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デスマの果てに転生した俺の`ブラックシステムエンジニアの恩恵`が、異世界をホワイトに回す  作者: DAISAKA
第1章 再起動と開示の儀式

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幕間1 八柱の神さまと八つの属性

 八柱暦《はっちゅうれき》4097年4月9日、風の日(かぜのひ)。春とはいえ朝はまだ冷えて、教室の後ろの薪ストーブが、ぱちぱちと小気味よい音を立てていた。木枠の窓の向こうでは、校庭の木が若い芽をつけ始めている。3年生になって最初の週。今年から、神殿や暦のことを、授業できちんと習うことになっていた。


 隣の席では、赤茶色の髪を後ろで束ねたフィーネが、机に両肘をついて大あくびをかみ殺していた。


「ふあ……ねえテオ、今日の授業ってなんだっけ」

「神さまと暦の話だよ」

「えー、神さまあ? 神殿の鐘なら毎日聞いてるのに、わざわざ勉強することなんてある?」

「ちゃんと聞いとけよ、フィーネ。神殿や暦のことは、衛兵の試験にも出るって父さんが言ってたぞ」


 フィーネの向こうで、ダリオが定規でも背中に入れたように背筋を伸ばしている。父さんの口ぶりをまねた、大人びた言い方が近ごろのお気に入りらしい。


「ダリオはまじめすぎ。まだ試験なんか受けないのにさ」

「騎士は、いつだって備えておくものなんだ」


 いつものやり取りを聞き流しているうちに、引き戸がからりと開いた。白髪交じりの髪を後ろできっちり束ね、銀縁の眼鏡をかけたホフマン先生だ。先生が教壇に教本を置くと、教室のざわめきが潮が引くように収まっていった。


「では、始めましょう。今日は、私たちを見守ってくださる八柱の大神《たいしん》さまと、暦のお話ですよ」


 先生は黒板に、8つの名前を書き並べた。『イグネア』『テルム』『ヴェンタ』『ネーレ』『ルクシア』『ノクティア』『スパティア』『エオーネ』。


「小さいころにお話で聞いたこともあるでしょうから、1人ずつ答えてもらいましょう。いちばん上の神さまについて、分かる人は?」


 言い終わる前に、フィーネの手が勢いよく突き上がった。


「はいっ! 火の大神イグネアさま! 熱と炉の神さまで、物を鍛える神さま! うちのお父ちゃんの神さま!」


 教室のあちこちで小さな笑いが漏れた。


「よくできました、フィーネ。イグネアさまは力強い男神で、鍛冶や焼き物など、火を扱う職人に慕われています。では、2番目のテルムさまは?」

「土の大神テルムさま! 男の神さまで、大地と、畑の実りと……えっと、形のあるもの全部の神さまです」


 ダリオが、音も立てずに手を挙げて答えた。先生は満足そうにうなずき、話を続ける。


 風の大神ヴェンタさまは、気流と、人の声や便りを運ぶ女神で、旅人と商人の守り神。水の大神ネーレさまは、流れと清め、癒やしの女神。光の大神ルクシアさまは、明かりと真実、そして病や怪我を治す女神で、お医者さまの守り神。


 ルクシアさま、という名前に、俺は心の中で苦笑した。図書館の入門書で、光の項に“光は光の大神ルクシアの恵みである”としか書いていなかったのを思い出したのだ。なぜ明るくなるのかは、ひと言も書いていなかった。


「では6番目。闇の大神ノクティアさまについて、何か知っていますか?」

「先生、私、ずっと不思議だったんだけど。闇の神さまって、怖い神さまじゃないの? 夜は真っ暗だし、魔物も出るし」


 フィーネの言葉に、前の席の何人かもうなずいている。


 眼鏡を指でそっと直して、先生は首を横に振った。


「いいえ、フィーネ。闇は悪ではありません。日が沈んだあとの静けさと、疲れた体を包む眠りをくださる、休息の神さまです。もしも夜が来なくて、ずっと強い光に照らされ続けていたら、私たちは心も体も休まらずに、やがて倒れてしまうでしょう?」


 静かな声が、胸の奥に刺さった。


 鳴りやまない障害の電話。白い蛍光灯の下で、今日が何日かも分からなくなりながら画面をにらんでいた日々。あのころの俺が何より欲しかったのは、明かりを消して、誰にも邪魔されずに眠ることだった。休息をつかさどる神さま。前世の俺にとって、これほどありがたい神さまはいない。


「ですから、週の終わりの闇の日(やみのひ)は、みんなが手を止めて休む日なのですよ」

「そっか! 闇の日に休むから、次の日にまた元気に遊べるんだ!」

「遊ぶだけではなく、しっかり休む日ですけれどね」


 困ったように笑って、先生は最後の2つの名前を指した。


「空《くう》の大神スパティアさまと、時の大神エオーネさま。このお二方には、性別がありません。スパティアさまは、距離や場所、人と人とのつながりをつかさどる神さま。この世界という、大きな器そのものとも言われます。エオーネさまは、時の流れと季節の巡り、そして暦そのものをつかさどっておられます」


 それから先生は、神さまは八柱だけではないと話した。鍛冶や商い、かまどや旅、医術など、暮らしの細かな事柄を守る小神《しょうしん》さまがたくさんいる。町には、八柱すべてを祀る町の神殿がひとつと、地区ごとの神殿がいくつか。通りの角や広場の隅には、小神さまの祠《ほこら》がある。


「フィーネの家の通りにも、鍛冶の小神さまの祠があるでしょう?」

「ある! お父ちゃんが毎朝、水をお供えしてるよ!」


 ダリオが手を挙げた。


「先生。俺のじいちゃん、若いころに辺境の氏族の人と友だちだったんだって。その人たちは、神さまじゃなくて森や川の精霊を祀ってたって。それって、いけないことなんですか?」

「いいえ。私たちの八柱信仰《はっちゅうしんこう》は、とてもおおらかなのです。精霊も、まだ名前の知られていない小神さまのひとつの姿かもしれない。そう考えるので、無理に改宗を求めたりはしません」


 なるほど、と俺は内心でうなずいた。よその考え方を追い出さずに、まるごと包んでしまう。この世界が穏やかなのは、そのせいもあるのかもしれない。


◇


「次は、暦のお話です。みなさん、1週はなぜ6日なのでしょう?」


 教室が一瞬静かになった。


「え……昔から決まってるからじゃないの?」

「その決まりにも、理由があるのですよ」


 黒板の名前が、上から順に指されていく。


「週の始まりは、炉に火を入れて仕事に取りかかる火の日(ひのひ)。大地を踏みしめて働く土の日(つちのひ)。便りが運ばれ、商いがにぎわう風の日(かぜのひ)。水で身を清める水の日(みずのひ)。お日さまの光を浴びる光の日(ひかりのひ)。そして、静けさと眠りの闇の日。大神さまのお名前の順番どおりです」

「でもさ、先生。空の大神さまと時の大神さまの日は、どこに行っちゃったの?」


 首をかしげたフィーネに、先生は目を細めた。


「よく気がつきましたね。時の大神さまは、暦そのものをつかさどる神さまですから、どれか1日だけを自分の日にする必要がありません。空の大神さまは、世界という器そのもの。火の日でも闇の日でも、私たちはいつもその器の中にいますから、どの日にもいらっしゃるのです」


 思わず舌を巻いた。時そのもの、場所そのものだから、特定の曜日を持たない。神話として、ちゃんと筋が通っている。


「6日で1週、5週で1か月。1か月は必ず30日で、12か月で1年は360日です。ですから毎月、同じ日付は同じ曜日になります。6日、12日、18日、24日、30日は、何月でもいつも闇の日ですね」

「じゃあ、月の最初はいつも火の日なんだ」


 ダリオが、真剣な顔で帳面に書き込んでいる。


 俺は、前世のカレンダーを思い出していた。月によって30日だったり31日だったり、2月だけ妙に短かったり、4年に一度は1日増えたり。月末の計算で不具合を出す新人は、毎年のようにいた。それに比べてこの暦は、日付を6で割って余りを見るだけで曜日が分かる。なんと作る側に優しい設計だろう。


「1年の最後の日、12月30日は、時の大神さまのお祭りの冬至祭。その夜に年が変わります。今年は八柱暦4097年ですね」

「先生、八柱暦の最初の年には、何があったんですか?」


 窓際の男子が手を挙げた。


「それは、ずっと昔のことで、はっきりしたことは分かっていないのです。それに、暦だけではありません。1日が24時間で、1時間が60分なのも、どうしてそう決まったのか。昔からこの数え方を使ってきたから、としか分かっていないのですよ。不思議ですね」


 先生は穏やかに微笑んだが、俺は小さく息をのんだ。


 1日は24時間、1時間は60分。大工の物差しはメートルで、鍛冶屋の量りはグラムだ。前世とまったく同じ数え方が、魔術のある世界で、当たり前のように使われている。……なぜだろう。


 一瞬、考えの渦に引き込まれそうになったが、首を振ってその疑問を脇へ置いた。今の俺に分かるはずもない。


◇


「では後半は、魔術の属性のお話です」


 黒板の空いた所に、今度は8つの文字が並んだ。『火』『土』『風』『水』『光』『闇』『空』『時』。


「八柱の大神さまと同じく、魔術の属性も8つです。そして、属性の決まりを正しく理解すれば、誰でも、どの属性でも扱えます。魔術は、祈りや気合いで動くのではありません。『理解』で動くのです」


 眼鏡の奥の目が、すっとこちらを向いた。先生は小さくうなずいてみせる。この冬、熱の出ない光を作ったとき、先生が“それが『理解』よ”と言ってくれたのを思い出した。


 先生は、属性をひとつずつ短く説明していった。火は熱と燃えること。水は流れと冷やすこと。風は気流と音。土は形と硬さ。光は明かりと癒やし。闇は遮ることと静けさ。空は距離と場所。時は、物事の進みを遅らせたり速めたりすること。


 その説明を聞きながら、俺の頭の中で、いくつかの属性が別の顔をし始めた。


 空が「場所」を指すなら、魔力をどこへ届けるかを決める「宛先」のようにも使えるかもしれない。時が「進み」を変えるなら、決まった順番どおりに回路を動かす仕掛けにも使えそうだ。


 ……いつか、ブラントさんの工房で試してみたい。もちろん、日が暮れるまでに。


「私、火だけでいいや。魔物が出たら、ぼーんと燃やしちゃえば早いもん」

「それ、魔術じゃなくてただの乱暴だろ。乾いた森で火なんか出したら、山火事になって、お前が逃げ回ることになるぞ」

「うっ……ちょっと言ってみただけじゃん!」


 教室中がどっと笑った。先生も教本で口元を隠して、くすくすと肩を揺らしている。


「ダリオの言うことにも一理ありますよ。どの属性でも、理屈を無視して乱暴に使えば、危ない災いになります。だからこそ、理解が大事なのです」


 ちょうどそのとき、町の神殿の鐘が、遠くから低く響いてきた。


「おや、もう時間ですね。恩恵のお話は、4年生になってから、儀式の前にゆっくりしましょう」


 えー、と残念そうな声が、教室のあちこちから上がった。


◇


 放課後、春の夕風が吹く通りを、3人で並んで歩いた。西の空が橙色に染まり、石畳に建物の影が長く伸びている。


「ねえ、自分で選べるとしたら、どの大神さまがいい? 私はやっぱりイグネアさま! お父ちゃんも毎日拝んでるし、いちばん熱くてかっこいいもん」

「神さまを好ききらいで選んじゃいけないんだぞ。……でも、選ぶならテルムさまかな。大地みたいに、どっしりしてるから」

「ダリオは本当にぶれないね。テオは?」

「僕? 僕は……ノクティアさまかな」

「えっ、闇の神さま!? なんで? 地味じゃん」

「地味じゃないよ。だって、みんなにちゃんとお休みをくれる神さまだよ」

「なにそれ、テオっておじいちゃんみたい!」


 フィーネが吹き出し、ダリオもあきれたように肩を揺らした。


 2人は笑っていたが、俺にとっては、かなり切実な本音だった。休みの日にも会社の電話におびえ、終電を逃しては床に段ボールを敷いて眠っていた前世に比べれば、週に一度はみんなで休みましょうと、世界じゅうで決めてくれているだけで、十分にありがたい。


「さ、急ごう。暗くなる前に、ブラントさんのところに顔を出さないと」

「私も、お母ちゃんにお使いを頼まれてたんだった!」


 息を弾ませて、俺たちは夕暮れのミルフェンの通りを駆け出した。


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