歌う理由
第42話
「歌う理由」
戦争は、長すぎた。
ウクライナだけではなかった。
ロシア国内でも、少しずつ歪みが広がっていた。
武器弾薬を作る金。
ミサイルを作る金。
戦闘機を飛ばす金。
戦車を動かす金。
戦争は、国の血を吸い続けた。
経済制裁は長期化し、物価は跳ね上がり、生活必需品の値段は日に日に変わっていった。
ハイパーインフレ。
不満。
疲弊。
帰ってこない兵士たち。
補償を求める遺族。
体を壊して戻ってきた負傷兵。
そして、侵略したウクライナへの莫大な補償問題。
ロシア国内にも、戦争の代償は重くのしかかっていた。
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オレーナは、ニュースを見ながら静かに言った。
「戦争は、攻め込まれた側だけを壊すんじゃないのね」
オレクサンドルはうなずいた。
「始めた側も、最後には自分で自分を壊す」
ソフィーアは、母の横で楽譜を持っていた。
「じゃあ、なんで始めたの?」
その問いに、大人たちは答えられなかった。
欲望。
支配。
恐怖。
権力。
答えになりそうな言葉はいくつもある。
けれど、幼い子どもに胸を張って説明できる理由など、ひとつもなかった。
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2030年2月末。
戦争は終わった。
だが、終わり方はあまりにも血なまぐさかった。
ロシア大統領と、その側近たちが暗殺される事件が起きた。
それは突然の報道だった。
世界中が息を呑んだ。
独裁の終わり。
戦争の終わり。
だが、それは決して美しい勝利ではなかった。
憎しみが積み重なり、恐怖が膨らみ、最後には暴力が暴力を飲み込んだ。
オレクサンドルは、ニュースを見ながら目を閉じた。
「結局、最後まで人の命を巻き込んだな」
オレーナは何も言わなかった。
ソフィーアも、画面を見つめていた。
戦争が終わった。
けれど、奪われた命は戻らない。
ナタリヤも。
ヴィクトルも。
ブチャで殺された人々も。
マリウポリで消えた声も。
帰らなかった兵士たちも。
誰も戻ってこない。
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その夜。
ソフィーアは母に尋ねた。
「ママ」
「なあに?」
「戦争が終わったら、歌わなくていいの?」
オレーナは娘を見る。
そして、静かに首を振った。
「いいえ。終わったからこそ、歌うの」
「どうして?」
「忘れないため。亡くなった人の名前を消さないため。傷ついた人が、もう一度息をできるようにするため」
オレクサンドルも言った。
「壊れた街には、明かりがいる。壊れた心には、声がいる」
ソフィーアは、楽譜を胸に抱いた。
「じゃあ、私は歌う」
その声は、もう幼いだけの声ではなかった。
戦争を見て、喪失を知り、歌う理由を見つけた少女の声だった。
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福岡では、光子と優子がテレビ越しにそのニュースを見ていた。
戦争が終わった。
でも、美鈴は静かに言った。
「終わったけんって、全部が元通りになるわけやなかとよ」
光子は画面を見つめる。
「ソフィーアちゃん、また歌うかな」
優子が答えた。
「歌うと思う。悲しか人に届く歌やもん」
まだ会ったこともない。
けれど、二人はもうソフィーアの歌を覚えていた。
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人はなぜ歌うのか。
楽しいから。
嬉しいから。
誰かに届けたいから。
そして時には。
泣きながらでも、生きていることを確かめるために歌う。
ソフィーアは窓の外を見た。
戦争が終わった空。
けれど、まだ傷の残る空。
彼女は小さく息を吸い、歌い始めた。
その歌は、終戦の歌ではなかった。
始まりの歌だった。
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次回予告
2030年、戦争は終わった。
だが、ウクライナには焼けた街、失われた家族、傷ついた心が残された。
オレクサンドルは復興の電気技術者として、壊れた学校や劇場に明かりを戻していく。
オレーナとソフィーアは、慰問と追悼の歌を続ける。
そして、福岡の双子もまた、ソフィーアの歌に導かれるように音楽の道へ歩み始める。
次回、
第43話
「戦争のあとに残るもの」
終戦は終わりではない。
本当の再生は、そこから始まる。




