表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

298/375

第二百九十七話:マヤの涙、ゴークの笑顔

テレビが映し出した「もう一人の私」の残像は、仲間たちの間に奇妙な興奮と、私に対する新たな尊敬(あるいは誤解)を残した。翌朝、安宿の一室は、さながら異世界からの観光客のための作戦司令室と化していた。


「よし、野郎ども!」ギルドから合流したドルフさんが、不慣れな手つきでインスタントコーヒーをかき混ぜながら言った。「せっかく来たんだ。この古代文明とやらを、とことん味わい尽くそうじゃねえか!」


彼の提案で、私たちはグループに分かれて、この未知の世界を調査――という名の探索に出ることになった。ケイレブ様とミーシャは「法」と「経済」のシステムを学ぶため都心へ。ジロと魁人かいとは、この世界の科学技術の心臓部を探るべく、学術地区へと向かった。

そして、最も純粋な探求心を持つ二人が、私の班に残った。


「大師匠!私は、この世界の全ての『美味しい』を味わってみたいです!」

マヤの瞳は、未知の味への期待にキラキラと輝いている。

「親方!俺は、腹がはち切れるほどの『ご馳走』に挑戦してみたいでげす!」

ゴークの腹の虫が、力強い返事をした。


こうして、私とマヤ、そしてゴークの三人は、食の聖地巡礼へと旅立った。


まず私たちが向かったのは、巨大な百貨店の地下にある、広大な食料品売り場、通称「デパ地下」だった。その光景に、マヤは小さな悲鳴を上げた。

「すごい……!宝石箱みたいです……!」

ガラスケースの中には、芸術品のように美しいケーキや、色とりどりの惣菜が、完璧な照明の下で輝いている。マヤは、一切れのショートケーキを前に、目を閉じてうっとりとその香りを吸い込んだ。

「……幸せな味がします。お姫様の、午後の夢の味がします……」


次に訪れたのは、カウンターだけの小さな寿司屋だった。白衣をまとった職人が、無駄のない所作で小さな米の塊の上に、薄く切った生の魚を乗せていく。

「な、生の魚でげすか!?腹を壊しやすぜ!」

ゴークの心配をよそに、マヤは出された一貫のまぐろの握りを、おずおずと口に運んだ。

そして、その瞳から、ぽろり、と大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……マヤ!?」

「だ、大丈夫です……」彼女は、泣きながら、最高の笑顔で言った。「このお魚さん、歌っています……!冷たい海を旅してきた物語と、この職人さんの『美味しくなあれ』っていう、とても静かで、優しい歌が聞こえます……!」

彼女の舌は、素材の鮮度だけでなく、それに関わる人々の魂の音色までも、確かに味わっていた。


一方、ゴークが向かったのは、郊外にある焼肉食べ放題の店だった。

「好きなだけ、肉を食べていい……だと……?」

システムの意味を理解した瞬間、彼の巨体は歓喜に打ち震えた。それは、彼にとって、神々との約束のヴァルハラそのものだった。

店員が恐怖に引きつるのも構わず、ゴークの戦いは始まった。カルビ、ロース、ハラミ。あらゆる部位の肉が、彼の前で焼かれ、そして聖なる供物のように、その胃袋へと収められていく。

「うおおおおおっ!これだ!これこそが、人生だァァッ!」

彼は、満腹という、最も根源的で、純粋な幸福に、その魂の全てを委ねていた。


その日の夕方。安宿に戻った私たちは、それぞれの戦果おみやげを広げていた。

マヤは、デパ地下で買った美しい和菓子を、一つ一つ名残惜しそうに味わっている。

「このお菓子は、秋の夕暮れの味がします。こっちは、春の小川のせせらぎの味……」

だが、私がコンビニで買ってきた、工場で作られた袋詰めのクリームパンを一口食べた途端、彼女の顔が曇った。

「……大師匠。このパン……泣いています」

「え?」

「たくさんの機械の音と、『早く、早く』っていう急いでいる大人の声がします。小麦さんが、少しだけ寂しそうです」

マヤの舌は、人工的な甘味料や保存料の奥にある、魂のない製造工程の「味」を、正確に感じ取ってしまっていた。


その時、腹をパンパンに膨らませたゴークが、世界一幸せな顔で部屋に戻ってきた。

「親方!俺は、勝ったでげす!あの店の全ての肉を、食い尽くしてやったでげすよ!」

彼は、満足げにベッドに倒れ込み、すぐに大きないびきをかき始めた。


夜が更け、街が眠りにつく頃。

私は、眠れずに、部屋の窓から東京の夜景を眺めていた。その隣に、いつの間にか目を覚ましたゴークが、静かに立っていた。

「どうしたの、ゴークさん。まだお腹いっぱい?」

「へい。もう、指一本動かせやせん」

彼はそう言って笑ったが、その表情は、昼間の興奮が嘘のように、どこか静かだった。彼は、窓の外に広がる無数の光の点を、ぼんやりと見つめている。

「親方」

やがて、彼はぽつりと呟いた。

「今日の肉は、人生で一番美味かった。それは、間違いねえでげす。でも……」

彼は、自分の巨大な腹を、そっと撫でた。

「不思議なもんでげすな。腹はいっぺえなのに、なんだか、心の真ん中が、すうすうする。一人で食うご馳走ってのは、どんなに美味くても、ただの肉の味がするだけでげすな」


彼の、あまりにも素朴な、しかし真理を突いた一言。

私は、言葉を失った。

マヤは、魂のない「美味しさ」に涙した。ゴークは、魂のない「満腹」に、寂しさを覚えた。

二人は、この聖地巡礼で、食の、そして人生の、最も大切な何かを、それぞれの魂で見つけ出していた。

私は、彼らの師として、胸が熱くなるのを感じながら、ただ静かに、故郷の夜景を見つめ続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ