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使者は伯爵家に仕えていた騎士の一人、メイスだった。彼は血気盛んな青年で、まだ十八歳になったばかりだ。
リアーヌは首を傾げた。
彼が悪い人間でないことは知っている。だが伯爵家の使者として来るというのは、違和感というか、場違い感が強い。
メイスも同じことを思っているらしく、居心地悪そうに、応接室で窮屈な座り方をしていた。
顔も引きつっていたのだが、リアーヌが向かいに座ると立ち上がり、ようやく少し笑顔を見せた。ハルトヴィンも同席したがっていたが、外してもらった。
というのは、彼はリアーヌがここに嫁いだ経緯を知ると、血相を変えて怒りを露わにしていたからだ。本土に行って抗議しようとする彼を宥めるのは非常に骨が折れた。
自分のために怒ってくれるのはうれしいが、その怒りが使者に向くことは避けたかったのだ。
「リアーヌ様、お久しぶりでございます。元気そうでホッといたしました」
「メイス、あなたも元気そうで何よりだわ。それで、本題なのだけれど……」
「はい。リアーヌ様には是非、我がイジドール伯爵領に戻って頂きたいのです」
「あら」
突拍子もないことをメイスは言った。
そもそもリアーヌが島にやって来たのはイジドール伯爵家から婚約を破棄され、半ば島流しにされる形でここ(アメルハウザー領)に嫁いだからだ。
ただ、急に戻ってこいと言われたのに、リアーヌは驚いたり、不審がったりする様子を見せなかった。
「それで、私に戻ってこいということは、何かあったのかしら?」
「実は、その、伯爵家に嫁がれた、魔法の大変お得意なはずのカサンドル様が、全く魔法を使えなかったようなのです」
「そう」
リアーヌは「当然でしょう」と言わんばかりに頷いた。
「それだけでなく……」
いつも大きな声ではきはきしゃべっていたメイスの口が、あまりに重たい。仕方がないので、リアーヌは使用人を部屋から出した。
それを見てようやくメイスが言葉を紡ぐ。
「それに、カサンドル様は、散財が過ぎまして……」
「なるほど」
「それから……」
「あら、まだあるのね」
「はい」
メイスは目を逸らしながら頷いた。
「実は、カサンドル様がその、2か月ほど前に、急にいなくなってしまわれて……」
「まあ」
「しかも」
「しかも?」
メイスは眉間に人差し指を当て、暫くの間目を瞑っていたが、やがて、ゆっくり言った。
「しかも、彼女が居なくなったのと同時に、伯爵家の財宝や金品が、根こそぎ無くなっていたのです」
◆
カサンドルは完璧な令嬢だった。エリックにしてみれば、隣国の美しい侯爵令嬢と結婚出来るなど、あまりに美味しい話だっただろう。そう、美味しい話過ぎたのだ。
少し考えてみれば疑いの余地は幾らでもあったはずだ。
帝国の侯爵家の、頭もよくて、魔法の腕も抜群で、しかも現皇帝とも遠縁にあたる完璧な令嬢が、こんな片田舎の、それもよりによってエリックのようなアホの元に嫁ごうと思うだろうか。幾ら彼の外面が良くても、ずっと一緒にいれば直ぐその仮面は剥がれる。
不審に思ったリアーヌは、カサンドルがエリックと親しくし始めた時、既に彼女の素性を調べていた。
依頼したのは、普段、取引相手の信用調査を請け負ってくれる会社だった。相手の会社が負債を抱えていないか、取引をしても大丈夫か調べてくれるのだ。
どうやら個人情報も担当してくれるらしい。
そして上がってきた中間調査書を見て、リアーヌは目を疑った。思いもしない事実が判明した。
そもそもカサンドルが実家であると言っていたアルナルディ侯爵家に、カサンドルという人物は居なかったのだ。
そして、最終報告を見た時は腰を抜かしそうになった。
彼女は真っ黒どころではない。
とんでもない大物だった。
数々の男たちから金品を巻き上げてきた稀代の悪女、大詐欺師だったのだ。
カサンドルは自在に顔も仕草も、体型さえもその男好みに変え、巧みに人々を欺いてきた。
カサンドルにとっては貞淑な令嬢を演じることも、天才魔法使いを演じることも、いとも容易かっただろう。何せ相手はアホのエリックだ。「真実の愛」と言われれば直ぐに信じてしまう。
おそらく婚約の段階で登場したであろう、相手方の父親なども全てカサンドルの共犯者。魔法を使えるように見せかけるのには、魔道具を駆使していたと思われる。
カサンドルの正体には、婚約破棄を言い出される三か月ほど前には気づいていた。しかし言わなかった。調査の過程で、既にエリックがリアーヌを捨てる気だと分かったからだ。
どんなボンクラでも、婚約したからには覚悟して尽くすつもりだった。二人をつなぎとめていたのはリアーヌの誠実さだった。
しかし先に裏切られたとあっては話が全く変わってくる。彼女の誠実ささえ、エリックが一方的に断ち切ってしまったのだから。
言わなかったのは、カサンドルは経歴を詐称してはいるものの、調査の段階では、エリックや伯爵家に対して詐欺を働くという確証はなかったという理由もある。
もしかすると、そのまま伯爵家の財力に胡坐をかいて、ぬくぬくと一生を過ごすつもりなのかも知れないとも思った。
いろいろ考えたリアーヌは一つの結論に達する。
放置しよう。
もうあの家がどうなろうと知ったことではない。




