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光は息をしている  作者: リンダ


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帰る場所

 第53話

「帰る場所」


 幸い、命は助かった。


 ミハイロ・ペトレンコも、カテリーナ・ペトレンコも、長時間の手術を受けた。


 ミハイロは左腕を失った。

 カテリーナは右脚の膝から下を失った。


 そして、家族同然だったコリー犬のアレンは、もう戻らなかった。


 手術後、二人は集中治療室へ移され、慎重な治療が続けられていた。


 キーウの病院。


 ソフィーアは、光子と優子に付き添われて到着した。


 長い移動。


 緊張。


 恐怖。


 それでも、病院の廊下を歩く足は止められなかった。


 集中治療室のガラス越しに、祖父母の姿が見えた。


 管につながれたミハイロ。

 包帯に覆われたカテリーナ。

 眠ったまま動かない二人。


 その姿を見た瞬間、ソフィーアは崩れ落ちた。


「おじいちゃん……おばあちゃん……」


 声にならない声だった。


 光子がすぐに肩を抱く。


 優子も隣にしゃがみ込む。


「ソフィーアちゃん……」


「大丈夫。うちらおるけん」


 ソフィーアは泣いた。


 戦争は終わったはずだった。


 なのに、また家族が傷ついた。


 地雷という、土の中に残された戦争が、祖父母を奪いかけた。


 そこへ、足音が近づいた。


 オレクサンドルとオレーナだった。


 オレーナは娘を見るなり、抱きしめた。


「ソフィーア……」


「ママ……」


 ソフィーアは母の胸に顔を埋めた。


 オレクサンドルは、少し離れたところで光子と優子を見た。


 そして英語で、静かに尋ねた。


「あなたたちが、光子さん、優子さん?」


 光子と優子は、同時に姿勢を正した。


「はい」


 光子が英語で答える。


「ソフィーアの付き添いで来ました」


 優子も頭を下げた。


「一人にしたくなかったので」


 オレクサンドルは、しばらく二人を見つめていた。


 そして深く頭を下げた。


「ありがとう」


 その一言は、重かった。


 父として。


 戦争を生き延びた人間として。


 娘を遠い国で支えてくれた友人たちへの、心からの言葉だった。


 オレーナも涙を浮かべて言った。


「本当にありがとう。ソフィーアのそばにいてくれて」


 光子は首を振った。


「友達ですから」


 優子も続ける。


「当たり前です」


 それから、五人は病院の小さな待合室へ移動した。


 ソフィーア。

 光子。

 優子。

 オレクサンドル。

 オレーナ。


 しばらく、誰も言葉を出せなかった。


 先に口を開いたのは、オレクサンドルだった。


「戦争は終わった。でも、終わっていなかった」


 ソフィーアは涙を拭く。


「地雷……まだ残ってるの?」


「ああ」


 オレクサンドルは苦しそうにうなずいた。


「畑にも、道にも、森にも。完全に撤去するには、長い時間がかかる」


 オレーナが続けた。


「人が普通の生活へ戻ろうとした時に、戦争の残したものがまた襲ってくる」


 光子は拳を握った。


「ひどすぎる……」


 優子も低い声で言った。


「終わったあとまで人を傷つけるなんて……」


 ソフィーアは震える声で言った。


「アレンも……」


 そこで言葉が止まった。


 オレーナが娘の手を握る。


「アレンは、最後まで家族だったわ」


 オレクサンドルも静かに言った。


「あの子は、父さんと母さんを守ろうとしたんだと思う」


 ソフィーアはまた泣いた。


 光子は、少し迷ってから言った。


「ソフィーアちゃん」


「うん……」


「今は泣いていい」


 優子も頷く。


「無理して歌わんでいい」


 ソフィーアは驚いたように二人を見た。


 光子は続けた。


「いつも誰かのために歌ってきたけん。今は、ソフィーアちゃん自身が支えられる番やと思う」


 優子がそっと言う。


「うちら、歌わんでもそばにおるけん」


 ソフィーアは、二人の手を握った。


「ありがとう……」


 オレクサンドルは、その光景を見ていた。


 遠い日本で出会った二人が、娘のそばにいる。


 歌でも笑いでもなく、ただ一緒にいることで支えている。


 それがどれほどありがたいことか、彼にはよく分かった。


「光子さん、優子さん」


「はい」


「ソフィーアは、強い子に見えるかもしれない。でも、全部一人で抱えられるわけじゃない」


 光子と優子は真剣に頷いた。


 オレーナも言った。


「これからも、そばにいてあげて」


 優子は即答した。


「もちろんです」


 光子も力強く言った。


「ソフィーアちゃんは、うちらの大事な友達です」


 ソフィーアは、その言葉にまた涙をこぼした。


 待合室の窓の外には、キーウの空が広がっていた。


 戦争が終わっても、故郷にはまだ癒えていない傷が残っている。


 地中に埋まった地雷。

 失われた手足。

 命を落とした犬。

 恐怖を思い出す家族。


 それでも、そこには帰る場所があった。


 傷ついた家族を見守る場所。

 泣いてもいい場所。

 友達が隣にいてくれる場所。


 ソフィーアは、涙の中で小さく言った。


「私、帰ってきたんだね」


 オレーナが頷いた。


「ええ」


 オレクサンドルも言った。


「ここは、まだお前の帰る場所だ」


 光子がそっと付け加えた。


「そして、東京にも帰る場所あるけん」


 優子も微笑んだ。


「博多にも、作るばい」


 ソフィーアは、泣きながら少し笑った。


 次回予告


 集中治療室で治療を受けるミハイロとカテリーナ。


 ソフィーアは祖父母の回復を祈りながら、地雷被害の現実と向き合う。


 光子と優子は、初めてウクライナの復興の傷跡を目の当たりにする。


 そしてオレクサンドルは、父母が失ったものを前に、再び自分の手で何ができるのかを考え始める。


 次回、

 第54話

「土の中の戦争」


 戦争は、停戦のあとも土の中で人を待っている。

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