歌と笑いの架け橋
第52話
「歌と笑いの架け橋」
光子と優子が大学2年生になった秋。
11月初め。
ウクライナでは冬支度が始まる季節だった。
キーウ郊外。
オレクサンドルの両親、
ミハイロ・ペトレンコ
カテリーナ・ペトレンコ
は、長年暮らしてきた土地で、冬に備えた農作業をしていた。
傍らには、家族同然のコリー犬。
名前はアレン。
戦争中も避難生活の中も家族を励まし続けた、賢く優しい犬だった。
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その日も、いつもと変わらない日になるはずだった。
畑へ向かう。
土を耕す。
冬越しの準備をする。
ただそれだけだった。
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しかし。
突然だった。
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ドォォォォン!!
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地面が吹き飛んだ。
耳をつんざく爆発音。
黒煙。
土砂。
悲鳴。
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戦争中に埋設されたまま残されていた地雷。
それが暴発した。
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アレンは爆心地に最も近かった。
家族を守ろうと前へ出た瞬間だった。
即死だった。
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ミハイロは左腕に致命的な損傷を受けた。
カテリーナは右脚を激しく損傷し、
膝下切断を余儀なくされた。
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近隣住民が救急車を呼び、
二人は病院へ緊急搬送された。
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知らせが東京へ届いたのは、その日の夜だった。
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ソフィーアは電話を受けた瞬間、
顔色を失った。
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「嘘……」
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スマートフォンが震える。
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「戦争は終わったんじゃなかったの……?」
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声が震える。
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「なんで……」
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「なんで今さら……」
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光子と優子は何も言えなかった。
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戦争が終わった。
そう思っていた。
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だが、
地雷はまだ土の中に残っていた。
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戦争は終わっても、
傷跡は終わっていなかった。
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ソフィーアは震える声で言った。
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「全部ロシアのせいじゃない……」
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「なんで……」
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「なんで私たちばっかり……」
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目に宿る怒り。
憎しみ。
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戦争中、
何度も見てきた感情だった。
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光子が静かにソフィーアの肩へ手を置いた。
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「ソフィーアちゃん」
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優子も隣に座る。
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「気持ちは分かる」
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「でも」
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光子が続けた。
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「ソフィーアまで憎しみに囚われたらいかん」
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「え……」
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「ソフィーアちゃんはウクライナの希望やろ」
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優子が頷く。
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「歌で人を支えてきたやん」
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「戦争で傷ついた人も」
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「病院の人も」
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「避難してきた子どもたちも」
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「ソフィーアちゃんの歌に救われた」
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光子は真っ直ぐ言った。
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「だから今できることをしよう」
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「憎しみを増やすんじゃなくて」
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「支える方を選ぼう」
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ソフィーアは泣き崩れた。
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「でも……悔しい……」
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「うん」
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「悔しか」
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「ばり悔しか」
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「でも一人じゃないけん」
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優子が抱きしめた。
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「うちらがおる」
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ソフィーアは声を上げて泣いた。
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一方。
キーウ。
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オレクサンドルは病院の廊下で壁を殴りそうになるのを必死でこらえていた。
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「どこまでだ……」
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「どこまでウクライナを苦しめたら気が済むんだ……」
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オレーナも涙を流していた。
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「戦争は終わったはずなのに……」
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世田谷の山田オレナも、
ビデオ通話越しに涙を浮かべる。
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「ひどい……」
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山田尚幸も言葉を失った。
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戦争は終わった。
だが、
地雷はまだ人を殺し続けていた。
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その夜。
光子と優子は福岡の小倉家へビデオ通話をつないだ。
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美鈴。
優馬。
美香。
アキラ。
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全員が真剣な顔で話を聞いた。
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美鈴は静かに言った。
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「ソフィーアちゃんを一人にしたらいかん」
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優馬も頷いた。
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「帰りたいなら帰らせてあげんと」
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美香が言う。
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「今は家族のそばにおるべき時やと思う」
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アキラも続けた。
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「そして一人で行かせたらいかん」
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光子と優子は顔を見合わせた。
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「うちらも行く」
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「付き添う」
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ソフィーアは驚いた。
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「え?」
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「家族のところに帰るんやろ?」
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「なら一緒に行く」
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「友達やけん」
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ソフィーアの目から、
再び涙がこぼれた。
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それは悲しみだけではなかった。
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遠い日本で出会った友達が、
家族のように寄り添ってくれていた。
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次回予告
ミハイロとカテリーナを襲った地雷事故。
ソフィーアは光子と優子に付き添われ、一時帰国を決意する。
久しぶりのキーウ。
病院で再会する祖父母。
そして戦争が終わったはずの国に残された傷跡。
次回、
第53話
「帰る場所」
戦争は終わっても、
故郷にはまだ癒えていない傷が残っていた。




