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なぜ彼女は元婚約者からの手紙を読まずに燃やし続けるのか  作者: 忍者の佐藤


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4

 

 リアーヌのもとにメイスが到着した二か月前。

 イジドール伯爵家内は大変なことになっていた。ある日、エリックが起きると隣に寝ていたはずのカサンドルが居ない。

 違和感に気づく。彼女の荷物がなくなっている。

 ほぼ同時に、けたたましくドアを叩く音。

 急いで服を着てドアを開けると、父親のホルトン伯爵が血相を変えている。

「何があったのですか、父上」

「カサンドルはどこだ!」

 伯爵は叫んだ。エリックは首を振る。

「俺の部屋にも居ません」

「……無いんだ」

「無い、とは?」

「宝物庫にしまっていた金品が一つもない! 根こそぎ奪われている!」

 まさに寝耳に水だった。

「お、落ち着いてください、父上! カサンドルを疑っておられるのですか。彼女がそんなことするわけないじゃないですか! そうですよ!」

 エリックはまるで自分に言い聞かせるように声を出す。

 伯爵は何も言わず、一枚の紙をエリックの目の前に突き付けた。

 そこには紛れもなくカサンドルの字でこう書かれていた。


「エリック様へ。イジドール伯爵家は裕福だし、ここに永久就職するのもアリかなと思ったこともありましたが、エリック様があまりにアホで、一生一緒にいるのは絶対嫌なので、金品だけ持って出ていくことにします。あなたの大好きなカサンドルより」



 エリックは、まだ自分が夢の中に居るのかと錯覚した。しかし何度読み返してもそれはカサンドルの字だ。後から分かったことだが、どうやら使用人の中にも彼女の協力者が紛れ込んでいて、彼らが宝物庫を開け、中身を運び出す手引きをしていたらしい。


 しかし放心している場合ではない。



 最も大事にしていた、退魔の水晶が無くなっていたのだ。

 その当時、既にカサンドルが魔法を使えないことは分かっていた。というより、「今は少し魔力が欠乏していて……」と、まるで鉄分が不足している貧血の人みたいな言い訳をするカサンドルを、エリックは素直に信じていたのだ。

 ということで、つなぎに魔法使いを雇っている状態だった。


 しかし水晶が無くなってしまえばどうしようもない。これは大事件だった。結界がなければ再びモンスターが海域をうろつくようになる。

 モンスターがうろついていたのでは、自慢のユーベイ港から出港も、また入港もできなくなってしまう。

 つまり漁業にも出られず、物資も枯渇する。


 ではモンスター討伐に打って出るかと言われれば、それは無理だった。イジドール伯爵家は水晶に頼り切っていたので、自前で海上のモンスターを倒せるだけの軍備がなかったのだ。


 こうなってくると港が使えない。使えないとなると商人が出ていく。漁民も出ていく。人々が出ていくと税収が賄えない。

 そして領民が出ていく一方で、王都から騒ぎを聞きつけた調査団がやってきて、伯爵は激詰めされることになる。


 国王陛下からも「お前のとこ大丈夫そ? このままもたついてたら領地取り上げるよ?」という内容のありがたい手紙も届く。


 伯爵家内は大混乱となった。

 血眼になってカサンドルを探したが、全く見つからない。何の手掛かりもないのだ。

 わらにも縋る思いで、帝国のアルナルディ侯爵家宛てに「カサンドルはそちらに居るか」と手紙を出すも「そんな奴知らん」と返事が来る。


 しかしそのうち、水晶だけは返却されてきた。同封されていた手紙には、こう書かれていた。「水晶が無くなっても別のもので代替できるんだと思ってました。そんなに大切なものだとは思わなかったのです。ごめんね♡」


 エリックはその手紙を、奇声を発しながら破り捨てた。

 最早伯爵家には、複数の魔法使いを雇い直すだけの余力(金)すら無かったのだ。それに優秀な魔法使いが全員領内を去ってしまっていた。


 そして始まったのはイジドール伯爵家内での誰が悪い論争である。


「お前がリアーヌ嬢を婚約破棄したのがいけないんだ!」

「父上だって『カサンドルの方が良い尻をしている』って言っていたではありませんか!」

「まあ、あなたったら汚らわしい!」

「そもそもお前が贅沢をし過ぎるから――!」




 こうして打つ手はほぼ無くなり、結局恥を忍んでリアーヌに「帰ってきてくれ」と要請したわけだ。しかしアメルハウザー子爵領に使いを送るのさえ、彼らには簡単ではなかった。何せ海にはモンスターが跋扈している。それに無事たどり着いたとしても相手は海賊。

 彼女を危険な場所に送ったがため、戻ってもらうためには、自分たちはより危険を冒す必要にかられたのだ。


 行くなら死を覚悟する必要があり、そんな任務、誰も受けたがらなかったのだ。


「で、みんなウジウジしていて仕方がないので、俺が来たというわけです」


 メイスは話をまとめた後、冷えてしまった紅茶を一気に飲み干した。彼は港に停泊していた子爵家の船を見つけ、その場で事情を話し、交渉して島まで送ってもらったのだという。

 子爵家の所有する船は、モンスターと戦う術を知っていたのだ。



「そうだったのね。それは遠路はるばるご苦労様」

「恐れ入ります」

「でも、私は帰らないわ」

「ですよねえ」

 メイスは断られたことに驚く様子も憤る様子も見せなかった。


「そもそも、そんなに困っているのなら自分で『帰って来てくれ』と言いに来るべきじゃないかしら」

 メイスはうんうん頷いている。

「命がけで来る覚悟も無い上、若い騎士一人に責任を押し付けるような人のいるところに、私が帰ると思っているのかしら」

「いや、本当に俺もそう思います」

 苦笑しながらメイスは言った。


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― 新着の感想 ―
水晶を返してくれるの優しすぎて不覚にもww
カスの集まりみたいな家に仕えてるのにマトモそうな男だなと思ってたらメイスさん本当にマトモだった。そのまま泥舟おりちゃいなよ。
カサンドルさん最高 ヒーローよりもかっこいいわ!! こんなザマァを見たかった!!wwww そしてぜひどっかでお会いしたい候
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