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光は息をしている  作者: リンダ


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43/60

戦争のあとに残るもの

 第43話

「戦争のあとに残るもの」


 2030年。


 戦争は終わった。


 けれど、ウクライナには終わっていないものが山ほど残されていた。


 焼けた街。

 壊れた学校。

 失われた家族。

 眠れない兵士。

 泣くことを覚えてしまった子どもたち。


 そして、もう一つ。


 黒海沿岸地域の問題だった。


 長くロシアに占領されていた地域には、占領期間中にロシア国内から移り住んだ人々がいた。


 彼らをどうするのか。


 ウクライナ国内では、激しい議論が起きた。


「侵略の一部として移り住んだ人間だ」


「すぐに出ていかせるべきだ」


 そういう声もあった。


 怒りは当然だった。


 家を奪われた人がいる。

 家族を殺された人がいる。

 故郷を踏みにじられた人がいる。


 だが一方で、別の声も広がっていった。


「あの人たちも、国家に騙された被害者ではないのか」


「今のロシアに強制送還して、まともに暮らせるのか」


「同じ民族同士が憎しみ合い、殺し合うのは、私たちの世代で十分だ」


 戦争後のロシアは、疲弊しきっていた。


 経済は衰弱し、社会は混乱し、帰る場所を失った人も多かった。


 その中へ、ただ送り返すだけでは、新たな悲劇を生む。


 ウクライナ政府は、難しい判断を迫られた。


 やがて方針が示された。


 戦争犯罪や占領統治への積極的協力が認められる者は、法に基づいて裁かれる。


 だが、一般の移住者、特に子どもや高齢者、戦争に加担していない人々については、個別審査のうえでウクライナ国内での在留資格を認める。


 ウクライナ語や市民教育を受けること。

 暴力や占領思想を広げないこと。

 地域社会の再建に協力すること。


 その条件のもとで、彼らにも生きる場所を与える。


 それは甘さではなかった。


 むしろ、憎しみに支配されないための、苦しい決断だった。


 オレーナは、そのニュースを見ながら静かに言った。


「簡単には許せない人もいると思う」


 オレクサンドルはうなずいた。


「当然だ」


「でも、追い出せば全部解決するわけじゃない」


「うん」


 彼は、自分の壊れた手を見た。


「僕は、ソコロフの名前を忘れない」


 オレーナは彼を見る。


「でも、ロシアから来た人全員がソコロフじゃない」


 オレクサンドルは深く息を吐いた。


「分かってる。分かってるんだ」


 その言葉には、まだ痛みがあった。


 許すことと、忘れることは違う。


 裁くべき者を裁くことと、すべての人間を憎むことも違う。


 戦争のあとに残るものは、瓦礫だけではない。


 人の心の中に残る線引きだった。


 ソフィーアは、両親の会話を聞いていた。


「ママ」


「なあに?」


「その人たちも、歌を聞く?」


 オレーナは少し驚いた。


「聞くかもしれないわ」


「じゃあ、私、歌う」


 オレクサンドルが顔を上げる。


「怖くないのか?」


 ソフィーアは少し考えた。


「怖い人は怖い。でも、泣いてる人もいるかもしれない」


 その答えに、オレクサンドルは黙った。


 娘は、自分より先へ進んでいる。


 怒りを知らないわけではない。


 痛みを知らないわけでもない。


 それでも、最初に「泣いている人がいるかもしれない」と考える。


 それが、彼には眩しかった。


 復興は続いていた。


 オレクサンドルは、壊れた学校や劇場の電気設備を直して回った。


 完全な仕事復帰ではない。


 休みながら。


 人に支えられながら。


 それでも彼は、暗い建物に明かりを戻していった。


 オレーナとソフィーアは、追悼式や慰問の場で歌った。


 その中には、ウクライナ人だけではなく、占領地域から取り残されたロシア系住民もいた。


 誰もが複雑な顔をしていた。


 怒り。


 罪悪感。


 悲しみ。


 恐怖。


 それでも、歌が始まると、人々は静かに耳を傾けた。


 歌は、罪を消さない。


 過去を帳消しにしない。


 けれど、次の憎しみを生まないための小さな場所にはなれる。


 福岡では、光子と優子が、ソフィーアの歌の映像を見ていた。


 戦争が終わっても、彼女が歌い続けていることを知り、二人は静かに言った。


「終わってからも、歌うんやね」


「傷が残っとるけんやろうね」


 美鈴はうなずいた。


「そうやね。終わったあとに支える人も、必要なんよ」


 光子は画面を見つめた。


「うちらも、いつかそういう歌、歌えるかな」


 優子は即答した。


「歌えるようになろう」


 終戦は終わりではない。


 本当の再生は、そこから始まる。


 人を裁くこと。


 人を許すこと。


 人を見極めること。


 そして、次の世代に憎しみだけを渡さないこと。


 それは、戦争に勝つより難しいことかもしれなかった。


 けれど、ウクライナはその道を選ぼうとしていた。


 瓦礫の中で。


 涙の中で。


 歌と光を頼りにしながら。


 次回予告


 復興の中で、ソフィーアは音楽の才能をさらに伸ばしていく。


 オレーナは娘に、歌は人を癒やすだけでなく、記憶を未来へ渡すものだと教える。


 オレクサンドルは、壊れた劇場に再び明かりを灯す仕事を任される。


 そして、戦争で閉ざされていた小さな劇場が、再開の日を迎える。


 次回、

 第44話

「もう一度、劇場へ」


 舞台に明かりが戻る時、街は少しだけ呼吸を取り戻す

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