第三百二十九話:ジロの禁断の研究
私が、仲間を救うか、世界を守るかという、あまりにも重い選択に苦悩している間にも、ジロは独自に行動を開始していた。彼は【美食殿 極】のラボに完全に籠り、その扉を固く閉ざした。誰も、その中で彼が何を行っているのかを知ることはできなかった。だが、ラボの周囲には、時折、空間が歪むような異常な魔力の波動が漏れ出し、街の人々を不安にさせていた。
魁人だけが、その危険な兆候に気づいていた。彼は、ジロが日本でスーパーコンピュータにアクセスし、AIと魔法の融合という禁断の領域に足を踏み入れていたことを知っていた。そして、今のジロならば、ドルフさんを救うという目的のためならば、どんな危険な手段をも厭わないだろうと確信していた。
魁人は、ラボの厳重なセキュリティを突破し、ジロの前に立ちはだかった。ラボの中央では、巨大な魔法陣が青白い光を放ち、その中心で、レンの次元技術、日本のAIアルゴリズム、そしてアトランティスの古代魔法が、不安定に融合しようとしていた。それは、「扉」そのものを、外部から完全に制御、あるいは破壊するための、恐るべき次元兵器の開発だった。
「ジロ殿、今すぐそれを止めるんだ!」
魁人の、悲痛な声が響く。
「あなたが行おうとしていることは、世界の法則そのものを書き換える行為だ!一歩間違えば、時空の連続性が破壊され、我々自身が存在ごと消滅する可能性さえあるぞ!」
「黙れ」
モニターに映し出される複雑な数式から目を離せず、ジロは冷たく言い放った。
「非合理的な犠牲は、俺の美学に反する。ドルフという男は、利用価値のある駒だ。失うわけにはいかん。扉が不安定なら、俺が完璧に制御し、支配してやる。レンも、日本の当局も、俺の計算の外には出られない。そのためならば、多少のリスクは計算のうちだ」
「リスクだと!?これは、ギャンブルですらない!あなたは、二つの世界の全てを、サイコロのように投げ捨てようとしているんだぞ!」
「フン。旧時代の感傷だな、魁人。進化とは、常に破壊と再生の先にしかない。俺は、その扉を開く」
ジロの瞳には、もはや科学者としての探究心だけではない。全てを自らの計算下に置こうとする、神にも似た傲慢さが宿っていた。
二人の天才の道は、ここで完全に決裂した。魁人は、ジロの暴走を止めるためのカウンタープログラムの開発を密かに開始すると同時に、私に、この危険な真実を伝えるべきか、深く苦悩するのだった。ジロの研究は、ドルフさんを救う鍵となるかもしれない。だが、それは同時に、世界を滅ぼしかねない、禁断の箱でもあったのだから。




