光と優しさの名を持つ娘たち
第56話
「光と優しさの名を持つ娘たち」
クリリナが、まだソフィーアのお腹にいた頃。
安定期に入ったソフィーアと夫ドミトロは、のびのびになっていた新婚旅行へ出ることにした。
行き先は日本。
そして、光子と優子の故郷――九州。
鉄道でめぐる旅だった。
この頃、光子は青柳翼と結婚し、陽翔、燈真、彩羽の三人の母になっていた。
優子も柳川拓実と結婚し、結音、灯乃、悠翔の三人の母になっていた。
小倉家に集まると、そこはもう国際交流というより、ほぼ親戚の大宴会だった。
ソフィーアはお腹をさすりながら笑った。
「ここ、実家みたい」
光子が即答する。
「もう実家でよかろうもん」
優子も頷く。
「博多支部ウクライナ親戚課、正式採用たい」
そして、この旅で小さな事件が起きる。
四歳の悠翔と、二歳のスヴィトリャーナ。
最初はただ並んで座っていただけだった。
けれど悠翔が、スヴィトリャーナに小さな菓子を差し出した。
「これ、あげる」
スヴィトリャーナは両手で受け取り、にこっと笑った。
「ありがと」
その瞬間、周囲の大人たちは固まった。
優子が小声で言う。
「待って。今、空気変わった」
光子が頷く。
「これは……二歳と四歳の初恋警報たい」
拓実が真顔で言った。
「まだ早い」
翼も頷く。
「さすがに早い」
ソフィーアは笑いをこらえながら言った。
「でも、かわいい」
ドミトロは写真を撮りながら、すでに父親の顔になっていた。
この小さな出会いが、後にキーウに「リトル博多」が生まれるきっかけになる。
スヴィトリャーナは、悠翔から聞いた博多弁を真似し始めた。
「よか?」
「たい?」
「なんしようと?」
ソフィーアは頭を抱えた。
「まだ二歳なのに、博多弁の吸収が早い……」
光子は誇らしげに言った。
「才能たい」
優子が続ける。
「将来有望ばい」
旅の途中、ソフィーアはキーウにいる両親と祖父母へビデオ通話をつないだ。
画面にはオレクサンドル、オレーナ、ミハイロ、カテリーナが映る。
だが、通話が始まるなり、オレーナはスヴィトリャーナしか見ていなかった。
「スヴィちゃん、元気?」
オレクサンドルも完全に祖父の顔だった。
「スヴィトリャーナ、こっち見て。じいじだぞ」
ソフィーアは目を細めた。
「私よりスヴィトリャーナに気合い入れてるよね?」
オレーナは即答した。
「当たり前でしょ」
「ママ?」
オレクサンドルも真顔で言う。
「孫は別枠だ」
「お父さんまで」
ミハイロとカテリーナも画面越しに笑っていた。
そこへ、光子と優子がフレームインした。
光子が叫ぶ。
「どうも、博多とんこつラーメンを背負いし光の戦士、光子です!」
優子も続く。
「辛子明太子に魂を預けた優しさ子、優子です!」
スヴィトリャーナが、なぜか真似をした。
「ひかりのせんし!」
悠翔も負けずに言う。
「めんたいこ!」
画面の向こうで、オレクサンドルが崩れた。
オレーナも腹を抱えて笑う。
カテリーナは涙を流し、ミハイロは笑いすぎて声が出ない。
ソフィーアは慌てて言った。
「また整形外科案件になる!」
光子は堂々と言った。
「国際腹筋災害たい!」
優子が冷静に付け加える。
「保険適用されるかは知らん」
その一言で、キーウ側は完全に崩壊した。
翌日。
キーウ市内の整形外科。
医師はカルテを見て、深いため息をついた。
「また日本の双子ですか」
オレクサンドルは腹を押さえながら頷いた。
「今回は孫も加害者です」
オレーナも言った。
「博多弁が世代を越えました」
医師は静かにペンを置いた。
「診断名、国際的笑いすぎによる筋肉痛。再発です」
九州の鉄道旅は、笑いと歌と小さな恋の旅になった。
スヴィトリャーナは悠翔の隣に座りたがり、悠翔は彼女に駅弁の卵焼きを分けた。
光子と優子は、それを見てニヤニヤする。
「これは将来、キーウに博多ができるばい」
「リトル博多、開業準備たい」
ソフィーアはお腹をさすった。
「クリリナ、生まれる前から濃い世界に巻き込まれてるね」
ドミトロは笑った。
「家族になるというのは、こういうことかもしれない」
名前は、記憶を運ぶ小さな舟である。
スヴィトリャーナには、光子の光。
クリリナには、優子の優しさ。
そして九州の旅には、国境を越えた家族の笑いが刻まれた。
やがてキーウに生まれるリトル博多。
その始まりは、四歳の男の子が二歳の女の子に菓子を差し出した、ほんの小さな恋だった。
次回予告
九州鉄道旅で深まった、ソフィーア一家と小倉家の絆。
スヴィトリャーナと悠翔の小さな交流は、やがてキーウに博多文化が根づくきっかけとなる。
そしてクリリナ誕生の日が近づく中、ソフィーアは娘たちに受け継がせたいものを考え始める。
次回、
第57話
「リトル博多の芽」
文化は、大きな宣言ではなく、子どもの一言から根を張る。




