の大きさも、回路板の形も、つなぎ口の金具も、ぜんぶ別々だ。直すのはこんなに簡単なのに、替えの部品は工房の数だけ要る。もし、全部の部品が、どの携帯灯にも合ったら。大きさとつなぎ口が、ひとつに決まっていたら。考えがやっとまとまりかけたとき、壁の柱時計が目に入った。針は、9時の少し手前を指している。


「テオ兄、もうすぐ9時だよ。道具、触っちゃだめだからね」

「触ってないよ。考えてただけ」

「でも、お店で回路を見てるときと、同じ顔してた」

「……そっか。じゃあ、続きは明日の昼間にする」


 口に出すと、頭の中のこんがらがった線が、すっとほどけて静かになった。今日はここまでだ。


 食器を流しへ運び、寝る支度をすませて、俺は階段の上で足を止めた。下の店は灯りを落として暗い。その暗がりの奥、壁の仕分け板には、3枚の受付票が並んで掛かっているはずだ。『済み』の列に2枚、『まだ』の列に1枚。ばらばらな筒の番号を預かって、静かに朝を待っている。


 明日の昼間に考えることをひとつ心に置いて、俺は部屋の戸をそっと閉めた。


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