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光は息をしている  作者: リンダ


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7/22

小さな才能

第6話


「小さな才能」


 ブチャに、夏休みがやって来た。


 朝から陽射しは強く、白樺の葉は濃い緑を揺らし、遠くの小麦畑は少しずつ黄金色へ近づいていた。


 学校が休みに入ると、子どもたちは一斉に外へ飛び出す。


 川辺で遊ぶ子。

 広場でボールを蹴る子。

 友達の家を行き来する子。


 けれど、オレクサンドル・ペトレンコは違った。


 彼は家のテーブルに向かい、小さな部品とにらめっこしていた。


 抵抗。

 コンデンサ。

 銅線。

 小型スピーカー。

 受信用コイル。


 そして、父ミハイロが仕事仲間から譲ってもらった、少し上等な部品。


 学校から出された夏休みの課題。


 それは、子ども向けの技術コンテストを兼ねたものだった。


 ウクライナ国内の子どもたちを対象にした、ものづくりの大会。


 若い国となったウクライナが、自分たちの工業や技術を育てたいという思いから始めた施策の一つだった。


 優勝すれば、賞金が出る。


 さらに、一年分の食料も支給される。


 小麦粉。

 油。

 砂糖。

 保存のきく野菜。

 缶詰。

 穀物。


 豊かではない家庭にとって、それは夢のような賞品だった。


 だが、オレクサンドルが目を輝かせていた理由は、食料ではなかった。


「前のラジオより、もっと遠くの声を聞きたい」


 彼はそう言った。


 ミハイロは息子の設計図をのぞき込んだ。


「これは難しいぞ」


「できる」


「前より部品も多い。調整も細かい」


「できる」


「失敗するかもしれない」


「なおす」


 カテリーナが台所から笑った。


「あなた、完全にお父さんに似たわね」


 ミハイロは腕を組んだ。


「いや、俺より頑固だ」


 オレクサンドルは聞いていなかった。


 彼はすでに、部品の配置を考えていた。


 どうすれば雑音を減らせるか。

 どうすれば遠くの放送を拾えるか。

 どうすれば小さな箱の中で、より澄んだ音を出せるか。


 まだ子どもだった。


 けれど、その目はすでに職人の目に近かった。



 一方、シェフチェンコ家にも、夏休みの課題があった。


 オレーナ・シェフチェンコが挑戦するのは、バレエだった。


 こちらも、子どもたちの文化活動を支援するための国内コンテストを兼ねていた。


 音楽、舞踊、演劇、歌。


 ウクライナの文化を次の世代に育てるための施策。


 優秀者には賞金。

 そして、こちらも一年分の食料が支給される。


 ナタリヤは娘の髪を整えながら言った。


「無理に優勝を目指さなくていいのよ」


 オレーナは首を振った。


「おどりたい」


「うん。踊りたいなら、それでいい」


「白鳥、やる」


「『白鳥の湖』?」


「うん」


 ヴィクトルが目を丸くした。


「難しくないか?」


 ナタリヤは少し考えた。


「難しいわ。でも、短い部分ならできるかもしれない」


 オレーナは胸を張った。


「できる」


 その言い方は、どこか同じ街の少年に似ていた。


 知らないところで、二人は同じ言葉を口にしていた。


 できる。


 根拠はない。


 けれど、その言葉の中には、幼い才能の芽があった。



 オレクサンドルの夏は、失敗の連続だった。


 最初に組んだ回路は鳴らなかった。


 次に組んだものは、雑音ばかりだった。


 三度目は音が出たが、すぐに切れた。


 四度目は、スピーカーが小さく震えるだけだった。


「なんで……」


 オレクサンドルは唇を噛んだ。


 ミハイロは隣に座り、すぐには答えを言わなかった。


「どこが悪いと思う?」


「線?」


「見てみろ」


 オレクサンドルは配線をたどる。


 赤い線。

 黒い線。

 接続部。

 はんだの跡。


 そして、気づいた。


「ここ、ゆるい」


「そうだ」


「だから、音が切れる?」


「その可能性がある」


 オレクサンドルはすぐに直そうとした。


 ミハイロが手を添える。


「慌てるな。直す時ほど、落ち着け」


「でも、早く聞きたい」


「早く聞きたいなら、丁寧にやれ」


 その言葉に、オレクサンドルは黙った。


 早くしたいから、丁寧にやる。


 子どもには少し難しい言葉だった。


 でも、彼はそれを手で覚えていった。


 ネジの締め方。

 線の曲げ方。

 部品の向き。

 音の変化。


 失敗するたびに、ラジオは少しずつ良くなっていった。



 オレーナの夏もまた、簡単ではなかった。


 『白鳥の湖』の旋律に合わせて踊る。


 言葉にすれば美しい。


 けれど実際には、足がもつれる。

 回転すればふらつく。

 腕を上げると肩に力が入る。

 音より早く動きすぎる。


「もう一度」


 ナタリヤがピアノの前で言う。


 オレーナは汗を拭きながらうなずく。


 曲が始まる。


 白鳥のように腕を広げる。


 つま先を伸ばす。


 片足を前へ。


 くるり。


 しかし、途中でバランスを崩し、床に座り込んでしまった。


 ヴィクトルが慌てて立ち上がる。


「大丈夫か?」


 オレーナは少し涙ぐんだ。


「白鳥、ころんだ……」


 ナタリヤはピアノから離れ、娘の前にしゃがんだ。


「白鳥も、最初から飛べるわけじゃないわ」


「ほんと?」


「本当よ。何度も水に落ちて、羽を動かして、少しずつ飛べるようになるの」


 オレーナは袖で涙を拭いた。


「もういっかい」


 ヴィクトルが心配そうに言う。


「少し休んでもいいんだぞ」


「もういっかい」


 その声は小さかった。


 けれど、はっきりしていた。


 ナタリヤは静かにうなずき、再びピアノの前に座った。


 音楽が始まる。


 オレーナは立ち上がる。


 今度は転ばなかった。


 完璧ではない。


 だが、さっきよりも少しだけ、腕がやわらかく動いた。


 ナタリヤは、それを見逃さなかった。


 才能とは、突然完成された形で現れるものではない。


 転んだあとに、もう一度立ち上がる力。


 そこにも、確かに才能は宿っていた。



 コンテストの日が近づくにつれ、ブチャの街でも子どもたちの話題はそのことで持ちきりになった。


「誰が出るの?」


「キーウの子も来るらしい」


「優勝したら食料一年分だって」


「本当?」


「うちのお母さん、絶対頑張れって言ってた」


 ペトレンコ家でも、カテリーナが冗談めかして言った。


「もし優勝したら、一年分の小麦粉ね」


 オレクサンドルはラジオを調整しながら答える。


「小麦粉より、部品がいい」


「部品は食べられないわよ」


「でも、部品があれば作れる」


「パンは作れないわ」


 ミハイロが笑う。


「どっちも大事だ」


 オレクサンドルは完成しかけたラジオを見つめた。


 以前作ったものより大きい。


 アンテナも工夫した。

 雑音を減らすために部品の配置も変えた。

 音量調整もできるようにした。


 箱は少し不格好だった。


 けれど、彼にとっては自分の手で作った最高のラジオだった。



 シェフチェンコ家でも、衣装の準備が進んでいた。


 白い布で作った簡素な衣装。


 裕福な家庭のような豪華なチュチュではない。


 それでもナタリヤは、娘のために小さな羽のような飾りを縫い付けた。


「きれい……」


 オレーナは鏡の前で目を輝かせた。


 ヴィクトルは腕を組んで見ている。


「うちの白鳥だな」


 ナタリヤが言う。


「転ばない白鳥になるといいけど」


 オレーナは真剣に言った。


「ころんでも、たつ」


 その言葉に、両親は顔を見合わせた。


 そして、少しだけ泣きそうになった。



 コンテスト当日。


 会場は、ブチャより少し大きな町の文化センターだった。


 技術部門と文化部門が同時に行われるため、多くの家族が集まっていた。


 会場の一角では、子どもたちが作った機械や模型が並べられている。


 反対側のホールでは、歌や踊りの発表が行われる。


 オレクサンドルは、父と一緒に技術部門のテーブルへ向かった。


 彼のラジオは、決して見た目が一番きれいではなかった。


 だが、審査員が電源を入れ、つまみを回した瞬間、表情が変わった。


 雑音の中から、はっきりと放送が聞こえた。


 しかも、他の子どもたちの作品よりも遠くの局を拾っていた。


「これは君が作ったのか?」


 審査員が尋ねる。


 オレクサンドルはうなずいた。


「はい」


「誰かに作ってもらったんじゃないね?」


 オレクサンドルは少しむっとした。


「ぼくが作りました。パパは教えただけです」


 ミハイロが慌てて咳払いをした。


 審査員は笑った。


「いい答えだ」



 同じ頃、ホールではオレーナの出番が近づいていた。


 ナタリヤは娘の髪を整える。


「緊張してる?」


「してる」


「怖い?」


「ちょっと」


「やめる?」


 オレーナは首を振った。


「おどる」


 舞台の上に出ると、照明がまぶしかった。


 客席にはたくさんの人がいる。


 オレーナは一瞬、足が止まりそうになった。


 その時、ピアノの前に座るナタリヤが、小さくうなずいた。


 音楽が始まる。


 『白鳥の湖』。


 オレーナは腕を広げた。


 ぎこちない。

 幼い。

 本物のバレエにはまだ遠い。


 それでも、彼女は音を聞いていた。


 音の中にいることを楽しんでいた。


 途中で少しふらついた。


 客席が小さく息をのむ。


 しかし、オレーナは転ばなかった。


 踏みとどまり、もう一度腕を広げた。


 そして最後に、短い歌を重ねた。


 澄んだ声が、ホールに響いた。


 幼い声。


 けれど、透明で、まっすぐで、どこか祈りのようだった。


 歌い終わったあと、一瞬の静けさがあった。


 そして拍手が起こった。


 ナタリヤはピアノの前で涙をこらえていた。


 ヴィクトルは、客席で手が痛くなるほど拍手していた。



 結果発表。


 技術部門。


 オレクサンドルのラジオは、優秀賞に選ばれた。


 最高賞ではなかった。


 だが、審査員は言った。


「年齢を考えれば驚くべき完成度です。特に受信感度の工夫が素晴らしい」


 賞品として、小さな工具セットと、食料支援の一部が贈られた。


 オレクサンドルは工具セットを抱きしめた。


 カテリーナは食料支援の引換券を見て、そっと息を吐いた。


「助かるわ……」


 ミハイロは息子の肩に手を置いた。


「よくやった」


 オレクサンドルは少し悔しそうだった。


「優勝じゃなかった」


「でも、お前のラジオは鳴った」


「もっと良くできる」


 ミハイロは笑った。


「それが分かっているなら、次はもっと良くなる」



 文化部門。


 オレーナは特別賞を受けた。


 踊りはまだ未熟だった。


 だが、歌声と表現力が高く評価された。


 賞品は、白いリボンと、食料支援の一部。


 オレーナはリボンを握りしめた。


「ママ、白鳥?」


 ナタリヤは涙を拭きながら答えた。


「ええ。今日のあなたは、小さな白鳥だったわ」


 ヴィクトルは娘を抱き上げた。


「転んでも立つ白鳥だ」


 オレーナは誇らしげに笑った。



 帰り道。


 会場の外で、オレクサンドルとオレーナはすれ違った。


 オレクサンドルは工具セットを抱えていた。

 オレーナは白いリボンを握っていた。


 二人は一瞬だけ、お互いを見た。


 だが、何も言わなかった。


 名前も知らない。


 相手が何を成し遂げたのかも知らない。


 ただ、オレーナはオレクサンドルの工具箱を見て首をかしげた。


 オレクサンドルは、オレーナの白いリボンを見て、少しだけ目を止めた。


 そして、それぞれの親に手を引かれ、別々の方向へ歩いていった。


 小さな才能。


 光をつなぐ少年。


 歌と踊りで心を照らす少女。


 この時、まだ誰も知らない。


 やがてこの二つの才能が、一つの家族を作り、戦争の闇の中で互いを支える力になることを。


 ブチャの夏は、ゆっくりと夕暮れへ向かっていた。


 遠くの小麦畑が黄金色に揺れている。


 空は広く、青く、平和だった。



次回予告


 夏休みが終わり、子どもたちは学校へ戻る。


 オレクサンドルは理科の授業で、電気の仕組みにさらに夢中になる。


 オレーナは音楽の時間に歌い、先生と友達を驚かせる。


 そんな中、二人は初めて同じ学校行事に参加することになる。


 次回、

 第7話

 「同じ校庭の下で」


 すれ違いは、出会いの準備である。

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