第2話「ワイバーン討伐」
翌朝、森の奥深くへ踏み込んだ瞬間、空気が変わった。草木が腐ったような異臭。葉の揺れ方がおかしい。視界が開けるより先に、俺の本能が叫んでいた。
――来る。轟音とともに木々がなぎ倒され、ワイバーン級の眷属が姿を現した。体長十メートル。広げた翼が空を塗り潰し、その膜に絡みついた毒の霧が、風を受けるたびに禍々しく揺らめく。目が合った瞬間、全身の血が冷えた。
「カイル、弱点は翼の付け根! 根元の鱗が薄い!」リリアの声が耳を打つ。俺はすでに剣を抜いていた。
最初の一撃は読み通りだった。ワイバーンが翼を振り下ろした瞬間、毒を孕んだ暴風が押し寄せる。皮膚が焼けるような刺激。それでも俺は立ったまま受け止めず、地を這うように身を低くして、風の死角へ潜り込んだ。地面の草が一瞬で枯れ落ちるのが見えた。あれを喰らえば終わる。足が地を蹴る。跳躍。視界の中でワイバーンの翼根が大きくなる。
「剣魂・連撃——!」
叫びと同時に刃を奔らせた。一閃、二閃、三閃。連続斬りが翼膜を走り、硬質な鱗が火花とともに四散する。手応えがある。深く裂けた感触が、剣越しに伝わってきた。だが、俺の勝利感は一秒と続かなかった。巨大な尻尾が視界の端から迫ってきたとき、避ける時間はなかった。衝撃が脇腹を直撃した。思考が白く飛ぶ。
気がつけば地面を転がっていた。木の根に肩が激突し、岩角に背中を削られ、ようやく止まったとき、息が出てこなかった。横隔膜がひきつって、空気を求めて口が開く。肋骨のどこかが悲鳴を上げている。立とうとしても、足が震えて言うことを聞かない。
痛い。笑えるくらい、痛い。*
「カイル!」ミアの声。続いて地響き。ガルドが大斧を高々と掲げ、ワイバーンへ正面から突進していた。常軌を逸した突撃だが、意図は分かる。注意を引く気だ。ワイバーンの巨頭がガルドを捉えた瞬間、横合いからミアの炎が翼を舐めた。先ほど俺が裂いた膜に火が食らいつき、翼の半面が赤く燃え上がる。
リリアが二本同時に矢をつがえた。放たれた矢がワイバーンの両眼に吸い込まれた。咆哮が森を震わせた。木々が揺れる。鳥が散る。耳が痛いほどの絶叫。だが、俺には好機に聞こえた。
立て。膝を使って上半身を起こす。肋骨が痛む。構わない。足を踏ん張る。視界が揺れる。それでも剣を握る手だけは、ぶれていなかった。
ワイバーンが盲目の怒りで暴れる中、俺は最短距離を走った。炎の熱が頬を焼く。ガルドの怒声が耳を掠める。全部、遠い。俺の目には翼根だけが見えている。
「——これで、終わりだ!」跳躍の頂点で、全てを乗せて振り下ろした。刃が鱗を断ち、肉を裂き、骨に届く。手が痺れるほどの衝撃。ワイバーンの動きが、止まった。重力に逆らえなくなった巨体が、ゆっくりと——しかし確実に、地へ崩れ落ちていく。その轟音が収まったとき、森が静かになった。
【中ボス討伐。経験値大量獲得】
呼吸が荒い。脇腹が脈打つように痛む。それでも俺は剣を下ろさず、しばらくその場に立っていた。
「……終わったな」ミアが駆け寄って、無言で俺の脇腹に手を当てた。温かい光が染み込んでくる。
「危なかったよ、ほんとに」と彼女は言った。声が少し震えていた。
「危ないのは最初から分かってた」
「それが問題なんだよ」ガルドが腹の底から笑い声を上げた。大斧を肩に担いで、血と汗まみれの顔で。
「よし、これで古竜まで一本道だぜ! 気分はどうだ、カイル!」
「最悪だ。でも負ける気はしない」
リリアが弓を背に戻しながら、空を仰いだ。
「巣窟はすぐそこ。みんな、覚悟はいい?」
返事の代わりに、俺は剣を鞘に収めた。
「生まれながらの剣士として——負けるわけにはいかない」言い終える前に、森の奥から響いてきた。古竜の咆哮が。足の裏から、大地ごと振動が伝わってくる。今度は、桁が違う。
—続く—




