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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第1章 再起動と開示の儀式

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幕間2 恩恵と世界の国々

 八柱暦《はっちゅうれき》4099年2月10日、水の日(みずのひ)。教室の窓枠に、ゆうべの粉雪が白く積もっていた。薪ストーブがぱちりと鳴るたびに、冷えた足元がじんわり温まる。けれど、教室の熱気はストーブのせいだけではなかった。


 来月には、恩恵開示の儀式がある。そして月の終わりには、初等学校を卒業する。自分がどんな恩恵を持っているのか、あとひと月で分かるのだ。朝の教室は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「私は絶対、`力の恩恵`か`剣の恩恵`がいい! 冒険者になるなら、前でがんがん戦いたいじゃん!」

「朝から何を息巻いているのだ、フィーネ。恩恵は神々から授かるものだ。望みどおりになるとは限らない」

「ダリオこそ、騎士になれそうな恩恵を狙ってるくせに! 顔に書いてあるよ」

「そ、そのようなことは……いや、望みを持つこと自体は、悪いことではあるまい」


 2年前は父親の口ぶりをまねて背伸びしていたダリオも、今ではすっかりその硬い話し方が板についている。教室のあちこちでも予想合戦が始まっていて、パン屋の息子が“うちは代々`麦の恩恵`だから、俺も麦かもなあ”と頭をかいていた。


「テオはどうなの? ブラントさんのところで毎日なんか作ってるから、やっぱり細工の恩恵?」

「そうだな。お前は手先が器用だ。細工の恩恵でも出たら、そのまま職人になれるのではないか」

「僕は……どうだろうね。父さんが`技の恩恵`で、母さんが`記録の恩恵`だから、似たような地味なのが出るんじゃないかな」


 俺は肩をすくめた。記憶が戻ってから2年、放課後はブラントさんの工房で回路板を削り、銀ごてで線を足して過ごしてきた。周りからは、すっかり工房向きの子だと思われているらしい。


 引き戸ががらりと開いて、ホフマン先生が入ってきた。白髪交じりの髪をきっちり束ね、銀縁の眼鏡の奥の目を細めて、ざわめく教室を見渡す。腕には何枚かの紙と、大きな布の巻物を抱えていた。


「朝からにぎやかですね。3年生の春に約束したのを覚えていますか? 恩恵のお話は、4年生になってから、儀式の前にゆっくりしましょう、と」

「覚えてる! ずっと待ってた!」

「では約束どおり、今日は恩恵と、この世界の国々のお話をしましょう」


 先生が黒板の真ん中に『恩恵』と大きく書くと、みんなの背筋がぴんと伸びた。


「恩恵は、大神《たいしん》さまや小神《しょうしん》さまからの贈り物だと考えられています。この世界に生きる人なら、誰でも必ず、何かしらの恩恵を持っていますよ。2つ以上持っている人もいます」

「えっ、2つも持てるの?」

「珍しいですが、いらっしゃいます。でも、恩恵の数や種類で、人の上下が決まるわけではありません。恩恵どうしにも、上や下はないのですよ」


 先生は眼鏡の端を押し上げて、教室をゆっくり見渡した。


「たとえば`剣の恩恵`を持つ人は、剣の上達が早くなります。そのかわり、畑を耕したり、細かい細工をしたりするのは、あまり向かないかもしれません。その道に強い恩恵ほど、ほかのことは苦手になりやすいのです。どちらが上でも、下でもありません。恩恵は、あなたたちの値打ちを決めるものではありませんよ」

「向き不向きってことだね。肉を切る包丁で木を削っても、うまくいかないのとおんなじだ」

「そのとおりです、フィーネ。ですから、自分の恩恵を自慢したり、人の恩恵を見下したりしてはいけません」


 前世のゲームのように、強さが数字で並ぶわけではないのだ。向き不向きの傾向であって、人の値打ちを決めるものではない。筋の通った考え方だった。


「先生、儀式って、どんなことをするんですか?」

「怖いことは何もありませんよ。毎年春、前の年に12歳になった子がまとめて、町の神殿で受けます。神官さまが立ち会ってくださいますが、儀式を行うのは、恩恵院《おんけいいん》から来る担当官さまです」

「神殿の人がやるんじゃないの?」

「ええ。恩恵院は、もとは神殿から生まれましたが、今はどの国にも属さない、独立した機関なのです。ミルフェンには恩恵院の支院がないので、毎年、近くの支院から担当官さまが来てくださいます。みなさんの名簿は、生まれたときに神殿へ届けた記録から作られるのですよ」


 生まれの記録をもとに名簿を作り、どの国にも属さない機関が恩恵を記録する。国や偉い人の都合で、子供の恩恵を書き換えさせないための仕組みなのだろう。


「儀式では、開示盤《かいじばん》という大きな石板の魔術具に、手を置くだけです。すると盤が光って、恩恵の名前が古い文字で浮かびます。担当官さまがそれを読み上げて台帳に書き、おうちの方に開示の証書が渡されて、おしまいです」

「手を置くだけ? もっと呪文とか唱えるのかと思った」

「ただし、儀式には登録料がかかります。もし払えなくても、心配はいりません。大きくなって冒険者ギルドに登録するとき、ギルドの簡易開示で恩恵を知ることができますからね」

「へえっ、ギルドってそんなこともしてるんだ!」


 フィーネが目を輝かせる。そのとき、後ろの席の男子がおずおずと手を挙げた。


「あの、先生。担当官さまにも読めない恩恵が出たら、どうなるんですか?」

「読めない、ということはありません。担当官さまは、古い文字をすべて学んでいらっしゃいますから。……ただ、読み方は分かっても、それがどういう意味なのか分からない恩恵が、まれに出ることがあります」

「意味が分からない恩恵?」

「ええ。恩恵院では、そういう恩恵を未詳恩恵《みしょうおんけい》として記録しています。でも、何千人、何万人に1人というくらい珍しいことですから、みなさんが心配する必要はありませんよ」


 未詳恩恵、か。世の中には変わったものもあるんだな、と俺はひとごとのように思った。父さんは`技の恩恵`、母さんは`記録の恩恵`。俺もどうせ、手先の器用さとか、そういう地味な恩恵に決まっている。珍しいものを引くはずもないし、目立ちたくもない。俺は気楽に、先生の話を聞き流していた。


◇


 後半、先生は布の巻物を黒板の上の金具に留めた。広げられたのは、大きな色刷りの地図だった。青い海、緑の森、茶色の山並み。いくつもの線で区切られた国々が描かれていて、みんなから“おお”と声が上がった。


「春になれば、みなさんはそれぞれの道を歩き始めます。この町に残る人も、外の世界へ出ていく人もいるでしょう。ですから今日は、国々のことも覚えておきましょうね」

「真ん中にあるのが、私たちの国?」

「そうです。私たちのヴァルステイン王国です」


 先生が指し棒で地図の真ん中を指した。


「王国は、魔術具づくりがとても盛んな国です。王家と、みんなの代表の議会が並んで国を治めていて、争いの少ない穏やかな国ですよ。王都アルヴェンへは、ミルフェンから魔導列車で半日ほどです」


 指し棒が、北の山並みの向こうの、大きな国へ移る。


「北にあるのが、ガルディア帝国。兵の力と、重い鉄の工業が強い大国です。魔導列車の線路が、国じゅうに網の目のように張り巡らされています」

「列車がいっぱい走ってるんだ。乗ってみたいなあ」

「そして西にあるのが、ルチェルナ共和国。お金と商いの国で、大きな商会がたくさんあります。フィーネ、あなたが憧れている冒険者ギルドの本部も、この国にあるのですよ」

「本当!? じゃあ私、いつか絶対そこに行く!」

「では、南の国はどうでしょう。ダリオ、何か知っていますか?」

「はい。南の海沿いの、港町の国々の集まり、セレス小国家連合です。俺の祖父が生まれた所です。港町ごとに、習わしも料理も、なまりも違うと聞いています」


 ダリオは姿勢を正して、よどみなく答えた。地図の南の端には、入り組んだ海岸線に沿って、小さな港町がひしめき合っている。


「そのとおりです。ダリオの家に愛称の習慣がないのも、セレスの古い習わしを受け継いでいるからですね」


 ダリオは、ほんの少しだけ誇らしげに胸を張った。


「それから、東の大森林と、北の果ての凍てつく霜原《そうげん》には、国を持たない辺境の氏族たちが暮らしています。独自の術式を受け継ぎ、精霊を信じる人もいます。3年生のときにも、少しお話ししましたね」

「森の奥の人たちの話、覚えてる!」

「先生、地図の外には何があるんですか?」


 フィーネが、地図の端の、何も描かれていない余白を指さした。


「海の向こうにも、島々や、別の大きな陸地があります。港にはそうした遠い国の船も入ってきますし、品物のやりとりもあるのですよ。ただ、とても遠いので、今は覚えなくてかまいません」


 その余白を、俺はしばらく見上げていた。


「世界には、私たちとはまったく違う暮らしをしている人たちが、たくさんいるのです。でも、どこの国へ行っても変わらないものが、3つあります。何だか分かりますか?」


 みんなが顔を見合わせた。フィーネは首をひねり、ダリオは腕を組んで考え込んでいる。俺は、思い当たるものを口にした。


「……暦と、お金ですか?」

「2つ正解です、テオ。どこの国でも、神殿が定めた八柱暦を使い、世界共通のお金、ディルで買い物をします。王国でも、帝国でも、共和国でも、1ディルの値打ちは同じです。このディルを作っているのが、造幣院《ぞうへいいん》というところです」

「造幣院……恩恵院と似た名前だね」

「よく気づきましたね、フィーネ。造幣院も、恩恵院と同じように神殿から生まれて独立した、どの国にも属さない機関なのです。国ごとに勝手なお金を作ったら、国をまたいだ商いが、たちまちめちゃくちゃになってしまいますからね。では、残りのひとつは何でしょう?」

「……言葉、でしょうか。なまりは違っても、話す言葉は同じだと、祖父が言っていました」


 ダリオが、さっきの自分の答えを思い出すように言った。


「そのとおりです、ダリオ。どこの国でも同じ言葉を話し、同じ文字で書きます。だから、海の向こうから来た船乗りとも話が通じるのですよ。どうして世界じゅうで言葉がひとつなのかは、実は、今でもよく分かっていないのですけれどね」


 なるほど、と俺は感心した。習わしも、治め方も、国ごとにばらばらなのに、言葉と暦とお金、それに恩恵の記録だけは、世界じゅうでそろっている。前世の感覚で言えば、どの国の仕組みの上でも同じように使える「共通の決まり」だ。暦やお金は、どの国にも属さない機関が守っているから、国どうしの損得に振り回されずに済んでいるのだろう。言葉のほうは、誰が守っているのかも分からないらしいけれど。


 町の神殿から、昼を告げる鐘の音が低く響いてきた。先生は指し棒を置き、地図を丁寧に巻き取った。


「最後に、ひとつだけ。来月の儀式で、みなさんがどんな恩恵を授かるかは分かりません。思いどおりの恩恵が出る人も、思いもしなかった恩恵が出る人もいるでしょう。でも、どんな恩恵が出ても、みなさんはみなさんです。ここで学んだことは、消えてなくなりはしません」

「はい!」


 教室じゅうから、元気な返事が響いた。


◇


 学校を出ると、冷たい風が頬をかすめた。それでも日差しにはどこか春の気配が混じり、屋根の雪が解けて、軒先からぽたぽたとしずくが落ちている。雪解けの道を、3人で並んで歩いた。


「あー、やっぱり気になる! 来月まで待てないよ。絶対`力の恩恵`か`剣の恩恵`を出して、お父ちゃんを驚かせてやるんだから!」

「お前はまず、落ち着いて人の話を聞く恩恵でも授かったほうがいいのではないか」

「なにそれ! そんな恩恵あるわけないじゃん! ダリオこそ、内心どきどきしてるくせに」

「……否定はせん。もし`騎士の恩恵`が出たら、春のうちに騎士学校を受けるつもりだ。父にも、もう話してある」

「へえ、ダリオはもう決めてるんだ。……で、テオは? 本当は何の恩恵がいいの?」

「僕? うーん……」


 俺は少し歩みをゆるめて、冬枯れの通りを見渡した。騎士になって戦いたいわけでも、名を上げたいわけでもない。ブラントさんの工房で回路を直し、道具の仕組みを調べる今の暮らしが、けっこう気に入っている。


「僕は……出たものを、使えるように使うだけかな。どんな恩恵が出ても、やりたいことはあんまり変わらないと思うし」

「あはは、なにそれ! すっごくテオらしい!」

「違いない。だが、何が出ても受け入れて前を向くというのは、案外いちばん強い生き方かもしれんな」


 フィーネがはじけるように笑い、ダリオも口元をゆるめた。からかわれているのか、ほめられているのか、よく分からない。


 まあ、どんな恩恵が出ようと、前世の経験と工房で覚えた技があれば、たいていのことは何とかなるだろう。手先の器用さでも、計算の手助けでも、もらえるものはありがたく使わせてもらえばいい。


 俺はのんきにそう考えながら、雪解けのしずくが光る通りを、2人と並んで歩いていった。


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