失われた手足、残された声
第55話
「失われた手足、残された声」
ソフィーアと光子、優子は、日本へ戻った。
学業がある。
声楽科の授業。
舞台表現。
発声練習。
作曲。
公演準備。
悲しみの中にいても、時間は進む。
だから三人は、東京の音大へ戻った。
だが、ウクライナで見たものは、三人の中から消えなかった。
ミハイロの失われた左腕。
カテリーナの失われた右脚。
アレンの死。
土の中に残る戦争。
光子は言った。
「見て終わりにはできん」
優子も頷いた。
「伝えんといかん」
ソフィーアは静かに言った。
「そして、地雷をなくすために動きたい」
三人は、地雷撲滅のための基金を立ち上げた。
目的は、ウクライナ国内の地雷除去支援、被害者の義肢・リハビリ支援、そして子どもたちへの安全教育。
光子と優子は、自分たちのグッズ売上の一部を活動資金に充てることを決めた。
「笑いで売れたお金を、命を守る方に回す」
光子が言う。
優子も続けた。
「これが、うちらにできることやけん」
ソフィーアは、深く頭を下げた。
「ありがとう」
光子はすぐに言った。
「友達にありがとう言われすぎたら照れる」
優子が突っ込む。
「でも基金の会議中に照れとる場合やない」
そのやり取りに、ソフィーアは泣き笑いした。
チャリティー公演は大きな反響を呼んだ。
歌。
朗読。
映像。
博多弁ギャグコント。
そして、ウクライナの地雷被害の現実。
笑いで心を開き、歌で深く届け、最後に現実を伝える。
それは三人にしかできない形だった。
ステージの最後、ソフィーアは言った。
「失われた手足を、私たちは戻せません」
光子が続く。
「でも、次の誰かの手足を守ることはできるかもしれん」
優子が言った。
「土の中に残された戦争を、見えないままにせんこと。それが第一歩やと思います」
会場は静まり返り、そして大きな拍手が起きた。
時は流れる。
ソフィーアは音大を卒業した。
日本で学んだ四年間は、彼女にとって第二の故郷をくれた時間だった。
光子と優子。
山田オレナと尚幸。
音大の仲間たち。
そして、博多弁まで。
卒業の日、光子と優子は泣きながら言った。
「ソフィーアちゃん、帰っても友達やけんね」
「むしろ一生逃げられんけんね」
ソフィーアは笑った。
「怖い友情たい」
三人は抱き合った。
卒業後、ソフィーアはウクライナへ戻った。
舞台芸術監督として。
歌う人から、舞台を作る人へ。
母オレーナの歌。
父オレクサンドルの光。
祖母ナタリヤの音楽。
祖父母ミハイロとカテリーナの痛み。
そのすべてを背負い、彼女はウクライナの舞台に立った。
そして2050年。
ソフィーアは、ウクライナ帰国後に出会い、恋に落ちたドミトロ・ペトレンコと結婚した。
戦争で多くを失った国で、二人は新しい家族を作った。
2052年。
長女が生まれた。
名前は、スヴィトリャーナ。
光子の「光」を受け継いだ名。
2054年。
次女が生まれた。
名前は、クリリナ。
優子の「優しさ」を受け継いだ名。
ソフィーアは、娘たちを抱きながら思った。
歌は続いた。
光も続いた。
優しさも続いた。
地雷はまだ土の中に残る場所もある。
傷が完全に消えたわけではない。
それでも、命は続いていく。
失われたものを戻すことはできない。
だが、残された声で伝えることはできる。
そして、受け継いだ名前で、未来へ渡すこともできる。
次回予告
ソフィーアは舞台芸術監督として、ウクライナの復興文化事業に関わっていく。
スヴィトリャーナとクリリナは、母から歌を、祖父オレクサンドルから光の意味を学びながら成長する。
そして日本の光子と優子との絆は、次の世代へ受け継がれていく。
次回、
第56話
「光と優しさの名を持つ娘たち」
名前は、記憶を運ぶ小さな舟である。




