もう一度、劇場へ
第44話
「もう一度、劇場へ」
復興途中の小さな劇場に、明かりが戻った。
オレクサンドルが調整した照明が、傷だらけの舞台をやわらかく照らす。
客席には、まだ修理の跡が残っている。
壁には新しい塗装と古い傷が混じっている。
けれど、人々は戻ってきた。
その再開の日。
ソフィーアは、配信企画としてディズニー映画『アナと雪の女王』の名曲、「Let It Go ~ありのままで~」を歌った。
歌詞は載せない。
けれど、その歌に込めた思いは、誰の胸にも届いた。
自分を偽らないこと。
恐れに閉じ込められないこと。
傷ついた過去を抱えながら、それでも前へ進むこと。
ソフィーアの声は、まだ少女の透明さを残していた。
けれど、そこには戦争を越えてきた家族の記憶があった。
配信を見た人々は、次々にコメントを寄せた。
「この歌が、ウクライナの空にこんなふうに響くなんて」
「ありのままで、という言葉がこんなに重く聞こえたのは初めて」
「ソフィーアの声は、傷ついた街を少しずつ溶かしていくみたいだ」
オレーナは舞台袖で涙を拭いた。
「この子、もう自分の歌にしてる」
オレクサンドルは照明卓の前で、小さくうなずいた。
「うん。もう、誰かの真似じゃない」
ソフィーアは歌い終えると、深くお辞儀をした。
劇場に拍手が戻った。
戦争で閉じられていた場所に、もう一度、音と光と人の呼吸が戻ってきた。
⸻
次回予告
ソフィーアの歌声はさらに注目を集める。
だが、オレーナは娘に伝える。
有名になることより大切なのは、なぜ歌うのかを忘れないこと。
そしてオレクサンドルは、劇場再開の明かりを見つめながら、ようやく自分の手が戻ってきた意味を受け止め始める。
次回、
第45話
「ありのままの声」
歌は飾るものではない。
本当の自分を、誰かに届けるものだ。




