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光は息をしている  作者: リンダ


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壊される心

 第28話

「壊される心」


 オレクサンドルの消息は途絶えたままだった。


 最後に連絡があった日から、何週間も過ぎている。


 生きているのか。


 負傷したのか。


 捕虜になったのか。


 それとも――


 オレーナは、その先を考えないようにしていた。


 ソフィーアは少しずつ言葉を覚えていた。


 二歳になった彼女は、以前よりも多くのことを話せるようになっていた。


「ママ」


「なあに?」


「お父さんは?」


 その質問が来るたび、オレーナの胸は締め付けられた。


 だが、彼女は笑顔を作る。


「お父さんはね」


 ソフィーアは真剣な顔で聞いている。


「みんなを守るために頑張ってるの」


「戦ってるの?」


「うん」


「帰ってくる?」


 オレーナは一瞬だけ目を閉じた。


 そして力強くうなずく。


「必ず帰ってくる」


「ほんと?」


「ほんと」


「なんでわかるの?」


 オレーナは涙をこらえながら笑った。


「あの人はね、約束を守る人だから」


 ソフィーアは満足そうにうなずいた。


「じゃあ待ってる」


 その言葉が、オレーナにはあまりにも眩しかった。


 一方。


 ポーランド国境近くへ避難していたミハイロとカテリーナもまた、不安な日々を送っていた。


 息子の消息が分からない。


 軍へ動員されたことは知っている。


 だが、それ以降の情報がない。


 ミハイロは毎日のように問い合わせを続けた。


 返ってくるのは同じ答えだった。


「確認中です」


 それだけ。


 カテリーナは夜になると、オレクサンドルの幼い頃の写真を見つめていた。


 工具箱を抱えて笑う少年。


 ラジオを完成させて誇らしそうな顔をしている少年。


 結婚式の日の青年。


 どの写真も、生きて帰ってきてほしいという願いを強くするばかりだった。


 そして。


 さらなる悲劇が訪れる。


 オレーナの両親。


 ヴィクトルとナタリヤ。


 二人は避難先の町で暮らしていた。


 いつか戦争が終わったら。


 ソフィーアと一緒にまた歌いたい。


 そう話していた。


 だが、その願いは叶わなかった。


 その日。


 ロシア軍によるミサイル攻撃が行われた。


 警報。


 避難。


 爆発。


 轟音。


 そして崩壊。


 ヴィクトルとナタリヤは、その爆発に巻き込まれた。


 救助隊が到着した時には、もう手遅れだった。


 連絡を受けた時。


 オレーナは言葉を失った。


「嘘……」


 スマートフォンが手から落ちる。


「嘘よ……」


 ソフィーアが心配そうに母を見上げる。


「ママ?」


 オレーナは崩れ落ちた。


 泣き声すら出なかった。


 ただ涙だけが止まらなかった。


 母ナタリヤ。


 歌を教えてくれた人。


 初めて舞台へ立つ勇気をくれた人。


 父ヴィクトル。


 いつも不器用だったけれど、自分を守ってくれた人。


 二人ともいなくなった。


 戦争が奪った。


 ミサイルが奪った。


 数日後。


 オレーナは自分のSNSを開いた。


 何度も消しては書き直した。


 そして投稿した。


 私の両親は、ロシア軍によるミサイル攻撃で命を奪われました。


 父は兵士ではありませんでした。


 母も兵士ではありませんでした。


 二人はただ生きていただけです。


 孫の成長を楽しみにしていました。


 戦争を望んだことなど一度もありませんでした。


 それでも命を奪われました。


 これは「解放」ではありません。


 これは「平和維持」ではありません。


 これは悲劇です。


 私は両親を返してほしい。


 しかし、それはもう叶いません。


 だから私は忘れません。


 父と母の名前を。


 奪われた命を。


 投稿は瞬く間に広がった。


 ウクライナ国内。


 ヨーロッパ。


 北米。


 アジア。


 世界中から反応が寄せられる。


 励まし。


 追悼。


 怒り。


 連帯。


 同じように家族を失った人々の声。


 だが。


 オレーナが本当に聞きたかった声は、一つしかなかった。


「オレーナ」


 そう呼んでくれる夫の声。


 それだけだった。


 夜。


 ソフィーアは眠っていた。


 オレーナは窓辺に座る。


 母から受け継いだ楽譜を開く。


 そこにはナタリヤの書き込みが残っていた。


 オレーナは楽譜を抱きしめた。


「ママ……」


 涙が落ちる。


 そして静かに歌い始める。


 それはナタリヤが教えてくれた子守歌だった。


 遠い昔。


 幼いオレーナを眠らせた歌。


 今は、ソフィーアを眠らせる歌。


 そして、自分自身が壊れないための歌だった。


 次回予告


 両親を失ったオレーナ。


 消息不明の夫。


 父の帰りを待つソフィーア。


 悲しみの中でも時間は止まらない。


 一方、ロシア軍の捕虜となったオレクサンドルは、さらに過酷な選択を迫られていた。


 次回、


 第29話


「帰る場所」


 人は何のために生きるのか。


 その答えは、失いそうになった時に初めて見える。

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