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光は息をしている  作者: リンダ


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40/60

声は奪えない

 第40話

「声は奪えない」


 いつからか、ソフィーアとオレーナの歌声は、こう呼ばれるようになった。


 天使の声。


 最初にそう言ったのは、避難施設にいた一人の老婦人だった。


「まるで天使みたいね」


 その言葉が、誰かの投稿になった。


 動画に字幕がついた。


 やがて海外にも広がった。


 母と娘が並んで歌う姿。


 戦争で壊れた街の一角で、傷ついた人々を前に歌う姿。


 豪華なステージではない。

 美しい衣装でもない。

 照明も簡素。


 それでも、二人の声には、人々の心を立ち止まらせる力があった。


 オレーナの声は、祈りのようだった。


 ソフィーアの声は、まだ幼く、澄んでいて、未来そのもののようだった。


 動画はウクライナ国内で大きく広がった。


 兵士が前線で見ていた。

 避難所の子どもたちが一緒に歌った。

 病院の廊下で、看護師が涙を拭いた。


 やがて、ウクライナ政府の会見でも、その歌声に触れられた。


 報道官は、ロシア大統領に向けるように、強い口調で語った。


「あなたたちは、たくさんのものを奪ってきた。

 家を壊し、学校を壊し、病院を壊し、家族を奪い、子どもたちから眠る場所を奪った。

 略奪を続け、破壊を続け、命を踏みにじってきた。


 しかし、私たちはここに宣言する。


 あなたたちに、彼女たちの声までは奪わせない。


 ウクライナの子どもたちの歌声を、母親たちの祈りを、祖父母たちの記憶を、あなたたちの砲弾で消すことはできない」


 その言葉は、国内外で大きな反響を呼んだ。


 だが、ロシア大統領府の反応は冷たかった。


 報道官は、鼻で笑うように言った。


「愚かなことだ。何が天使の声だ。馬鹿馬鹿しい」


 その発言は、すぐに世界へ伝わった。


 ウクライナ国内は、怒りに包まれた。


 だがその怒りは、ただの憎しみではなかった。


 むしろ、人々の団結を強めた。


「ならば、もっと歌おう」


「馬鹿馬鹿しいと言ったその声より、子どもの歌声の方が世界に届いている」


「彼らが笑うなら、私たちは歌う」


 SNSには、そんな投稿が相次いだ。


 各地の避難所で、子どもたちが歌った。


 病院で、負傷者が静かに耳を傾けた。


 前線近くの兵士たちも、短い休息の中でその動画を見た。


 西側諸国の首脳や文化人、音楽家たちからも反発の声が上がった。


「子どもの歌を嘲笑する政権に、人間の尊厳を語る資格はない」


「この声を守ることが、自由を守ることだ」


「芸術は戦車を止められないかもしれない。だが、人間が人間である理由を思い出させる」


 オレクサンドルは、そのニュースを静かに聞いていた。


 ソフィーアは、少し不安そうに父を見た。


「お父さん」


「なに?」


「私の歌、馬鹿馬鹿しいの?」


 その問いに、オレクサンドルの胸が痛んだ。


 彼は車椅子から少し身を乗り出し、娘の目を見た。


「違う」


「ほんと?」


「ああ。お前の歌は、誰かを笑うためのものじゃない。誰かを傷つけるものでもない。苦しい人のそばに置くものだ」


 オレーナも、ソフィーアの肩に手を置いた。


「怖がらなくていい。あなたの声を必要としている人がいる」


 ソフィーアは小さくうなずいた。


「じゃあ、歌う」


 オレクサンドルは、涙をこらえながら微笑んだ。


「ああ。歌え」


 その夜、オレーナとソフィーアは、避難施設の小さなホールで歌った。


 集まった人々は多くなかった。


 停電に備えて、照明も最小限だった。


 オレクサンドルが調整した小さなライトが、母と娘を柔らかく照らしている。


 歌が始まった。


 オレーナの声が低く支える。


 ソフィーアの声が、その上にそっと乗る。


 それは、怒りを叫ぶ歌ではなかった。


 誰かを呪う歌でもなかった。


 それでも、確かな抵抗だった。


 私たちはまだここにいる。

 私たちはまだ歌える。

 私たちはまだ人間であることを捨てていない。


 聴いていた人々の中から、すすり泣く声が聞こえた。


 誰かが手を握る。


 誰かが目を閉じる。


 誰かが、小さく一緒に歌い始める。


 やがて、その声は少しずつ増えていった。


 母と娘の歌は、会場全体の歌になった。


 外では、まだ戦争が続いている。


 ミサイルは飛び、街は壊れ、人々は逃げ続けている。


 それでも、その夜、避難施設の中では、確かに声が響いていた。


 声は奪えない。


 命令でも。

 嘲笑でも。

 砲弾でも。


 人が人を思って歌う限り、声は消えない。


 次回予告


「天使の声」と呼ばれるようになったオレーナとソフィーア。


 二人の歌声はウクライナ国内を越え、世界へ届き始める。


 日本でも、その動画を見た人々が心を動かされる。


 そして遠く福岡では、まだ幼い双子の光子と優子の家族が、その歌声に偶然触れることになる。


 次回、

 第41話

「遠い国の双子」


 歌は、国境を越える。

 まだ出会っていない人の心にも、静かに届いていく。

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