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光は息をしている  作者: リンダ


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三人の新入生歓迎会

第50話


「三人の新入生歓迎会」


 ソフィーアから届く写真や動画は、いつも明るかった。


 音大の教室。

 仲間たちとの作曲風景。

 日本語のノート。

 小さな発表会。

 そして、笑顔。


 オレクサンドルとオレーナは、キーウの自宅でその様子を見ていた。


「よかった」


 オレーナが静かに言った。


「本当に、よかった」


 オレクサンドルも頷いた。


「もう二度と、俺たちのような思いをしてほしくない」


 戦争の夜。

 地下の寒さ。

 拷問の記憶。

 ミサイルで奪われた家族。


 そのすべてを、娘には背負わせたくなかった。


 画面の中で笑うソフィーアは、確かに未来へ進んでいた。


⸻


 その夜、ビデオ通話がつながった。


「ママ! お父さん!」


「元気?」


「元気たい!」


 オレーナが止まった。


 オレクサンドルも止まった。


「……たい?」


 ソフィーアは満面の笑みで言った。


「今日、友達紹介するけん!」


 オレクサンドルは眉をひそめる。


「オレーナ」


「なに?」


「俺たち、ソフィーアを東京に送り出したよな?」


「ええ」


「福岡に送った覚えはない」


 ソフィーアは得意げに笑った。


「私の友達たい!」


 オレーナは首を傾げた。


「標準語なら分かるのに……急に何語?」


「博多弁!」


「博多弁……」


 その瞬間、画面の横から二つの顔が勢いよくフレームインした。


⸻


 光子。


「どうもー! 博多から来た笑いの非常灯、光子でーす!」


 優子。


「同じく、ツッコミ担当と思われがちやけど実は燃料タンク、優子でーす!」


 オレクサンドルは硬直した。


 オレーナも固まった。


 光子は続ける。


「ソフィーアちゃん、ばり歌うまかです!」


 優子がすかさず言う。


「でも博多弁はまだ発展途上やけん、うちらが責任持って変な方向に伸ばします!」


 ソフィーアが笑いながら言う。


「変な方向は困るたい!」


 オレクサンドルが小声で言った。


「今のは……何が起きている?」


 オレーナも震える声で答える。


「分からない。でも、楽しそう」


⸻


 光子がカメラに向かって両手を広げた。


「お父さん、お母さん、安心してください!」


 優子が続く。


「ソフィーアちゃんは、うちらが東京でしっかり守ります!」


 光子。


「ただし、笑いの事故は保証対象外です!」


 優子。


「むしろ毎日発生します!」


 ソフィーア。


「保険、ありますか?」


 光子。


「ありません!」


 優子。


「笑いは自己責任!」


 オレクサンドルは、ついに吹き出した。


 オレーナも腹を抱えて笑い始めた。


⸻


 そこからはもう、収拾がつかなかった。


 光子が「ウクライナ語でツッコミ覚えたい」と言い出す。

 優子が「博多弁とウクライナ語を混ぜたら世界最強やない?」と言い出す。

 ソフィーアが「なんしようと、タト?」と父に博多弁混じりで話しかける。


 オレクサンドルは涙を流して笑った。


「ソフィーア……お前、日本語より先に何を覚えたんだ……」


 ソフィーアは胸を張った。


「博多弁たい!」


 オレーナは笑いすぎて声が出ない。


「東京に行ったはずなのに……博多が来た……」


 光子と優子は同時に敬礼した。


「博多はどこでも出張します!」


⸻


 通話が終わったあとも、オレクサンドルとオレーナはしばらく笑い続けた。


 そして翌朝。


 二人は、笑いすぎによる腹筋痛と背中の痛みで、キーウ市内の整形外科を受診する羽目になった。


 医師が真顔で尋ねた。


「何をしましたか?」


 オレクサンドルは答えた。


「娘の友達とビデオ通話をしました」


 医師は眉をひそめた。


「それで?」


 オレーナが腹を押さえながら言った。


「博多弁が……攻撃力高すぎて……」


 医師はしばらく沈黙した。


「診断名は、笑いすぎによる筋肉痛ですね」


 オレクサンドルは真顔で言った。


「国際案件です」


⸻


 その夜。


 オレクサンドルは、ソフィーアにメッセージを送った。


良い友達だな。

ただし、次は事前に腹筋を鍛えてから通話する。


 ソフィーアはすぐに返信した。


了解たい。


 オレクサンドルは画面を見て、また笑った。


 戦争は、多くを奪った。


 けれど、娘が遠い国で笑い合える友達に出会った。


 そのことが、何より嬉しかった。


 もう二度と、あの暗闇だけで人生を終わらせない。


 ソフィーアの未来には、歌があり、友情があり、そしてどうやら博多弁まである。


 オレーナは微笑んだ。


「よかったね」


 オレクサンドルは頷いた。


「ああ。本当に、よかった」


⸻


次回予告


 光子と優子との出会いで、ソフィーアの東京生活は一気ににぎやかになっていく。


 博多弁、音楽、コメディ、国際交流。


 三人の友情は周囲を巻き込みながら広がり始める。


 だが、ソフィーアは改めて思う。


 笑いも歌も、傷ついた人を支える力になるのだと。


 次回、

 第51話

 「博多弁の洗礼」


 言葉は文化。

 そして時々、腹筋への攻撃である。

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