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光は息をしている  作者: リンダ


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39/60

届く歌

第39話


「届く歌」


 ソフィーアの歌は、少しずつ人々の間に届き始めていた。


 避難施設。

 病院。

 壊れた学校。

 停電した集会所。


 オレクサンドルは、できる範囲で電気設備の修理に関わるようになっていた。


 完全には戻らない手で、工具を握る。

 長く作業すれば痛みが出る。

 大きな音がすれば、今でも体が固まる。


 それでも彼は言った。


「暗い場所があるなら、少しでも明るくしたい」


 オレーナは、そんな夫を見つめながら、ソフィーアに歌とダンスを教え続けた。


 そしてある夜、彼女はSNSに一つの寓話を投稿した。


⸻


 ある国で、新たな王が即位しました。


 その国の人々は、音楽が大好きでした。


 朝には笛を吹き、昼には弦を鳴らし、夜には太鼓を叩き、家族や友人と笑いながら音を奏でていました。


 ところが、新しい王は楽器の音が大嫌いでした。


「うるさい。国を乱す。すべての楽器を禁じる」


 王はそう命じました。


 国民は困りました。


 けれど、音楽をやめることはできませんでした。


 そこで人々は、家にある鍋やフライパン、箸や木のスプーンを使って音を出し始めました。


 カン、カン。

 トン、トン。

 カラ、カラ。


 台所から生まれた音楽が、また街に広がりました。


 王は怒りました。


「鍋もフライパンも、箸もスプーンも、演奏に使うことを禁じる」


 国民はまた困りました。


 それでも人々は、手を叩きました。


 足を踏み鳴らしました。


 手拍子が広場に響きました。


 トン。

 パン。

 トン。

 パン。


 王はさらに怒りました。


「手拍子も禁止だ。足踏みも禁止だ」


 国民は深く嘆きました。


「もう、演奏するものがない」


 その時、一人の子どもが言いました。


「でも、私たちには歌があるじゃないか」


 人々は顔を上げました。


 楽器を奪われても。


 鍋を奪われても。


 手拍子を禁じられても。


 声までは、まだ奪われていなかったのです。


 そして人々は歌いました。


 小さな声で。


 けれど、確かに。


 ひとりが歌い、ふたりが重なり、やがて街じゅうに歌が広がりました。


 王はその声を止めることができませんでした。


 なぜなら、歌は人の中にあるからです。


 人の心にあるものを、命令だけで消すことはできないからです。


⸻


 オレーナは、その寓話の最後にこう書いた。


楽器を壊されても、劇場を壊されても、学校を壊されても、

私たちの声までは奪わせない。


歌は抵抗です。

歌は祈りです。

歌は、私たちがまだ人間であることの証です。


娘は今日も歌っています。

苦しんでいる誰かに届くと信じて。


⸻


 投稿は、またたく間に広がった。


 ウクライナ国内から、たくさんの反応が届いた。


「私たちも歌う」

「避難所で子どもたちと歌いました」

「母が泣きながらこの寓話を読んでいました」

「声まで奪わせない、という言葉に救われました」


 海外からも、多くのメッセージが寄せられた。


 日本からは、


「遠い国の話ではない」

「子どもたちの歌声を守りたい」

「ソフィーアの歌がいつか日本にも届いてほしい」


 という声もあった。


⸻


 その夜。


 ソフィーアは母に尋ねた。


「ママ、王さまは悪い人?」


 オレーナは少し考えた。


「悪いことをした人ね」


「なんで歌が嫌いなの?」


「人が自由に歌うのが怖かったのかもしれない」


「歌が怖いの?」


「そう。誰かの心が自由でいることを怖がる人もいるの」


 ソフィーアは首をかしげた。


「じゃあ、もっと歌ったらいいね」


 オレーナは笑った。


「そうね」


 オレクサンドルも、静かに言った。


「歌う場所には、明かりがいるな」


 ソフィーアはぱっと顔を輝かせた。


「お父さんがつける?」


「ああ」


「ママが教える?」


「もちろん」


「私が歌う!」


 その声に、部屋の空気が少し明るくなった。


⸻


 小さな声でも、必要としている人がいるなら、それは希望になる。


 オレーナの寓話は、ただの物語ではなかった。


 それは、戦争で声を奪われかけた人々への合図だった。


 まだ歌える。


 まだ祈れる。


 まだ誰かに届く。


 そしてその中心には、幼いソフィーアの声があった。


⸻


次回予告


 オレーナの寓話は世界へ広がり、ソフィーアの歌声にも注目が集まり始める。


 避難施設や病院から、歌ってほしいという依頼が届く。


 だが、幼いソフィーアを表に出すことへの不安も大きい。


 オレクサンドルは、娘を守りたい気持ちと、娘の歌を必要としている人々への思いの間で揺れる。


 次回、

 第40話

 「声は奪えない」


 守るとは、閉じ込めることなのか。

 それとも、羽ばたく場所を作ることなのか。

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