博多弁の洗礼
第51話
「博多弁の洗礼」
ソフィーアの成長は、誰も予想していない方向へ進んでいた。
声楽。
作曲。
編曲。
舞台表現。
そして――
博多弁ギャグコント。
「なんでそうなったん?」
音大の友人たちは本気で困惑した。
ソフィーアは真顔で答える。
「光子先生と優子先生のご指導です」
「先生なの?」
「たぶん」
「たぶん?」
ある日の昼休み。
三人は学食で話していた。
ソフィーアは真面目な顔で言った。
「最初は、笑いってよく分からなかった」
光子と優子は黙って聞く。
「でも、病院で歌った時と少し似てる気がした」
「似とる?」
優子が尋ねる。
ソフィーアは頷く。
「歌を聞いて泣く人もいる。笑って元気になる人もいる」
少し考えてから続けた。
「どっちも、人の心を動かしてる」
光子は静かに言った。
「うちらは、ウクライナで起きたことを全部知っとるわけやない」
優子も続ける。
「ニュースで見たことしか分からんことも多い」
ソフィーアは頷いた。
光子は窓の外を見た。
「それでもね」
「うん」
「音楽と笑いは、凍りついた人の心をほんの少しかもしれんけど温めることができると思う」
優子が言う。
「辛い思いや悲しい思いを抱えとる人の心に、灯をともすことくらいならできる」
光子も頷いた。
「うちらにできることは微々たるものかもしれん」
「でも」
「ウクライナの人たちの気持ちに寄り添うことはできると思う」
ソフィーアはしばらく黙っていた。
そして小さく笑った。
「ありがとう」
その一言には、戦争を経験した家族だからこその重みがあった。
その夜。
またビデオ通話が始まった。
画面の向こうには、
オレクサンドル。
オレーナ。
そして祖父母たち。
ソフィーアが言った。
「今日は友達を紹介します」
オレクサンドルが警戒した。
「またか」
オレーナも苦笑いする。
「今日は腹筋の準備をしてるわ」
そして。
光子と優子がフレームイン。
光子が胸を張る。
「どうも!」
「博多とんこつラーメンをこよなく愛する!」
「光の戦士・光子です!」
優子が一歩前へ。
「辛子明太子大好き!」
「博多の美女!」
「優しさ子・優子です!」
ソフィーアも負けじと前へ出る。
「そして!」
「博多美人に憧れる!」
「ウクライナの妖精!」
「ソフィーアです!」
一瞬の沈黙。
オレーナが吹き出した。
「ぶふっ!」
オレクサンドルが机を叩く。
「待て待て待て!」
祖父ミハイロは椅子からずり落ちそうになる。
祖母リュドミラは涙を流し始める。
光子が追撃する。
「なお、三人とも真面目です!」
優子。
「たぶん!」
ソフィーア。
「保証はありません!」
その瞬間。
画面の向こう側が完全崩壊した。
オレーナは腹を抱える。
「ソフィーアが……ソフィーアが……」
オレクサンドルは息ができない。
「俺の娘が……ウクライナの妖精になってる……」
祖父母も涙を流しながら笑う。
光子と優子は大満足。
通話終了後。
オレクサンドルは腹を押さえながら言った。
「明日……整形外科予約しよう……」
オレーナも頷く。
「今回もダメだったわ……」
翌日。
キーウ市内の整形外科。
医師がカルテを見ながら首を傾げる。
「またですか」
オレクサンドル。
「またです」
オレーナ。
「博多です」
医師。
「病名は?」
オレクサンドル。
「重度の腹筋崩壊症候群です」
医師は深くため息をついた。
「原因は?」
夫婦そろって即答した。
「日本の双子です」
こうして。
歌でつながったウクライナと日本は、
なぜか笑いでもつながり始めていた。
次回予告
ソフィーアは音大生活の中で、歌だけでなくコメディのリズム感まで身につけ始める。
一方、光子と優子は受験生として本格的な進路選択の時期を迎える。
そして三人は、ある共同ステージの企画を思いつく。
次回、
第52話
「歌と笑いの架け橋」
国境を越えるのは、言葉だけじゃない。
時には、一緒に笑うことから始まる。




